週の最後のニュースピックアップ。今日お伝えする注目ニュースは、米連邦最高裁が次々に下している「保守寄り」の判断について。米国で何がおきているのでしょうか?
事前に予想されていたこととはいえ、6月末に米連邦最高裁が1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆す判断を示したことの衝撃は、いまも全米に広がり続けています。このことが意味するのは、中絶の権利が、憲法が保障する個人の選択として認められなくなった、ということだけではありません。2人の判事(ニール・ゴーサッチとブレット・カバノー)は、この判例を覆さないと誓ったにもかかわらず今回の結論を支持。結果として、最高裁は初めて、この画期的な判例を変更することになりました。
これは、米国民が最高裁に対して抱いていたはずの信頼に背く行為です。
中絶をめぐる問題は州の立法に委ねられることになりました。保守的な州は世界で最も厳しい制限を課した中絶禁止法を施行し、一方のリベラルな州は人びとの選択権の保護に努めるというように、米国は真っ二つに分断されることになったのです。また、今回の判決で最高裁は、同性婚や避妊の権利など、先人が苦労して勝ち取った他の自由に対する憲法上の保障にも疑問を呈しました。もし、これらの権利についても判例が覆されるようなことがあれば、州ごとの格差はさらに広がっていくでしょう。
今後も最高裁がこの路線を貫けば、市民活動の「主戦場」は、連邦レベルから州議会に事実上移行することになります。
もちろん、連邦議会は他の権利と同様に、中絶の権利を法制化することができます。しかし、それには議会でリベラル派が圧倒的多数を占めるか、(上院で法案採決に向けて審議を打ち切るために60人以上の賛成を必要とする)議会規則でも認められている「フィリバスター」(議事妨害)を廃止する必要があり、いずれもありそうにないシナリオです。最高裁の党派色を薄めることを目的とした組織改革も変化をもたらす可能性はありますが、これも同様に実現可能性は低いでしょう。
最高裁が現在の「極めて党派色の強い保守主義」から脱却するには、一世代を必要とするかもしれません。それまで有権者は、自分たちの権利への保護を守るために、米国各地の州議会で闘いを挑まなければならないのです。
The Backstory
背景を整理する
- 「ロバーツ・コート」では、右傾化が進んでいる。2005年にジョン・ロバーツが最高裁長官に就任して以来、最高裁は歴史的な保守的判決を下してきました。「ワシントンDC(コロンビア特別区)対ヘラー」裁判では、合衆国憲法修正第2条の保障する権利を広く解釈し、個人が短銃を所持する権利を認めました。「シチズンズ・ユナイテッド対連邦選挙委員会(FEC)」裁判では、非営利団体が選挙直前にコマーシャル放映に支出することを禁じた規定は、言論の自由を保障する憲法修正第1条に違反すると判断。また、「バーウェル対ホビー・ロビー」裁判では、企業は宗教上の理由に基づき、従業員に提供する医療保険の適用対象から避妊薬や避妊器具を除外することができると判断しました。
- 始まりは、ギンズバーグの死。2020年にルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が死亡したことで、ドナルド・トランプ米大統領(当時)は、1期4年の間に3人目の最高裁判事候補を選ぶ機会を得ることになりました。かつて、バラク・オバマ大統領が指名したメリック・ガーランドの最高裁判事就任を共和党が妨害した後、トランプはニール・ゴーサッチ、ブレット・カバノー、そしてギンズバーグの死後はエイミー・コニー・バレットを相次いで法廷に送り込みました。それまでの最高裁の構成は、「保守派5人、リベラル派4人」。アンソニー・ケネディ判事(2018年に引退)、そして、ジョン・ロバーツ長官は保守派でありながらリベラル派の意見を支持することも多く、キャスティングボートを握ってきましたが、その構成がバレットの就任で「保守派6人、リベラル派3人」に傾いたのです。6月30日、ケタンジ・ブラウン・ジャクソンが黒人女性として初めて最高裁判事に就任しましたが、彼女は元々いたリベラル派判事の後任であり、裁判所の保守的な傾向を変えることはないでしょう。
- 「6対3」法廷で相次ぐ重要判断。今期の最高裁は、「ロー対ウェイド」判決を覆すだけでなく、拳銃を自宅外で持ち歩くことを制限するニューヨーク州法を違憲と判断しました。そのほかにも、公立高校の部活コーチの宗教行為をめぐって憲法修正第1条の信教の自由が問われた訴訟では、従来用いられてきた違憲性審査基準「レモン・テスト」を覆し、政教分離に事実上の風穴を空けました。また、米環境保護局(EPA)による温暖化ガス排出規制権限を制限する判断を示しました。
WHAT TO WATCH FOR NEXT
注目すべき3つの動き
- 保守的な裁判所の判断は今後も続く。最高裁の訴訟事件一覧表によれば、大学入試で黒人などの志願者を優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)、同性愛者の権利、連邦選挙に関する規則などをめぐり、重要判断が示される予定です。
- 各州は「ロー対ウェイド」の終焉に対応。カリフォルニア州では、中絶の権利を保障する州憲法修正案への投票を実施する予定で、ニューヨーク州議会も同様に憲法を改正しようとしています。一方、共和党支持者の多い州では、中絶禁止に動く州もあれば、中絶を禁止する州法を裁判所が差し止めたケースもあります。
- 民主党はフィリバスターを再考している。連邦議会には、判事を弾劾したり、判事の定員を増やしたりするなど、最高裁を制御するためのさまざまな選択肢があります。バイデンは、中絶を選択する権利を法制化するために、フィリバスターの例外規定を設けることを民主党に求めていますが、いまのところこの変更に必要な票数を確保できていません。
今日のニュースレターは、QuartzのWalter Frick(エグゼクティブエディター)がお届けしました。
ONE ⚖️ THING
ちなみに……
米国の最高裁は、どうも限られた人たちの権利を守ることにご執心なようですが、企業への配慮は忘れていないようです
ワシントン大学セントルイス校の政治学者リー・エプスタインたちは、2015年に発表した論文(pdf)において、1946〜2015年の判例データを調査し、企業が申立人/被申立人であった場合に、裁判所は企業に有利な判決を下す傾向があるかどうかを分析しました。
エプスタインらは「企業好感度指数」と呼ばれる指標を作成していますが、この指数は時間の経過とともに上昇しています(ただし、この研究は2015年に発表されたため、トランプ元大統領による保守的な任命者が関わったケースは含まれていません)。
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