Company:ハーマン・ミラーが愛される理由

Company:ハーマン・ミラーが愛される理由
Herman Miller

「クール」はどこで生まれるのでしょう? もしあなたがミッドセンチュリーデザインのファンであれば、その答えはミシガン州にあるハーマン・ミラー(Herman Miller)の工場、ということになるでしょう。2021年には社名をミラーノル(MillerKnoll)に変更しましたが、同社は117年前から、ここで高級家具を生産してきました。

ハーマン・ミラーは創業者ダーク・ジャン・デプリー(Dirk Jan De Pree)の義理の父親の名前で、モダンデザインの記念碑的な名作家具がこの名の下で誕生しています。イームズ(Eames)のラウンジチェアに座ってくつろぎながら、イサム・ノグチ(Isamu Noguchi)がデザインしたコーヒーテーブルに置いてある飲み物に手を伸ばすとき、誰もが特別な気分になるでしょう。

もちろん、その「特別さ」が生まれるまでには、長い時間がかかっています。その背景には、ギルバート・ローディ(Gilbert Rohde)やチャールズとレイのイームズ夫妻(Charles & Ray Eames)など、たくさんの著名デザイナーの存在があります。

しかし同時に、映画グラフィックポスター広告キャンペーンといったものが果たした役割も無視することはできません。消費者はこれらから影響を受け、ハーマン・ミラーの製品を理想のライフスタイルと結びつけるようになりました。創業者のデプリーが言ったように、ハーマン・ミラーは「生き方」をデザインしてきたのです。

幸いなことに、1950年代に大衆に受け入れられたスタイルはいまでもその輝きを失っていません。ハーマン・ミラーは2021年、やはりミッドセンチュリーを代表する家具メーカーのノル(Knoll)を買収し、この分野で世界最大の企業のひとつになりました。


A BRIEF HISTORY

ハーマン・ミラー小史

  • 1905年:ミシガン州ジーランド(Zeeland)で高級家具を製造するスター・ファニチャー・カンパニー(Star Furniture Company)が創業
  • 1923年:同社の事務員だったデプリーが義父の援助を受けて会社を買収。社名を義父の名前であるハーマン・ミラーに変更する
  • 1931年:工業デザイナーのローディがハーマン・ミラーの初代デザインディレクターに就任。ローディの妻のペギー・アン(Peggy Ann)は、ハーマン・ミラーのマーケティング資料をデザインしていた
  • 1942年:200以上の異なる組み合わせが可能な「エグゼクティブ・オフィス・グループ(Executive Office Group、EOG)」シリーズで、オフィス家具事業に進出
  • 1945年:家具デザイナーでライターでもあったジョージ・ネルソン(George Nelson)が、ローディの後任としてデザインディレクターになる。ネルソンはイームズ夫妻やアレキサンダー・ジラード (Alexander Girard)、イサム・ノグチ、アービング・ハーパー(Irving Harper)、トモコ・ミホ(Tomoko Miho)などのデザイナーを起用した
  • 1956年: NBCのテレビ番組『ホーム(Home)』でイームズ・ラウンジ・チェア(Eames Lounge Chair、ELC)を発表
  • 1959年:モスクワで開かれたアメリカ博覧会(American National Exhibition)に出展。このイベントでは、米国の豊かさを示すために全自動器具を備えたキッチンなどが紹介された
  • 1994年:アーロンチェア(Aeron Chair)を発売。紙のカタログの代わりにCD-ROMが付属していた
  • 2014年:資金繰りが悪化していた高級家具店デザインウィズインリーチ(Design Within Reach)を買収
  • 2021年:競合のノルを買収し、社名をミラーノルに変更。デザイン家具メーカーとして世界最大手のひとつになる
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Image: Michael Pateman / Thomas Y. Crowell Publishers

KNOCKING OFF KNOCK-OFFS

模造品との戦い

ハーマン・ミラーは昔から模造品に悩まされてきました。イームズ夫妻がデザインした椅子はほぼ全て、それに「オマージュ」を捧げたという安価なコピー品がいくつも市場に出回っています。InstagramのDesign Within Copyというアカウントや、業界団体ビーオリジナル(BeOriginal)のサイトにいけば、さまざまな例を見ることができます。

皮肉なことに、ハーマン・ミラーも創業後しばらくは、欧州の高級家具をまねた製品をつくっていました。偽物のアンティーク家具から利益を得るのは恥ずかしいことだと経営陣を説得し、会社の方向性をモダンデザインにシフトさせたのが、ローディだったのです。

ハーマン・ミラーは現在、米国で160件以上の特許を保有していますが、製品のデザインを守るのは容易でありません。デザインの専門誌『Metropolis』のミシャ・ボルフ(Misha Volf)は、次のように説明します。

「家具の画像には著作権がありますし、商品名も商標として登録可能です。しかし、意匠権ではデザインの装飾的な部分しか保護できません。また、意匠権の存続期間はわずか14年間です」

それでも、ハーマン・ミラーの法務チームは昨年、イームズチェアに酷似した椅子を製造していたオフィス・スター・プロダクツ(Office Star Products)との立体商標(トレードドレス)訴訟で、330万ドル(3億7,950万円)を勝ち取りました。

Beware of Imitations Full page ad by the Eames Office for the back cover of Arts and Architecture magazine, 1962.
“Beware of Imitations” Full page ad by the Eames Office for the back cover of Arts and Architecture magazine, 1962.
Image: Eames Office/Herman Miller

BY THE DIGITS

数字でみる

  • 47工程:イームズ・ラウンジ・チェアの製作工数。大半は手作業で行われる
  • 3%:1931年にハーマン・ミラーがローディに払っていたデザインのロイヤルティー。この数字はいまでも業界標準となっている
  • 700万脚:アーロンチェアの累計販売数
  • 56%:2020年の小売事業の増収率。自社記録を塗り替える
  • 18億ドル(2,070億円):ノルの買収額
  • 1万1,000人:従業員数
  • 8:ミラーノルが保有するブランドの数。デザイナーズ家具ショップのデザインウィズインリーチや、デンマークのヘイ(HAY)が含まれる

VALUABLE VINTAGE

家具のお値段

ハーマン・ミラーは過去数十年にわたり、ミッドセンチュリーデザインの代表的なブランドとしての地位を保ってきました。現在の時価総額は29億ドル(3,335億円)で、米国最大の家具メーカーに成長しています(ちなみに世界最大手はスウェーデンのイケアです)。特に有名な製品は中古でも高値で取引されており、この事実はハーマン・ミラーの家具の魅力の証拠となっているのです。

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WHAT TO WATCH FOR NEXT

今後のトレンド

  • 在宅勤務の影響は? 競合の家具メーカーと同じように、ハーマン・ミラーも在宅勤務やハイブリッド勤務の拡大を念頭に置いた動きをみせています。ショールームを住宅に近い内装に変えたほか、オフィス用の椅子は家庭に合うような色と素材のものを新たに発売しました。パステルブルーのイームズチェアなんてどうでしょう?
  • 「座る」の進化する先は? ハーマン・ミラーは2020年、初のゲームチェアとなるエンボディゲーミングチェア(Embody Gaming Chair)を市場投入しました。1,500ドル(約17万2,500円)のこの椅子は、スイスのデジタルデバイス大手ロジテック・インターナショナル(Logitech International)と協力して開発したものです。2008年のエンボディチェア(Embody Chair)をベースにしており、バイオメカニクスや視覚機能、理学療法などの専門家チームが、姿勢を正しくして血行を改善し、酸素の摂取量を最大化するようなデザインを考えました。昨年4月には、YouTubeのインフルエンサーTimTheTatmanとして知られるティム・ベタール(Tim Betar)が初のブランドアンバサダーに起用されています。
  • サステイナビリティに向けた取り組みは? ハーマン・ミラーは海洋プラスチックごみの問題への対策を明らかにしており、アーロンチェアでは今後、ペットボトルや漁網などの海洋廃棄物をリサイクルした素材を採用していく方針です。持続可能性に向けた取り組みはこの先も続けられていくでしょう。

ONE 📺 THING

ちなみに……

ハーマン・ミラーの評価はハリウッド映画によって確立された部分もあります。オリバー・ピアソン(Oliver Pearson)は映画に登場する家具をテーマにした自身のブログで、ハーマン・ミラーの椅子は「控えめなスマートさと洗練の簡潔な表現形態により、(中略)何らかのかたちでの成功を思わせる人や場所を象徴するものになった」と書いています。同社の家具が登場する作品をいくつかご紹介しましょう。

🚀 スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)の『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey)では、宇宙ステーションのレセプションにジョージ・ネルソンがデザインしたウォールナット材とスチールのデスクが置かれています。

🤵 2006年公開の『007/カジノ・ロワイヤル』(Casino Royale)で、秘密情報部(MI6)を率いるMが座っているのはアーロンチェアです。

☕ テレビドラマの『そりゃないぜ!? フレイジャー』(Frasier)の主役フレイジャー・クレインが住むアパートには、イームズのラウンジチェアとオットマンのセットがあります。

❌ 英国のオーディション番組『Xファクター』(The X Factor)では、サイモン・コーウェル(Simon Cowell)やポーラ・アブドゥル(Paula Abdul)など審査員の面々はイームズのアルミナムグループチェア(Eames Aluminum Group Chair)を使っています。また、ビジネスリアリティ番組『シャークタンク』(Shark Tank)の審査員の椅子は白い皮張りのイームズのラウンジチェアです。

👨‍👨‍👧‍👦 NBCのシットコム『ふたりは友達? ウィル&グレイス』(Will & Grace)には、ウィルがアーロンチェアに夢中になるエピソードがあります。

👼 テレビアニメ『ザ・シンプソンズ』(The Simpsons)の第354話では、神様はアーロンチェアに座っていました。

God in an Aeron, The Simpsons, episode 354. Thank God, It’s Doomsday, 2005

今日の「The Company」ニュースレターは、Anne Quitoがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。


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