マーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)が『Wall Street Journal』に「Software is eating the world(ソフトウェアが世界を飲み込む)」と題したコラムを寄稿してから、10年が経ちました。このコラムでは、いまシリコンバレーで起きているテックブームの根底を流れる命題が明確に説明されています。
アンドリーセンは2009年、ビジネスパートナーのベン・ホロウィッツ(Ben Horowitz)と一緒に、自らのベンチャーキャピタル(VC)となるアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz、通称a16z、正式名称AH Capital Management, LLC)を立ち上げました。a16zはそれまでの業界の常識を打ち破り、巨額の出資の決断を短時間で下すことで知られています。
設立から12年で数十億ドル規模にまで成長したa16zは、暗号資産関連の規制を自分たちに有利にもっていくためにロビー活動の専門家を雇ったり、デジタルメディアを立ち上げたりと多彩な活動を続け、後進のVCの目標となっています。今日のニュースレターでは、a16z誕生の物語と、その過程でVCの概念そのものがどう変わったかを見ていきましょう。
BY THE DIGITS
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- 190億ドル(約2兆1,620億円):a16zの運用資産総額
- 1,200件超:過去の出資案件の総数(後続ラウンドでの追加出資を含む)
- 295社:これまでにエグジット(投資回収)に成功した企業の数
- 438社:現在出資する企業の数
- 20件:提供するベンチャーファンドの数
- 1,600億ドル(約18兆2,030億円):2021年第3四半期の世界のVCによるスタートアップへの投資総額。四半期としては過去最高を記録
A ROSE BY ANY OTHER NAME?
なんでa16zって呼ぶの?
a16zという呼び名は、創業者たちが自社の社名はつづりが難しいと思ったために生まれたもので、「Andreessen Horowitz」の「A」と「Z」の間に16文字のアルファベットがあることから来ています。
アンドリーセンとホロウィッツはいずれも起業家として名を成した人物ですが、これがa16zの哲学の基礎となっています。
アンドリーセンは1993年に誕生したウェブブラウザ「Mosaic」の開発に関わっていました。Mosaicはその後「Netscape」に進化し、1999年にAOLが買収しています。アンドリーセンは同じ年に、ホロウィッツと共同でIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)企業のオプスウェア(Opsware、当初の社名はLoudcloud)を設立。オプスウェアは2007年にヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard、現HP)に買収されましたが、ホロウィッツはそれまではAOLのEコマース部門の副社長としてNetscapeの運営を担当していました。
BREAKING FREE
2人が出した「答え」
a16zは、企業にとっては創業者こそが最良のリーダーであるという信念を基に設立されました。アンドリーセンとホロウィッツは従来のVCの方法論を間近で見てきましたが、それが必ずしも素晴らしいものだとは思っていなかったのです。ホロウィッツはブログで、1999年に出資者のひとりから、いつ「本物の最高経営責任者(CEO)」を迎え入れるのかと聞かれたと書いています。この出資者は、大規模な組織の運営経験がある人物こそCEOにふさわしいと言いたかったらしいのです。
ホロウィッツはこのとき、当時はまだラウドクラウドという名前だったオプスウェアのCEOでした。彼はその後もトップとして経営に携わりましたが、出資者からのこの質問には何カ月も「ひどく苦しめられた」と述べています。ホロウィッツはその後、創業者といわゆるプロ経営者の素質の違いについて、ビジネスパートナーだったアンドリーセンと何度も話し合い、これがa16zの立ち上げにつながったそうです。
アンドリーセンは2009年、AP通信(Associated Press)に以下のように話しています。
「わたしたちは誇大妄想的なアイデアを応援する傾向があります。素晴らしいテクノロジーをもっていて、経験は浅いけれども起業してCEOとして続けていきたいと思っている人たちのファンなのです」
a16zは3億ドル(341億円)の資金でテックスタートアップへの出資をはじめ、収益は3年後には27億ドル(3,069億円)に達しました。この過程では創業者に任せるという約束を守るだけでなく、人員の採用からマーケティング、販売まであらゆる分野で専門家を雇い、事業の成功に必要な手助けを提供しています。小規模なスタートアップでは、こうしたことにリソースを割く余裕はないでしょう。
一方、2019年にはVCとしての事業免許を放棄し、企業形態を「登録投資顧問(RIA)」に変えたことで、再び業界に大きな衝撃を与えました。VCファンドの場合、主な活動はスタートアップに資金を提供することに限定されてしまうほか、仮想通貨のように流動性の高い資産に投じられる金額は投資資金の20%までという法的な制約があります。
金融市場は金余りで現金が行き場を失っていますが、RIAになれば、セカンダリーマーケットや公開株、その他のファンド商品だけでなく、暗号資産への投資を大幅に増やすことができるのです。a16zは昨年6月、暗号資産関連に特化した22億ドル(2,500億円)規模のファンドを立ち上げたと発表しました。
HOME RUNS
馴染みのあの会社も
a16zは未来のユニコーン企業(最近ではデカコーン〈decacorn〉も増えていますが)を探すべく、毎年数千のスタートアップのスクリーニングを行っています。クランチベース(CrunchBase)のデータを元に、これまでに出資したスタートアップの新規株式公開(IPO)で特に規模の大きかったものを見ていきましょう。
THE PUSH FOR CRYPTO
イチオシは暗号資産
暗号資産はいまや、a16zのビジネスの中核を成しています。a16z は2013年にコインベース(Coinbase)に出資して以来、この分野に多額の資金を投じてきましたが、この戦略をさらに強化しているのです。
同社が運営する暗号資産に的を絞ったファンドは3件。合計金額は31億ドル(3,524億円)に達しており、ここ数年で資金を提供した暗号資産関連のスタートアップは55社に上ります。また、スタートアップだけでなく暗号資産そのものにも資金を注ぎ込んでいるのです。
昨年10月には、暗号資産関連の規制を自社に有利なものにするためのロビー活動を開始。当局者や政権の経済担当者に働きかけるために、バイデン大統領の元側近、司法省で暗号資産担当の検察官を務めた人物、商品先物取引委員会(CFTC)の元委員などを含む専門家チームを結成しました。また、暗号資産条項を含むインフラ投資法案の可決やステーブルコイン政策の枠組みの策定を目指す上院に対して書簡を送ったほか、上院銀行委員会(Senate Banking Committee)に4本の法案を提出しています。
a16zはこうした活動は「インターネットの民主化」に役立つと主張しますが、自らの利益のためで、税制の抜け穴を放置したり、消費者を保護するための規制の回避につながるとの批判もあります。
ONE 📖 THING
ちなみに…
テックアナリストのベネディクト・エバンズ(Benedict Evans)は2015年、a16zを「ベンチャー投資で収益を上げるメディア企業」と表現しました(ちなみにエバンズは当時、a16zで働いていました)。a16zはポッドキャストからニュースレター、コラムまでさまざまな媒体を運営しており、昨年には『Future』というプラットフォームもスタートさせています。
アンドリーセンはダイレクトマーケティングのアプローチに精通しており、長年にわたりスタートアップとベンチャー投資についてのブログを続けているほか、「ツイートストームの父」という異名の持ち主でもあります。一方、ホロウィッツはこれまでにスタートアップについて2冊の本を書いています。
アンドリーセンは2015年、『New Yorker』の取材に「(Twitterは)管みたいなもので、世の中のあらゆる空間にスピーカーが設置されているのと同じなんだ」と述べました。ただ、過去には無神経なツイートをして謝罪に追い込まれたり、ユーザーを大量にブロックしたり、果ては「Twitterお休みします」宣言をしたこともあるのです。
今日の「The Company」ニュースレターは、メンバーシップエディターのJasmine Tengがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
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