Forecast:解説・EUデジタル市場法の衝撃

Forecast:解説・EUデジタル市場法の衝撃
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ニュースレター「Forecast」では、グローバルビジネスの大きな変化を1つずつ解説しています(これまでに配信してきたニュースレターはこちらからまとめてお読みいただけます)。

欧州連合(EU)が米国の巨大テック企業に対する締め付けを強化しています。

3月末には、グーグル、メタ、アップル、アマゾンなどの「ゲートキーパー」(Gatekeeper)企業による独占を打破することを目的とした「デジタル市場法」(Digital Markets Act、DMA)の最終案が公表されました。この法律が施行されれば、例えば、アップルはiPhoneユーザーに対してAppStore以外の場所でもアプリをインストールできるようにしなければならなくなります。また、WhatsAppやiMessengerは他のメッセージングアプリと相互運用性をもたせることを義務付けられます。

EUはビッグテックに対する規制で世界をリードしており、DMAはその最新の事例です。2016年に成立した「一般データ保護規則」(GDPR)はプライバシー保護における記念碑的なルールで、これを機に各国で同様の法整備が進められるようになりました。

米国でもテック大手への規制は、一応は進められていますが、DMAに不満を抱く政策立案者もいるようです。米商務長官ジーナ・ライモンド(Gina Raimondo)は昨年12月、「一連の提案が米国を拠点とするテクノロジー企業に著しい影響を与えることに対する深刻な懸念」を表明しました。

EUの新しいルールのために米テック企業が不利な立場に追いやられるのではないかというリッチモンドの認識は間違っていませんが、それはアップルやグーグルが影響を受けるためではありません。巨大IT企業がスタートアップの可能性の芽を摘み取っているという見方が、テクノロジーの本拠地であるシリコンバレーも含めて世界中で広まっているのです。

アクセラレーターのYコンビネーター(Y Combinator)は1月、独占禁止法の策定を支持するテック企業34社のイニシアチブに加わると明らかにしました。DMAによって市場競争が促進されれば、特定の分野ではEUの方がスタートアップを立ち上げるのに魅力的な場所になるでしょう。これこそが米国経済にとっての真のリスクなのです。

かつては欧州市場は米国のテック企業の真似ばかりという時代もありました。しかし、足元で独占禁止に向けた取り組みが行き詰まっている現在、欧州に追いつく努力が必要なのは米国の方なのです。


WHAT’S IN THE DMA?

DMA大解剖

  • 「ゲートキーパー」の定義:DMAではゲートキーパーとみなされる企業の規模が決められています。具体的には、時価総額が750億ユーロ(10兆1,139億円)もしくはEU域内での年間の売上高が75億ユーロ(1兆114億円)以上であること。さらに、域内で月間ユーザー数が4,500万人以上のサービスを運営していることも条件になります。
  • 相互運用性:WhatsApp、iMessage、Facebook Messengerを含む特定のサービスは、4年以内により小規模なサービスプロバイダーとの互換性を確保することが必要です。
  • プライバシー:グループ内の複数のインターネットサービスのデータを統合することは禁止されます。
  • 自己優遇措置:消費者を自社の製品やサービスに誘導することは制限されるため、アマゾンや、アップルのAppStore、Google Playなどは影響を受けるでしょう。
  • 罰金:違反した場合、最大で全世界での売上高の10%に相当する額の罰金が科されるほか、違反を繰り返した場合が上限が20%に上がります。

🔮 PREDICTIONS

今後の見通し

💬 iMessageに競合誕生。これまでは、アップル製品のユーザーでなければiMessageの機能にアクセスすることはできませんでした。しかしDMAによって他のメッセージングサービスとの互換性をもたせることが求められるため、状況は変わっていくでしょう。一方で、WhatsAppやiMessageのエンドツーエンドの暗号化に影響が及ぶ可能性も指摘されています。

💰 欧州への資金の流入。イェール大学の経済学者で独占禁止法を研究するフィオナ・スコット・モートン(Fiona Scott Morton)はQUARTZの取材に対し、「DMAへの反応として考えられるのは、欧州でスタートアップが増え、デジタル分野での活動が活発化することでしょう。これは市場に参入して顧客を獲得するチャンスが生まれるためです。欧州での投資は大幅に拡大することが見込まれます」と答えています。

⚔️ 競争の拡大。フィレンツェにある欧州大学院教授で競争法を専門とするニコラ・プティ(Nicolas Petit)はロイター通信の取材に、サブスクリプションモデルを採用した新規ビジネスが増えるため、テック大手は長期的な戦略を考える必要が生じるだろうと述べています

💾 データ移転を巡る問題。米国とEUは先に、国境を超えたデータのやり取りを容易にするための枠組みで合意しました。しかし、DMAによって米国企業がEU域内からデータを持ち出すのがさらに困難になる可能性があります。

🇺🇸 米国の取り組みは?上院司法委員会は1月、「American Innovation and Choice Online Act(米国のイノベーションと選択のためのオンライン法)」を可決し、3月には司法省がこれを支持しました。この法案はビッグテックの影響力を制限することを目的としたもので、メタ、グーグル、アップル、アマゾンが自社の製品やサービスを優先することを禁じています。


ONE BIG QUESTION

今後の見通し

iMessageやWhatsAppでエンドツーエンドの暗号化を犠牲にすることなく相互運用性を確保するには、どうすればいいのでしょう。暗号化の方式はアプリによって異なるため、専門家は企業がDMAを順守するためにセキュリティの水準を犠牲にするのではないかとの懸念を示しています。

メタでWhatsApp事業を率いるウィル・カスカート(Will Cathcart)は『Wired』の取材に、「この複雑なものの変化で、競争力があり革新的な暗号という技術が、安全ではなくスパムばかりのSMSや電子メールのようになってしまうリスクがあります」と話しました。

企業は暗号化の国際標準を策定するか、他のサービスが自社製品にアクセスするためのAPI開発することが必要になるかもしれません。テックジャーナリストのケイシー・ニュートン(Casey Newton)は、現在のようにさまざまな場所で監視が行われている状況では、暗号化されたメッセージの安全性を確保することが重要だと指摘します。カスカートは、メッセージングアプリを管理する能力はヘイトスピーチ偽情報を削減していくための取り組みにも影響を与える可能性があるとも示唆しています


ONE ⚖️ THING

ちなみに……

米国では1980年代以降、競争法関連の訴訟では一貫してビジネスに有利な判決が下され、独占禁止法が適用されることは少ないという傾向がありました。

しかし、独占という概念を巡る法解釈や経済理論がデジタルの時代に適応して変わり、同時にメタをはじめとする巨大テック企業に対する訴訟が進むにつれ、この傾向に変化が生じる可能性はあります。裁判官たちが見方を改めるまでには10年単位の時間がかかるかもしれませんが、新しいルールの策定はそれより早く進んでいくでしょう。


今日の担当は、経済記者のNate DiCamilloとメンバーシップエディターのWalter Frickでした。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。皆さん、よい週末をお過ごしください!


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