日本でも過去最多の新型コロナ感染者が確認されました。猛威を振るうオミクロン株については、重症化リスクが低いとの指摘もありますが、感染拡大そのものが与える影響は軽視されるべきではありません。本ニュースレターは、特別にメンバーシップ会員以外の方にも読んでいただけるようにしました。
COVID-19による死亡や重症化のリスクが高いのは高齢者ですが、子どもおよび十代の若者たちは、社会生活が縮小したり学習環境が一変したことで深刻な心理的影響を受けています。学校は休校になり、ロックダウンのために友達や親戚、学校の先生や習い事などのコーチと会うこともできなくなりました。ストレスのたまった両親と家に閉じ込められ、感染拡大が続くなかで家族がコロナにかかることもあります。
こうした状況で、思春期に経験する複雑な感情はより深い傷を残すようになるでしょう。また、思春期を迎える前の子どもたちも、不安や絶望感を感じる傾向が強まっています。児童の間で、悪夢、いらだち、やる気の喪失、分離不安(親しい人と離れる事に対する強い不安)といった症例が増えていることが、世界各地で報告されているのです。
パンデミックが始まって2年が経ったいま、「子どもたちは大丈夫だろうか」という不安に対する専門家の答えは、一般的には「イエス」です。当局は慎重ではあるものの、ワクチンのおかげで最悪の状況は脱したとの見方を示しており、ほとんどの国では学校も完全または部分的には再開しています。
パンデミックが若年層にどのような影響を及ぼしたかについては、これから徐々に全体像が明らかになっていく見通しですが、すでに多くの研究によって、子どもたちの大半はトラウマとなる体験をした後でも驚くべき回復力をみせていることがわかっています。子どもの発育の専門家は、パンデミックによって引き起こされた問題は大抵の場合は一過性のものだと考えており、子どもが感情をコントロールできなくなるメルトダウンは次第になくなっていくと述べます。
一方で、新型コロナウイルスが精神面に与える影響を巡っては、困難な状況に対して脆弱な一部の子どもたちへの目配せが必要です。例えば、オンライン学習を活用する環境が整っていない、専門家に相談することができない、感情面での回復を可能にする安定した生活を送っていないといった場合です。
政府の対策としては、貧困、人種差別、暴力などの慢性的なストレスにさらされている子どもたちを優先する必要があります。なぜなら、すでにストレスがたまった状態の子どもは、メンタルヘルスの問題が長引く可能性が高いことが科学的に明らかになっているからです。
一方で、パンデミックが終わったときに子どもたちが再び活力を取り戻せるかという強い懸念によって、未来の世代の幸福を実現するための取り組みが覆い隠されてしまうようなことがあってはなりません。ゆっくりではあるものの重要な努力が続いています。例えば、有毒な有鉛ガソリンが世界全体で廃止されたことはあまり知られていませんが、これは子どもたちの精神の健康にとって最も重要な進歩のひとつです。
若年層のメンタルヘルスは、わたしたちがコロナにどう対処するかだけでなく、格差や気候変動といった社会的な問題にどのように立ち向かっていくか、そして世界が人々の身体的、精神的、社会的な健康の改善にどれだけ投資をしていくかにかかっているのです。
BACK STORY
いま起きていること
多くの国ではパンデミックが始まる前から若者たちのメンタルヘルスの悪化が問題になっていましたが、新型コロナウイルスで感情面での不調を訴える子どもが急増した背景には、以下のような事情があります。
- 学校が閉鎖されたことで、特に低所得者層の世帯で子どもの学習に遅れが生じ、社会支援のネットワークとのつながりも絶たれてしまいました。また、若年層の心の問題や虐待的な行為を迅速に見つける可能性のある大人の数も減っています
- 家族がコロナに感染したり仕事を失ったりした子どもも、たくさんいます。失職すると経済的な不安定さが増し、これがストレスの増加や虐待につながる恐れがあります
- 不確実な日々が続くことで、大人も子どもも死に対する不安が増したようです。特にパンデミックは間もなく終わると思われていた矢先に感染が再拡大したとき、この傾向が強まりました。
パンデミック中に身につけた生活習慣を変えることは、子どもにとっては難しいかもしれません
RESEARCH SAYS
研究によると……
外傷体験後の子どもの回復に関する研究では、社会的なトラウマとなるようなことが起きたとき、子どもの約半分は特に影響を受けたという兆候は示さないことがわかっています。また、4分の1には抑うつ状態や不安障害の症状が現れるものの1年以内に回復するとされています。しかし、一方で、一部の子どもはメンタルヘルスに長期的な問題が生じるそうです。
ハーバード大学教授で社会科学と医療政策を教えるケイティー・マクローリン(Katie McLaughlin)は公共ラジオ局KBURの番組で、今回のパンデミックのような世界的な事例では、社会の混乱を経験した子どもの数は非常に多く、将来的にどのような事態が起こり、またメンタルヘルスケア業界がどう対応していくかはわからないと話しています。つまり、ほとんどの子どもはすぐに回復したとしても、将来的に大きな問題となる可能性は残っているのです。
BY THE DIGITS
数字でみる
- 3人に1人:世界でオンライン学習にアクセスできない児童・生徒の割合
- 25%:中国で感染第2波の間に抑うつ症状を示した小学生の割合。感染第1波ではこの割合は18%だった
- 150万人:世界全体でパンデミックが始まってからの14カ月間に保護者を1人もしくは2人失った子どもの数
- 8〜12ポイント:パンデミックの期間における米国の3〜8年生の数学のスコアの低下幅。先住民、黒人、ラテン系、低所得世帯の子どもが特に大きく点数を落とした
🔮 PREDICTIONS
今後の見通し
コロナ世代(Generation Covid)で最も影響を受けたグループは所得が減る可能性も
キングス・カレッジ・ロンドン教授で公共政策の専門家のボビー・ダフィー(Bobby Duffy)は、「メンタルヘルスの問題と収入との間には強い関係があります。精神面でのトラブルがキャリアの障害となるからです」と指摘します。
ダフィーには『Generations: Does when you’re born shape who you are?』という著作がありますが、「ただ完全にロストジェネレーション化するわけではなく、適応が難しくなるのです」と続けます。「つまり、すでに起きていることが強調され、これまでもさまざまな形で苦労してきた少数派がさらに大きな困難に直面することになるのかという問題です」
新たな社会的価値観が生まれるかもしれない
児童や十代の若者の大半は、パンデミックから立ち直っても、自分たちが経験したり目撃したことは忘れないでしょう。そして、それは大人になったときに抱く価値観や理想に影響を与える可能性があると、ダフィーは言います。
例えば、利他的な考え方が強まったり、格差を最小限に抑えてコミュニティの絆を強化するような政策が支持されるといった期待が持てます。しかし同時に、最悪の事態が過ぎれば、パンデミックで学んだ道徳的な教訓はすべて忘れ去られてしまうかもしれません。
HELP WANTED
何をすればいいのか
子どもたちのストレスを軽減するために、親や学校は何ができるのでしょうか。
👨🏽👧🏽👦🏽 あなたが子どものことを心配している親なら、まずは自分のメンタルヘルスを整えるようにしてください。生活習慣を維持するほか、運動をすることもストレスの緩和に役立ちます。
🔍 教師は子どもたちがストレスを受けている兆候を発見するための訓練を受けるべきです。助けを必要としている子どもを見つけ、きちんと専門家につなげることが求められています。
✔️ ベルギーでは、児童の権利保護団体が学校で心をケアするスキルを身につけるための授業の導入を提唱しています。教師は問題のある状況に置かれている児童には特に注意を払い、彼らを理解するように努めることが必要です。
🧠 イタリアではパンデミック中に成立した法案によって、幼稚園から中学校まですべての学年で、心の知能指数を向上させるための授業が導入されることになるかもしれません。
ONE 🌍 THING
パンデミックより深刻
長期的に見れば、子どもたちの発育にとって最大の脅威となるのは気候変動かもしれません。モントリオール大学で児童発達学を研究する心理学者のフランシス・バーガンスト(Francis Vergunst)によれば、気温が上昇することで出生前から青年期まで子どもの成長に影響が出る恐れがあるほか、異常気象と環境問題に対する不安は今後も続いていくことが見込まれます。バーガンストは「何が起こるかわかりませんが、見通しはよくありません」と話しています。
今日のニュースレターは、Lila MacLellanがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
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