
今朝お伝えしたソニーによるBungie買収を受けて、今晩のニュースレターでは、各社のゲーム会社買収の動きを追う内容をお届けします。
テック企業は、「そう遠くない未来、人は多くの時間を仮想空間で過ごすことになる」という未来予想に賭けています。フェイスブックが社名を変更したのも、ナイキがNFTの特注スニーカーのブランドRTFKTを買収したのも、ソウル市が仮想プラットフォームに市庁舎を構築したのも、すべてメタバースと呼ばれるこの近未来のためです。
マイクロソフトがアクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)を687億ドル(約7兆9,400億円)で買収すると決めたとき、経営幹部は投資家やメディアを集めた説明会で、メタバースという単語を10回以上も使いました。つまり、マイクロソフトの関心はゲームだけにあるわけではないのです。例えば昨年11月には、Microsoft Teamsの仮想空間機能を強化する計画を明らかにしています。
規制当局が今回の買収を認めて(もちろん承認されない可能性もあります)取引が成立すれば、マイクロソフトにとっては過去最大の買収案件となります。687億ドルという取引金額は、直近の買収3件の合計の27倍を超えるのです。

アクティビジョンはマイクロソフトのゲームコンソールXbox向けに、『Call of Duty』や『World of Warcraft』、『Overwatch』といった人気タイトルを手掛けています。マイクロソフトは同社を買収することで、月額10ドル(約1,160円)のサブスク無制限プラン『Game Pass』でこれらの作品を管理できるようになり、同時に拡張現実(AR)や仮想現実(VR)空間にどこからでもアクセスするために不可欠な高速クラウドのテクノロジーも手に入れるのです。
一方、今回の買収でおそらく最も重要なのは、来たるメタバースの時代において消費者向けテクノロジーを誰が支配するかを巡り、マイクロソフトとメタの戦いの火蓋が切って落とされたという点でしょう。人々が仮想空間で遊んだり仕事をしたりするとき、どの企業がこれを管理するのかを考えたとき、両社はその地位を争うのにふさわしいライバルだと言えます。
かつてはビッグテックを代表する悪者で独占禁止法違反の象徴だったマイクロソフトは、過去10年でイメージを大きく改善しましたが、モバイルが主流となるなかで、以前のような競争力は失いつつあります。一方、マイクロソフトに代わってビッグテックの悪の権化となったメタは、さまざまなアイデアをもってはいるものの、規制当局からの追求をかわしつつ、世間の目を自分たちの悪評に向けさせないようにすることに苦労しています。また、マイクロソフトもメタも、若年層が自社の製品やサービスから離れていくことを懸念しています。
いずれにしても、現時点でひとつだけ明らかなことがあります。メタ(当時はまだフェイスブックという社名でした)は昨年9月、メタバースは「一企業が単独で構築できる単一の製品」ではないと述べていましたが、マイクロソフトのアクティビジョン買収によってこれが証明されたわけです。
A BRIEF HISTORY OF ACTIVISION
アクティビジョン小史
1979年:アタリ(Atari)での給与が不満で同社を辞めたプログラマー4人によって設立。当初はアタリのコンソール向けに『Pitfall』、『Chopper Command』、『Skiing』といったタイトルを開発していた
1990年:起業家のボビー・コティック(Bobby Kotick)とブライアン・ケリー(Brian Kelly)が買収して、社名をメディアジェニック(Mediagenic)に変更。当時のアクティビジョンは200万ドル(約2億3,000万円)の資産に対して3,000万ドル(約34億5,600万円)の負債を抱えており、買収金額は50万ドル(5,760万円)以下だった
1999年:ネバーソフト・スタジオ(Neversoft Studios)と組んで『Tony Hawk’s Pro Skater』をリリース。自社初のヒットとなり10億ドル(1,152億円)のフランチャイズに成長したほか、スピンオフ作品も生まれた
2003年:第二次世界大戦を舞台にしたFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)『Call of Duty』をリリース。同シリーズの作品はこれまでに総額270億ドル(約3兆1,100億円)を売り上げており、アクティビジョンのタイトルでは収益的に最も成功した
2008年:ヴィヴェンディ・ゲームズ(Vivendi Games)と合併し、アクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)となる。ヴィヴェンディが所有していた世界最大のMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)『World of Warcraft』を取得
2009年:『Forbes』の記事で、コティックはアクティビジョンのゲームをプレイしないと書かれ、自分の会社に無関心だと非難を浴びる
2013年:82億ドル(約9,448億円)でヴィヴェンディから自社株をすべて取得
2021年:カリフォルニア州公正雇用住宅局(DFEH)がアクティビジョンを提訴。DFEHは、セクシャルハラスメントや不平等な給与体系、告発者に対する報復が「男性中心のマッチョな職場カルチャー」を助長していると指摘した。その後、アクティビジョンの従業員たちが、同社の訴訟への対応を「受け入れ難く侮辱に等しい」と非難する書簡を公開
2022年:マイクロソフトがアクティビジョンを買収。背景には経営幹部が従業員からの批判に適切に対応できなかったことがあると報じられている。コティックは買収が完了次第、CEO職を退く見通し

FIXING ACTIVISION FROM WITHIN
企業文化の改革
アクティビジョンを巡っては、何年も前から企業文化が悪化していることが問題視されており、従業員と株主(PDF)がいずれも強い懸念を表明してきました。幸いなことに、マイクロソフトを率いるサティア・ナデラ(Satya Nadella)は企業文化の改革については素人ではありません。
ナデラが最高経営責任者(CEO)になった2014年当時、マイクロソフトはお役所仕事のような業務プロセス、猜疑心のまん延、近視眼的な四半期目標といったことで知られていました。また競争意識が激しく、開発者コミュニティでは昔から重視されているオープンソースのアプローチも避け続けていたのです。
1992年からマイクロソフトで働いていたナデラは、就任後すぐに、まったく異なるマインドセットを取り入れました。
- 競合との協力。Microsoft OfficeをiPadでも使えるようにしたほか、Windows OSのライバルであるLinuxの利用拡大を目指すリナックス・ファウンデーション(Linux Foundation)に参加しています
- 社内年次カンファレンスの開催。1週間にわたるカンファレンスの期間中、従業員は日常の業務とは異なる分野のプロジェクトで3日間のハッカソンに挑みます。
- スタックランキング(stack ranking)の廃止。スタックランキングは一定数の従業員には必ず否定的な評価を与えなければならない人事評価制度です。
- 説明責任の受け入れ。ナデラは、マイクロソフトも自分自身もダイバーシティとインクルージョンを達成するために十分な努力をしてこなかったと認めました。
アクティビジョンの企業文化を変えるにはナデラのようなやり方が強く求められており、その取り組みはすでに始まっています。社内からの告発で30人以上が解雇されたほか、コティックもCEOを辞める方向です。従業員たちは慎重ではあるものの、今回の買収には好意的な見方を示しています。

BY THE DIGITS
数字でみる
- 687億ドル(約7兆9,400億円):マイクロソフトによる買収額
- 3億9,000万ドル(約449億5,000万円):コティックが保有するアクティジョンの株式395万株の対価として受け取る金額
- 9,500人:アクティビジョンの従業員数
- 1億人:『Call of Duty』シリーズの累計プレイヤー数
- 1,800万ドル(約20億7,400万円):セクハラおよび差別を巡る当局との訴訟でアクティビジョンが支払った和解金
- 38%:マイクロソフトによる買収が明らかになった日のアクティビジョンの株価の上昇率

WHAT TO WATCH FOR
7つの「これから」
🔒 Xbox独占。マイクロソフトはアクティビジョンに多額の資金を投じる一方で、同社のゲームをXbox専用にしてしまうことも可能です。なお、アクティビジョンは買収が決まるより前に、『Call of Duty』シリーズの次回の3タイトルをソニーのPlayStationで提供する契約を結んでいます。
⚔️ PlayStationといえば…。今回の買収で、ソニーは今後どのようにしてPlayStationの競争力を維持していくか戦略を練る必要があります。また、メタとマイクロソフトによる寡占が進みそうなメタバース空間で、独自の地位を確保していく方法も考えなければならないでしょう。今朝のニュースレターでお伝えした通り、ソニーは『Halo』などを開発する米ゲーム開発会社のバンジー(Bungie)を36億ドル(約4,100億円)で買収しました。
⏰ 開発スケジュール。コティックはアクティビジョンに『Call of Duty』シリーズの新作を毎年1本はリリースするという厳しいノルマを課しており、これは同社の企業文化が悪化する一因になったと言われています。開発スケジュールを無理のないものにするという議論はすでに行われているようです。
👀 プライバシーと独占禁止法の問題。買収が実現することで、マイクロソフトはさらに多くの個人データを手にすることになり、消費者にとってはユーザーデータの管理や保護が困難になる恐れがあります。また、独占という観点からも当局の厳しい調査を受けることになるでしょう。
✊ 労組結成。アクティビジョンの品質管理部門のスタッフの一部が労働組合の結成に向けた動きを進めていますが、マイクロソフトの傘下に入ることで、こうした取り組みは難しくなる見通しです。
🇨🇳 中国というジレンマ。アクティビジョンは2019年、香港で中国からの支配に対する抗議運動への支持を表明したプレイヤーをEスポーツ大会から締め出す措置を取りました。一方、マイクロソフトは昨年、検閲とコンプライアンスへの懸念から中国本土でLinkedInのサービス提供を停止しています。中国のネットユーザーをどう扱っていくかという問題は、そう簡単には解決しないのです。
😍 戦争ゲームではないタイトルも。アクティビジョンと言えば『Call of Duty』というイメージですが、ファンの間では『Guitar Hero』や『Crash Bandicoot』といった過去のヒット作品を復活させて欲しいという声も上がっています。
今日の「The Company」ニュースレターは、Courtney Vinopal、Ananya Bhattacharyaがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
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