ゴールドラッシュの時代に一番儲けたのは、金を掘るためのシャベルやつるはしを売っていた人たちでした(少なくとも、ことわざではそう言います)。中国の比特大陸(ビットメイン、Bitmain Technologies)の成功も、同じ論理で説明できるでしょう。
創業8年目のビットメインは、「リグ」と呼ばれる暗号通貨のマイニング(採掘)専用コンピュータのメーカーです。リグは暗号資産を得る過程で複雑な演算をこなすのに、大量の電力を消費します。北京に本拠を置くビットメインはマイニング装置の世界的な大手で、暗号通貨の人気の高まりに伴い業績を伸ばしてきましたが、国内では荒波に揉まれています。
中国では2017年に暗号資産の交換所がすべて閉鎖されましたが、電気代が安いために、その後もマイニングが盛んに行われていました。こうしたなか、共産党政府は昨年10月にマイニングや取引を含む暗号資産関連の活動を全面的に禁止。ビットメインはこれを受け、中国国内の顧客には主力製品である「アントマイナー(Antminer)」を販売しないと発表しました。
ビットメインの生き残り戦略は、製品は国内での製造を続けるものの、販売はしないというものです。当局から睨まれないように気を配りつつ、既存のビジネスモデルを維持するためのバランスを探ったのです。ビットメインの共同創業者の詹克団(Micree Zhan)は2018年に『Bloomberg』の取材に対し、「中国企業」であれば当然必要な準備だったと述べています。
ある意味では、いまの状況は中国政府の生き残り戦略でもあると言えるかもしれません。つまり、暗号通貨のマイニング業者や取引業者は追い出す一方で、ビットメインのような企業の存在は容認するのです。
PE企業リアン・グループ(Lian Group)の創業者のフィオレンツォ・マンガニエロ(Fiorenzo Manganiello)は、「中国では特定の財政および政治的構造のためにビットコインは明らかに脅威でした」と言います。リアン・グループは欧州で再生可能エネルギーを使ったマイニング企業を保有していますが、マンガニエロは「習近平は中国の他の企業が利益を上げられるような暗号資産ビジネスの大部分を維持している」と指摘します。こうした微妙なバランスが機能するかは、現時点ではまだわかりません。
A BRIEF HISTORY
創業からこれまで
2013年:半導体設計の専門家の詹克団と、プライベートエクイティ(PE)ファンド出身の起業家の吳忌寒(Wu Jihan)によって設立。ASIC(特定用途向け集積回路)を搭載したマイニングマシン「Antminer S1」を発売
2014年:日本の交換所マウントゴックス(Mt. Gox)の破綻によりビットコインの価格が急落し、マイニングマシンの需要も低迷するが、それでもAntminerシリーズの「S2」から「S5」までを市場投入
2015年:ビットコイン価格が再び上昇し、マイニング需要も回復。内モンゴル自治区の大規模なマイニング工場(内部には採掘マシンの棚と放熱のための巨大なファンが並んでいる)を取得して採掘事業に参入する
2017年:中国で仮想通貨での資金調達(新規仮想通貨公開、ICO)と暗号資産の取引が禁止される。暗号通貨の不安定さと資産の国外移転を警戒した措置。ビットメインは暗号資産以外の分野で収益源を確保するため、機械学習アルゴリズムの高速化を可能にするASIC「Sophon BM1680」のプロトタイプの販売を開始
2018年:香港証券取引所で新規株式公開(IPO)を計画するが(最大で30億ドル(3,468億円)の調達を目指していたとされる)、ビットコインの価格が下落したために同取引所がビットメインの事業内容に懸念を示し、申請は受理されなかった。12月には大規模な人員調整を行う方針と報じられる
2019年:マイニングマシンの需要の落ち込みで第1四半期は赤字を計上。創業者2人の権力争いが明らかに
2021年:中国で暗号通貨の採掘が禁止されたことを受け、6月に製品の販売を停止すると発表。国内のマイニング業者がマシンを捨て値に近い価格で中古市場に流したために、ビットメインの製品の価格は大幅に下落した
BITMAIN’S GAME OF THRONES
血みどろの権力争い
共同創業者の詹克団と吳忌寒は偶然に知り合って一緒にビットメインを設立し、巨万の富を得ましたが、その後に会社の方向性について意見が一致しなくなりました。詹がAIチップのような新しい分野に進出すべきだと考えたのに対し、吳は暗号資産関連の事業に注力した方がよいと主張したのです。
独立系メディアの『財新伝媒(Caixin Media)』によれば、2人は2019年に共同最高経営責任者(CEO)を辞任しました。ただ、両者ともそれぞれ会長職、取締役会の地位は維持していました。ところが、吳は同年10月に突然、詹を会長と代表取締役を含むすべての役職から解任したと明らかに。詹が深センでの会議に出席するために北京を留守にしていた間の出来事でした。
その後の法定での争いでは詹が代表取締役に戻ることが認められましたが、2020年5月には、詹と彼の弁護士が吳の弁護士と殴り合いのけんかをするという事件が起きています。詹は1カ月後に社内向けメールで経営陣として復帰したことを明らかにし、できるだけ早く上場して5年以内に時価総額500億ドル(5兆7,794億円)到達を目指す考えを示しました。一方、吳は詹の復帰に反対する声明(中国語)を出し、詹には会社を代表する権限はないと非難しています。
2021年1月に吳がCEOと会長を辞任すると発表したことで、2人の権力争いはようやく終結を迎えました。2人の意見の食い違いは「友好的かつ、さらに重要なことには建設的な方法で」解決されたと、吳は述べています。吳は現在、ビットメインからスピンオフしたマイニングプラットフォーム企業で、ノルウェーと米国にデータセンターをもつビットディア(Bitdeer Group)のトップを務めています。
BY THE DIGITS
数字でみる
- 2,594人:2018年6月時点でのビットメインの従業員数
- 94%:2018年上半期の売上高に占めるマイニング装置の販売高の割合。額面にすると27億ドル(3,121億円)
- 3%:同期の売上高に占めるマイニング事業の割合
- 1.5%:同期の売上高に占める「マイニングプールサービス」の割合。マイニングプールとは、複数のコンピューターをつなげて共同でマイニングを行い、参加者が貢献度に応じて報酬を得るシステム
- 59.2%:2018年上半期にビットメインが台湾の台湾積体電路製造(TSMC)から調達した半導体の割合(額面ベース)
ONE ⚡ THING
クリプト難民
中国が暗号資産の取り締まりを強化したことで、「クリプト難民(crypto refugees)」呼ばれる集団が生まれました。暗号通過のマイニングや取引を行う人たちが中国を脱出し、当局が暗号資産に対して寛容な態度を示している米国(特にテキサス州)やロシア、カザフスタンなどに向かったのです。クリプト難民の流入によりカザフスタンでは大規模な停電が起きたため、政府は暗号通貨の採掘業者への電力の割り当てを制限する措置を取りました。
今日の「The Company」ニュースレターは、レポーターのJane Liがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
💎 毎週水曜の夜にお届けしているニュースレター「The Company」では毎回ひとつの注目企業の「いま」を深掘りしています。
🎧 音声コンテンツもぜひ! 幾何学模様のGo Kurosawaさんとお届けするQuartz JapanオリジナルPodcast(Apple|Spotify)のほか、平日毎朝の「Daily Brief」の英語読み上げや、日本語ニュースのPodcastも配信しています。
👀 Twitter、Facebookでも最新ニュースをお届け。
👇 このニュースレターはTwitter、Facebookでシェアできます。転送も、どうぞご自由に(転送された方へ! 登録はこちらから)。