月曜夜のニュースレター「Climate Economy」は、今回からちょっとアップデート。毎週ひとつのテーマについて、世界は気候変動をどう見ているのか、どんな解決を見出そうとしているかをお伝えしていきます。
微生物と気候変動にどんなつながりがあるのか? 一見するとわかりにくいこの関係を、今日のニュースレターではじわじわとみなさんにお伝えします。
世界保健機構(WHO)は病原体の薬剤耐性(Antimicrobial Resistance)の問題を「世界規模の公衆衛生危機トップ10」のひとつとして位置づけています。薬剤耐性の主な原因は、抗生物質の乱用です。また、病原体の進化(薬剤耐性の獲得)に新薬の開発がまったく追いついていないという状況も、問題に拍車をかけています。さらに近年の研究では、薬剤耐性のリスクは気候変動によって悪化するという結果も出ているのです。
この問題を解決するために、WHOは各国政府と協力しつつ「薬剤耐性に対する世界行動計画」(Global Action Plan for AMR、通称GAP)を2015年に発表し、さらに2019年にはGAPの進捗状況の監視と評価をするための枠組みを設立しました。また、今年2月にAMR Industry Allianceはランド研究所欧州支局と共同で進捗状況報告書を発表し、主な対策として「抗生物質の適切な製造と処方」の強化などを挙げました。
By the Digits
数字でみる
- 1兆種:地球上に存在する微生物種数の試算。その99.999%は未発見であるとされる
- 〜15%:大気中の微生物のうち、気候変動によって絶滅する可能性がある生物種の割合。動植物に比べ、微生物への気候変動の影響は研究が遅れているものの、昨年10月に科学誌Natureに発表された学術論文にて詳細なモデリングが行われた
- 1.6億ドル:米市場での抗生物質企業に対する投資総額(2020年)。バイオ技術革新協会(BIO)が今年1月に発表した報告書では、ガン治療への同年投資総額70億ドルと比べると、抗菌薬への投資は「あまりにも少ない」
- 100%:英製薬産業協会が行った技術調査で、計量化学(chemometrics)の優先度が「高い」と答えた大手バイオ製薬企業の割合。バイオ製薬部門全体として技術不足の問題は改善が見られるものの、データ分析やデジタル技術を必要とする分野では技術需要が高まっているという結果に
One Little Hero
とても小さなヒーロー
名前:プロクロロコッカス(Prochlorococcus)
大きさ:0.7μm(0.7×10-6m)
分布:海
特徴:地球上で最も多く存在し、最も小さな光合成生物。世界の酸素の約20%をつくり出している
今年の3月1日から4日にかけて開催された「世界海洋サミット」において、ピーター・トムソン国連事務総長海洋特使は「世界のつながりを象徴する微生物」としてプロクロロコッカスを紹介していました。(写真:CC0 1.0)
Quiz
ここで問題です
2000年以降に設立されたバイオ技術スタートアップのうち、2021年10月の時点で10億ドル以上の企業評価に到達したものは何社あるでしょうか?
- 0社
- 1社~9社
- 10社~99社
- 100社~
答えは④の「100社以上」。2016年に約3,600億ドルだった世界各国のバイオ技術企業の時価総額は、2021年には2兆ドル(約5.5倍)にまで急成長しました。上位を占めるのはモデルナ(Moderna)やビオンテック(BioNTech)などのバイオ医療企業です。2022年3月現在、世界には5,400社以上のバイオ技術スタートアップ企業が存在しています。
- Perfect Day:微生物による発酵技術を利用して、非動物性の乳製品を製造。同社の製品は栄養的には牛乳に含まれるタンパク質と同じ
- Noblegen:ユーグレナ(ミドリムシ)から食料を構築。タンパク質や脂質、炭水化物などの栄養素をカバーできる
- Chunk Foods:植物由来の人工肉を開発。植物原料と食品用微生物を組み合わせて発酵させる技術を活用
- Newlight Technologies:微生物を使って温室効果ガスを炭素に変換し、プラスチックの原料として利用することができる技術をもつ
- Renovare Environmental:微生物、酸素、水を組み合わせたごみ処理技術を開発。企業や自治体向けに展開
Tech Meets Life
バイオ技術の動向
🚀 基礎研究の追い風。ヒトの体内で確認できる微生物の系(微生物叢、microbiome)を解析するために、米国立衛生研究所は「Human Microbiome Project」を立ち上げ、データの収集と分析に1億7,000万ドルを投じました(2007〜16年)。こうした公的な研究の追い風を受けつつ、2022年3月現在、数億ドル規模の企業8社を含め、微生物叢スタートアップに投資が集まっています。
🔮 微生物にできること。微生物に温室効果ガスを食べさせて脱炭素をしつつ、実用的な化学物質をつくり出す技術に関して、ノッティンガム大学は昨年行われたCOP26において政策概要を提出しました。また、今年3月に発表された学術論文では、生物化学変換による脱炭素技術は「将来有望である」という結果が出ました。
⚖️ ミクロな世界で争う人たち。CRISPR-Cas9技術の知的所有権をめぐる裁判で、アメリカ特許商標庁は今年2月28日に、真核生物におけるCRISPR-Cas9による遺伝子編集技術の知的所有権は引き続きブロード研究所(マサチューセッツ工科大学・ハーバード大学)が有するという判定を下しました。CRISPRの特許には巨額の利権が絡んでおり、カリフォルニア大学をはじめとする複数の団体が知的所有権をめぐって係争中です。
🍖 追いつかない規制。精密発酵とは、主に遺伝子組換え微生物を使って食用の脂質やたんぱく質をつくり出す技術のことです。商品の一例としては人工肉が挙げられます。比較的新しい産業分野であるため、各国ではまだ規制の整備が進んでいません。
One ✍️ Thing
ちなみに……
カナダの詩人、クリスチャン・ブック(Christian Book)は、文字通り「不死身の詩」の執筆に取り組んでいます。「Xenotext」と呼ばれるこのプロジェクトで、ブックは以下の手順を設定しました。
- アルファベット26文字で13組のペアをつくる
- このペアを使って2つの短い詩を書く
- 完成した作品をDNAの二重らせん構造へと変換する
- この遺伝子を微生物「Deinococcus radiodurans」に埋め込む
現在は(2)までが完了し、(3)が進行中です。ちなみに「Deinococcus radiodurans」(放射線に耐える奇妙な果実)とは、世界で最も放射線に対する耐久力が高い生物であり、通常の生命体が生き延びられないような極端に酷い環境でも存続できるとされています。
(1)のペアの数は約8兆通りあります。この8兆通りの組み合わせをブックはコンピュータプログラムを駆使して調べ上げ、詩が書けるだけの強度をもったほぼ唯一の組を発見しました。この作業について、ブックは次のように回想しています。
ぼくはこの詩をとても誇りに思っている。だって8兆パターンくらいある組み合わせを網羅した結果出てきたほとんど唯一といっていいほどの詩だから。全く無意味な文字の海原で意味のある島に出会えたときの気持ちには、何か啓示を受けたような迫力があった。とはいえ、他の詩人にはおすすめできない詩作方法だけれど。
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