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ロシアがウクライナに侵攻してから4日後の2月28日、プーチン大統領は核抑止部隊に特別警戒体制を取るよう命じました。これは、1991年にロシア連邦が成立してから初めての事態です。また3月24日には、北朝鮮が核弾頭を搭載できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行なっています。
1980年代以降、「核戦争」という過去の亡霊のようなことばが、これほど現実味を帯びて感じられたことはありません。しかし、現在の世界は冷戦時代とは異なります。バージニア大学の政治学・公共政策学教授で、同大学のミラー公共問題センター(Miller Center of Public Affairs)上級研究員でもあるトッド・セクサー(Todd Sechser)は、次のように話します。
「ロシアとの対立において核が使われる可能性を真剣に考慮しなければならなくなったのは、1980年代以降で初めてのことです。しかし、かつてはどちらか一方が、相手が戦略核兵器による全面攻撃の準備を進めていると考えていました。これはわたしたちがいま直面する危機とは種類が異なります」
核兵器が脅威であることに変わりはありませんが、各国がそれをどう捉えるかは変化しています。非核保有国に対して「戦術」もしくは「戦略」核が使われるという事態が、実際に起こり得るのです。それでは、今回のウクライナ危機が核兵器と外交の未来にとって何を意味するのかを見ていきましょう。
BUILDUP
現在:核のある世界
核兵器はそもそもが矛盾を孕んだ存在です。ハーバード大学ケネディ行政大学院(Harvard Kennedy School)の研究者で核兵器の専門家のマリアナ・ブジェリン(Mariana Budjeryn)は、「使われないために存在する武器」なのだと説明します。核保有国は核兵器による攻撃を受けた場合は核兵器で報復できるように、軍備の増強を進めるのです。
米国は1945年、日本に2つの原子爆弾を投下しましたが、これは人類史上において武力紛争で核兵器が使われた唯一の事例です。米ソ両国は冷戦期を通じて、攻撃されたらやり返す能力があるということを証明するために核兵器の数を増やしていきました。現在、地球上の核兵器の9割は米国とロシアが保有しています。
1968年、当時の核保有国5カ国のうち米国、ソ連、英国の3カ国が核拡散防止条約(NPT)を締結しました(中国とフランスはこの時点ではまだ調印していません)。NPTには非保有国は核開発を行わないという条項が含まれており、これは(いくつかの例外を除いては)機能しています。ブジェリンは「1960年代には多くの国が核武装を進め、核保有国の数は将来的に25〜30カ国になると考えられていました。しかしこうした事態は起きていません」と述べます。
現在では、米露英仏中5カ国に加え、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮が核兵器を保有しています。「核保有国が9カ国というのは、それが30カ国になるよりはましでしょう。核不拡散体制はこれに大きく貢献したのです」
NPTには既存の核保有国が核軍縮の努力を進めるという条項もあり、こちらも徐々に進められてはいます。米国は1994年から2020年までに核弾頭の数を1万1,000個以上減らしたほか、ロシアは約1,500個を解体処理する予定です。下記の図は、2021年時点での各国の核兵器保有数を示しています。
一方で、ロシアは「戦略核」と呼ばれる比較的威力の弱い核兵器を多数保有しており、これが例えばウクライナの都市に配備された場合、軍事的および心理的に大きな影響を及ぼすはずです。しかし、そうした場合でも、米国とその同盟国から核による攻撃を前提とした反応を引き出すには不十分かもしれません。
バージニア大学のセクサーは、「核兵器は古い技術で、マイクロチップやパソコン、小型電卓どころか、トランジスタラジオよりも前に発明されました。それでも、いまだに究極の兵器なのです」と話します。「理由は簡単で、核兵器があれば戦いに勝たなくても敵に深刻な危害を与えることができるからです」
DISARMAMENT
核軍縮の歩み
ソビエト連邦は1991年に崩壊し、同国が保有していた軍備はロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの4カ国に引き継がれました。1996年末までに、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナはソ連時代の兵器をロシアに引き渡すことに合意します。これには現実的な理由があり、核兵器は維持費がかかるだけでなく、核の放棄と引き換えに安全保障が手に入ったためです。それでも、3カ国を説得するのにはそれなりの努力が必要でした。
ロシアは2014年、ウクライナとの安全保障上の取り決めを踏みにじり、同国東部の一部地域およびクリミア半島を侵略しました。ウクライナには核兵器を引き渡したことを後悔している人たちもいます。元ウクライナ国防相のアンドリー・ザゴロドニュク(Andriy Zahorodniuk)は今年2月、『New York Times』の取材に「われわれはタダで戦闘能力を手放したのだ」と語りました。
一方、専門家は将来的に軍縮を進めることがさらに難しくなるとの見方を示しています。セクサーは「ロシアのウクライナ侵攻により、核兵器がなくても安全保障は成り立つと各国に信じさせるのは、かなり困難になるでしょう」と言います。
ブジェリンは以下のように述べています。「ウクライナがどうにかして主権を回復すれば、(軍縮という意味では)素晴らしいことです。『ウクライナは軍備を縮小しており核兵器は必要なかった』と言えるからです」
🔮 PREDICTION
今後の見通し
専門家の大半は、今回の戦争でロシアが核兵器を使用する可能性は低いという見方で意見が一致しています。しかし、その可能性を完全に排除することはできません。ブジェリンは戦況が膠着している現在、戦略核兵器が使われる可能性は侵攻の開始時よりも高まっていると考えています。
大統領報道官ドミトリー・ペスコフ(Dmitry Peskov)は3月22日に行われたCNNとのインタビューで、「存亡の危機」に直面すればロシアは核兵器の使用を検討すると発言しました。ウクライナ危機を受けて核を巡る国際政治がどのように変化していくかを完全に理解することはまだできませんが、今後10年間の動きについて、専門家たちは以下のように予想しています。
- 核保有国は再び軍備を増強。米ロ間の唯一の核軍縮条約である新戦略兵器削減条約(新START)は、両国が保有できる核弾頭や大陸間弾道ミサイルなどの数を制限しています。新STARTは2026年に期限を迎えますが、この時点で両国の関係が悪化しており、延長をしないという決断が下された場合、「世界は1960年代以降で初めて核兵器の使用を制限する条約がないという状況に陥ります」とブジェリンは指摘します。
- 非保有国が核開発プログラムに着手する可能性が高まる。ロシアが「戦略的」にであってもウクライナに核兵器を投入するという選択をした場合、非核保有国は今後、核保有国の攻撃に対抗する方法は核武装しかないと考えるようになるかもしれません。
- 原子力発電からのシフト。ウクライナは電力需要の4分の1近くを原子力発電で賄っていますが、ロシアはウクライナの原発施設を積極的に攻撃しており、専門家の間では原発事故に対する懸念が強まっています。原子力発電は放射性廃棄物といった問題はあるものの、温室効果ガスをほとんど排出しないため、気候変動対策の一環として原発の推進を検討している国もあります。しかし、今回の紛争で原発がリスク要因になり得ることがわかったいま、原発推進を再考する動きも出てくるでしょう。
ONE 🤯 THING
ちなみに……
最近、少し寝過ぎではありませんか? 「Nukemap」を見れば、もう安心して眠ることはできなくなるはずです。世界の大都市で核爆発が起きた場合の被害をシミュレーションできるこのサイトでは、2012年の立ち上げ以来「2億5,580万回の核爆発が試され、その回数は増え続けて」います。
なぜこんな恐ろしいサイトに興味をもつ人が多いのか、不思議に思うかもしれません。サイトを作成したアレックス・ウェラースタイン(Alex Wellerstein)は、チャーリー・ウォーゼル(Charlie Warzel)のニュースレター『Galaxy Brain』のなかで、以下のように説明しています。
「Nukemapは2種類の使われ方をしています。まずはカタルシス、つまり他人への攻撃です。例えば、米国民はロシア人に対して腹を立てているので、嫌いなやつを核攻撃したらどうなるだろうと試してみるのです。もうひとつは実験としての核爆発で、自分が核攻撃に巻き込まれた場合の被害を調べているようです」
このサイトをしばらく使ってみると、その奇妙な魅力に気づくかもしれません。
今日の担当は、メンバーシップエディターのAlex Ossolaでした。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。(ウクライナを巡る問題は決して楽観視できませんが)皆さん、よい週末をお過ごしください!
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