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ポッドキャストに注力するSpotify。その象徴ともいえるジョー・ローガンとの独占配信権の獲得は、2020年当時、Spotifyの市場価値を2倍近く押し上げました。しかし、それから2年後、そのポッドキャストをめぐる論争が、同社の株価と評判とを一気に貶めることになったのです。
目に見える問題としては、まず、ジョー・ローガンがホストを務めるポッドキャスト番組「ジョー・ローガン・エクスペリエンス(The Joe Rogan Experience、以下JRE)」がCOVID-19をめぐるフェイク情報を拡散させたこと。それに対してニール・ヤングがSpotifyから楽曲を引き上げたことが広く報道されています。
しかし、問題の本質はSpotifyが掲げる進歩的なミッションと、その実際とが明らかに一致していないことにつきます。同じことがかつてNetflixにも起き、同社の場合は、従業員たちが声を上げ、ウォークアウトを行うまでに至りました。
Spotifyと、そのCEOであるダニエル・エクは、どこで何を間違ったのか。つい昨日(7日)、エクからSpotify社員に宛てて送られたメッセージの全訳とあわせて(注釈つきで、ニュースレターの最後に掲載しています)、「知っておきたいこと」をまとめました。
By Digits
JREを数字でみる
ジョン・ローガンは米格闘技団体UFCのコメンテーターとして活躍したのち、2001年からは出場者が賞金を賭けて競い合う素人参加番組「Fear Factor(恐怖の要因)」のホストを務めました(〜06年)。09年にJREを配信開始して以来、人気ポッドキャスターとしての地位を確かなものにしました。
- 1,100万人:1エピソードあたりのリスナー数
- 1,772:5日現在までに配信された総エピソード数
- 5,189万ビュー:JREのYouTubeチャンネル内で最多視聴数を記録した動画の再生数(8日時点)。ちなみに、2018年9月に配信された回で、ゲストはイーロン・マスク。収録中、マスクはマリファナを吸い、翌日テスラの株価は一時急落した
- 926人:これまでにJREに出演したゲスト数
- 11%:そのうち、女性ゲストの割合
- 1億ドル(約113億9,000万円):2020年5月、Spotifyが独占配信権に払った対価
- 113:8日現在確認されている、削除されたエピソード数
A Month of Falling Down
…そして、転落
2022年1月10日:約300人の医療専門家からなるグループが、Spotifyに宛てたオープンレターで、2021年12月31日配信のエピソードにてCOVID-19に関する誤った情報を広めたと指摘。レターは、フェイク情報に関するルール導入を求めている
1月24日:ニール・ヤングが自分の曲をSpotifyから削除するように要求するオープンレターを公開
1月26日:世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長がニール・ヤングへの謝意をツイートする一方で、Spotifyがヤングの楽曲を削除すると言明
2月4〜5日:100を超えるJREのエピソードが削除。陰謀論者のAlex JonesやProud Boys創設者のGavin McInnesなどが出演していたエピソードが対象
2月7日:SpotifyのCEOダニエル・エクがスタッフに宛てたレターで謝罪
2月8日:日本時間8日17時現在、Spotify上でも「The Needle and The Damage Done」(1985年のLive Aidでのライヴトラック)などは聴くことができる
the limits of employee activism
立ち上がる従業員
2021年10月にNetflixで配信が始まったデイヴ・シャペル制作のコメディショー「The Closer(デイヴ・シャペルのこれでお開き)」は、同社社員からの反発を招き、ウォークアウトに発展しました。
番組内でデイヴは、トランスジェンダーに対する差別的なジョークを連発。これに対して批判の声を上げた従業員をNetflixが停職処分にしたことで、LGBTQコミュニティからのさらなる反発を招きました。
その後、従業員への処分は解かれたものの、同社の共同CEOのテッド・サランドスはシャペルの「芸術上の自由」を擁護し、ストリーミング大手としてのミッションは「多様な嗜好に合わせた番組をつくること」だと発言しています。
Quote
こんな発言も……
「世界の音楽家たち、クリエイターたちへ──あなたたちのアートの住処になるべき場所として、Spotifyよりましな場所は必ずある。
Spotifyで働く人たちへ──問題はジョー・ローガンではなくエクにある。魂を食われる前に、そこから出ていけ。エクが掲げる唯一の目標は数字であり、芸術でもなく、創造性でもない」
──ニール・ヤング(楽曲削除後に自身のウェブサイトに掲載したメッセージより)
What he was really telling…
CEOが言いたかったこと
今日のニュースレターの最後に、CEOのダニエル・エクが7日、Spotifyの社員に宛てたメッセージを紹介しますが、その内容はあまりに言動不一致な言い訳に終わっていました。ちょっとした注釈とともに読んでいただければ、Spotifyの「分かってなさ」が、伝わると思います。
Spotifyのみんなへ
The Joe Rogan Experienceをめぐる議論が皆さんに影響を与え続けていることについて、わたしがどれほど深く申し訳なく思っているか、十分に言い表すことばもありません。
Quartz註:「混乱させてごめんね」の言い換え。古典的なうわべだけの謝罪ですね。
ジョー・ローガンの発言のいくつかが、信じられないほど人を傷つけるものであると明言すると同時に、これがこの会社のバリューを代表するものではないことを明確にさせてください。このような状況により、多くの人が意気消沈し、苛立ち、そして会社は聞く耳をもたないのだと感じていることと思います。
Quartz註:「ローガンの発言は、Spotifyのバリューを表すものではないけれど、議論してもしょうがないので、それぞれが思うこの会社のバリューとうまく折り合いをつけてもらいたい」
重要なのは、ジョーおよびジョーのチームと、彼のショーの内容や人種差別を助長するようなことば遣いについて話し合ったことを認識しておくことでしょう。その結果、彼はいくつかのエピソードをSpotifyから削除することを選びました。また、週末にはジョー自ら謝罪の意を表明しています。
Quartz註:「ジョー・ローガンがNワードを使ったエピソードを削除したのは、われわれではなく彼自身の判断である」
わたしは、ジョーの発言を強く非難する者です。また、過去のエピソードをわたしたちのプラットフォームから削除するという彼の決断に同意します。が、それ以上のことを望む人がいることも承知しています。わたしは、ジョーを黙らせることが解決策になるとは思っていません。コンテンツに明確な線引きをし、それが破られたときには行動を起こすべきですが、声を取り上げるのは危険なことです。この問題をより広く捉えるなら、批判的思考と開かれた議論こそが、真に必要な進歩の原動力となるのではないでしょうか。
Quartz註:「1億ドル支払って独占権を取得したポッドキャストにおける編集上の、あるいはビジネス上の責任を放棄し、言論の自由やキャンセルカルチャー、不人気な意見の封じ込めの議論とは無関係だと言っておく」
もうひとつ、多くの方から寄せられている批判には、問題はSpotifyとThe Joe Rogan Experienceの関係以上に、わたしたちと彼との間の直接的な関係に帰結する、というものもあります。先週開催したタウンホールで、わたしたちはJREのパブリッシャーではないと説明しました。しかし、独占ライセンスに起因する世間の認識は、必ずしもそうでないことを意味します。そこでわたしは、この認識がわたしたちのバリューとどのように合致するのかについて、ずっと考えていました。
Quartz註:「ある人のポッドキャストをホストすることと、その人に1億円を支払ってわたしたちのウェブサイトでしか聴けないようにすることの違いを、Spotifyはまだ認めるわけにはいかない」
“オープンなプラットフォーム”を会社のコアバリューとするならば、多様な背景をもつコミュニティ出身者を含む、あらゆるタイプのクリエイターの地位向上もまた重要であると考えます。この分野において、わたしたちはすでに多くのことを実践してきました。が、さらに多くのことができるでしょう。わたしは、歴史的に疎外されてきたグループの音楽(アーティストや作詞家)およびオーディオコンテンツのライセンス供与、開発、マーケティングのために、1億ドルの追加投資を行うことを約束します。これにより、これらの分野におけるわたしたちの取り組みは劇的に増加するでしょう。
Quartz註:「ジョー・ローガン一人に1億ドルの価値があると強く感じている。そして同じ金額を“限界集落”にいるすべてのミュージシャンやポッドキャスターに費やすことにした」
別の道を歩むべきだと言う人もいるかもしれません。しかし、より多くの問題についてより多くの発言をすることで、現状を改善し、対話を強化することになるとわたしは信じています。
Quartz註:「“言論の自由”は、自分たちの決定に対する批判から身を守るためにある」
このような負担を強いることになり、深く反省しています。「グローバルなオーディオプラットフォーム」というミッションを達成するには、このような争いは避けられないという期待を込めて、透明性を確保したいと思います。わたし自身、人間のクリエイティヴィティの可能性を引き出し、10億人以上の人びとが5,000万人以上のクリエイターの作品を楽しめるようにするというミッションに立ち返りたいと思います。そのミッションがあるからこそ、こうした衝突も努力に値するのです。
Quartz註:「今後、ローガンや彼のような人への支払いを止めるつもりはない」
先週から繰り返し伝えていますが、お互いの話をよく聞き、どうしたらいいかを考えることが重要だと思います。この間、Spotifyの内外の人たちとたくさんの会話をしました。サポートしてくれる人もいれば、信じられないほど頑なな人もいました。そのどれもが、わたしにとって考えさせるものでした。
Quartz註:「多くの人と話をしたが、必ずしも多くの人の話を聞いたわけではない」
わたしが考えていることのひとつに、クリエイターの表現とユーザーの安全性を両立させるために、どんな追加措置を講じられるかということがあります。これらの取り組みについて、相談できる外部の専門家の数を増やすよう各チームに要請しています。詳細を伝えられるのを楽しみにしています。
Quartz註:「われわれは、ユーザーの安全と、ジョー・ローガンがわれわれを大儲けさせてくれることのバランスをとることを誓う」
この会社とわたしたちのミッションに対する皆さんのパッションは、世界中の多くのリスナーやクリエイターの人生を変えてきました。どうか、そのことを見失わないでください。最も困難な日でもSpotifyに集中し、改善するその能力が、わたしたちのプラットフォームを構築するのに役立ちました。この挑戦から共に学び、成長する明確な機会を得られました。わたしには、この挑戦に正面から取り組む準備ができています。
Quartz註:「ジョー・ローガンについて心配していることは、われわれの行動指針をほとんど変えるものではない」
このような話を公の場でするのは難しいことだと思いますので、ご自身やチームのためにサポートやリソースが必要な場合は、リーダーや人事パートナー、あるいはわたしに直接ご連絡してもらうよう、引き続きお願いします。
ダニエルより
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