Forecast:メタバースで働くってどんな感じ?

Forecast:メタバースで働くってどんな感じ?
Work in the metaverse
Image: Janik Söllner

新型コロナウイルスによるロックダウンが始まってから1カ月が過ぎようとしていた2020年のあるとき、メリーランド州ボルティモアに拠点を置くEnvironments by LEの最高経営責任者(CEO)であるエリン・マクドナルド(Erin McDannald)は、スタッフにある質問をしました

「COVID-19が永遠に続くとしたらどんな行動を取るだろう? 何をするだろう?」

彼らが至った答えは「メタバース」でした。Environments by LEは音声コマンド対応の照明やスマートサーモスタットなどIoT機器を活用した環境ソリューションを提供しています。そこで社内のデータアーキテクトがゲームエンジンのUnityに本社の建物の3Dモデルをアップロードし、デジタル空間に完成したオフィスに従業員のアバターが出社するようになったのです。

スタッフは自宅で仕事をしていても、このデジタルのオフィスで時間を過ごすことができます。仮想現実(VR)のヘッドセットは必要なく(もちろん装着しても構わないのですが)、アバターはマウスで操作します。

スタッフにはZoomより好評でした。CEOのマクドナルド自身も、この方が人間味があっていいと感じているそうです。例えば、誰かと話をしたければそのまま声をかければいいのですが、マクドナルドは仮想オフィスのアバターを動かして、相手のデスクまで歩いていくといいます。「その方が考えをまとめる時間をもてる」からです。

メタバースを巡っては、マーク・ザッカーバーグが昨年8月に仮想オフィスのプラットホーム「Horizon Workrooms」を発表して話題になりました。Environments by LEは、ザッカーバーグのプレゼンの前からデジタルオフィスを試していた数少ない企業のひとつです。

ザッカーバーグが誇らしげに紹介した「イマーシブな」バーチャル会議室には、ホワイトボードと机と椅子以外はほとんど何もありませんでした。それでも、フェイスブック(当時はまだメタという社名になる前でした)では地理的に離れた場所にいる幹部社員たちがオキュラス(Oculus)のVRヘッドセットを着けて、ここでミーティングをしているそうです。

メタバースで働くということは、何を意味するのでしょう。

わたしたちは9時から5時までヘッドセットをして過ごすようになるのか、それともミーティングや同僚の誕生日パーティーがある日だけ仮想空間に足を踏み入れるのでしょうか。アーンスト・アンド・ヤング(EY)のジェフ・ウォン(Jeff Wong)は、その答えはまだ誰にもわからないと話します。ただ、流れに取り残されることへの恐れといった理由から、仮想空間での働き方を模索する企業は増えています。一方で、EYのウォンがメタバースについて頻繁に口にする「楽しいはずなんです」という言葉に不安を覚えるCEOも少なくはないでしょう。


NICE DIGS

デジタルオフィスの風景

A screenshot of a virtual employee lounge.
Image: Courtesy Offbeat Media Group

ジョージア州アトランタのオフビート・メディア・グループ(Offbeat Media Group)は、特別にデザインされた建物(写真上)を従業員の休憩場所として使っています。

Avatars, human and non, at a virtual "pool party."
Image: Courtesy Offbeat Media Group

最近に起きた新型コロナウイルスの感染拡大中には、ハッピーアワーの時間帯にプールでバーチャルパーティーが開かれました。また、先週に行われた別の従業員向けのイベントでは、VR上でコメディアンがゲストとして参加しています。

Two people interacting in Meta's Horizon Workrooms app.
Image: Meta

一方、Horizon Workroomsではアバターは常に人型であり、本人に似せて外見の特徴や服装などを選ぶことができます。


BACKSTORY

メタバースの基礎知識

  • メタバースは現時点では単一の場所ではない。「Decentraland」、「The Sandbox」、メタが運営する「Horizon Worlds」など複数のプラットフォームが存在します
  • 通常はVRヘッドセットを着用。ヘッドセットはオキュラスの「Quest」やHTCの「VIVE」、ソニーの「PlayStation VR」といった製品が有名です。メタバースでは友人だけでなく初対面の人と交流することも、ライブを観たり、教会に行ったりすることができます。空間オーディオやハプティクス(触覚技術)などのテクノロジーに加え、3D環境であることから、リアル空間にいるような気分になると言われています。
  • メタバース経済は拡大基調。VRゲームの人気が高まっているおかげで、Z世代はバーチャルのものにも普通にお金を払うようになっています。仮想の世界を楽しむ人の数は増えており、ナイキやグッチといった大手ブランドもこの分野に参入しました。さらに、JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)はメタバースで不動産を取得し、顧客向けのラウンジを開設しています。メタバース関連のサービスと製品の市場規模は、2024年までに8,000億ドル(92兆1,300億円)に拡大する見通しです。
  • 一過性の騒ぎかも…。数年後に振り返ってみれば、90年代のインターネットバブルの幕開けと同じだったという結果になる可能性もあります。ただこの流れが続くようであれば、人類の生活にとって大きな変化の兆候はまずリモートワークで起きた、ということになるかもしれません。

THE PLAYERS

注目の製品・サービス

VRミーティングや業務用アプリ

  • Horizon Workrooms:メタが運営するプラットフォームで利用は無料。ヘッドセットをしたまま現実世界を目視できるパススルー(Passthrough)機能が特徴で、これを使うとメタバースでリアルの世界のキーボードを打つといったことが可能になる
  • MeetinVRVR会議アプリ。最大10人まで無料で利用できる
  • Mytaverse:仮想空間でのコーポレイトイベントに特化したプラットフォーム。グーグル、アマゾン、ペプシコなどの大企業が顧客に名を連ねる
  • Spatial:当初はVR会議用のソフトウェアだったが、現在はNFT(非代替性トークン)アートの作品を展示するギャラリーに注力。ただ、マテル(Mattel)とネスレはいまもこのVR会議システムを利用

不動産取引と仮装オフィスの建設

  • Decentraland:人気のVRプラットフォームで、MANAという独自の暗号通貨が使われている
  • The Sandbox: SANDという暗号通貨を採用するプラットフォーム。PwCは昨年にこのプラットフォーム内の土地を購入した
  • Unity:ゲーム開発のプラットフォームだが、デジタルオフィスの開設など他の目的にも使える
  • Gather:2Dのゲームのようなインターフェイスが特徴で、ミーティングやイベントを開くことが可能

コンサル会社

  • PwCEYデロイト(Deloitte)などコンサルティング大手が、最新技術を活用したトレーニング用ソフトウェアの開発に参入。こうしたシステムは、航空会社のスタッフ研修、注文から短時間で料理を出すレストランの調理手順の習得、管理職の対人スキルの向上まで、さまざまな場面で使われている。アクセンチュア(Accenture)は昨秋、オキュラスのヘッドセットを6万台購入して新入社員に配布し、新人研修にVRでのトレーニングを導入

QUOTABLE

こんな発言も……

「関心が高まっていくスピードには驚かされます。誰も特に注意は払っていなかったのが、週の初めにいきなり『CEOがメタバースについて何をすべきか意見を求めている』と言われる、なんてことが数カ月後には実際に起こるかもしれないのです。わたしは人工知能(AI)とブロックチェーンの大騒ぎも経験しましたが、メタバースはそのどちらよりも早く動いていると感じています」

──ジェフ・ウォン(EYのグローバル最高イノベーション責任者[CINO]。ウォンは以前はシリコンバレーでベンチャーキャピタリストとして働いていたほか、イーベイ[eBay]の元社員でもある)


🔮 PREDICTION

今後の見通し

PwCの米製品・テクノロジー部門で働くスニート・デュア(Suneet Dua)は、人びとは3年以内に1日の大半をメタバースで過ごすようになると考えています。

一方で、メタバースはまずは職場での人付き合いで使われていくという意見もあります。オフビート・メディアのCEOのシェップ・オグデン(Shep Ogden)は、VRのソフトウェアは仕事で活用するには安定性が不十分で、メタバースも最初はZoom飲みの次の何かになるのではないかと述べました。

また、メタバースに対して造詣が深い企業の人気が高まり、メタバースは導入しない、もしくは安全ではないと考えるような経営陣は時代遅れになっていくでしょう。デュアは「なぜなら、従業員たちはメタバースを使ってみたいと思っているからです」と言います。

VRヘッドセットへの拒否感はいずれは薄れていくはずです。いまあるヘッドセットは重く、装着しているとすぐに顔がほてってきますが、デュアは「昔は、ラップトップは重いから持ち歩きたくないと思っていましたよね」と指摘します。人びとはラップトップを持ち歩くことに慣れていき、同時にテクノロジーによって製品の軽量化が進んだのです。

ヘッドセットはスマートグラスに置き換わるかもしれません。オフビート・メディアの共同創設者クリストファー・トラバース(Christopher Travers)は、「VRのパススルー技術に移行していくと思います。デバイスは眼鏡に近いものに変化していき、完全に仮想化するかもしれませんが、いずれにしても現実世界とのつながりは保つことが可能になるはずです」と話しています。「スマートフォンを使っているときのように、業務用のアプリに常にアクセスできる状態が実現します。そしてアクセスは目を使って行うようになるでしょう」

ただ、企業が感情面も含めて従業員を監視できるようになる可能性もあります。電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)の相談役を務めるカート・オプサール(Kurt Opsahl)はウォール・ストリート・ジャーナルの取材に対し、仮想空間のオフィスで使われるソフトウェアは従業員の追跡につながる恐れがあると述べています。例えば、目の動きをトラッキングするソフトウェアであれば、ログを保存して他のデータと比較し、従業員の感情の起伏を推測することも可能です。


今日のニュースレターは、レポーターのLila MacLellanがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。


ONE 📝 THING

ちなみに……

バーチャルな職場では(現実世界同様に)混乱が起きることもあるとお伝えするのを忘れていました。デジタルオフィスでの「歩き方」を学び、正しいミーティングルームにたどり着くには、それなりに時間が必要なのです。VR会議に初めて参加する場合は、次のような準備をするのに最低でも30分はかかると覚悟しておきましょう。

  • ヘッドセットとコントローラーを充電しておくこと
  • 適切なプログラムをダウンロードすること。同僚はどこにいるのか、待ち合わせ場所はどこかといったことを確認すること
  • ソフトウェアアップデートを済ませてOSを最新の状態にしておくこと
  • 新しいアバターをつくっておくこと(もし必要なら…)

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