Obsessions:ボビイのD2Cスタートアップ

Bobbi Brown sits in a chair with beauty photos printed behind her
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ボビイ ブラウンBobbi Brown)といえば、言わずと知れた高級コスメブランド。いまから30年前の1991年、自らの名を冠したブランドを立ち上げたボビイ・ブラウンは、95年にブランドをエスティ ローダー(Estée Lauder)に売却、その後、2016年に同ブランドを去り、2020年にはD2Cブランド・ジョーンズ ロードJones Roadをスタートさせています。

毎週火曜の夜は「Obsessions」と題して、Quartzが追いかけるさまざまなトピックを取り上げてきましたが、今年最後となる「Obsessions」ニュースレターでお届けするのは、ボビイへのQuartz独占インタビュー。ジョーンズ ロード立ち上げから約1年を経たいま、彼女の経営哲学や、パンデミックが人の美意識に与えた影響について訊ねたほか、さらには「なぜ会社員よりも起業家の人生を好むのか」などといった質問をぶつけました。

来週火曜28日の夜は、特別版のニュースレターを配信予定。Quartzが選ぶ「グローバル経済を担う30の都市」をまとめてお伝えします。

I was frustrated

ボビイは悔しかった

ボビイとのQ&Aに入る前に、彼女の新ブランド創業ストーリーの一部を紹介しましょう。

遡ること1995年、ボビイが自身の名を冠したコスメブランドをエスティ ローダーに売却したとき、彼女は25年間の「競業避止義務」にサインすることについて、さほど気にはしていませんでした(競業避止義務は、競合にあたる企業への転職や設立などの行為を禁止する契約のこと)。当時の彼女は30代前半。25年の契約が切れるころには60代になっており、いずれにせよ引退するのみだと考えていたのです。

しかし、2016年にエスティ ローダー/ボビイ ブラウンを離れてみて、ボビイは自分が再び起業家生活に飛び込みたいと強く望んでいることに気づいたのでした。しかし、そのとき契約期間はまだ4年半も残っていました。

「悔しかったですね。すぐにでもやりたいことがあったのに、それができずにいたわけですから」と当時を振り返るボビイ。その約4年を耐え抜くために彼女がつくったのは、契約が切れる日にちを刻印したチャームのついた、ネックレスでした。それは、彼女のことばを借りるならば「自分自身と、次のしごと」の象徴だといえるでしょう。

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Image: IMAGE VIA INSTAGRAM

そして2020年、競業避止義務の期限が切れるその日に、ボビイはD2Cのコスメブランド・ジョーンズ ロードを立ち上げます(本社:ニュージャージー州モントクレア)。ボビイと、パートナーのスティーヴン・プロフカーが資金を出し立ち上がったこのブランドは、その美学のミニマルさや、パラベン、硫酸塩、フタル酸塩などといった成分を使用しないクルエルティフリー製品(Cruelty-free; 商品/商品開発の過程で動物実験や動物を傷つけないというポリシーが実践された製品)で、熱烈なファンからの支持を得るに至っています。ジョーンズ ロードは基本的に売上高を公表していませんが、今年8月には月間売上高が200万ドルを突破。フルタイム社員は15人で、小売店もモントクレアにあるただ1店舗のみと、巨大なボビイ ブラウンの化粧品ラインとは比べものにならないほどスリムな組織ですが、彼女はそれを気に入っていると言います。

「いま手がけているものは、すべてがオーガニック。プロセスは有機的かつ協力的です。誰もわたしのアイデアを馬鹿げていると思わないし、誰も『そんなことできない』なんて言ったりしない。わたしはただ目の前のことをやるだけで、それがうまくいっているのです」


management

ボスとして

──ボビイ ブラウンを率いることと、いまのように自分自身のために働くのとでは、どんなところが違いますか?

まず、上下関係やコンサルタント……そういったものは、わたしからすると時間とリソースのムダに思えてなりません。常々、企業になぜこんなに多くのプロセスが必要なのか、よく理解できませんでした。

今年、わたしたちはサイバーマンデーに何をするか、まったく計画を立てていませんでした。ただ、(その前週の)ブラックフライデーが過去最高の、驚くくらいの盛り上がりを見せたので……土曜日に何をしたと思いますか? 週末明けの月曜のサイバーマンデーに何をするかSlack上でやり取りして、必要なものをみんなで用意しました。2日間で、サイバーマンデーをつくり上げたわけですね。

わたしたちは、小売業ではありません。D2Cと1軒の独立店を運営しているだけで、ルールに縛られることもありません。

──たしかに、とても自由にみえますね。エスティ ローダーでの潤沢なリソースを恋しく思うことはないですか?

他人のお金を使うのは大好きですよ(笑)。確かに、誰でも雇えていたことを思うと寂しさはありますね。いま、わたしたちにはブランドマーケティングチームはないので、必ずしもジョブディスクリプション通りのことだけやっていればいい、というわけにもいきません。ソーシャル担当はコピーライターですし、人事担当者もいません。でも、いずれは、ね。

──マネジメントスタイルはどのように変化しましたか?

最も興味深いことといえば、忍耐力を身につける必要があったということでしょうか。起業家でいることは簡単ではありませんね、自分が教える立場にいるからこそ忍耐を身につけなくてはなりません。若いスタッフから学ぶことも多いですよ。彼らはそれぞれ異なる経験をもっていて、消費習慣や買い物習慣も違っていますから。

ときには、イライラする自分を抑えながら「次は前日ではなく、1カ月前からやろうか」と言わなければならないこともありますが。

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Image: Reuters/Carlo Allegri

──人を率いる立場に就いたばかりの頃にやっていたことで、いまならやらないということはありますか?

最初にブランドを立ち上げたころは、ボスというものがどうあるべきか、まったくわかりませんでした。そのころのわたしはフリーランスのメイクアップアーティストで、新米ママでもありました。とても小さなチームで、みんなで協力しながら仕事をしていたので、チームを率いるということも、上司として振る舞うなんてこともなかったんですね。

いまのわたしは、若いチームを率いています。月曜日のミーティングや、電話でもいいから個別の1on1ミーティングをするように声を上げているのは、わたしなんですよ(笑)。

──オファーがあったら、(ボビイ ブラウンのように)また売却を考慮するおつもりでしょうか?

何も考えていないわけではありませんが……、売却して大企業の一員になることがあるかと訊かれれば、それは「ノー」ですね。かつてわたしは売却をし、そこで誰かに「そんなことできない」と言われることの無力感を学びましたから。

──わたし自身も仕事しながらよく考えるんですが、そこで働く人たちが常に可能性を見出そうとしている場所にいることほど素晴らしいことはないですよね。うまくいかないなら、うまくいくように変えればいいわけで。

そうですね。それに、大企業だと、自分の担当していることがうまくいかない場合、その人はクビになってしまうでしょう。ここ(ジョーンズ ロード)では、何かほかのことに適性がありそうならそれをやれればいいし、そうでないことについては、適切な誰かを探せばいいわけです。それこそがマネジメントだと思います。得意なこと、不得意なことを見極めて、それを手助けする、という。

Culture

大事にしていること

──ジョーンズ ロードで、なにか恒例となっていることなどはありますか?

ボビイ ブラウンに出入りしていたネイリストのローザが隔週で来てくれていて、スタッフ全員がマニキュアをするようになりました。ペディキュアも受けられますが、それは自費なんですけれど(笑)。「オープンドッグ・ルール」も設けていますね。だから、日によってはオフィスに犬が4、5匹いる日も。

チームが面白い人に出会えるようにと、スピーカーを招くのをちょうど始めましたね。数週間前には、ミッキー・ドレクスラー(J.CrewとGapでCEOを、アップルでは取締役も務めた)が来て、小売からスティーブ・ジョブズとの仕事まで、あらゆることについてチームに話してくれましたよ。

──あなたはよく「だれかを心地よくさせることの大切さ」を語っていますね。どうしてそれがそんなに重要なのでしょうか?

わたしがまだ若手メイクアップアーティストだったころ、ファッション写真家のブルース・ウェーバーと一緒にとても大きな仕事をすることになったのですが、わたしは緊張しっぱなしで。スタジオに入ると、そこには長年尊敬してきた彼がいるわけです。わたしが挨拶すると、彼、「ああ、あなたと仕事ができるのを長い間待っていたんだ。さあ、入って。バッグを運ぶのを手伝わせて』って。そのおかげで、とても歓迎されている気持ちになって、よりよい仕事ができたんです。

──では、あなたが大切にしている「自分をまるごと持っていく」という考え方について、お話を伺いましょう。

わたし自身、ずっとそうしてきたんです。ビッグブランドにいたころは、個人が必ずしも自由に判断できませんでしたが、誰かに「今日は子どもの登校日なので、遅れて出勤していいですか」と訊ねられたら、「もちろん」と答えたものです。

COVID-19のパンデミックは、とても奇妙な方法ではあるものの、人びとに起こった最良の出来事だといえるかもしれません。Zoomに出ようとしても、うまくつながらなかったり音響に問題があったり、あるいは夫が後ろを横切ったり誰かの洗濯カゴがあったり……人生にはいろいろなことが起こります。プロフェッショナルであることはもちろんですが、人生やライフスタイルを考えることも、とても大切です。

──チームでは、対面での仕事とリモートワークとを組み合わせているようですね?

ええ。わたし自身は、自宅が4分くらいのところにあるので、オフィスにいることの方が多いですね。ただ、発売記念パーティーを開いたりすることは、もう二度とないでしょうね。

──なぜでしょう?

リソースの無駄遣い、時間の無駄遣いだと思うから。インターネットやソーシャルメディア、メールなんかがあれば、そんなことは必要ないでしょう? 消費者に届ける方法は、たくさんあります。影響力のある人たちにアプローチする方法も。昔のように、派手で高価なパーティーを開く必要なんてありませんよ。

Pandemic

コロナは好機

──パンデミックは、人びとの美に対する考え方にどんな影響を与えることになるのでしょうか。

わたしは、すべてがよりリラックスできるようになったいまの状態が好きですよ。より現代的になったともいえるでしょう。そもそも、はやる気持ちで新しいメイクアップ・カンパニーを立ち上げた理由のひとつは、わたし自身の美とメイクアップに対する意識が大きく変わったことがあります。濃いメイクが好きじゃないし──以前、メイクアップアーティストにメイクをしてもらったことがありますが、いま写真を見返してみると自分らしくないんですよね──“素”の自分の方が好きなんです。完璧でなくてもいいし、肩肘張ってなくてもいいんです。

つまり、わたしは、女性たちに、自分らしくないメイクをすることなく、現代的で自然なメイクアップの方法があることを教えたいのです。

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──トレンドの点からみても、いま、完璧な肌である必要はないという、非常にシンプルでミニマルなアプローチに移行しているように思います。

わたしが考える最もモダンなやり方とは「自分にとって正しいこと、そのときの自分にとって正しいことをする」ということです。化粧をしないで出かける人がいてもいいと思うくらい。チークやバームをつけて出かけるのもいいし、ポニーテールにするのもいい。ドレスアップして、キラキラとライナーやまつげをつけるのもいいし、なんでもOKですよね。

──ボビイ ブラウンのラインナップは肌の色のバリエーションが豊富でしたが、それは当時からすると珍しいことだったと思います。それも、いまはずいぶん一般的になりました。美容業界は、人種的偏見という点において、どのように進化してきたのでしょうか。あるいは、現在ある偏見についても、思うところがあれば教えてください。

まずもって、企業にとってそれが必須となったのはポジティブなことでしょう。ラインナップに肌色の“幅”がないと、通報されますからね。

でも、わたしの場合、通報されたくないからやるということではないんです。それが理にかなっているから、やっている。アメリカの黒人女性だけでなく、アフリカの黒人女性の肌の色もすべて考え抜いていましたし、中国の女性と韓国の女性でも肌の色は全く違います。口紅にしろファンデーションにしろ、メイクアップアーティストとして、それぞれのトーンのアイテムが必要だと分かっていたわけです。

何度もマーケティングチームと議論したものです。彼らは、それが一番売れていないとなれば廃番にしたがりますが、わたしは「いや、もっと黒人の顧客を獲得してきて」って言っていましたね。わたしはただ、それはチャンスであると考えていたのです。

──初めてビジネスを始める人に、何かアドバイスはありますか?

呼吸を整え、焦らず、学ぶこと。失敗することを知ること。あとは、必要以上に資金を調達しないことでしょうか。ブランドを築き上げるには、時間がかかります。赤ん坊を育てるように、手間もかかれば時間もかかるのです。


💎 毎週火曜の夜のニュースレターではQuartzが注目するホットな話題にフォーカスしてお届けしています。来週は、年末の特別編としてQuartzが選ぶ「グローバル経済を担う30の都市」をまとめてお伝えする予定です。

📆 年末のニュースレター配信は12/28夜まで。12/29〜1/3は、朝・夜の配信をお休みさせていただく予定です。

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