韓国や韓国系住民の多い場所に行くと、鳥がさえずるような音を必ず耳にすることでしょう。これはカカオ(Kakao Corp.)が運営する「KakaoTalk」でメッセージが届いたことを知らせる通知音です。KakaoTalkは月間アクティブユーザー数5,000万人を誇る韓国で最も人気のメッセンジャーアプリで、3Gが普及しiPhoneが韓国に上陸した2010年に、ブライアン・キム(Brian Kim)の名でも知られるキム・ボムス(Kim Beom-su)によってローンチしました。
サムスン(Samusung)で働いていたキムが同社を辞めて最初に設立した会社は、ゲームプラットフォームを手掛けていました。ただ、この会社はそれからすぐ、やはりサムスンの元従業員が始めたネット企業ネイバー(Naver)に買収されることになりました。ネイバーは当時、すでに業界大手として君臨していました。
キムはその後、カカオ創業のためにゲームプラットフォームの運営からは離れます。しかし、その体にゲームの遺伝子は残していたようで、新しいプラットフォームではひとつのアプリでユーザーが友達とチャットしながらゲームもプレイできるソーシャルゲームという方向性を追求することになります。
カカオは2014年、エクイティ・スワップによって韓国のポータルサイト「Daum」を取り込んだことで、成功への道を歩み始めます。両社の合併は一部では「韓国版グーグル」の誕生と騒がれました(なお、この韓国版グーグルという表現は競合のネイバーにも使われることがあります)。
KakaoTalkにはその後、中国の「WeChat」のように、仮想空間での贈り物やショッピングといったさまざまな機能や、ミニアプリから美容室やタクシーを予約するといったサービスが追加されていきます。そして、これらすべてにおいて何千種類もの可愛いらしい有料スタンプを使うことができるのです。
カカオは事業のいくつかを分離上場しており、韓国の時価総額ランキングでの順位を急速に上げています(ただ、日本で市場を独占する「LINE」を提供するネイバーにはまだ水を開けられています)。韓国企業トップの座にはこれまでずっと、エレクトロニクス業界の巨人で「チェボル(財閥)」と呼ばれる同族経営のコングロマリット、サムスンが君臨してきました。ただ近い将来、新興のネット企業がこれを奪う日がやってくるかもしれません。
この意味では、7月にキムがサムスンの実質的なトップであるイ・ジェヨン(Lee Jae-yong)を抜いて一時的にせよ同国の長者番付で首位に立ったのは、象徴的な出来事だったと言えるでしょう。
一方、当局は経済の変化に目を光らせています。10月にはネイバーとカカオに対し、従業員の待遇や家族経営の零細企業を圧迫していないかといったことを含むさまざまな問題について議会での喚問が行われました。韓国では中国で起きているようなテック分野での締め付けはまだありませんが、同国の経済におけるネット企業の重要性が増すにつれ、カカオや競合たちはこれまでは大手財閥に向けられていた規制当局からの厳しい監視に慣れていかなければならないでしょう。
BY THE digits
数字でみる
- 96%:韓国のメッセンジャーアプリ市場でのKakaoTalkのシェア
- 35億ドル(3,986億円):2020年のカカオの売上高。広告収益が貢献
- 930億ドル(10兆5,900億円):8月時点でのカカオと上場した系列企業を合わせた時価総額。韓国企業では5位
- 134億ドル(1兆5,259億円):7月時点でのキムの総資産。キムは韓国の長者番付で一時的に首位に浮上した
- 160億ドル(1兆8,219億円):9月初めの10日間でのカカオの時価総額の下落額。この直前にある与党議員がカカオは「強欲の象徴」だと発言した
THE KAKAO EMPIRE
カカオ帝国
カカオは買収と事業の分離上場によって、エンタメからゲーム、デジタルバンキングまで幅広い分野をカバーする一大企業へと成長を遂げました。現在はゴルフコースの建設まで進めているほか、これまでは競合に遅れを取ってきたEコマース事業の強化を計画しています。
韓国の公正取引委員会(KTFC)によれば、カカオの子会社および関連企業の数は118社と4年前からほぼ倍増しています。以下、主要なものを見ていきましょう。
- カカオゲームズ(KakaoGames):カカオのゲーム部門。中国の騰訊控股(Tencent)からの出資で足場を固め、2020年に新規株式公開(IPO)を実施
- カカオモビリティ(KakaoMobility):カカオの配車アプリで来年のIPOを計画
- カカオバンク(KakaoBank):8月に上場したネット銀行事業。月間アクティブユーザー数1,300万人を誇り、現在では時価総額で韓国最大の金融サービス会社となっている
- カカオペイ(KakaoPay):アリババ(Alibaba、阿里巴巴)の金融関連会社アントグループ(Ant Group、螞蟻集団)との合弁事業。時価総額は200億ドル(2兆2,774億円)超
- カカオビュー(KakaoView):ニュースのキュレーションのサブスクリプションサービス
- カカオヘアショップ(KakapHairshop):美容サービスのオンライン予約プラットフォーム
Key term
キーワード
チェボル(Chaebol)
韓国で、長年にわたり人びとの生活に最も根付いてきた企業はサムスンでした。サムスンは1938年に魚の干物や乾麺などを扱う貿易会社として創業し、1940年代には布地と食品、60年代には白黒テレビの製造を手掛けてきました。そして70年代には造船事業に進出し、現在はスマートフォンおよび半導体チップ大手として知られています。つまり、サムスンは韓国の工業化を象徴する企業なのです。
また、サムスンは韓国最大の「チェボル」でもあります。チェボルとは創業者一族が経営権を握る産業コングロマリットであり、歴史的には国からの庇護のもと拡大を続けてきました。
一方、カカオやネイバーが経済的な影響力を強めるにつれ、大手ネット企業を新たなチェボルと見なす声もあります。ただ、伝統的な財閥との重要な違いは、こうしたネット企業の創業者は一代で財を築いたという点です。
それでも、カカオのキムとネイバーの共同創業者のイ・ヘジン(Lee Hae-jin)がいずれもサムスン出身であることを思うと、同社が韓国経済に与えてきた影響について考えずにはいられません。
A “SYMBOL OF GREED”
“強欲の象徴”
テクノロジー分野の規制という意味では韓国政府は中国政府ほど厳しくはありませんが、それでも諸外国と同じように、韓国もビッグテックを取り締まる動きを見せています。8月には、アプリ内課金でグーグルとアップルが開発業者にそれぞれの決済システムの利用を強制することを禁じる法案が議会を通過しました。
国内のテック企業に対しては、カカオのような企業がオンラインでの予約サービスを提供することで、個人経営の花屋やヘアサロン、ネイルサロンなどを圧迫していないかという点が議論となっています。
最近では、ある与党議員がカカオは「強欲の象徴」だと発言しており、同社はこういった状況を受け、中小規模のビジネスオーナーを支援するために2億5,000万ドル(285億円)の基金を創設しました。
韓国の動きは中国に比べれば甘いものです。中国では昨年、フィンテックの巨人であるアントグループが当局の介入により計画していた総額350億ドル(3兆9,875億円)に上るIPOを断念させられており、これに続いてテック分野での一連の規制強化の波が押し寄せました。
一方、韓国では新たな金融消費者保護法の施行を受けて、カカオペイが13億ドル(1,481億円)規模のIPOの日程を延期したことはありましたが、それも数カ月だけで、最終的には11月初めに上場を果たしています。IPOの実現は、創業者のキムだけでなく、カカオペイに45%出資するアントにとっても朗報だったはすです。
10月5日、議会で証人喚問を受けたキムは事業を拡大し過ぎたことを謝罪しましたが、自分が立ち上げた会社を擁護することも忘れませんでした。キムは「プラットフォームというビジネスには光と影の両面があると思います」と述べています。「わたしたちは資本も技術もない中小のビジネスが競争に参加できるようにしたのです」
ONE 🔔 THING
おまけ
2012年に米国のオバマ大統領(当時)がスピーチでKakaoTalkに触れたことがありました。その後、アプリの通知音にオバマ大統領の「カカオ」という声が採用されています。
今日の「The Company」ニュースレターは、アジア圏エディターのTripti Lahiri(あまり可愛げのないWhatsApp経済圏に囚われている)がお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
🎧 『Off Topic』とのコラボレーションで実施してきたウェビナーシリーズ。いよいよ最終回となる第4弾は、11月25日(木)20:00〜21:30に開催する予定です。参加申込みはこちらからどうぞ!。
🎧 Podcastでは「お悩み相談 グローバルだけど」の最新話を公開中。お悩み・お便りはこちらから。Apple|Spotify
👀 Twitter、Facebookでも最新ニュースをお届け。
👇 のボタンから、このニュースレターをTwitter、Facebookでシェアできます。ニュースレターの転送もご自由に(転送された方へ! 登録はこちらからどうぞ)。