1990年代、UsenetやLambdaMOO、LiveJournal、MySpaceなど黎明期のインターネットコミュニティでは、実名とはかけ離れた「スクリーンネーム(ハンドルネーム)」がデフォルトでした。しかし、2010年代初頭のFacebook/Google台頭を機に「実名制」にシフトし、個人情報をオンラインで公開することが一般的になりました。
いま、暗号技術者からプライバシー保護活動家まで、一部のユーザーは「匿名のウェブへの回帰」を提唱しています。そしてその波は、ソーシャルメディアはもちろん、人びとの生涯についても及んでいるというのです。
THE INTERNET, 1990S TO 2010S
90年代〜2010年代
ウェブ黎明期に偽名を使うのがあたりまえになったのは、そもそもオンライン上で個人的なことを明かすことなど予期されていなかったからです。
その結果、チャットルームやその他の共有オンラインスペース(IRC、MUD、MOO)で世界中とつながりながら、自分のアイデンティティや空想の世界を追求できるようになりました。しかし、すべてが完璧だったわけではありません。文化的知識は失われやすく、キュレーションアルゴリズムなどが存在しないなかでは情報の取捨選択も困難でした。いまではGoogleのログイン情報を複数サイトで使用できるなど、統合化が進んでいますが、それに比べて「ウェブははるかにバラバラで不便だった」と、オックスフォード大学の研究員であるバーニー・ホーガン( Bernie Hogan)は『Quartz』に語っています。
CALL ME BY MY (SCREEN) NAME
アイデンティティとは?
そして、2000年代後半にFacebookがローンチ。Facebookは大学の同級生との交流を目的としていたため、実名制を採用することになりました。また、実名制にすることで、いまも大きな問題となっている悪質な行為を抑止できると考える人もいました。例えば韓国では、いじめが原因で自殺者が出たり、政府に対する国家的な誹謗中傷があったことから、2007年に実名制を導入しました。
この問題は、2010年代初頭に起こった「ペンネーム戦争」(nym wars)で大きくクローズアップされました。FacebookやGoogle+などでは、現実世界でのつながりを重視する文化を強め、オンラインハラスメントをなくすために、匿名を使用するユーザーの取り締まりを強化。2010年に出版された書籍『The Facebook Effect』に掲載されたインタビューでマーク・ザッカーバーグは次のように述べています。
「あなたのアイデンティティはひとつです。仕事上の友人や同僚、その他の知り合いに対して別のイメージをもっていた時代は、おそらくすぐに終わりを迎えるでしょう。自分自身に2つのアイデンティティをもつことは、誠実さが欠如している最たる例です」
しかし、この図式は変わり始めました。実名制ではハラスメントを止められなかった一方で、ユーザーのプライバシーや匿名性が社会的に重要視されるようになったのです。韓国の実名制は2012年に廃止されましたが、それは実名制には効果がなく、3,500万人のソーシャルメディアユーザーの個人情報が盗まれたことが明らかになったからです。
THE STATUS QUO
実名制の撤回
実際、非営利団体Electronic Frontier Foundationのディレクター、ジリアン・ヨーク(Jillian York)は、実名制を「白人のためのもの」だとしています。白人は、実名制を提案することはあっても、その実名制が社会から疎外された人たちにどのような影響を与えるかを理解していないことが多いというのです。実際、2010年代半ばから、FacebookやGoogleなどのプラットフォームは、実名制を撤回し始めました。
「とくに米国人は、自分たちが自分の性癖やサブカルチャーについて自由に話すことができるからといって、世界の大半はそうではないことを忘れがちです。ウェブ上での監視が強化されているいま、人が自分のアイデンティティを守り、偽名を使って自分らしさを追求できるようにすることは、とても重要なことだと思います」とヨークは述べています。
今日、わたしたちは、自分のアイデンティティの一面を探り、プライバシーを守るために、プラットフォームからプラットフォームへ、時にはプラットフォーム内でも、代役(オルト)、サブ垢、アイデンティティを巧みに使い分けるようになりました。エンタテインメント(バーチャルYoutuberやインフルエンサー)、出版(作家や科学者)、アクティビズム(香港のデモ参加者)、ソーシャルネットワークなど、多くの業界の人がすでに偽名で活動しています。問題は、偽名が再びあたりまえになるためには何が必要なのかということです。
QUOTABLE
企業の警察化
「社会には、現実世界での取り締まりに不快感を抱く人が増えている一方で、オンライン上での取り締まりを求める人が増えているという、実に奇妙な現象があります。オフラインでは警察の改革や廃止を進めようとしている一方で、オンラインの世界では逆に企業が警察化しているという、わたしにはこの二律背反がよくわかりません」
── ジリアン・ヨーク(Jillian York)
A CYPHERPUNK FUTURE IN THE MAKING?
サイファーパンクな未来
匿名を普及させるために、プラットフォームでは「持続性の問題」に取り組まなければなりません。ノースウェスタン大学教授(コミュニケーション学)のジェレミー・バーンホルツ(Jeremy Birnholtz)は、「匿名を使い続けることが、人間関係や説明責任や、より積極的な行動を生み出す」と述べています(ちなみにバーンホルツは、筆者がノースウェスタン大学に在学じていたときの教授でした)。
Discordのサーバ内には、コミュニティメンバーのアクティブ度を示す「レベリングボット」を備えているものもあります。しかし、本人確認がより重要な場合には、別の方法が必要です。例えば、出会い系アプリでは、名前を要求せずに写真をチェックすることで、「キャットフィッシング」を阻止する方法を実験的に試しています。
個人レベルでは、匿名でもう一度やり直すことにどれほどのコストがかかるのでしょうか。Twitterのファンダム空間においては、「カード(carrd)を持っていないのは危険」「プロフィール欄にカードがないなら関わらないで」というやり取りが一般的(carrdとは、10代の若者が年齢、人種、趣味、セクシュアリティ、きっかけ、精神疾患など何でも明かせるプロフィール作成のページのこと)。仮名/匿名であることを疑われて敬遠される人もいます。
現在のところは、ソーシャルネットワークは「現実世界における人間関係を維持する手段」として確率されているため、ウェブが完全に匿名化されるとは考えにくいです。しかし、匿名使用は排除されるのではなく、保護されるべきです。
でネット上での匿名に関する新たな「戦場」にはどのようなものがあるのでしょうか? ここでは、いくつかの専門家の意見を紹介します。
■暗号通貨、NFT、そして分散型ウェブ
暗号通貨の世界では、分散化された相互運用可能なウェブ(通称Web3)への移行の一環として、より匿名性の高いインターネットという考えが広まっています。例えば、ビットコインの開発者の中には、詮索されないようにするため、プライバシーを維持するため、新しいプロジェクトを彼らの定評から切り離したりするために匿名で仕事をしている人がいると、『CoinDesk』は報じています。ちなみに、DeFiプロジェクト「SushiSwap」は、ほとんどが偽名のチームで立ち上げられました。
ホーガンは、この状況の変化について考えるうえで、NFTの台頭が参考になると主張しています。NFTを利用することで、「実名の認証情報に縛られることなく、クロスプラットフォームに対応した真正性のあるアイデンティティを構築することができる」と、前出・オックスフォード大のホーガンは言います。「生年月日、郵便番号、性別などの情報は必要ない。ただ、この人が実際に人であり、実在の人物であり、何をしている人なのかを、誰かが知ることができる」
■メタバース
メタバースはまだ漠然としていて定義されていませんが、このコンセプトとメタバースを目指す企業は、オンラインであることの意味を再定義しています。
「Facebookのメタバースはさておき、VRやAR、そしておそらくオフラインの自分を表現するような空間への移行が進んでいる。そうした空間で、アイデンティティの観点から何が必要になるのかわかりませんが、不安要素は多い」とヨークは述べています。
■プライバシー保護技術の強化
現在使われている「匿名」は「匿名性」を保証するものではありません。バーンホルツは「それは偽名なのか、あるいは誰かの名前なのか?」と疑問を投げかけます。ISP(インターネットサービスプロバイダ)やプラットフォーム、または銀行が引き続き追跡できる識別可能な記録を残しているため、偽名であることは、そのプラットフォームにいる他のユーザーにもほぼ当てはまります。
ビッグテックへの反発のなかで、ユーザーはプライバシー保護のために、より極端な方法を取り始める可能性があります。それは、プライバシー重視の分散型ツールを使うことを意味するかもしれません。例えば、トラッカーをブロックするTorブラウザ、Google検索ではなくDuckDuckGo、複数の電子メールアドレス、暗号通貨ウォレット、そして多数のスクリーンネームなどが挙げられます。
ONE 😮 THING
最後に…
興味深いのは、実名主義が徹底されているプラットフォームの中に、偽名のネットワークが出現するケースです。前出・ノースウェスタン大のバーンホルツによると、インドでスマートフォンやマッチングアプリの『Grindr』がいまほど一般的になる前、ゲイの人たちはFacebookで匿名アカウントをつくり、すでに見知った人同士で交流していたといいます。「Facebookは人と人をつなぐためのインフラにすぎません」とバーンホルツは言います。
今日のニュースレターは、アソシエイトメンバーシップエディターのJasmine Teng(知られてしまうという致命的な試練を避けようとしている)がお届けしました。日本版の翻訳は福津くるみ、編集は年吉聡太が担当しています。みなさま、よい週末をお過ごしください!
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