あなたの新年の抱負が「もっとお金を貯める」だったなら、……幸運を祈ります。今年は、連邦議会や連邦準備制度理事会(FRB)からの新型コロナウイルス関連の支援が減るなか、貯蓄に手を付けることになる米国人がより増えることになるでしょう。実際、昨年11月の時点で、労働者はすでにパンデミック前よりも貯蓄を減らしています。
しっかり貯蓄をしていれば、労働者も経済全体も、金融ショックに対する回復力は強くなります。そして、富裕国の中でも貯蓄が苦手な米国人は、ある一時期、普段よりもずっと多くのお金を貯め込んでいました。
ただし、この「過剰貯蓄」は、金融規律ではなく、パンデミックがつくり出した奇妙な状況(景気刺激策およびお金を使う機会の減少)によって生まれたものです。それでも、この貯蓄のおかげで、米国人はよりよい仕事を見つけたり、かつてであれば家計が破綻していたような緊急事態であっても対処したりする余裕をもてたのです。
歴史的にみると、第二次世界大戦時にも似た状況が生まれています。このとき、米国人の貯蓄率は28%に達しましたが、当時もまた、彼らは余剰資金を手にしていたのです。テキサス大学の経済学者であるJames Galbraithによれば、戦争に向けた動きを勢いづけるため、連邦政府は労働者に、彼らが普段支出する額の倍にあたる資金を支払ったそうです。
しかし、この時は、政府は食糧やガソリンなど多くの物資の配給を実施していたため、お金の使い道が限られ、人びとは思うように消費することができませんでした。その結果、多くの米国人は長期国債を購入しました。つまり、1940年代後半から50年代に20~30代だった若者は、現代の若者とは違って、(国債による利益を元手に)容易に住宅ローンを組むことも家族をもつこともできたのです。
その後数十年を経て、この「富と経済の安定」は最終的に失われることになりました。しかし、その間、すべての人びとの生活水準を向上させる役割を果たしました。これに対して、パンデミックによる貯蓄の急増は、明らかに短命に終わるでしょう。
THE BACKSTORY
変化のウラ側で
- パンデミック支援策が貯蓄を増加させた。米国人の貯蓄率は2020年夏にピークに達しましたが、パンデミック関連の政府給付のほとんどが期限切れとなったため、「おそらく今夏までに米国人は『残された最後の手段(貯蓄)に手を付ける』ことになるだろう」、と前出テキサス大学のGalbraithは指摘。「通常の状態に戻りたいという本能がある一方、通常の状態に戻るということは、かなり脆弱な状況に置かれるということでもある」
- 過剰貯蓄は労働者に大きな力を与えた。手持ちの現金が増えたことで、労働者はストライキや組合結成、離職といった手段を使って、雇用主と交渉するようになりました。そして、前例のない賃上げを実現し、転職もしやすくなりました。エンプロイ・アメリカ(Employ America)のリサーチアソシエイトであるAlex Williamsは、次のように述べています。「こうした行動はビジネスを停滞させるように見えるかもしれないが、長い目で見れば、労働者はより適した仕事に就くことができるようになるため、彼らの生産性も向上することになる」
- 景気はかつてない速さで回復している。米国人が再び消費の機会を得るようになると、余剰現金のバッファのおかげで、消費者需要が急速に回復しました。支出の増加は労働者の需要を増加させ、昨年11月時点で、失業者1人当たりの求人は1.5人となり、こうした状況は、求職者に多くの機会が与えられ、将来の労働市場がより健全になっていくことを示唆しています。FRBは、米国が年内に、目標とする「失業率3.5%」を達成すると予想しています。
THE GLOBAL PERSPECTIVE
貯蓄が「苦手」な国は?
各国の貯蓄率は、経済成長、所得、税金によって異なります。一般的に、税金の低い国ほど国内総貯蓄率は高くなっています(石油資源国の貯蓄率も高い傾向にあります)。他のG20諸国と比較すると、米国の個人貯蓄率はほぼ最下位に位置しています。
WHAT TO WATCH FOR NEXT
これから注目すべきこと
- 貧しい人びとは「経済的クッション」を失うことに。ブルッキングス研究所(Brookings Institution)の経済研究シニアフェロー、Wendy Edelbergは「過剰貯蓄の大部分は金持ちが所有している」と指摘します。低所得世帯がパンデミックの間に増やした当座預金残高は、500ドル(約5万7,000円)ほどですが、JPモルガン・チェース研究所(JPMorgan Chase Institute)は、低所得世帯の現金バッファとしては、7週間分の貯蓄、つまり、およそ2,500ドル(約28万8,000円)が必要になると見積もっています。
- 子どもの貧困が進む。親たちは特に短期的な貯蓄の必要性に敏感ですが、民主党のジョー・マンチン上院議員の反対によって昨年12月に期限切れとなっていた児童税額控除の延長措置の実現は、困難になった可能性があります。2022年には、さらに数百万人の子どもたちが貧困に陥ることが予想されます。元FRBエコノミストのClaudia Sahmは「財政緩和の終わりが来ることは分かっていたが、それは困難な状況を招くだろう」と話しています。「わたしたちは、まさか新型コロナウイルスが再び猛威を振るい、マンチンが児童税額控除の延長措置を阻止するとは思ってもいなかった」
- 人手不足から、やがて労働需要不足に。パンデミックで蓄えられた過剰貯蓄の約80%は上位20%の富裕層のもので、彼らは貧しい労働者と比べて貯蓄から支出するスピードが遅く、経済への刺激効果も少ない傾向にあります。また、オミクロン株の感染拡大によって、より多くの人びとが自宅で時間を過ごすようになり、その結果、個人消費が落ち込み、労働需要を減少させる可能性があります。
- 転職のスピードが落ちる。「一般に信じられているのとは逆に、貯蓄が減少しても、人びとが仕事を見つけるきっかけにはならない」と、ワシントン・センター・フォー・エクイタブル・グロース(Washington Center for Equitable Growth)の臨時チーフエコノミスト、Kate Bahnは指摘します。銀行預金に余裕があれば、低所得者でも必要なときに職探しをすることができ、より高収入の仕事に就くことができるようになります。
- 「クレジットカード依存」への回帰。貯蓄が減少し始めるにつれ、クレジットカードの負債額は再び増え出します。FRBが利上げを開始すると、一部の消費者が、金利が上昇した既存のローンを補填するために新たなローンを組み、負債額が増加する、という事態が起こるかもしれません。彼らの貯蓄率は、さらに落ち込むことになるでしょう。
ONE 📊 THING
データの「盲点」
過剰貯蓄は、景気刺激策がどの程度成功したか、また、今後の経済がどのようになるかを教えてくれる指標ですが、わたしたちには、よりよいデータが必要です。
米国では、所得分布別の貯蓄率データは頻繁に公表されているわけではなく、民間企業のデータは銀行口座をもつ消費者に偏っているため、貧しい米国人の過剰貯蓄は過大評価されている可能性があります。こうした「盲点」により、政策立案者は、労働者が実際に必要とする支援を過小評価し、将来のショックに対する経済の回復力を見誤っている可能性もあるのです。
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