Guides:斜め上のびっくりディストピア:GW号外

Guides:斜め上のびっくりディストピア:GW号外

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週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。先月100通目の配信をいったん区切りに、しばらくお休みをいただく予定でしたが……。以下、本連載のためのプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

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extra: embarrassing dystopia

斜め上のディストピア

──ひと月ほどお休みだったはずが、どうしたんですか? GW号外を出そうだなんて。

ウクライナの話を相変わらずウォッチしているのですが、ここに来て思わぬ方向に向けて旋回しているところがありまして、簡単に報告しておこうかと思ったまでです。おそらく、日本では、この辺りのことがまったく語られていないのではないかとも思いますので。

──せっかくのGWですし、休んだらいいじゃないですか。

そうも思いますし、おそらくみなさんもGWを楽しんでいるうちに、ウクライナのことなど、ほどなく忘れてしまうことにもなるんじゃないかとも思いますので、もはや記事としての意味はないとも思うのですが、備忘録として残しておくというくらいの意味です、実際は。

──投げやりですね(笑)。

ウクライナでの戦争をめぐって起きていることは、向こう何年間、もしくは何十年間の趨勢を決定するような動きのようにも思える重大なものだと思いますし、それが想像の斜め上をいくような展開になっているところもありまして、個人的には相当スリリングなのですが、そのスリルを共有できる人もあまりいないので、自分のなかで消化するために書いているという感覚ですね、もはや。

──文章を書くというのは、そういう意味でも意味ある作業ですね。

それは間違いないと思います。

──というわけで、どういった話なのでしょう。

どこから話し始めたものか難しいところなのですが、戦局自体は日々刻々と動いているとはいえ、マリウポリの攻防戦もほぼ決着して、おそらくここからは何やら泥臭い戦闘がずっと長期間にわたって続くことになるような気がするのですが、ここでも再三語ってきたように、この紛争は、始まった当初からずっと、激しい情報戦でもあったわけです。

──はい。「ロシアの残虐行為だ、戦争犯罪だ」という声に対して、「いや、あれはウクライナの偽旗作戦だ」との反論があって、それに対して「それは、ロシアのプロパガンダだ」という応酬がひたすら続く、という、それ自体が泥試合の様相でした。

つい最近でも、例えば、BBCや『The Guardian』あたりが、「マリウポリ近郊に集団墓地見つかる!」といった記事を掲載し空撮写真を掲載していたのに対して、フリージャーナリストのエヴァ・K・バートレットが現地に赴き、それがただの墓地であることを突き止めていますが、そのフリージャーナリストに対してもまたまた「ロシアから資金をもらっている」といった非難が飛び交ったりもしています。

つまるところ、この紛争に関しては、報道が完全に二極化してしまっているということなのですが、個人的には、ここでも何度も取り上げてきた『MintPress News』や『The Grayzone』といった左翼系のインディペンデントメディアは、欧米のメインストリームメディア(MSM)が取り上げないような視点から事象を取り上げていて、少なくともMSMとは違う視点から見ることを可能にしてくれるという意味において非常に重宝していますし、応援もしていたわけです。

──MintPress Newsはやたらと硬派で面白いですよね。

また、SubstackやTelegramなどをベースに活動しているフリーランスのジャーナリストや評論家などにも面白い人がいて、そういった人たちも追いかけていたりするのですが、この間、そうした界隈でちょこちょこ問題になってきたのは、実は大手テックプラットフォームによる検閲なんですね。

──あ、そうなんですか。

そうなんです。フリーのジャーナリストのTwitterアカウントやYouTubeアカウントが凍結されたり、動画が削除されたりといったことがちょこちょこと起きていまして、そのターゲットとされているのが、今回の戦争において米国政府機関、NATO、そしてMSMの役割を批判し、追及しているものばかりなんですね。

しかも、こうした「反米的」なジャーナリストなどに対して、例えば『Daily Beast』や『The New York Times』のようなメディアが執拗な個人攻撃記事を掲載したりしていまして、これが実際かなり下品なものなんです。

──あれま。

取るに足らないロシアのプロパガンダだというのであれば、捨てておけばいいようなものの、もしかするとこうした人たちの声が少しずつ浸透してきてしまったことに警戒感をもっているのかもしれませんが、少なくとも英語圏のソーシャルメディア投稿を見ている範囲では、MSMが語ってきたような「ウクライナこそ民主主義の砦!」「ゼレンスキーこそ理想の政治家!」といった投稿は徐々に減っている印象はありまして、そうしたなか「反戦」と言いながら「徹底抗戦しろ」「もっと武器を送れ」と叫んでいるリベラル派は「クソリブ」(Shitlib)と罵倒されたりもしています。

──クソリブ……(苦笑)。

MSMだけを見ていても状況がいまひとつわからんなと感じている注意深い人は、『Al Jazeera』やインドの英字メディアなどを見ていたりもするようでして、インドのメディアは、ロシアに近いこともあってロシアの閣僚などのインタビューを行っているのをわたしも見ました。

──へえ。インドのメディアですか。

欧米のMSMはちょっとでも反米、反NATO的な見解をもったジャーナリストや学者は徹底的に排除されていましてノーム・チョムスキーのような人でさえ「親ロシア」のレッテルを貼られて攻撃され発言の場を奪われていますし、ウクライナにおける米国/NATOとロシアの対立に関するパースペクティブを自分が学んだのは、紛争初期に見たシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授の2015年の講演動画だったのですが、そのミアシャイマー教授の最近のインタビュー動画を観てみると、中国政府が運営するCGTNの番組なんですね。

──そのことでまたディスられそうですが。

コメント欄を見るとむしろ「CGTNありがとう!」といったコメントもあって、そこまで荒れておらず、心底ほっとしましたし実際非常にいいインタビューで、インタビュアーも優れています。

しかし、この人は信頼できそうだなと個人的に思うジャーナリストや研究者の記事や動画などに触れようとすると、このミアシャイマー教授の動画のように、中国やロシア、インドといった国のメディアにアクセスするしかないといったことが多々ありまして、そこは正直つらいのですが、逆にいえば「欧米の主流メディア、まじダメじゃん」という気持ちはなおさら強まります。CNNのような主流メディアでもポルトガル版にいい記者がいるといったこともあるそうなので、一概にダメだということでもないのだとは思いますが。

──いい情報に接するの、ほんとに大変ですね。

また、YouTubeで削除された動画などは、例えばRumbleといったプラットフォームに再投稿されていまして、わたしが最近観たのは、2014年のオデッサにおける反政府プロテストの鎮圧に動員された極右組織あるいはサッカーのフーリガン組織が、プロテスト参加者が逃げ込んだビルに火を放ち、50人近くが焼死するという事件を追ったかなり凄惨なドキュメンタリーなのですが、「ウクライナこそ民主主義の砦」という米国が喧伝してきた公式ナラティブに疑義を挟み込むこのような内容の報道は、簡単に目に付くところには置かれなくなっているというのが実情ではあるんです。

──よく見つけてきますね、そんなもの。

わたしは誰かがTwitterに投稿しているのを見て、そこから飛んだのですが、実際、検索で探そうと思ってもかなり難しいのではないかとも思います。というのも、それが今回お話しようと思っていた検閲の話と関わってくるからなんです。

──ははああ。なるほど、アルゴリズムが操作されている可能性があるという話ですね。

まさにその通りでして、いま欧米のオルタナティブメディアやフリージャーナリストが強く問題にしているのは、Facebook、Twitter、Google(YouTube)からAmazon(Twitch)といったプラットフォームが、かなり公然と「反体制分子」を排除しているということでして、つい先日、PayPalが、それこそMintPress Newsのアカウントを永久停止したことが、界隈で話題になっていました。

──なるほど。これはもしかするとイーロン・マスクのTwitter買収とも関わってくる話ですね。

そうなんです。イーロン・マスクのTwitter買収劇は、まさに彼自身がそれを「言論の自由」に関わる問題だと再三語ってきた通り、パブリックスペースとして期待されてきたソーシャルメディアが、どんどん政府の統制化に置かれていくようになってきた状況に対する異議申し立てではあるようです。

ただ、イーロン・マスクのモチベーションについては、よくわからないところがありまして、彼が、ここまで語ってきたような、いわゆる反体制的オルタナティブメディアやフリージャーナリストを助けたくてやっているわけではないことはおそらく確実で、どちらかといえば、トランプ支持者から、反ワクチン、反マスク支持者たちが、それこそオルタナティブメディアが排除されたのと同じように、政府の働きかけに従う格好で排除されてきたことに対する反動ではないかとも思うのですが、とはいえイーロン・マスクが、イデオロギーとしてそれらの勢力を支持しているのかどうかは、いまのところよくわからないと多くの人が感じているようです。

──そうですか。

ちなみに、わたしが最近よく拝読しているオーストラリア人ジャーナリスト/コラムニストのケイトリン・ジョンストーンさんは、この買収について「億万長者が助けに来るのは映画とコミックのなかだけの話」(Billionaires Only Come To The Rescue In Movies And Comic Books)という論考で、こう語っています。彼女の投稿は、反米バイアスがキツめでやたらと語気も強いのですが、いつも面白いですし状況に対する反応も早いので参考になります。

左派の多くの批評家は、影響力あるソーシャルメディアプラットフォームを強力なオリガルヒに支配されることについて警鐘を鳴らし、さも今日にいたるまでTwitterがオリガルヒ支配から自由であり、億万長者がメディアを買い上げることがショッキングな新しい展開であるかのように反応している。一方で、反帝国主義者のなかには、言論の自由の重要性を語った富豪の投稿に、政府主導で展開されてきたプラットフォームにおける検閲のエスカレーションにブレーキをかけうるかもしれないと、一時的な希望を見出している者もいる。

しかし、わたしが見たところ、マスクの買収に興奮しているTwitter上の圧倒的多数は、有意義な方法で権力に挑む人びとからではなく、ドナルド・トランプのアカウントの復元を望み、トランスの人びとを公然と罵倒したいと考えている人たちからもたらされている。そして、それこそがこの買収劇について最も多くのことを語っているように思えてならない。

ここにおける問題の重要性を、ジャーナリストのマイケル・トレイシーはこう要約している。「イーロン・マスクにとっての最大の試練は、明らかに“woke”なコンテンツポリシーを撤回するかどうかではなく、むしろロシアや中国といった敵国に対抗するために、政府が国家安全保障の名の元にTwitterを利用し続けることを許すかどうかにある」と彼はツイートした。

わたし自身は、前者が起きても驚かないが、後者が起きたなら心底驚く。

既存の権力構造と協力しない限り、億万長者になることはできないし、ましてや大きな影響力をもつメディアを所有する億万長者になることはできない。マスクは確かにこの時点までこのオリガルヒ帝国とうまく協力してきたし、帝国がそのナラティブ・コントロールマシンが彼の手に渡ることを脅威として感じていたなら、この買収は間違いなく実現していなかっただろう。

イーロン・マスクがツイッターを救うと信じることは、ジョー・バイデンがアメリカを救うと信じるのと同じくらいナイーブだ。どのオリガルヒがメディアを支配すべきかを議論することは、どのオリガルヒが支持する政治家を選ぶべきかを議論するのと同じくらい愚かで情けないことだ。

億万長者が助けにくるのは、映画やコミックのなかだけの話だ。イーロン・マスクがあなたを助けにくる確率は、ブルース・ウェインやトニー・スタークがあなたを助けに来る確率とほぼ同等だ。

──ちょっと話が見えないところがありますが、彼女の主張によれば、テック大手はすでに国家の「ナラティブ・コントロールマシン」の一部として組み込まれているということなんですね。

はい。この経緯については、MintPress Newsが「言論の飛行禁止区域:ウクライナへの異議申し立てに対するオンライン検閲」と題された詳細な記事を掲載していまして、MintPress NewsのPayPalアカウントが停止されたのは、この記事を公開した直後のことでした。

2016年以降、ソーシャルメディアを国家安全保障の翼下に置くための施策が次々と打ち出されている。これを予見していたのが、Googleのエリック・シュミットとジャレッド・コーエンであり、彼らは2013年に「テクノロジーとサイバーセキュリティ企業が、21世紀におけるロッキード・マーチンになるだろう」と書いている。以来、Google、Microsoft、Amazon、IBMは、CIAや他の組織と数十億ドル規模の契約を結び、情報、物流、コンピューティングサービスを提供し、国家機構に不可欠な存在となっていった。シュミット自身、人工知能に関する国家安全保障委員会と国防革新諮問委員会の委員長を務めたが、これはシリコンバレーがサイバー兵器で米軍を支援するためにつくられた組織であり、ビッグテックと大きな政府の境界を曖昧化している。

Googleで現在デベロッパー・プロダクト・ポリシーのグローバルヘッドを務めるベン・レンダは、国家安全保障国家とさらに緊密な関係を結んでいる。NATOの戦略プランナーや情報管理担当者を経て、2008年にグーグルに転職した彼は、2013年にUSサイバーコマンド、2015年には国防イノベーションユニット(いずれも国防総省の一部門)と協働している。その傍らでYouTubeの幹部となり、オペレーション・ディレクターにまで上り詰めている。

他のプラットフォームも、ワシントンと同様の関係をもっている。2018年、FacebookはThe Atlantic Councilとのパートナーシップ締結を発表し、それによってAtlantic Councilは世界中の数十億人のユーザーのニュースフィードをキュレーションに関与し、何が信頼できる情報であり、何がフェイクニュースであるかを決定する手助けをするようになった。前述の通り、Atlantic CouncilはNATOのシンクタンクであり、NATOから直接資金提供を受けている。昨年(2021年)にFacebookはAtlantic Councilの上級研究員で元NATO報道官のベン・ニモを情報部門の責任者として迎え、その帝国が有する巨大な支配力を授け、アメリカの国家安全保障に関わる新旧高官たちに影響を与えている。

Atlantic Councilは、さらにRedditの経営陣にも入り込んでいる。ジェシカ・アショーは、Atlantic Councilの中東戦略担当副ディレクターから、人気のニュースアグリゲーションサービスの政策担当ディレクターへと転身した。

また、Twitterの幹部が英国陸軍の悪名高き第77旅団(オンライン戦争と心理作戦を専門とする部隊)の現役将校であることが明らかになったが、ほとんど注目を集めなかった。Twitterはその後、米国政府や兵器メーカーが出資するシンクタンクASPIと提携し、同社のプラットフォームを取り締まるようになった。ASPIの命令により、ソーシャルメディア・プラットフォームは、中国、ロシア、その他ワシントンが目の敵とする国々を拠点とする数十万ものアカウントを排除してきた。

さらに昨年、Twitterは「NATOの同盟とその安定性を毀損した」として数百のユーザーアカウントを削除したと公表した。この声明は、オープンな議論を支持するものから、政府によって厳密に管理されるものへと転向していったTwitterの動きを注意深く見ていなかった人たちにとって晴天の霹靂となった。

全文翻訳はこちら

──そんなにズブズブなんですね。そういえば、ウクライナの紛争初期に、いきなりFacebookが凍結されていたアゾフ大隊のアカウントを解凍して、アゾフ賛美を許可するという気味の悪い方針転換をしていましたが、こう説明されると納得できます。

この間、巨大テック企業の独占が問題となり、独禁法の観点から分割、解体などが議論されてきましたが、4月18日にNSAやCIAの元高官たちによる書簡が公開されていまして、そこでは、むしろ独占テック企業は国家安全保障のために必要だという議論が提出されています。MintPress Newsの同記事は、こう報じています。

権力の中枢にいる人びとは、ビッグテックが世界的な情報戦争においていかに重要な武器となるかをよく理解している。このことは、ジェームズ・クラッパー前国家情報長官、マイケル・モレル前CIA長官、レオン・パネッタ前NSA長官、マイケル・ロジャース前NSA長官など、多くの国家安全保障担当者が先週月曜日(4月18日)に発表した書簡からもうかがえる。

彼らはともに、大規模な技術独占を規制または解体することは「クレムリンに反撃するための米国の技術プラットフォームの力を阻害する」と警告している。「『出来事のナラティブ』がグローバル規模で米国によって形づくられ『外国の敵対者によってではない』ことを保障するために、米国はテクノロジーセクターの力に頼る必要がある」と彼らは説明し、Google、Facebook、Twitterは「米国の外交と国家安全保障の努力においてますます不可欠である」と結論付けている。(中略)

米国はこれまでも、メッセージをコントロールし、標的国の政権転覆を図るために、頻繁にソーシャルメディアを利用してきた。2021年11月のニカラグア大統領選挙のほんの数日前、Facebookは同国のトップ報道機関、ジャーナリスト、活動家数百人のアカウントを削除したが、そのすべてが左派のサンディニスタ政権を支持していた。

この禁止措置に抗議すべく、これらの人物や組織がTwitterに殺到し、Facebook情報部長のニモが主張に反論すべく、自分たちの動画を撮影してそれがボットや非公式アカウントではないことを証明したが、彼らのTwitterアカウントも組織的に禁止され、その手口は「ダブルタップ攻撃」と呼ばれるようになった。

──ダブルタップは、ゾンビを撃ち殺す際には2回撃て、という映画『ゾンビランド』からの引用なんですかね。

そうだとすると、インディペンデントメディアやジャーナリストはゾンビ扱いということですよね。

──ひどいすね。

この記事を受けてPaypalがMintPress Newsのアカウントを停止した問題については、先のケイトリン・ソンストーンが「PayPalが米帝国のシナリオに批判的なオルタナティブメディアを排除」(PayPal Blocks Multiple Alternative Media Figures Critical Of US Empire Narratives)という記事を公開しています。翻訳もありますので、ぜひこちらも読んでみてください。

──ありがとうございます。読みます。

また、大手テックによる国家検閲という問題に絡んでは、この4月にもうひとつ重要な動きがありまして、それはウィキリークスのジュリアン・アサンジに関するものです。

アサンジは現在、英国で収監されているのですが、治安判事裁判所が4月20日に米国への身柄引渡しを命ずる判決を出したことが報じられました。最終的に身柄が引き渡されるかどうかは、プリティ・パテル内務大臣が2カ月以内に判断するとされていますが、この判決を受けて米国に移送されて米国で裁判を受けるとなれば、175年の禁錮となるだろうと言われておりまして、このことに弁護団はもちろん一部のジャーナリストも猛反発しています。

先に紹介した、ケイトリン・ジョンストーンは、この問題についても取り上げていまして、「米国は戦争犯罪を叫びながら、戦争犯罪を暴いたジャーナリストを収監している」というエッセイに、こう書いています。

アサンジの身柄引き渡しは現在英国のプリティ・パテル内務大臣の承認待ちとなっているが、帝国の忠実な経営管理人であるパテルであれば承認するのは間違いない。その後アサンジの弁護団は控訴することになるだろう。

このことが、米国と英国が、ウクライナでのロシア軍による戦争犯罪の疑いに対する責任を声高に叫んでいるさなかに起きているのは実に興味深いことだ。というのも、米国が犯した戦争犯罪の説明責任を問うたことこそが、そもそもジュリアン・アサンジが刑務所に入れられている理由に他ならないからだ。

バイデン大統領は、4月初めにウクライナのブチャで起きた戦争犯罪の疑惑を受けて、ウラジーミル・プーチンを「戦争犯罪者」と名指しした。「戦争犯罪に間違いない。彼は責任を負うべきだ」。(中略)

このアイロニーを深く理解するためには時間がかかるかもしれない。あまりの破廉恥、非道さゆえ、ゆっくりとでなかれば受け止めるのは難しい。世界最大の帝国のハブとして機能する世界で最も強力な政府は、その戦争犯罪を暴露したジャーナリストの身柄を自国で拘束すべく躍起となる一方で、他国政府に対して戦争犯罪の罪を被せようと躍起になっているのだ。(中略)

アサンジはウィキリークスの活動で権力者の醜い現実を数多く暴露したが、それによって彼が起訴へと追い込まれたという事実は、彼が暴露した文書よりもはるかに多くのことを暴いている。

ジャーナリズムの最高のかたちが、世界で最も強力な権力者たちの後ろ暗い秘密を暴くことにあるのだとすれば、ジュリアン・アサンジこそ最高のジャーナリストなのだ。

──ウィキリークスはかつて、米国政府がイラクに戦争を仕掛ける口実とした、大量破壊兵器が存在しないことを暴露したのでしたね。

はい。つまり米国のイラク侵攻は、まさに根拠のない戦争だったわけですが、その犯罪に等しいような戦争を仕掛けた国が、ロシアを戦争犯罪で非難しつつ、かつそのことを暴いたアサンジを文字通り粛清することに躍起になっていることのグロテスクさを、ジョンストーンはここで指摘しているわけですが、このイラク戦争の問題を暴露した際にも、PayPalはウィキリークスのアカウントを停止していたそうです。

──それにしても、このテックと政府の癒着というのは大問題ですね。

この問題は、昨日・今日でさらにエスカレートしていまして、4月29日にさらに驚くべき事態にいたっています。というのも、国土安全保障省が突然、「偽情報統制委員会」(Disinformation Governance Board)なるものを設立したことを発表したんです。

──なんと。

これこそまさにオーウェルが『1984』で書いた「真理省」じゃないかと、とりわけ右派陣営が騒ぎ立てているのですが、これもケイトリン・ジョンストーンが「ああ、なんてこと。ことはどんどん悪くなる」という投稿で早速解説していますので、概要を引用します。

批判者たちは、この偽情報委員会をオーウェルに倣って「真理省」(Ministry of Truth)と呼んでいる。その目的は、ロシアから発信される偽情報や、米国とメキシコの国境をめぐる誤解を招くメッセージと戦うためだとされるが、この委員会の重点がロシアに置かれているだろうことは容易に推測できる。

ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は「ホワイトハウスについてなんでわたしに訊くの? あんた頭大丈夫?」と言わんばかりのお得意の言い回しで、国土安全保障省内に設立されたこの奇妙な組織が具体的にどのような機能を果たし、その権限がどこまで及ぶのかといった懸念の声を一蹴した。

「この委員会の目的は、偽情報や誤情報が国中のあらゆるコミュニティにおいて駆けめぐることを防ぐことにあるのだと思います」とサキは語り、「その取り組みに反対する人がいるとも思えませんが」と付言した。

「その取り組みに反対する人」とは、いうまでもなく、「耳の間にある灰色の物質が機能しているすべての人」だ。政府機関が、国民のためにどの情報が本当で、どの情報が偽物であるかを選別するような権限を自らに課すことはできない。なぜなら、政府機関は、国民が絶対的現実の客観的裁定者として国民が判断を委ねることのできる公平かつ全知全能の神ではないからだ。そんなことを委ねてしまった暁には、あらゆる全体主義政権がそうするように、真実がなんであれ、自分たちの都合のいいように正しい情報、誤報、偽情報を区別することになることは間違いない。

全文翻訳はこちら

──ものすごいスピードで米国が全体主義政権化しているんですね。バイデン政権ってのはヤバいですね。

これでバイデンの再選は消えたな、といった声はソーシャルメディア上でも上がっていますが、さらに政権のヤバさを露呈したのが、この委員会の委員長の人選でして、これがもうちょっと想像のはるか斜め上をいくヤバいお方でして、この人物のおかげで、「真理省」がいきなり設立されたこと自体のヤバさがすっかりかき消されてしまったほどです。

──そんなすごいんですか。

そうですね。ニナ・ヤンコヴィッツという女性で、ウクライナ政府のコミュニケーションアドバイザーを務めていた経歴がある方なのですが、任命直後にバイラルしたTikTok動画がありまして、そこで彼女は「わたしを偽情報のメアリー・ポピンズと呼んで」というメッセージとともに、メアリー・ポピンズの「スーパーカリフラジリスティックエキスピアリドーシャス」という有名な歌を偽情報に関する歌詞に変えて歌っているんですね。

──聞いただけでヤバいです。

これ、ちょっとぜひ見ていただきたいのですが、いわゆる「ビッグブラザー」というと重苦しく陰気なイメージだったわけですが、21世紀の「真理省」のアイコンはTikTokで素っ頓狂な歌を歌っているハリ・ポッターオタクで、かつてハリー・ポッターをモチーフにしたウィザード・ロックバンドをやっていたという経歴はまあいいとしても、その内容が性的リビドーをハリポタの世界観に仮託したサイバーセクシズムという鳥肌もので、しかもこれが「リベラル陣営」から投入された、なんともwokeな人材だというのがすごいんですね。ゲッペルスの21世紀の後継者がこれなのか!という衝撃が驚きとともに広がっています。

──すごいですね。1984、ファシズム、ゲッペルスといったキーワードにメアリー・ポピンズ、ハリポタ、ウィザードに、リベラル、サイバーセクシズムといったキーワードが混線してぐしゃっと一体化しているのは、たしかにオーウェルの斜め上をいくびっくりディストピアですね。

はい。ほとんどモンティ・パイソンかサウスパークのような世界なのですが、先のケイトリン・ジョンストーンはさすがに冷静でして、こう注意を促しています。

ニナ・ヤンコヴィッツという名の、この手入れの行き届いた沼の生物のような人物は、フルブライト奨学金の一環としてウクライナ政府のコミュニケーションアドバイザーとしてキエフで働いていたが、識者やソーシャルメディアのユーザーからは悪質なロシアゲートとして広く批判されており、この動画も、これがなんであれ非難されている。

恥ずかしさを催さずにはおれないギャグ漫画のようなこの人物のせいで「国土安全保障省にファッキン真理省がつくられた」ことよりも、国土安全保障省の真理省が「ヤバいリベラル」に乗っ取られたことのほうに注目が集まってしまっているのは残念なことだ。

これは木を見て森を見ずだと言うほかない。ビールを一緒に飲んでも構わないようなチルな男性によって運営されているのだとしたら「偽情報統制委員会」の存在は「あり」なのだろうか。とりわけ、この部門のイデオロギー的傾向が選挙のたびに行ったり来たりし、誰が大統領になろうとも常に米帝国のナラティブ支配のために行動することがわかっているとすればなおさら、ことは重大だ。

いずれにせよ目下の最大の問題は、この新しい機関が政府による検閲とシリコンバレーによる検閲というすでに埋まりつつあるギャップをなくしてしまうであろうことだ。国土安全保障省の偽情報統制委員会の設立は、Covid-19に関する誤報を流していると判断したアカウントをホワイトハウスがソーシャルメディアプラットフォームに教えていたという、それまでの検閲の考え方をドラスティックに飛躍させ国家による直接検閲の方向性を決定づけた2021年のスキャンダルを上回るショッキングかつ恐ろしい発展形と捉えることができる。

政府、メディア、シリコンバレーが一致協力して誤報を検閲することや、ウイルスに関する「公式発表」を国民が支持することを許容した途端、支配的な権力体制が、その信認をすぐさま戦争や外国政府に対して適用したそのやり方をこそ、わたしたちは問題にしなくてはならない。

それもいますぐ始めなくてはならない。ウイルスに関する大規模なナラティブ統制キャンペーンを人びとは致命的なパンデミックを封じ込めたいがために受け入れたが、それは直接そのままロシアとウクライナに関する大規模なナラティブ統制キャンペーンへと引き継がれている。

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──米国はここに来て一気に中国とほとんど変わらないような、あからさまなテック監視/デジタルプロパガンダ/ファシズム国家へと自らをつくり変えようとしているということなんでしょうか。

そもそも、ロシアとの戦争についても最終的な狙いは中国の不安定化にあるとする声はありますし、この間ソロモン諸島が中国と安全保障協定を結んだというニュースに、すわちょっかいを出すチャンスと見て米国が騒ぎ立てているようなこともあり、ウクライナの問題から台湾を巻き込むことも懸念されますが、自分が見る限り、ほとんど外交的解決みたいなことにも興味なさそうですし、プロパガンダ攻勢などもあからさまに露骨ですし、ちょっととち狂ってきている感じがして異様だし不気味です。

ウクライナの戦争がロシアの政権転覆を狙ったものであるという本心をうっかり漏らして慌ててホワイトハウスが打ち消したりしているのを見るにつけ、大統領自身が相当耄碌しているようにも見えてヤバい感じもしますが、いずれにせよそれが民主党アンチに格好の餌を与えることになっているのは間違いないと思います。

──なるほど。

加えて、乞われるがままに資金援助を続け、ゼレンスキーのATMと化している状況についても、そろそろ国内でも疑問の声が強まってくるのではないかと思いますが、そうした声の高まりを封じ込めるためのテック翼賛体制であるなら、かなり深刻に焦っているということもあるのかもしれません。

冒頭に紹介したMintPress Newsは、「検閲は、支持を失い窮地に陥った政権が取る最後の手段です」ということばを紹介しています。プーチンによる侵略よりも、民主主義の警察を自認してきた国が、それを隠し立てすることなく放棄しはじめていることにこそ、民主主義の崩壊が色濃く映し出されているように感じられてならないのですが、言ってみれば、この戦争を通じて、民主主義は自壊の道をたどっているようにしか思えないんですよね。

──日本はどうなりますかね。

さあ、どうなんでしょう。それこそジョンストーン言うところの「帝国」の一員ですから、当面は一緒に歩むしかないように思えますが。

──ロシアから日本の外交官も国外追放されていましたね。

米国の同盟国ですから、そりゃそうなんでしょうね。

──なんにせよ、何かがものすごいスピードで動いていることはよくわかりましたが、この先どうなるか、全然見通し立たないですね。

本当ですね。ジョンストーンはこう書いています。

すでにして最悪の事態だが、ことはさらに悪い方向へと進んでいる。シリコンバレーを傘下に収めた政府はすでに「偽情報」規制を設けており、ウクライナにおける米国の代理戦争は日に日にエスカレートし、ソロモン諸島と台湾の双方で中国に対する挑発も激化している。現在の帝国的ナラティブ・マネジメントなどまだ序の口だ。グローバルヘゲモニーにしがみつく米帝国の闘争が本格化したなら、こんなものではすまないだろう。

──ひええ。まるで暗黒じゃないですか。

そうですね。でも、ここまで見てきた限り、暗黒はわたしたちが想像する暗黒とは実際に違ったかたちで、本当に斜め上から来るんですね。それは本当にすごいなと思います。とにかく、あのメアリー・ポピンズ/ハリポタのお姐さんには、度肝を抜かれました。未来は想像以上に愚かしくばかばかしいものなのかもしれません。

──底なしの愚かさはこの数年、何度も見てきた気がしますが、これがさすがにボトムだろうと思うと「まだ下があった!」かと驚かされることは多々あります。

まさに、ハリポタ姐さんについては「バイデン政権の愚かしさは底なしだな」といった投稿も見られましたが、個人的には、この一連の問題を無駄に掘ってきたせいで、昨年のオリンピックをめぐる騒動で見た愚かしさなど、もはや牧歌的なものだったなとさえ思えてくるほどです。

──下には下がある、と。

もっと出て来ますよ、きっと。


若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。


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