毎週水曜夜のニュースレター「Need to Know」は、世界のビジネスの風向きを変えようとしているモノ・コト・ヒトをひとつ取り上げ、「いま知るべきこと」をまとめるシリーズです。
米国のすべての上場企業にとって、気候変動リスクは自社の存続を左右するものとなります──それは何も「長期的な目線」ではなく。
米国証券取引委員会(SEC)が21日に発表した内容は、上場企業に対して温室効果ガス排出量など気候変動に関する情報の公開を義務付けるものでした。SECは今後、数年間にわたり、温室効果ガスの排出量や気候変動が経営に与える影響などを毎年公表することを義務付ける予定です(PDF)。
SECはこれまでも、上場企業に対して財務状況や事業に潜むリスクなどを開示するよう求めてきました。投資家はそれらの情報をもとに投資判断を行いますが、新たな規制が実行されれば、彼らは気候変動が企業にもたらす具体的なリスクを把握できるようにもなります。
「いま、経済システム全体が危機にさらされている。そしてそれは、個々の企業だけの問題ではない」。そう語るのは、気候変動調査で知られる英国の非営利団体カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(Carbon Disclosure Project、CDP)のサイモン・フィッシュヴァイカー(企業・サプライチェーン部門責任者)です。「気候変動は惑星規模のリスクをもたらす。それは、金融セクターが気候変動の重要性を取り上げるようになったことからも明らかだ」
physical and transitional risks
2つのリスクを知る
企業が直面する気候変動リスクは、大きく分けて「物理的リスク」(physical risks)と「移行リスク」(transitional risks)の2つに分類されています。
物理的リスクは、気候変動によってもたらされる物理的な影響による被害を指します。
- 🌪 異常気象の発生件数・深刻度の増加
- 🌧 降雨パターンや天候の変化
- 🌊 海水面の上昇
- 🥵 平均気温の上昇
移行リスクは、低炭素経済への移行に伴う被害を指し、前者に比べて不確実かつ影響力が大きいのが特徴です。
- 🏭 温室効果ガスの排出量取引価格の高騰
- 👩 既存の製品・サービスへの規制強化
- 🛍 消費者行動の変化
- 🚫 特定の産業セクターに着せられる汚名
THE BACKSTORY
大統領、できますか?
このアイデアは、バイデン政権が2021年に樹立して以来、検討されてきたものです。しかし、先にチャートで紹介した通り、世界では少なくとも1万3,000の企業が自ら気候変動についてのデータを開示しています(もっとも、この1万3,000社のなかには石油・ガス大手は含まれていません。彼らは従来の財務情報開示の中でも、気候変動リスクについて積極的に語ってきませんでした)。
米国はこの分野で遅れをとっており、EUと日本ではすでに気候変動に関する開示ルールの整備が進んでいます。
就任時、気候変動対策に積極的な姿勢をみせたバイデン大統領ですが、その勢いもいまはありません。歳出法案の審議は議会で停滞しており、連邦最高裁も温室効果ガスの直接規制を阻止する構えです。ロシアとウクライナの戦争に伴ってバイデン政権が石油会社に掘削量の増大を要請していることなども考慮すると、今回の新ルール案はバイデン政権1期目に実現する気候政策の、数少ない柱のひとつとなってしまいかねません。
WHAT TO WATCH FOR NEXT
これから起きること
- 訴訟が起きる。SECの規則は、数カ月のパブリックコメント期間を経てから最終決定されることになります。SECはその後、「要求事項が厳しすぎる」「コストがかかる」または「重要ではない」などと主張する業界団体から訴訟に直面する可能性があります。
- ESG人材の争奪戦が勃発。あらゆる規模の会計事務所が、資産運用会社や投資銀行とともに、環境問題に精通し、長期的な気候予測をすることのできる人材を求めて、採用合戦を繰り広げることになるでしょう。一つの近道は、既存のカーボンアカウンティング会社と合併したり、買収したりすることです。
- グリーンウォッシュは「犯罪」になる。これらのデータが開示されれば、企業は曖昧な、あるいは(気候変動対策に熱心なふりをする)グリーンウォッシュ的なマーケティング文句で実態を隠すことが難しくなります。企業の実際の行動が彼らの「約束」と一致しない場合は、詐欺事件として捜査対象となる可能性もあります。
- 投資家の声が高まることに。今回のアイデアは、気候変動に関する企業の説明責任をめぐって、株主に攻撃材料を与えようというものです。しかし、それを実際にどう使うのか──企業と協力してリスクを軽減しようとするのか、資本コストの上昇を理由に企業を罰するのか──は、株主次第なのです。
The climate risk disclosures
図解・ケーススタディ
先に挙げたとおり、すでに多くの企業が気候変動リスクを明らかにしていますが、その多くはケーススタディやシナリオを用いて事業そのものへの影響を説明しています。
そのいくつかをみてみましょう。まず、ユニリーバ(Unilever)は、異常気象がパーム油生産にどのような影響を与えるかについてケーススタディを提供しています(PDF)。ユニリーバはパーム油の世界最大の買い手として知られています。
Unilever Case 1
どんなリスク?:異常気象。台風がパーム油農園を襲い、作物の大部分が壊滅的な被害を受ける
なにが起きる?:需要不足。価格が上昇し、十分な供給量を確保するには作付面積を増やす必要があり、森林の伐採が必要となる
Unilever Case 2
どんなリスク?:森林破壊への懸念。農地を増やすために必要な森林伐採は、地元団体の怒りを買う
なにが起きる?:風評被害。自社製品が求められなくなる
Unilever Case 3
どんなリスク?:規制の変更。森林破壊に対する社会からの懸念を背景に法律が改正され、企業に規制がかかる
なにが起きる?:成長に制限。価格が上昇するとともに、株主価値にも損失が生まれる
移行リスクは、特に「大規模な汚染をもたらす産業」の対処が不可欠です。世界最大の化石燃料企業のひとつであるシェル(Shell)は、こうした懸念を明確に表明し始めています。
Shell Case 1
どんなリスク?:世論の圧力。世界の気温上昇を1.5℃未満に抑えるための行動を求める声が高まっている
なにが起きる?:規制対象となる温室効果ガス排出量の割合が増加。操業に制限がかかり、コンプライアンスコストが増加
Shell Case 2
どんなリスク?:規制の変更。規制当局によって化石燃料プロジェクトに対して制限が課せられる
なにが起きる?:成長に制限。収益が低下し、操業にも制限が。プロジェクトも中止を余儀なくされる
Shell Case 3
どんなリスク?:投資の引き上げ。化石燃料企業への投資から撤退するよう、各種団体が投資家に働きかける
なにが起きる?:証券価格および資本市場へのアクセス能力に悪影響。将来のプロジェクトのための資金調達もできなくなる
One 🪙 Thing
ちなみに……
いま、低炭素経済に向けてコミットし行動を起こす企業には、耐えるべきリスクだけでなく、チャンスがあるのもまた事実です(PDF)。炭素集約度の低い市場を開拓し、革新的な製品を生み出すこともできれば、積極的に従来のビジネスを変化させることで、規制が課された場合でも混乱を最小限にできるはず。
先に名前を挙げたCDPのサイモン・フィッシュヴァイカーは、「他社に先駆けて行動する企業は、既存のビジネスモデルが崩壊するなか、より多くの利益を得て、コストはより小さくなるだろう。結果的に、顧客や投資家からはリーダー的存在として認められるのだ」と指摘しています
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