Editor’s Note #1
指先のバーチャルアート
皆さん、こんばんは。Quartzではグローバルビジネスを大きく動かすミレニアル/Gen Zの価値観、カルチャーを伝えてきました。日本版ニュースレターでも、Quartzエディターが見て聞いた新たなカルチャーの芽吹きを共有していこうと思います。この新シリーズ「Editor’s Note」は、月一度、配信していく予定です。
わたしはQuartzでの編集・執筆に携わるほか、ウェブサイトのディレクションなどコンテンツ制作に関わる仕事をしています。友人のネイルアーティスト、Tomoya Nakagawaの仕事を手伝っているのも、そうしたもののひとつです。
先日、普段は親しみを込めて“Tomonyan”と呼ぶその人との仕事で、世界が「メタバース」へと着実に進んでいると感じたことがありました。
Tomonyanが米国のメディア『Refinary29』からオファーを受けたのは、ファッションストーリーの撮影でした。撮影のためにTomonyanがネイルを施したのは、米国で活動するTwitchのストリーマー、Fuslie。Refinary29は女性/ノンバイナリのゲーマー、ストリーマーをフィーチャーした「gg」という特集を組んでいますが(“gg”は“good game”の略で、MMOなどでは挨拶代わりに使われる)、Fuslieのストーリーも、その特集のひとつとして公開されています。
Refinary29は、ヴァーチャルの世界で活躍する人物をキャスティングするなかで、その独自の世界観を表現するために、Tomonyanの3Dネイルアートに興味を抱いたようです。実際に特集の誌面を飾る彼女らは、「メタバース」といわれ注目を集めるこのヴァーチャルな世界の主人公たち。ですが、この経験は、わたし自身にとっても、話題のヴァーチャルな世界の入り口に立ったような気持ちにさせてくれるものでした。
日本のメディアでもメタバースはよく取り上げられていますが、今回のTomonyanへのオファーをはじめ、グローバルメディアでは日本のそれとは異なるコンセプトや編集方針、表現手段が次々に生まれています。わたしはゲーマーでもストリーマーでもありませんが、その周辺を彩るクリエイティブにも新しい動きが生まれていることに、ワクワクしています。
ネイルはアバターに見合った「アート」へ
ネイルアートといえばグローバルでみても日本は活発で、その世界観は高く評価されてきました。さらに最近では、「ヴァーチャル世界を表現するクリエイション」へと確実に進化しているように感じます。世界でメタバースが浸透するなかで、服もクルマも時計も、身につけるものすべてが一人ひとりの「アバター」に合うものをつくるようにシフトしていく予感さえ感じられますが、ネイルアートにも同じことが起きているように思えます。
昨年、『Quartz Japan』で配信したニュースレター「Gen Zの心を掴む「アバター」」でも紹介していますが、アムステルダムに拠点を置くデジタルファッションハウスThe Fabricantのファウンダー、ケリー・マーフィー(Kerry Murphy)は『Mission Mag』のなかで、世界で約35億人を数える「デジサピエンス」(Gen Zと若いミレニアル世代)が、総支出額の55%以上を占めていると指摘しています。
ケリー曰く、デジサピエンスにとって仮想空間は「第2の故郷」。彼らが現実とファンタジーの境界を曖昧にしたまま、その世界は拡大しているとも説明しています。彼はまた、「デジサピエンスはトレンドセッター、トレンドチェイサーであり、そして、自分たちの存在をアップグレードして解放する、あらゆるテクノロジーのアーリーアダプターだ」とも話しています。
「サイバーパンク」との相性
いまネイルアートは「フューチャリスティック」なイメージを纏うようになっていますが、それは「サイバーパンク」のトレンドも大きく影響しているといえるでしょう。
わたしは、リサーチでよく中国人クリエイターのInstagramを漁っていますが、ここしばらく、サイバーパンクを意識した作品やエディトリアルを見かけることが増えていました。例えば、上海を拠点に活動するフェイスペインターのヴァレンティーナ・リー(Valentina Li)は、まさにこのトレンドを体現するクリエイションをつくっている人物でもあります。
「COVID-19以後の中国のファッション界では、『サイバーパンク』という言葉がメインストリームになった」と、『Jing Daily』では指摘されています。
サイバーパンクはもともと、1980年代のSFジャンルで、未来的かつディストピア的な設定が多く描かれていますが、それが現代の中国のGen Zにとって「リアルなライフスタイルを昇華したしたもの」として再浮上してきたというのです(ちなみに、フェイスペインターのリーは「自然、海、宇宙が現在のインスピレーションの一部で、宇宙には行ったことがありませんが、SF映画やミステリー小説には惹かれます」と、『Vogue』のインタビューで答えています)。
サイバーパンクの未来的なルックスはいまや、ファッションを始め、デザインのあらゆるところに世界中で用いられるようになっています。若手の女性アーティストもそうで、ドージャ・キャット(Doja Cat)、メーガン・ジー・スタリオン(Megan Thee Stallion)、スウィーティー(Saweetie)、デュア・リパ(Dua Lipa)、リナ・サワヤマ(Rina Sawayama)などは、その未来的なルックの一部として、ネイルへのこだわりを強く感じさせます(ちなみに、下記写真のスウィーティーのネイルも、先出のTomonyanが手がけたものです)。
ジェンダレスな需要へと変化
ネイルに対する興味や需要が以前よりも大きくなってきた背景として、「ジェンダーニュートラル」になってきていることも理由のひとつとして挙げられるでしょう。
とくに世界のセレブリティを見てみると、これまでは女性のためだったネイルアートが、男性も楽しむものへと変わってきていることがよく分かります。例えば、ミュージシャンのマシン・ガン・ケリー(Machine Gun Kelly)が「UN/DN LAQR」というネイルブランドを立ち上げたほか、ラッパーのタイラー・ザ・クリエイター(Tyler, The Creator)もネイルコレクションを発表しました。
『Business of Fashion』によると、マシン・ガン・ケリーはネイルブランドの立ち上げについて、「個人主義は終わりつつあり、自己表現がそれを生かす方法だから、いまこそ(ネイルブランドを)立ち上げるとき」と話しています。ブランド名の「UN/DN」は、「undone(未完成の)」ということばをもじったものですが、ほとんどの美容ブランドが女性によってつくられ、女性にアピールするという古い考えを覆そうという意思を感じさせます。
同誌によると、2021年1月から10月にかけて、米国のプレステージ市場で販売されたネイルケア製品は、2019年の同時期と比較して16%急増したとのこと。ネイルカラーの売上は同時期に9%増加。オンラインでは、2020年9月から2021年9月にかけて、ネイルカラーのカテゴリが12%増加し、フェイスやリップ製品を上回ったと、リサーチ会社『1010data』は報告しています。また、TikTokの#NailArtのハッシュタグは現在、230億回以上の再生回数になっています。
男性のセレブリティがネイルをローンチすることで、オーディエンスへのジェンダーニュートラルなアプローチにもなり、スキンケアやメイクアップと同じようなトレンドの流れがネイルにも起きているとも言えそうです。Gen Zのラッパー、リル・ナズ・X(Lil Nas X)のInstagramを見ていても、彼のジェンダーニュートラルな装いやメイクアップ、ネイルをした写真が多く投稿されています。
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