Forecast:CRISPRこの10年・次の10年

Forecast:CRISPRこの10年・次の10年
Crispr's next decade
Image: Photo-illustration by Quartz

ニュースレター「Forecast」では、グローバルビジネスの大きな変化を1つずつ解説しています(これまでに配信してきたニュースレターはこちらからまとめてお読みいただけます)。

いまからちょうど10年前の2012年6月28日、科学誌『サイエンス(Science)』に細菌の免疫メカニズムを扱った論文が掲載されました。これはゲノム編集に用いられる酵素「CRISPR」が最初に登場した論文でしたが、共著書の1人のジェニファー・ダウドナJennifer Doudna)は『Stat News』とのインタビューで、当時は分子生物学の外の世界ではほとんど注目されなかったと語っています。

しかし、科学者たちがこの天然の酵素を利用できることに気づいたとき、まったく新しい可能性の扉が開かれました。それまでは非常に長い時間と多大なコストがかかったゲノム編集が、突如として学生でもできるほど簡単なものになったのです。この結果、医学や生態系の保護、農業などの分野で驚くべき速さで技術革新が進みました。

CRISPRによるイノベーションはまだ始まったばかりです。わたしたちはいま、人類のテクノロジーの最も刺激的な実用例のいくつかを目の当たりにしようとしています。この技術が開発されてからここまでたどり着くのにかかった時間は、わずか10年です。次の10年で、ゲノム編集はどのように変わっていくのでしょうか。


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で、CRISPRってなに?

1970年代までは遺伝子情報の編集には長い時間がかかるだけなく、特殊な専用装置が必要でした。しかし、CRISPRの登場でこうした状況は一変します。CRISPRは細菌が過去に感染したウイルスのDNA配列を記憶しておくための酵素です。これは再び同じウイルスに感染するのを防ぐためで、ヒトの免疫システムでも同じことが起きています。

CRISPRという名前は、「Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats(クラスター化されて規則的な間隔のある短い回文)」の頭文字を取ったものです。この規則的に繰り返し現れる特定のDNA配列が、酵素がDNAを切断すべき場所の目印として機能しているのです。

科学者たちはCRISPRに手を加えることで好きな場所でDNAを切断し、特定のデータを追加したり削除したりできる方法を発見しました。こうして、遺伝子情報を自由に書き換えることができるようになったのです。

CRISPRを使ったゲノム編集については、ここでわかりやすい解説動画を観ることができます。


BRIEF HISTORY

CRISPRの歴史

1993年:スペインの分子生物学者フランシスコ・モヒカ(Francisco Mojica)が、現在ではCRISPRとして知られるDNA配列の研究に着手

2012年6月28日:カリフォルニア大学バークレー校のダウドナと、スウェーデンのウメオ大学微生物研究センターのエマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle Charpentier)が率いる研究チームが、『サイエンス』誌にCRISPRの研究論文を発表

同年12月12日:ハーバド大学ブロード研究所(Broad Institute)が米国でCRISPRの暫定特許を取得。ダウドナとシャルパンティエのチームには2013年1月28日付で暫定特許が付与された

2013年1月3日:ブロード研究所のフェン・チャン(Feng Zhang)率いるチームが、ヒト細胞へのCRISPRの応用に成功。『Science』誌にこの日付で論文が掲載される

2016年:米国の情報機関が遺伝子編集技術を「大量破壊兵器」指定。悪用されれば脅威になりかねないとして、国家安全保障上の脅威のリストに組み入れられた。また、CRISPR関連のバイオ企業3社(エディタス・メディシン[Editas Medicine]、CRISPRセラピューティクス[CRISPR Therapeutics]、インテリア・セラピューティクス[Intellia Therapeutics])が上場

同年10月28日:世界初の臨床試験が開始

2020年10月7日:シャルパンティエとダウドナがノーベル化学賞を受賞

2022年3月1日:長年に及んだCRISPRを巡る特許訴訟で、米特許商標庁がブロード研究所の特許を認める


CRISPR’S GREATEST HITS

この10年の成果

それでは、過去10年間に科学者たちがCRISPRを活用して成し遂げた成果を紹介しましょう。


🔮 PREDICTIONS

今後の見通し

CRISPRを使ったゲノム編集医療は早ければ来年にも解禁され、一般の医療機関での提供が始まるとの見方もあります

大規模な生態系保全プロジェクトがいくつか計画されています。世界的な気候変動による被害を少しでも食い止めるためにCRISPRが注目されており、農作物を少ない水でも育つようにしたり、特定の種の保存や絶滅種を復活させたりすることも可能になるでしょう。

一方で、わたしたちは倫理的な問題に直面するはずです。例えば、CRISPRによるゲノム医療を受けられるのは誰か、リスクはどこまで許容されるのかといったことです。さらに進んで、「人間であること」の定義が問われるようになるかもしれません。


今日のニュースレターはAlexandra Ossolaがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。


ONE ⚖️ THING

ちなみに……

今年3月に結審したCRISPRを巡る特許訴訟は2016年に始まったもので、フェン・チャンが所属するブロード研究所と、ダウドナが研究を行っていたカリフォルニア大学バークレー校との間でそれぞれの特許の有効性が争われました。

なぜ特許ごときでそこまで大騒ぎをするのかと思われるかもしれませんが、『フォーブス(Forbes)』は2017年、正確な数字は今後何年も経たなければわからないが、CRISPRの独占的なライセンス料は総額で約2億6,500万ドル約359億6,000万円)に上る可能性もあると報じています

CRISPRの特許訴訟はこれで終わりではありません。科学誌『Nature』によれば、CRISPR関連ではこれまでに1万1,000件以上の特許が申請されており、これを巡る法廷闘争の件数も確実に増えていく見通しです。


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