Guides:#78 ビジネスクラスの経済学

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週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzが取り上げている「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。本稿のためのプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

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Image: Reuters/Fabian Bimmer

Business class: An overview

ビジネスクラスの経済学

──こんにちは。ご機嫌いかがですか?

年末近くになって急にバタバタし始めている感じですね。よくよく考えるといつもそうなのですが、秋から年末にかけて、なぜか忙しくなってきますね。

──なんでなんですか?

さあ、よくわかりませんね。心理的には、だいたいいつも秋口になると少しはやる気が出てくるという感じなのですが、なぜなのかはよくわかりません。

──それまでは基本、やる気がないんですか?

ないということもないのですが、年末が見えてきだすと、毎年、「今年もなんもしなかったなあ」と思ったりはしますね。だからってやる気が出てくるわけでもないのでしょうけれど。

──それって、欧米の学校みたいに9月が年度の始まりだと、ちょうどいい感じのサイクルですよね。

ああ、それはあるかもしれませんね。そうであれば、夏休みもリセットの時間として、心理的にももう少し有意義なものとして位置付けられるかもしれませんね。

──12月で一年の締めをして、年が明けたと思ったら3月で、年度の締めが来て、卒業式や入学式、入社式などがあって、「気分も新たに」とか言われても、「つい3カ月前に気分を新たにしたんですが」という気持ちになりますよね。

たしかに3学期って、学校なんかでもほとんど実体のない日陰の日々というか、なんかちょっと薄暗い時間ですよね。いまでも、1〜3月って、生産性をぐいぐいあげていこうという気分にはならないのは、学校時代の3学期の、授業もなんだか適当になってグダグダになって終わるイメージがあるからなのかもしれませんね。

──歴史の授業なんかがそうでしたよね。そこまでの授業で、近現代まで辿り着かず、3学期にどっと駆け足で終わらせたことにする、と。加えて、自分の記憶では、卒業式の練習とかがちょくちょく入ってきたりして、落ち着かない感じになっていたような。

言われてみれば、卒業式の練習なんてなんの意味もない練習ですよね。そのフォーマリティを完遂するために授業がおろそかになっていたのだとすると、それはそれでいかにも日本的なありようですよね。

──ほんとですね。

あと、いま言ったように、4—3月の年度において、夏休みというものが、一体どういう位置付けに置かれているのかは実に曖昧ですよね。どうしてそこにそんな長い休みが置かれているのか、明確な理由があるのかないのか、実際謎です。

──たしかに。年度末にあるなら、年度を終えて気分を一新して、次の年に備えるということで合理性がありそうですが、年度の真ん中に置かれても、結局は「宿題」をやる時間になってしまい、年度の真ん中に、意味なくやたらと長い「自習時間」が設定されるのは、勉強を進めるという意味ではただただ不合理ですよね。

同じことを思った人は世の中にいまして、わざわざ文科省に問い合わせてくださった方がいて、「なぜ夏休みは始まったの? 文部科学省に聞いてみた」という記事に、その応答が掲載されています。こんな内容です。

──夏休みってなんなんですか?

正式には夏期休業といって、学校教育法で決められたものです。期間などは、各地区町村の教育委員会が決めることになっています。

──いつから始まったんですか?

明治14年に小学校教則綱領の第7条にて『小学校ニ於テハ日曜日、夏季冬季休業日及大祭日、祝日等ヲ除クノ外授業スヘキモノトス』と定められました。

──どういう目的で始まったんですか?

明確な理由はわかりかねます。

──えっ明確な理由はない!? 暑すぎるから……でしょうか。

そうですね。北海道は夏期休業の期間は短いので。気候によって通学を円滑にするために、設けているということは考えられます。

──なるほど。ほかは、教職員の人が休むためとか?

教員は夏休み期間中に講習も多く、休みになっておりません。アメリカは休暇中は無給なので、教員の給料は10カ月分になっていると聞きますが……。

──目的が定められてないって、適当すぎやしませんか。

そう思いますね。ついでに、わたしのGoogleで「夏休み 歴史」と検索すると、式根島学園式根島小学校という学校の校長先生が書いた文章がトップに表示されるのですが、そこにはこんなことが書かれています。

 さて、みなさん夏休みはいつから始まったのか知っていますか。

今の学校制度が始まったのが1872年(明治5年)で、学校教育の仕組みを法令で定めて、 子供たちを学校に行かせることが決まりました。それから、9年後の1881年(明治14年) に文部科学省(以前の文部省)が「夏季休業日」を定め、後に夏休みが広がりました。そもそも、 夏休みは、欧米の国々を参考にしたというのが通説のようです。欧米では秋から春にかけて晴れた日が少ないことから、夏は太陽の日差しをたくさん浴びるべきだという考えがありました。また、新学期が始まるのが9月で学年が切り替わるので、長い休みを取るには良かったようです。 当時、日本は欧米の教育を取り入れて日本をよくしようという考えがあり、同じ時期に夏休みを取り入れました。

夏休みの宿題も明治時代より始まっているようです。日本は4月から新学期が始まる中で、4ケ月ほどで夏休みになり勉強が中断されるのはもったいないなどの理由から、授業内容を忘れることがないようにするために休み中も勉強が続けられるようにと宿題が始まりました。

──この校長先生によると、要は、「欧米では夏休みを取ってるから取ろう」「勉強が中断されるのはもったいないから宿題やらせよう」ということですよね。物事を考える順番が完全におかしいですね。卒業式の練習と同じ転倒ぶり。

ウケますよね。夏休みは、それはそれで楽しい時間であったのは間違いないと思いますが、いま改めてこうして考えてみますと、わたしたちが知っている夏休みと、欧米の人たちが考える夏休みとでは、それが与える心理的な効果はまったく違うものであろうことは想像できますよね。一方で、生産性という観点から見たら、4—3月で年度を切っている日本の一年のサイクルにおいて、7〜8月に長期休暇を取ることが不合理で無意味であることをそもそも夏休みを導入した明治期の官僚すらわかっていたのだとすると、学校を卒業したあとの社会において、長期夏季休暇というものを世の多くの企業が重視してこなかったということにも一理ありますよね。

──どうして年度が始まって4カ月で業務にひと月以上の穴をあけなきゃいけないのか、となりますよね。

そう考えると、欧米人は休暇が大好きだけど、日本人は喜んで休暇返上するワーカホリック、というありがちな見立ても随分違って見えますよね。

──夏に休む合理的な理由が、年度の設定という理由にないということですよね。

一年というものが、うまく単位として設計されていないということなんでしょうね。年末年始には休暇っぽさが横溢して、そこで心身多少はリセットされたとしても、それも3月で年度が切れてもう一度仕切り直しになって、そうこうしているうちに夏休みでなんとなく世の中が止まって、という感じで3〜4カ月単位で細切れに「リセット」が設定されてしまうので、自己正当化するわけではないですが、秋になってようやく「落ち着いて仕事すっか」という気分になれるわけですね。とはいえ、すでに年末はそこまで迫って来ちゃってますから、どうしても駆け込み仕事っぽくはなるわけでして、そうなると、実際自分はいつ働いてるんだ?という気分にもなってきますよね。いつ「この1年」を総括するのかも曖昧になりますし。考えれば考えるほど、これは日本経済における重大事です(笑)。

──ほんとですね。ちなみに、「この一年を振り返る」って、いつやるんですか?

そこですよね。特にまとめて熟考する時間を取るということもないのですが、傾向で言いますと、案外秋口が多いような気がします。

──へえ。そうなんですか。

というのも、「来年はどうしよっかな」ってことを考え出すのが、だいたい秋からだったりしますので、それとセットで、振り返るというほどでもないですが、今年やったことを多少は顧みることになるのかな、と。いずれにせよ、自分のなかで「来年」と言ったとき、その区切りとなっているのは年末年始でして、かつ1〜3月は「今年」の積み残した仕事を終わらせる時間という考えになっていますので、年始から「来年」は始まるにしても、秋口に考えている「来年」のプランが実際に始まるのは、おそらく4月以降で、そうこうしているうちに来年の秋には、「再来年」のことを考え始めるのだとすると、実質的に「来年」を新しいものとして楽しめる時間は、5〜6カ月ということになりますね。

──なるほど。

というのは自分の場合ですので、みなさんがどういうタイム感で生きていらっしゃるのかわかりませんが、いま改めて考えてみますと、社会的なタイム感と自分なりのタイム感というのが、どう折り重なっていて、どうズレているのか、もう一度整理して理解しておくことは大事なのかもしれませんね。

──だいたい、休暇とかちゃんと取ってるんですか?

年末年始とかゴールデンウィークとかは人並みに休みますが、それ以外でまとめて休みを取ったといったことは、働き始めて数えるほどしかないですね。

──海外旅行とか。

プライベートで海外旅行したのはたぶん20数年前にしたのが最後ですね。

──まじすか。ひどい(笑)

基本出不精ですし、勝手の知らない新しい場所に行くのはものすごいストレスなんです。仕事だと思えばやれますが、そうでなければ、家でテレビ観てます(笑)。

──今回のWeekly Obsessionのお題は〈Business Class〉でして、平たくいえば航空ビジネスがトピックですが、であれば、飛行機に乗ったりするのも嫌いということですよね。

基本大嫌いですね。空港に足を踏み入れた瞬間にすでに禁煙という時点で、もうやたらとストレスだったりします。

──ああ、そうでした(笑)。禁煙状態が、長ければ十何時間と続くわけですもんね。

はい。ただ、メディアの編集長をやっていた時代には、仕事でビジネスクラスやごく稀にファーストクラスに乗せていただいたこともあるのですが、ファーストクラスは、搭乗手続きから何からちょっと信じられないほど快適で「もう着いちゃったの?残念」という感じでした。

──そんなにですか。

倍の時間乗っててもいいくらいでした(笑)。

──現金なもんすね。

そうですね。初めて乗ったときは、「こんなにも違うのか」と驚きました。それまで乗ってたエコノミークラスなんてまるで奴隷船じゃんか、と。

──言い過ぎですよ。

というのも、飛行機のクラスほど「格差」というものを露骨に可視化した空間もないわけですよね。以前、『WIRED』で仕事をしていた際に、「飛行機で「真ん中の席」を選びたくなる画期的なシート:米企業が開発」という記事をウェブに掲載しまして、非常によく読まれたんです。これは、エコノミークラスの「真ん中の席」の不快適をデザインで解消するという面白い内容のもので、実際に搭載されることになったという後日譚も公開されていますが、なぜこれがよく読まれたのかということを編集部で議論したことがあるんです。

──どうしてそんなによく読まれたんですか?

ちょうどゴールデンウィークに掲載されたのでみんなが旅行気分になっていたからじゃないか、といったことは語られたのですが、やっぱり、これはどこかで「格差」というものに関わる話題だからという意見がありまして、これがエコノミークラスに関わる話題だったことはとても重要だと思ったんですね。

──ファーストやビジネスクラスにおけるイノベーションなんて言われても、そこまではきっとバズらないですよね。

はい。おそらく「勝手にやってれば?」という感じになると思うんです。飛行機の客室をめぐる話題というのは、身近な話題でありながら、実は結構センシティブかつデリケートなものでもあるというのが個人的な感覚としてはあるのですが、とはいえ、この話題が非常に面白いものであるのは、飛行機の客席を通して可視化される「格差」というものが、まったく政治的なものではなく、純然と経済にのみ起因するからでして、わりとフラットに経済というものを考えることのできるユニークな題材だからでもあるんです。

──というと?

今回の〈Weekly Obsesssion〉において話題になっているのは、ここ数年の航空業界の大きなトレンドに関わることでして、そのトレンドとは、簡単にいうと「ビジネスクラスのラグジュアリー化」とそれにともなう「ファーストクラスの衰退」と「プレミアム・エコノミーの拡張」という事象です。で、これがなぜ起きているかということを理解するには、商業航空の歴史を振り返ってみる必要があるのですが、今回の小特集で紹介された記事で一番面白いのは、YouTubeに上がっている「エアラインクラスの経済学」(The Economics of Airline Class)という11分ほどの動画でして、これが航空ビジネスの歴史と、その経済学とを理路整然と教えてくれていますので、まずは、この動画を解説していきたいと思います。

──面白そう。

この動画は、まず、航空ビジネスがどこで収益をあげているかというところから解説するのですが、いうまでもなく、答えはエコノミークラスではなく、プレミアムエコノミー以上の「プレミアムキャビン」なんですね。動画はブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のロンドン/ワシントン便の、総席数224のボーイング777機のクラスごとの「席数/一席あたりの料金/売上」を以下のように比較しています。チケット料金は、この動画制作時におけるもので、料金は変動しますので、およその平均だろうと思われます。

  • エコノミー:席数122/料金876ドル/売上10万6,872ドル
  • プレミアムエコノミー:席数40/料金2633ドル/売上10万5,320ドル
  • ビジネスクラス:48席/料金6,723ドル/売上32万2,704ドル
  • ファーストクラス:14席/料金8715ドル/売上12万2,010ドル

──ファーストクラスの14人で、エコノミークラスの122人分の売上を超えちゃうんですね。

はい。動画の計算によれば、総席数の45%を占めるプレミアムキャビンで実際85%の売上をつくり出していまして、動画は、航空ビジネスは、マイノリティが支えるビジネスであることを、まずは明らかにしています。BAは、とりわけプレミアムクラスに重点を置いた航空会社ですが、基本どの航空会社をみても、プレミアムクラスの売上が少なくとも売上の3分の2を構成していると説明しています。

──ふむ。

ただ、これがずっとそうだったのかというと、必ずしもそうではないんですね。動画は商業航空の歴史を遡って、飛行機の階級史を、こう説明しています。音声をそのまま起こしていきましょうか。

──はい、お願いします。

商業航空の初期には、「クラス」は存在しなかった。なぜなら、すべてがプレミアムだったからだ。飛行機自体がまだ希少で高価だった時代、それに乗ることは、それ自体がラグジュアリー体験だった。それはちょうどVirgin Galacticが売り出した宇宙旅行のチケットに等級がないのと同じである。体験自体が贅沢なのだ。もっとも宇宙旅行が一般化し、商業化が進めば、そこで間違いなく起きるのはチケットの等級化である。それが起こるまでの間は、すべての座席はファーストクラスなのである。1950年代のロンドン/ニューヨーク便の往復チケット代は675ドル、現在の価格にすると6,800ドルで、現在のビジネス/ファーストクラスに近い価格だった。つまり、航空ビジネスにおいて、ファースト/ビジネスに乗っている乗客は変わっていないということだ。変わったのは、飛行機の後方に誰が乗るようになったかである。飛行機の客室をめぐる歴史は「いかに座席がラグジュアリー化していったか」の歴史ではなく、「いかにコストを削減して多くの人を乗せられるようにしたか」の歴史である。そしてそれは経済をめぐる格好の題材でもある。航空会社は、同じプロダクトを、違う人たちに違う価格で売る方法を長年にわたって開発してきた。そのプロダクトとは、つまるところ「A地点からB地点へと移動する」ことにほかならない。違っているのは、体験である。

──面白いです。

面白いですよね。ここからさらに詳細な歴史に分け行っていきます。

座席の等級化は、40〜50年代に起きた。当時のアメリカの商業航空会社の収入は、USPS(アメリカ合衆国郵便公社)との契約事業に多くを負っていた。郵便を運ぶため、航空機はいくつもの都市を経由しながら時間も構わず飛んでいた。こうした郵便主体の航空機にも座席があったのだ。当時のニューヨーク/シカゴの直行便にはファーストクラスの人しか乗ることができなかったが、郵便との相乗り便は夜中2時出発で、ピッツバーグやクリーブランドを経由した。こうしたフライトは値段も安く時間もかかったが、実際の体験は直行便とさほど変わらなかった。

航空会社が、同じ機体のなかの座席を異なる価格で売りに出すようになったのは、1952年のことだった。ある航空会社はニューヨーク/ロンドンの片道チケットを375ドルの「スタンダードクラス」と275ドルの「ツーリストクラス」に分けて販売した。飛行体験として、このふたつはまったく同じものだったが、違いはチケットにあった。「ツーリストクラス」のチケットは、事前予約が必要で予約変更不可だった。名前が指し示している通り、このチケットは観光客向けのものだった。観光客は事前にスケジュールを確定しているので予定を動かす必要がない。であればこそフライトを変更できなくても困らない。

もう一方のチケットは、それとはむしろ逆の乗客、つまりビジネスパーソンのためのものだった。ビジネスパーソンはほとんどの場合自費で飛行機に乗ることがない。会社の経費で渡航するので、個々の乗客はチケット価格を気にしない。さらに、ビジネスパーソンは時間的なゆとりをもって予約するのではなくギリギリまでチケットを購入しない。当時、予約なしに空港に行き、チケットをその場で購入するのは日常的なことだったが、そこで売られていたのは高い方のチケットだった。というより、むしろ、そのために高額なチケットが用意されたのだ。以後数十年にわたって、航空産業には、このふたつのざっくりとした等級化によって運営され、それを基盤としてシステムが構築された。

──なあるほど。等級化は、必ずしも「持てる者」と「持たざる者」の等級化として起きたわけでも、乗機中の体験の違いにおいて発生したわけでもなく、「観光」と「ビジネス」の差別化に端を発するわけですね。

はい。この動画以外の記事などを読みますと、最初期においてラグジュアリーだった飛行機が、次第にお金持ちでない人たちにも解放されていったという文脈で座席の等級化が説明されることが多いのですが、ビジネスユースの乗客の増加が、同じ機内における座席の等級化をもたらしたというのは、面白い指摘だと思いますし、いま現状の飛行機内の景色を思い浮かべても説得力ある感じもします。

──ビジネスクラス、ファーストクラスに乗ってる人って、たしかになぜか観光目的という感じを出していないですもんね。「これから大事な商談があるんだ」感を、なぜか出してますもんね。

ですよね。で、話はさらにここから面白くなります。以下、続けますね。

1969〜78年の間に重要な出来事が3つ起きる。ボーイング747の登場、コンコルドの登場、そして米国における航空ビジネスの大規模な規制緩和だ。ボーイング747は、機内のラグジュアリー化を実験する空間を与え、コンコルドはその理由を与え、規制緩和がそれを後押ししたのだ。それまで米国において航空運賃は厳しく規制されており、航空会社が設定したい料金を客席ごとに課すことができなかったが、規制緩和によって航空会社は自由な料金設定をすることが可能となった。

それまで行われていた価格設定は、主にチケットの違いを根拠としていた。それまでいくつかの航空会社は、ファーストクラスの乗客により良い座席を用意するようなことを行ってきたが、航空会社の懸念は、むしろ100%の料金を払っているビジネスパーソンを、ディスカウントチケットを購入した観光客と同じ座席に座らせていてよいのかという点だった。そこで、座席は同じだが、ビジネスパーソンと観光客の座る区域を分けることが始まった。機体前方にビジネスパーソンを、機体後方に観光客を座らせるようになったのだ。ついで、ビジネスパーソンの区域を満席にするのではなく、座席をひとつ空けて座らせるようになり、そこから座席そのものをもっとゆったりとしたものにつくり替え、アメニティの差別化が行われるようになっていく。ただし、その際ほとんどの航空会社は、ファーストクラスに注力しようとはしなかった。なぜならコンコルドが登場したからだ。

すべての座席がファーストクラス価格のコンコルドは、有名人や富裕層をターゲットにしたものだったが、これが登場したことで、当時の航空業界は、ファーストクラスの乗客はコンコルド、ビジネス、観光ユースの乗客はそれ以外という棲み分けが進むと考えていた。70〜80年代の航空業界においてファーストクラスの進化が起きなかったのはコンコルドの影響だった。しかし、コンコルドは見事なまでに大コケした。それを受けて、航空会社はファーストクラスに再び目を向けるようになった。だが、その影響はいまだ大きい。大西洋横断便をもつ数ある航空会社のなかでファーストクラスを用意しているのは、わずか6社しかいない。コンコルドの存在がなかったなら、座席等級における中間層、つまりビジネスクラスに対する航空業界の最適化は、これほど早く起きることはなかっただろう。

──はあ。面白い。というか、いまの航空産業は、ビジネスクラスに重点が置かれてきたことで成長したということなんですね。

そうなんですね。で、そこからようやく、昨今のトレンド、「ビジネスクラスのラグジュアリー化」とそれにともなう「ファーストクラスの衰退」と「プレミアム・エコノミーの拡張」という話に進んで行きます。

──ほほう。スリリングです。

以下、続きです。

ここで新たなトレンドについて説明しなくてはならない。いったん注目を集めたファーストクラスは、再びなくなりつつある。ここでエティハド航空A380の座席図を見てみよう。エコノミークラスの座席の1席の占有面積は3.77平方フィート(約0.35平方メートル)、ビジネスクラスは10.14平方フィート(0.94平方メートル)、ファーストは35平方フィート(3.25平方メートル)だ。アブダビ/ニューヨーク間の往復チケット料金は、エコノミーが1,253ドル、ビジネスが6,140ドル、ファーストが1万4,128ドルとなっている。1平方フィートあたりの売上を計算するとこうなる。

エコノミー:332ドル

ビジネス:605ドル

ファースト:403ドル

エコノミークラスとビジネスクラスの座席の仕様における格差は極めて大きい。それは満員電車とベッドの違いほどある。だがビジネスとファーストの違いは、後者がほんのちょっと広くて食事が少し上等なくらいだ。航空会社は徐々にファーストクラスとビジネスクラスの違いをつくり出すことができなくなっている。さらに、ファーストクラスの運用にかかるコストはバカにならない。航空会社は、ファーストクラスをやめ、ビジネスクラスを拡張する方向に向かっており、実際そのほうが収益は大きいのだ。ならば、ビジネスクラスしかない旅客機は可能だろうか。かつて、試みられたことはあるが、うまくは行かなかった。どの航路でも、ビジネス客だけで機体すべてを満たすだけのことはできなかったのだ。詰まるところ、エコノミークラスの座席は、機体を満たすだけのために、そこに置かれているのだ。

──なんとも後味の悪い終わり方ですが(笑)。

そうなんです。いくつか補足をしておきますと、ファーストクラスがいかに金食い虫であるかということに関しては、30年前にアメリカン航空が発表したレポートで有名なものがあるそうで、これは、ファーストクラスの乗客に提供するサラダのオリーブをひとつ減らしただけで4万ドルを削減できたというものです。このエピソードは、度々引用されるものだそうですが、先ほどの数字にあった通り、ファーストとビジネスの平方フィートごとの売上を見れば、ファーストが消滅していくのもわかりますよね。

──ほんとですね。

ファーストとビジネスクラスの差異が消滅しファーストがビジネスに吸収されていくことになるわけですが、この動画がいう通り、エコノミーが機体を満たすだけの「埋め草」でしかないのだとすると、必然的に、その空間の生産性をどう上げるのかという話になっていくわけですが、そこで「プレミアムエコノミー」という新しいクラスが勃興することになりまして、ここが実は、新たなドル箱になりつつあると、『Bloomberg』の記事「航空会社はプレミアムエコノミーでしこたま儲けている」(Airlines Are Making a Lot of Money on Premium Economy)は明かしています。コロナ前の2018年の記事ですが、引用しておきましょう。

航空会社の中には、プレミアムエコノミーの客室が機体全体で最も高い利益率を誇るところもあると、ボーイング社の737型機で27席をプレミアムエコノミーに指定しているサンカントリー航空のCEOジュード・ブリッカーは言う。「人びとが喜んでお金を払うものを提供するということです」と彼は言う。

2019年早々、ユナイテッド・コンチネンタル・ホールディングスは、デルタ航空とアメリカン航空に次いで、プレミアム・エコノミー・キャビンを提供する3番目の米国の大手航空会社となり、国際線旅客数で世界最大の航空会社であるエミレーツ航空は、2020年に導入を予定している。

アメリカン航空は、2016年末に米国の航空会社として初めて、787-9ドリームライナーにこの新しいキャビンを導入し、2019年半ばまでに長距離路線の124機で提供予定だ。このキャビンの収益力を証明するために、アメリカン航空は20機のボーイング787-8からビジネスクラス8席を、新たに28席のプレミアムエコノミーシートに変更している。

──ふむ。

ただ、この時点では、まだ最適解が見つかってはいないとされてもいまして、記事にはさらにこう書かれています。

ユナイテッド航空のチーフコマーシャルオフィサーであるアンドリュー・ノセラは、インタビューの中で「航空会社、お客様、株主にとって素晴らしい製品になる可能性を秘めていますが、いまはまだ初期段階です」と述べ、このキャビンを導入している他の航空会社に「どうキャッチアップするか」に頭を悩ませているという。目下、航空機や地域ごとに、エコノミークラス、プレミアムエコノミー、ビジネスクラスの理想的な組み合わせを探し求めている。

アメリカン航空の元幹部で、プレミアムエコノミーの導入に関わったノセラは、「各キャビンのサイズを適切に決めるためには、計算を正確に行うことが不可欠です」と語る。両社ともプレミアム・エコノミーにはロックウェル・コリンズ社のMiQシートを採用しており、これはアメリカン航空のビジネスクラスでもエアバス単通路機の一部に採用されているものだ。

10年前にエアバスSEのA380型機にプレミアムエコノミーを導入したカンタス航空株式会社のカスタマーエクスペリエンス部門責任者であるフィル・キャップスは、14時間以上のフライトはプレミアムエコノミーを提供するのに絶好のものだと語っている。「プレミアムエコノミーは、エコノミークラスにずっと眠っていた欲求を掘り起こし、開拓するものなのです」。

──「ずっと眠っていた欲求」というところがポイントですね。

今回の話が個人的に面白かったのは、航空機の座席クラスというものをめぐる「差異」が、かなり純度の高い「経済合理性」に基づいて発生しているという点でして、それがもたらしたのは、悪いことばかりではなく、実際1978年の規制緩和によって、航空運賃の価格は、当時から比べると50%も下がっているというんですね。「なのに、なぜわたしたちはそのことを感謝していないのか」という主旨の記事「航空運賃はいかにして30年で半額になったか(そしてなぜ誰もそれに気づかないのか)」(How Airline Ticket Prices Fell 50 Percent in 30 Years (And Why Nobody Noticed))を『The Atlantic』が掲載していまして、それによれば、実際エアフライトはこの40〜50年で劇的に民主化したとは言えるんですね。

──たしかに。

かつ、面白いのは、飛行機という空間においては「富裕層向け」クラスが実際は消滅しつつあって、それが「ビジネス」に吸収されてしまったという点です。商業航空の歴史は最初から、ビジネスと観光のふたつのドライバーによって駆動してきたことが、今回紹介した動画で明らかになったことですが、ビジネスと観光という対比は、「仕事」と「余暇」という対比でもあり、同時に「企業」と「個人」の対比でもあるわけですね。

──ああ、なるほど。

ビジネスクラスとエコノミークラスの格差というのは、詰まるところ、企業経済と個人経済の対比ということになるわけですが、そう考えると、そこに歴然と格差というか非対称性が生じるのは当然ですよね。

──そらそうです。

で、いま面白いのは、プレミアムエコノミーというものが、ビジネスとエコノミーの間にもち上がっているというところです。これは、極めて図式的に言うならば、企業経済と個人経済の間の線引きが曖昧化しつつあるということであり、かつ「仕事」と「余暇」というものの境界もまたぼやけてきていることをも表していると言えるのかもしれません。

──非正規雇用増大から副業解禁、45歳定年からの「会社にいつまでもしがみつくな」といった物言いにいたる、人の働き方や会社というものとの関係性の変容が、図らずも飛行機のシートの階級に表れていると。

はい、自分がここで面白いなと思うのは、経済合理性が極めて高い領域だからこそ、それが的確に時代状況を反映するものとなっているところでして、経済というものの面白さが、ここに端的に表れているように感じます。と言うといかにも新自由主義的な物言いのように聞こえてしまいますが、面白いからといってそれが社会的に正当だという話にもならないのは当然ですし、ほんとにエコノミークラスの劣悪さはなんとかして欲しいと強く思いますが、それが20世紀後半の経済体制の正確な反映であったと思うと、なるほどとは思うんですね。つまり、いま、時代が働くことや会社というものをめぐって大きく転回が起きようとしているのであれば、飛行機における座席等級や、その意味をめぐる論点も大きく変わっていくことになるのだろうということです。

──人が海外へと移動する理由や、旅自体の意図が、「ビジネス/観光」にもはや分化できない何かになっていくということでもありますよね。

ちなみにエアアジア航空のプレミアムエコノミーは「Hot Seat」という名称だそうでして、ただのブランディングだとはいえ、それに反応する人がいるのだとすれば、プレミアムエコノミーという領域は、いまきっと、ビジネスクラスよりもちょっと面白い「ホット」なところなんですね。

──名付けえぬ新しい階層としてのプレミアムエコノミー。

はい。

──そのとき、富裕層はどこ行っちゃうんですかね。

プライベートジェットがもっと一般化するんじゃないかと思うのですが、それもコモディティ化しながら低価格していくとなれば、その先、プライベートジェットビジネスがどうなのかは、よくわかりませんね。ちなみにコンコルドが挑戦した、飛行の高速化によるプレミアム化というのは、コストがかかりすぎた上に、実際にまったく需要がなかったということが、「飛行機はなぜもっと早く飛ばないのか」(Why Planes Don’t Fly Faster)という動画で詳細に解説されています。この動画によれば、旅客機の飛行速度は、50年前と比べると、実際は遅くなっているんだそうですよ。

──へえ。

詳細は動画を見ていただけたらと思いますが、旅客機の経済学においては、「早けりゃいい」みたいな短絡は禁物なんですね。当たり前ですが、あれだけ複雑なシステムの上に運用されているものですから、実際には、わたしたちがそれを利用する際の心理的な襞も同じだけ複雑な構成をもっているんだと思うんです。

──飛行機に乗るという何気ない行為自体が、複雑な歴史の紆余曲折の上に成り立っているわけですもんね。乗る人の心理も、きっと50年前とは大きく変わっているはずですよね。

おっしゃる通りです。今回は、航空産業の話をしながら、コロナについても気候変動についても触れませんでしたが、こうした出来事やソーシャルイシューが、乗る人にもたらす心理的影響は少なからずあるでしょうし、そのなかでビジネスも新たな最適解を見出して行かなくてはいけなくなりますから、そこには絶えざるフィードバックループがあって、何気ないと思える行為も、実は日々刻々と変化しているんですよね。

──なるほど。いやいや大変勉強になりました。

こちらこそです。ありがとうございました。


若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。本連載の書籍化第2弾『週刊だえん問答第2集 はりぼて王国年代記』のお求めは全国書店のほか、Amazonでも


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