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当局の監視の目を逃れて親しい友人にメッセージを送る。ウクライナで起きている戦争に関する世界のメディアの報道をフォローする。ロシアの政府機関や銀行、石油会社に対するサイバー攻撃を計画する。こうしたことが全部できるアプリが世界にひとつだけあります。「Telegram」です。
テレグラム・メッセンジャー(Telegram Messenger)が提供するこのアプリは、インスタントメッセージアプリとSNSプラットフォームの両方の性格を持ち合わせています。そして現在はウクライナ危機で大きな役割を果たしているのです。さまざまな意味で、Telegramはこの瞬間のために生まれたといっても過言ではないでしょう。
Telegramを開発したパーベル(Pavel Durov)とニコライ(Nikolai Durov)のドゥーロフ兄弟は、ロシア版Facebookとも呼ばれるSNSプラットフォーム「VKontakte(VK)」の創設者としても知られます。ふたりはVKにおける個人情報の扱いを巡って当局と対立し、最終的にはロシアを離れました。その後、人びとがウラジーミル・プーチンのような独裁者の監視や検閲の影響を受けずにコミュニケーションを取れるよう、Telegramをつくり上げたのです。
そしていま、ロシアの侵略に抵抗するウクライナ市民たちがこのアプリを活用しています。こうして注目を浴び、新規ユーザーも増えたことは、Telegramの収益拡大につながるはずですが、2013年の立ち上げ以来、Telegramが収益を上げたことはほとんどありません。ドゥーロフ兄弟はこれまで、VKから得た利益でTelegramの維持費を賄ってきましたが、これも限界に近づきつつあるようです。
こうした状況で、昨年には広告とサブスクリプションが導入されたほか、2023年の上場に向けた準備を始めたと報じられています。ただ、公開会社になるのであれば、その前に解決しなければならない問題は山積みです。
Telegramはその哲学としてコンテンツモデレーションに反対しており、結果としてイスラム過激派や白人至上主義者、陰謀論者にとっては天国のような場所となっています。またセキュリティは強固だとされる一方で、デフォルトではメッセージがエンドツーエンドで暗号化されていない点も指摘されています。つまりユーザーが自分で設定を変更しない限り、Telegramの安全性は他のメッセージングアプリと大差ないのです。
BY THE DIGITS
数字でみる
- 30人:プログラマーの数(テレグラムはドバイに拠点を置くが、ドゥーロフ兄弟はパリ、シンガポール、ロンドン、バリなど世界各地を転々としている)
- 6万3,404人:「Facebook」「Instagram」「WhatsApp」を運営するメタの従業員数
- 5億人:2021年1月時点のTelegramのユーザー数
- 2,500万人:2021年1月にWhatAppが利用規約の変更を発表してから3日間でTelegramに乗り換えたユーザーの数。パーベル・ドゥーロフの話に基づく
- 2%未満:米国におけるTelegramの市場シェア
- 17億ドル(2,067億円):2018年に行われた非公開ICOでの調達額
CHARTING TELEGRAM’S GROWTH
グロースをチャート化
Telegramは競合アプリが“つまずいた”ときにユーザーが増える傾向があります。例えば、2021年10月8日にFacebook、Instagram、WhatsAppが6時間も使えなくなってしまったことがありますが、こういった場合です。
2021年1月にWhatsAppが利用規約を変更すると発表しましたが、多くの利用者がWhatsAppでのやりとりがFacebookにもシェアされると勘違いし、この結果としてTelegramへのユーザー流出が起きました。
また、同月にはトランプ前大統領の支持者が連邦議会議事堂に乱入する事件が起き、TwitterとFacebookで右派の利用が制限されています。Telegramのユーザー数の急激な増加の背景にはこれもあったようです。
パーベルはこのときのユーザーベースの急拡大を「人類史上最大のデジタル大移動」と呼んでおり、その半分以上は北米と欧州以外の地域のユーザーでした。
PERSON(S) OF INTEREST
誰が、なぜつくったのか
パーベル(写真)とニコライのドゥーロフ兄弟は、サンクトペテルブルク出身です。兄のニコライは、10代で数学およびプログラミングの国際大会のロシア代表に選ばれたこともある天才児でした。弟のパーベルはサンクトペテルブルク大学で文献学を学びましたが、学生時代に趣味で、クラスメイトが投稿を共有できるディスカッションフォーラムとデジタル図書館を構築しています。
パーベルは2006年、大学の友人2人とFacebookにヒントを得たVKを立ち上げ、ニコライもこの仲間に加わりました。VKはすぐにロシア最大のソーシャルネットワークに成長します。2011年のロシア下院選挙では不正があったとして大規模な反政府デモが起きましたが、翌年にはプーチンが大統領に再任されました。そして諜報機関がVKに野党のコンテンツをブロックするよう要求し、パーベルはこれを「原則的には」拒否したのです。
その後に起きたことについては、2つの物語があります。パーベルの主張として報じられている話では、政府の意向でオリガルヒがVKを買収して支配しようとしたということになっています。しかし『Wired』の詳細な調査報道記事によれば、実際にはパーベルが創業者の1人と対立し、最終的にはVKを追い出されたようです。いずれにしても、パーベルとニコライは3年の権力闘争を経て2014年にVKを去り、Telegramの開発に着手しました。
A BRIEF HISTORY OF FUNDRAISING
資金調達の歩み
2013年:パーベルがVKで手にした利益のうち3億ドル(366億円)を使ってTelegramを立ち上げる
2018年:非公開のICOで17億ドルを調達。実現はしなかったが「Gram」というトークンを発行する計画で、史上最大規模のICOとなるはずだった
2019年:米証券取引委員会(SEC)がTelegramのトークンは規制に反するとしてICOを差し止め、1,850万ドル(22億5,600万円)の罰金および投資家への12億ドル(1,465億円)の払い戻しを命じる
2021年3月:5年物の転換社債を発行し、個人投資家から10億ドル(1,221億円)を調達。この一部でICO中止による投資家への返済を完了
2021年10月:パブリックのチャンネルで広告を導入。ただしターゲット広告は行わないと宣言
2021年11月:広告を非表示にできるサブスクリプションの提供開始
2023年(?):ナスダックもしくは香港への上場を計画。通常の新規株式公開(IPO)もしくは特別買収目的会社(SPAC)を通じての上場になると報じられている
FOR DISINFORMATION AND DISSENT
正義の場か、悪の温床か
Telegramの開発チームは自由至上主義を標榜しており、ほぼ無制限での自由な情報のやりとりという哲学を掲げます(ただし法的な制約はあり、暴力を扇動する内容や児童ポルノを拡散するチャンネルは強制的に削除されます)。Telegramはこのイデオロギーのために、反体制派にとって抗議の場として機能するだけでなく、偽情報の温床にもなっています。
ロシアがウクライナに侵攻して以来、ウクライナ市民の間でTelegramが急速に広まりました。また香港やイラン、ベラルーシなどの活動家たちも、権威主義的な支配体制への抗議行動を計画するのにこのアプリを活用しているのです。
Telegramは検閲に対して強い抵抗力があることが証明されています。ロシア政府が2018年に大規模なネットの遮断を行なったときにも、Telegramは「ドメイン・フロンティング(domain fronting)」と呼ばれる手法を使ってトラフィックを維持しました。また、2019年の香港民主化デモでは中国の政府系ハッカーたちがTelegramへのアクセスの一部を妨害することに成功しましたが、アプリを完全にブロックすることはできませんでした。
しかし同時に、Telegramはネットで特に悪質なグループに対しても開かれたプラットフォームなのです。例えば、2015年にはイスラム国(IS)が自らのプロパガンダを広めるのにTelegramを利用し始めたことが問題となりました(Telegramはその後、暴力を扇動したという理由でISが開設したチャンネル数十個を削除しています)。ノルウェーとニュージーランドで極右主義者による銃乱射事件が起きたときには、犯人が用意した「マニフェスト」を広げるために使われています。さらに、新型コロナウイルスのパンデミックでは、他のSNSプラットフォームから締め出されたワクチン反対派たちが集まる場所になりました。
一方で、最近ではビジネスを維持していくためにモデレーションを強化することを示唆しています。ブラジルの裁判所が先に、偽情報を削除しなかったとしてTelegramの一時停止を命じた際には、人気の高いパブリックのチャンネル100個を常時監視し、虚偽の投稿には警告を表示する方針を明らかにしました。
ONE 🤔 THING
ちなみに…
Telegramは本当に「暗号化されたメッセージングアプリ」なのでしょうか。プライバシー保護の活動家で暗号化メッセンジャーアプリ「Signal」の創設者でもあるモクシー・マーリンスパイク(Moxie Marlinspike)は、それは誤りだと主張します。マーリンスパイクはTwitterで、Telegramは「プライバシーとデータ収集という観点からは最悪の選択肢だ」と書いています。
SignalやWhatsAppとは違い、Telegramではエンドツーエンドの暗号化はデフォルトではオンになっていません。エンドツーエンドの暗号化とは、送信前にメッセージを普通では読めないようなコードに変換し、受信側のデバイスで復号するプロトコルのことで、こうすれば途中でメッセージが盗み見られるようなことがあっても、第三者がそれを読むことはできないのです。
Telegramで暗号化を有効にするには、「シークレットチャット」機能をオンにする必要があります。また、オンにしておいても暗号化されるのは2人のユーザーの間のダイレクトメッセージのみで、グループチャットやプライベートのチャンネルには適用されません。
Telegramの元開発者のアントン・ローゼンベルク(Anton Rozenberg)は『Wired』の取材に対し、「シークレットチャット以外は、グループチャットでもどんなチャンネルでも、すべてのチャットはTelegramのサーバーにデータが保存されます。ですからTelegramはその情報にアクセスすることが可能です」と述べています。
つまり、Telegramはシークレットチャットをオンにしておけばセキュリティという意味で優れたツールですが、デフォルト設定のままで使っているのなら(多くのユーザーはそうでしょう)、暗号化されていないために秘密が漏れてしまう危険があるのです。
今日の「The Company」ニュースレターは、テックレポーターのNicolás Riveroがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
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