ニュースレター「Forecast」では、グローバルビジネスの大きな変化を1つずつ解説しています(これまでに配信してきたニュースレターはこちらからまとめてお読みいただけます)。
暗号資産を保有している人にとっては大変な2週間だったのではないでしょうか。
5月11日にステーブルコイン「テラUSD(TerraUSD、UST)」の米ドルとのペッグ(連動)が外れたことで、暗号資産はほぼ全面安となり、4,000億ドル(51兆1,600億円)超が市場から消滅しました。テラUSDのトークンである「ルナ(LUNA)」も暴落しており、失われた資産価値はLUNAだけで600億ドル(7兆6,700億円)に達しています。
巨額の損失に直面しなければならなかった投資家たちからは、今回の大惨事の規模を考えれば、システム全体が崩壊しなかったのはむしろ好材料だという奇妙な楽観論さえ聞かれます。もちろん、暗号資産のさらなる暴落が起きる可能性はありますが、現時点ではクリプト以外の世界ではそれほど大きな影響は見られません。
暗号資産の熱烈な支持者たちは、今回の事件はクリプトのエコシステムの自然なサイクルのひとつに過ぎないと考えています。価格は急騰することもあれば暴落することもあり、下げ相場は必ず回復するというのです。「過去は繰り返す」という言葉が正しければ、確かに金融市場は暴落しても息を吹き返してきました。そして急騰と暴落のサイクルが起きるたびに、ブームに誘われたものの暴落で損失を出す人の数は増えているのです。
暗号資産の価格は2017年後半までは停滞していましたが、2018年に入って急上昇したために、各国の年金基金や大手ヘッジファンド、地方自治体などの機関投資家がビットコインを購入し始めました。エルサルバドルに至っては、国家規模でビットコインへの投資を進めています。また、今年4月には米国の企業年金「401k」の受託機関で2,000万人以上の年金を運用するフィデリティ・インベスメンツ(Fidelity Investments)が、ビットコインへの投資が可能なプランを提供すると明らかにしました。
この分野への投資が今後も拡大を続けるようであれば、金融システムの崩壊を防ぐために、暗号資産に対しても政府が何らかの救済措置を提供する必要が生じるでしょう。クリプトを称賛する人たちは、公的資金を使った救済措置の導入に反発するかもしれません。機関投資家などが保有する大量の暗号資産について、リスクを一般の納税者に転嫁するものだというのです。
しかし、こうした議論を展開する人たちも、ある意味では“セーフティネット”に守られています。暗号資産は価格が暴落しても、市場が上向きになるたびに新たな投資家たちが群がってくるために、損失を回復することができるからです。
THE TROUBLE WITH TERRA
「テラ」のトラブル
ステーブルコインは、ボラティリティ(変動性)の激しさという暗号資産の問題点を解決するために考案されました。これはポーカーチップのようなもので、理論通りに機能すれば、法定通貨を介さなくても資産を安全に保有することができます。ステーブルコインでもっとも名前の知られているテザー(Tether)は2014年に誕生しました。
ステーブルコインの価格は、ドルをはじめとする法定通貨もしくは金のようなコモディティティ(商品)と連動するようになっています。連動を保証する仕組みはいくつかあり、多くのステーブルコインは、運営母体が従来型の金融資産(法定通貨の現金、国債、コマーシャルペーパーなど)を裏付けとして保有しています。
一方で、流動性を確保するための資産をもたないステーブルコインも存在します。金融資産の裏付けのないステーブルコインは、アルゴリズムを使って法定通貨と連動しています。テラUSDもこうした無担保型のステーブルコインのひとつで、独自の暗号通貨LUNAを通じてドルとのペッグを維持してきました。
しかし今回の暴落によって、テラUSDとLUNAの共生というアイデアはもはや砂上の楼閣となりました。崩壊が始まったのは5月7日のことです。この日にテラUSDが大量に売られ、その後も売り注文が続いたために、テラUSDと連動するLUNAの価格が4月初旬時点の116ドル(約1万4,800円)からほぼゼロにまで急落しました。同時に、1ドル(127.9円)を保っているべきテラUSDの価格は17セント(21.7円)に落ち込んでいます。
なお、ソーシャルメディアではシタデル・セキュリティーズ(Citadel Securities)とブラックロック(BlackRock)が今回の暴落に絡んでいるとの噂が流れましたが、両社はこれを否定しています。
テラUSDの大惨事を受けてビットコインは16カ月ぶりとなる安値を付けたほか、無担保型ステーブルコインに対する信頼は著しく損なわれました。ステーブルコインが当てにならないのなら、何を信じればいいのでしょう。
A REGULAR OL’ ASSET?
すべて元の木阿弥?
クリプトの信奉者たちは、ビットコインはインフレと従来型の金融資産の値崩れというリスクを回避するための優れた手段だと主張してきました。しかし、米連邦準備制度理事会(FRB)が量的緩和の縮小を始めた昨年11月以降、ビットコインも株価と同様に下落しています。
これは機関投資家がデジタル資産への投資に参入していることから説明できる部分もあります。機関投資家は下げ相場を狙って買うといった個人の暗号資産保有者とは異なり、彼らがテック株を手放すのと同時にクリプトも売られるためです。
しかし、デジタル資産に特化した資産運用会社アーカ(Arca)の最高投資責任者CIO)ジェフ・ドーマン(Jeff Dorman)は、相関関係は一時的なものだと説明します。「デジタル資産は株価から金、人民元、ドル、アボカドの価格まで、さまざまなものと連動していると言われてきました」と言います。「しかしこうした相関は多くが見せかけのもので、あっという間に崩れます」
ビットコインの価格と株式市場の相関関係はしばらく続く可能性もありますが、ドーマンは他の暗号資産はいずれは独自の値動きを見せるようになり、従来型の金融資産の代替手段という期待されている役割を果たすだろうと考えています。実際にどうなるかは……そのうちにわかるでしょう。
LIKE THE LATE 1990S?
ネットバブルの再来か
暗号資産に注目するエコノミストや投資家たちの一部は、ホドラー(hodler、長期保有者)たちを安心させるような、ある認識を共有しているようです。現在の状況をかつて経験したことがあるというのです。
会計事務所RSMインターナショナル(RSM International)のケビン・デピュー(Kevin Depew)は、2000年代初頭にインターネットバブルが崩壊したときには、これですべてが終わりだと言われたものの、実際に起きたのは狂乱後のある種の“リセット”だったと指摘します。
2000年代には「ネット関連銘柄がすべて暴落し、ドットコム企業の多くが姿を消したため、わたしたちはインターネットをどう使っていくかということを真剣に考え始めた」と、デピューはツイートしています。テクノロジーが何をもたらすかについての予想は、当時はどれも狂っているとしか思えなかったと、彼は付け加えます。しかし「いまから見ればすべてがはっきりしている。そしてそれが今日のクリプトをもたらしたのだ」
実業家で富豪のマーク・キューバン(Mark Cuban)も似たような比較をしています。キューバンは5月9日、暗号資産はかつてのインターネットと同様に「小康状態」に陥っているとツイートしました。初期のウェブのように、暗号資産の世界には他のブロックチェーンを「コピー」したシステムがはびこっており、非代替性トークン(NFT)と分散型金融(decentralized finance、DeFi)のオンパレードだと言うのです。キューバンは、クリプトにいま必要なのは「SaaSアプリに代わるスマートコントラクトアプリ」だと指摘します。
バブル崩壊を切り抜ける上で重要なのは暗号資産における次の“キラーアプリ”を見つけることですが、誰もがキューバンのように確信をもっているわけではありません。Bloombergのコラムニストのライオネル・ローレント(Lionel Laurent)は、「テクノロジーがどのように広まっていくかを理解するには、グーグルとPets.comの違いを見分け、ビットコインは外部からの攻撃や民間の競合に対して脆弱なのかを見極める能力が必要になる」と書いています。こうした未来を見通す能力を養うには長い年月がかかるでしょう。
🔮 PREDICTIONS
今後の見通し
- 規制の導入:連邦政府はかなり前からデジタル資産に規制をかけると言い続けており、今回の騒動で導入時期が早まる可能性があります。ステーブルコインについては既に協議が進んでおり、まずはこれが実施されるでしょう。欧州委員会もステーブルコインの規制を検討していると報じられています。
- 機関投資家は様子見:アーカのドーマンは、「機関投資家はプールの端に座って足を水に突っ込み、飛び込む準備をしていました。いまはデッキチェアのところまで戻っている状態です」と言います。彼らもいずれは暗号資産への投資を始めるでしょうが、それが数カ月後なのか、それとも数年後になるのかは不明です。
- VCも尻込み:ベンチャーキャピタル(VC)はクリプトバブルの形成に大きく貢献してきましたが、彼らも後ずさりをしているようです。VCからの出資の約束が急に白紙になったり、スタートアップの創業者がVCと連絡が取れなくなっているという報道が出ています。
- 企業は厳しい冬の到来を覚悟:暗号資産取引所のコインベース(Coinbase)は既に採用を遅らせているほか、自分たちが破綻した場合、顧客は保有する資産にアクセスできなくなると警告しています。スマートフォン証券のロビンフッド・マーケッツ(Robinhood Markets)は売上高に占める仮想通貨関連の取引の割合が高くなっているため、業績悪化に備えて9%の人員削減を行う方針を明らかにしました。
今日のニュースレターはAna Campoy、Nate DiCamillo、Lila MacLellan、Scott Noverがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
ONE 🎙️ THING
ちなみに……
クリプトブロ(crypto bro; 実際は何も知らないのに暗号通貨についてやたらと語りたがる人のこと)と彼らの「HODL(買い持ち)」精神をからかうなら、いまがピッタリかもしれません。まずはTikTokでこの曲を聴いてみてください。
歌詞にはNFTの取引プラットフォーム「OpenSea」からイーサリアム(Etherium、ETH)のウォレット「MetaMask」まで、暗号資産の最新キーワードがうまく散りばめられています。「それで、わたしとウォレットのどっちを選ぶわけ」、「Web3では誰かとヤレるといいなって思ってなさいよ」といった具合です。
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