いますぐ世界の好きな場所に行けるとしたら、どこに行きたいですか? カリブ海に浮かぶ島のビーチか、パリの美味しいレストランかもしれません。では、ただの1週間の休暇ではなく、仕事をもっていってその場所に長期間滞在するとしたらどうでしょう。やってみたいと思いますか?
オフィスに行く必要がなければこんなことも可能で、実際に在宅勤務が広まるなかで、「デジタルノマド(digital nomad)」になる人が増えています。デジタルノマドという暮らし方は、これまでは旅ブロガーやフリーランサーのためのもので、企業で働く人には関係がないと思われてきました。しかし、リモートワークとハイブリッドワークが普及するなか、こうした認識は変化しつつあります。
いま、特定の場所に縛られることのない人たちが、在宅勤務に必要な装備を整えて仮住まいで仕事をしています。数週間や数カ月も旅行し、あるいはAirbnbなどで借りた家やトレーラーハウスで長期間にわたって生活するのです。
新型コロナウイルスのパンデミックが始まってから1年以上経った2021年9月時点で、米国では、勤務時間の少なくとも一部は自宅で仕事をしていたという人の割合は45%でした。英国では、ロックダウン中だった2021年2月には47%が家で仕事をしていたそうです。また、ドロップボックスやツイッターなど大手テック企業が、希望者に対しては今後もずっと在宅勤務を認める方針を明らかにしています。
エアビーアンドビー(Airbnb)は自社プラットフォームでの予約は長期的に増加傾向にあるとして、これを「旅行革命(traveling revolution)」と呼んでいます。2021年第3四半期は、総予約泊数の20%は宿泊期間が28日以上の長期予約の一部でした。
同社の広報担当のリズ・デボルド・フュースコ(Liz DeBold Fusco)は、「昨年の夏前には、長期旅行の目的地の上位に、ニューヨーク、ロサンゼルス、シアトルといった都市が含まれていました」と話します。「いま起きていることは、第二次世界大戦後に民間人向けの商用フライトが登場して以来で最大の変化なのです」
エアビーアンドビーのCEOであるブライアン・チェスキー(Brian Chesky)は、これを「生活の分散化(decentralization of living)」と呼んでいます。チェスキーは1月、自らもデジタルノマドになると宣言しました。
もちろん誰もがどこからでも働けるわけではありませんし、そんなことは望んでいないという人もたくさんいるでしょう。ただ、デジタルノマドという移動する労働者が増えれば、働くこと、旅、都市といったものの概念が変化していくはずです。そして、定住を好む人たちもその影響から逃れることはできません。
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PROS / CONS
いいこと、悪いこと
実際のノマドワーカーたちの体験談に基づけば、荷物をまとめて旅に出ることをおすすめするのは次のような利点があるからです。
🤿 毎日が冒険。デジタルノマドというライフスタイルの最大の魅力は、日々の暮らしのなかで冒険ができることです。仕事をしない時間に観光もできるし、そこでは新しい出会いや体験が待っています。
ソフトウェア企業でプロジェクトマネジャーをしているケン・ガニェ(Ken Gagne)は、2019年からデジタルノマドとして働いています。彼は「ある場所での時間が限られていれば、その時間を有効に使いたくなるでしょう」と言います。「そしてどこかに数カ月住むと、また旅に出たいという思いが強くなるんです」
👯♂️ 家族や友達に会いに行ける。旅を続けていると孤独を感じるかもしれませんが、ガニェはデジタルノマドになってから、米国各地に散らばる友人や家族に会ったと話しています。10年以上ぶりにサンディエゴ(San Diego)に住んでいる家族と再開したり、モンタナ州の友人のペットの面倒をみたり、ユタ州で手術を受けたばかりの別の友人のリハビリの手伝いをしたこともあるそうです。ガニェは、このライフスタイルのおかげで行かなければならない場所に行くための柔軟性がもてるようになったと述べています。
🧎 ミニマリストになれる。デジタルノマドの多くは所有物を売却するか、もしくはトランクルームに移動させるところから準備を始めます。家賃や公共料金の支払い、家具といったものに煩わされることなく、必要なものだけで身軽に遠くに行くことができるのです。
しかし一方で、以下のような苦労もあります。
🤯 計画と移動は大変。目的地と滞在期間だけでなく、医療機関の利用や郵便物の受け取りはどうするのかといったことも考えなければなりません。サウスダコタ州では定住しないで働く人向けのサービスが一定規模の産業として成立しており、同州に親戚がいればそこを住所に指定するか、もしくはサウスダコタの居住権を取得するデジタルノマドが多いようです。ただ、どれだけ綿密に計画を立てても、最後の最後で変更を受け入れるだけの覚悟もしておいたほうがいいでしょう。
マーチャンダイズ分野で働くソナリ・ジェイン(Sonali Jain)は、パンデミックが始まってから1年間、遠隔地から仕事をしていました。彼女からのアドバイスは、「優先順位を考えて全体を整理するようにしてください。フルタイムで働きながら同時にこうした計画を進めていくには、とにかく時間がかかります」というものです。
👾 どこに行っても仕事。デジタルノマドになれば毎日が休暇ということではないため、一定速度のネット接続や仕事のできる机、ワークスペースなどがあるかといったことを考慮して、滞在先を決める必要があります。とんでもない僻地だと、こうしたものを確保するのは難しいかもしれません。
デジタルノマドを10年間やってから移動生活向けのビジネスを共同で立ち上げたマシュー・ホフマン(Matthew Hofmann)は、「ビーチに座ってラップトプで仕事をしている人たちというイメージ画像がよくありますが、実際にはあのようにはいきません」と指摘します。
💸 生活費は高くなるかも。ノマドワーカーになるとお金を節約することもできますが、十分な戦略を考えなければなりません。例えば、Airbnbの物件に住むと、一般的には1年契約で家を借りるより高くつきます。ノマドたちは住居費を節約するために、ハウスシッティングや親戚の家に泊めてもらうといった無料で住める手段を模索するようです。
ジェインは「リモートワークをしていた1年間は、ぎりぎりで収支とんとんだったと思います」と言います。「オハイオ州に両親が住んでいるのでそこをベースにしていたのですが、とても助かりました」
By The Digits
数字でみる
- 10万件: Airbnbでの宿泊期間が3カ月以上の予約件数(2021年第3四半期)
- 250ポンド(約3万9,000円):英国のスタートアップのパドル(Paddle)がリモートワーク支援に向けて従業員に支給するAirbnbのバウチャーの額
- 1万ドル(115万円):オクラホマ州タルサ(Tulsa)の自治体がリモートワーカーの誘致プログラムで移住者に提供する一時金の最大額
- 40カ国以上:デジタルノマド向けに何らかのビザを発給する国の数
- 4,821軒:ベネチア(Venezia)中心部で観光客向けに貸し出されている物件の数。市当局は人口減対策で長期滞在者の獲得を進める
🔮 PREDICTIONS
今後の見通し
完全なリモートワークもしくは在宅とオフィス勤務の組み合わせとうい働き方は、従業員たちが望めばそれだけで今後も続いていくでしょう。現在、リモートで働いている米国民の半分近くが、完全なオフィス勤務になるのであれば仕事を辞めたいと考えていることが明らかになっています。
ただ、オフィスに行かないで仕事をしている人たちの多くが、荷物をまとめてデジタルノマドになる決断をするという可能性はそれほど高くはありません。出勤する必要がなくても、子どもや配偶者の存在、コミュニティとのつながりなど、人が1カ所に定住する理由は他にもたくさんあるからです。わたしたちが長期的にどのように生きていくかは、こうした要素によって形づくられています。
一方で、旅行という概念はより柔軟なものになりつつあります。わたしたちは、仕事をしながら数週間から数カ月にわたってどこかに移り住むことを考えるようになっているのです。この結果、都市はデジタルノマドにとって魅力的な場所になろうとし、その過程で財政政策や都市開発計画も変化していくでしょう。アマゾンの次の本社を誘致するために数十億ドルを使う代わりに、デジタルノマド向けの助成金や住宅建設、ワーキングスペースの整備といったことに予算が振り向けられるようになるかもしれません。
デジタルノマドは居住者ではないので、住民税などからの税収拡大は望めません。しかし、彼らはただの観光客でもないのです。移動しながら働く人たちは、居住者と観光客の中間に位置する何かであり、その場所にいる間はわずかながらも影響を与え、かすかな足跡を残して去っていく長期滞在者なのです。
ONE ⏰ THING
ちなみに……
オフィスに行かなくなっても、同僚やクライアントとのミーティングには参加しなければならないことが多く、この場合は時差が問題になります。自分がいる場所によっては、ミーティングの時間が真夜中を過ぎることもあるでしょう。
デジタルノマド向けのサービスを提供するリモートワーク(Remote Work)は、アジア諸国のコワーキングスペースでは深夜以降も軽食を提供しています。うっかり寝てしまってミーティングを逃す心配が減るかもしれませんね。
今日のニュースレターは、シティレポーターのCamille Squires(まさにいま、メキシコシティのエアビー長期滞在物件を探し中)がお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
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