アフリカのいまを知ることは、世界のビジネスの未来の可能性を知ること──火曜夜にお届けしている「Africa」ニュースレターでは、毎週ひとつのスタートアップを取り上げ、彼らが社会の何をどう解決しているかをレポートしています。今日取り上げるのはPiggyvest。ナイジェリアの「銀行アプリ」です。
ナイジェリア人にとって銀行は、公共料金の支払いをしたり窓口で送金したりする場所です。預金口座に多額の貯金をしている人は多くありません。ある行政機関の2021年の統計によると、口座保有者の2%が預金総額の90%を有しており、99%の口座は預金が50万ナイラ(約15万円)以下だといいます。この数字はナイジェリア人の40%にあたる8,300万人が貧困にあえいでいる現状とも重なります。
こうした現実に立つと、ナイジェリアで消費者向けの貯蓄アプリを軸とするテック企業を立ち上げるなんて、と誰もが疑問をもつことでしょう。しかし、旧来の銀行が現状に満足する一方でデジタル決済が進展している状況をうまく生かし、起業家は「ナイジェリア人は貯蓄をしない、できない」という通説に異議を唱えようとしているのです。
ナイジェリア国内の銀行には数十億ドル(2021年上半期次点で33.9兆ナイラ[約10兆3,400億円])にものぼる預金があります。しかし、金利はナイジェリア中央銀行が規定する普通預金の最低金利〈年1.15%〉をぎりぎり超える程度です。また、銀行は大企業との取引に依存しており個人の貯蓄に関するニーズにほとんど時間を割けていません。その一方で、PaystackやFlutterwaveといった決済処理のパイオニアは、あらゆる種類のビジネスが消費者から安全かつ安価に支払いを受けられる仕組みを生み出しました。
その結果、これまで銀行のみが担ってきた役割を個人向けのファイナンスアプリが少しずつ担い始めるようになっています。このなかにはローンアプリや「Robinhood」に似た投資アプリ、「Cash App」に似た個人間送金アプリなどさまざまなものがありますが、最も人気があるのは銀行よりも高い金利を得られる貯蓄アプリです。もちろん、こうしたアプリは、預金の安全性に対する懸念やねずみ講詐欺を疑う声に数年にわたりさらされてきました。それでもこれらのアプリは年々成長を見せており、いまやアフリカのスタートアップシーンで名を上げています。
CHEAT SHEET
業界・虎の巻
💡 どんな可能性が?:いま世界各地で銀行業のありかたが見直されています。他の地域ほど伝統的な銀行業が確立されていないアフリカも例外ではありません。スタートアップはモバイルテクノロジーの普及を追い風に、貯蓄やクレジット、保険といったパーソナル・ファイナンスに関する特別なニーズをもつ若者向けのサービスを開発できるでしょう。
🤔 課題は?:消費者向けアプリは、アフリカの主要都市以外では高速インターネットの普及率が低いという問題に直面しています。加えて、こうしたアプリは銀行に不満をもつユーザーをターゲットにしているにもかかわらず、ユーザーが銀行口座をもっていないと利用できないようになっています。
🌍 ロードマップは?:貯金アプリのよしあしは、簡単に引き落としや入金をおこなえる効率的な決済処理と、ユーザーに安全を保証する強固なサイバーセキュリティのフレームワークを備えているかにかかっています。またこの分野のスタートアップは規制当局から金融ライセンスを取得してユーザーの信頼を高め、オフラインでもマーケティング活動を行なって継続的にユーザーを増やしていかなければなりません。
💰 ステークホルダーは?:アプリを使った貯蓄や投資のエコシステムには、スタートアップ企業や銀行、現地の金融システムの規制当局が関わっています。ナイジェリアの場合、この規制当局に該当するのはナイジェリア中央銀行と証券取引委員会です。
BY THE DIGITS
数字でみる
- 23%:ナイジェリアの総貯蓄率(2020年12月時点)
- 120ドル(約1万5,173円):ナイジェリア人の1カ月あたりの生活賃金(2018年の平均/1ドル=360ナイルで計算)
- 5,360万人:ナイジェリアで公式な金融サービス(金融機関や銀行、年金、保険など。村やグループ単位の貯蓄や金貸しなどのインフォーマルセクターを含まない)を利用している成人の数
- 36%:ナイジェリアの成人1億600万人のうち、金融サービスへのアクセスがない人の割合
- 5億8,000万ドル(約733億3,417万円):2021年に貯金アプリ「Piggyvest」が利息や特典としてユーザーに支払った金額
- 62%:Piggyvestからユーザーに支払われた金額の増加率(2020年から2021年にかけて)
THE CASE STUDY
ケーススタディ
企業名:Piggyvest
創業年:2016年
本社所在地:ナイジェリア
創業者:Somto Ifezue、Odunayo Eweniyi、Joshua Chibueze
時価総額:非公開
Piggyvestのサービスは「デジタル貯金箱」として始まりました。銀行のデビットカードとアプリを連携して貯金を自動化し、アナログなブタの貯金箱をアップグレードしたのです。貯金を崩したいとき、ブタの貯金箱だと本体を修復不可能なレベルまで破壊しなくてはなりませんが、Piggyvestの場合は予めお金を引き出せる時期(毎週・毎月・四半期ごとなど)を設定し、それ以外の時期に預金を崩したい場合は2.5%の手数料がかかるようになっています(なお、設定した期間以外はお金を引き出せないようにする「セーフロック」サービスも選べます)。
創業6年目でアプリのユーザーは300万人を超え、そのほとんどが商業銀行を敬遠しがちなミレニアル世代やZ世代の大学生だといいます。2021年には利息とデポジット(アカウントを開設し条件を満たすと特典として1,000ナイラが支払われる)として、Piggyvestのユーザーに総額5億8,000万ドル(約733億3,417万円)が支払われました。
「わたしたちの主なターゲットはすでに銀行口座をもっていてテック慣れしたナイジェリアの社会人たちです」と、同社の共同創業者で最高マーケティング責任者(CMO)のジョシュア・チブエゼ(Joshua Chibueze)はQuartzに語りました。「20歳から45歳までの人が主です」
Piggyvestでは毎週アプリで利息の支払いを確認できるようになっており、これはユーザーにとって便利な機能です(また利息を禁じるイスラム教に合わせ、利息を受け取らないよう設定することもできます)。さらに同社はグループ単位で貯金できる機能やドル立て貯金の機能、投資機能なども追加しました。
Piggyvestはユーザーの預金を国債や国庫短期証券に投資し、その収益をユーザーと折半することで収益を上げています。つまり、ほぼ銀行のようなものなのです。ただし、マイクロファイナンス銀行の金融ライセンスを取得している同社にできることは銀行に比べ限られています(例えば同社は国際送金サービスを提供できません)。とはいえ、そうした制限があっても問題はないと同社は断言しています。「ユーザーが安心して目標を達成できるようにしたいのです」とチブエゼは話します。
さらなる野心のため、Piggyvestは自社より小規模なスタートアップを買収しています(P2P決済アプリのAbegなど)。またゆくゆくはPiggyvest自体が世界で定評のある金融会社からM&Aの誘いを受けることもあるかもしれません。
IN CONVERSATION WITH
キーパーソンの発言集
ジョシュア・チブエゼはPiggyvestの共同創業者で最高マーケティング責任者(CMO)です。Piggyvestの創業以前、彼は共同創業者であるソモト・イフェズエ(Somto Ifezue)やオドゥナヨ・エウェニイ(Odunayo Eweniyi)と共に、求職者向けにプロフェッショナルな履歴書の作成を有料で提供するスタートアップ、Push CVで働いていました。
💸 Piggyvestの成長におけるベンチャーキャピタルの役割について:「2018年にPiggyvestのシード資金として110万ドル(約1億3,908万円)を調達したんです。その資金のほとんどは、マイクロファイナンス銀行のライセンス取得に充てました。創業から5年経ちましたが、その間の成長の大部分は口コミのおかげでした。ユーザーのニーズを理解し、きちんと機能する製品を提供しながら、ユーザーと共に成長してきたのです」
📋 規制について:「長い道のりを歩んできたことは確かですが、2016年の創業当初から考えると規制やライセンスの仕組みという面では無視できないほど多くの進展がありました。創業当初、わたしたちは規制やライセンスのわかりにくさという壁に直面したんです。『こういう事業をしたいのだけれど、自分たちはどこに該当するのだろう?』と。5年経ったいま、規制の構造は以前より明確になりました。いまだに難しい場面に遭遇することもありますが、現在は以前にくらべてはるかに簡単に規制当局に連絡して助けを求められるようになっています」
💰 ナイジェリアの貯蓄事情に関する最大の学びについて:「ユーザーの信頼を得るという仕事には終わりがありません。ナイジェリアは信頼度の低い市場です。ウェルステック(財産に関するテクノロジー分野)は主にデジタル関連ですが、ナイジェリアではまだ人々がデジタルプラットフォームを信用するのは難しいようです。それでも一貫性を保ち、誠実な商売をすることで、オンラインで貯蓄や投資をすることに抵抗を感じない人が増えると思っています」
FINTECH DEALS TO 👀
注目すべきディール
- 貯蓄・投資アプリを提供するナイジェリアのCowrywiseは、2021年1月に米国の投資会社Quona Capitalが主導するラウンドで300万ドル(約3億7,931万円)を調達しました。このラウンドにはTsadik FoundationやGumroadのCEOであるサヒール・ラヴィンジア(Sahil Lavingia)のほか、多くのエンジェル投資家が参加しています。2017年に設立されたCowrywiseによると、現在のユーザー数は30万人を超えるといいます。
- 「Robinhood」に似た投資アプリを提供するBambooは2022年、Tiger GlobalとGreycroftが主導するラウンドで1,500万ドル(約19億円)を調達しました。BambooのアプリはPiggyvestやCowrywiseのような貯蓄アプリではありませんが、アプリでお金を増やしたいアフリカの若者という似たような層のユーザーをターゲットにしています。Bambooによると、同社のアプリを使う30万人のユーザーの5分の1が毎日活発に取引を行なっているといいます。
🎵 今週の「Weekly Africa」は、Kerozen(コートジボワール)の「La victoire」を聴きながら、西アフリカ特派員のAlexander Onukwueがお届けしました。日本版の翻訳は川鍋明日香、編集は年吉聡太が担当しています。
ONE 🎄 THING
ちなみに……
WorldRemitが15カ国を対象におこなった調査によると、アフリカ人がクリスマスにかける費用は世界で最も低い水準にあります。一世帯あたりの費用はカナダでは1,600ドル(約20万)を超える一方、ウガンダではわずか44ドル(約5,563円)です。
クリスマスにかける費用は平均世帯収入と相関する傾向にありますが、例外もあります。ガーナとナイジェリアの世帯収入はほぼ同じですが、クリスマスにかける費用はナイジェリアの方が多くなっているのです。
💎 「Weekly Africa」は、毎週火曜、アフリカの地で新たな産業が生まれる瞬間を定点観測するニュースレターです。
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