今週、Quartzのニュースレターでは「世界の気候危機対策を決定する最重要文書」といえるIPCCの「第三作業部会報告書(WGIII)」のサマリーをお届けしています。
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いずれにしても、世界の専門家と各国政府が気候変動に対してどんなコンセンサスをもっているのか。それを知るための資料として、数年にわたって長く役立てていただけるはずです。
C. System transformations to limit global warming
温暖化の制限のためのシステム変革
C.1
「摂氏1.5度シナリオ」では、世界の排出量は2020〜25年の間にピークをむかえること、またただちに行動が起こされることが前提となっている。
追加の政策導入がない場合は、2025年以降も温室効果ガス(GHG)排出量は増加し続け、2100年までに摂氏3.2度の温暖化が見込まれている。
- 2度シナリオでは2019年比で2030年までに27%、2050年までに63%の世界排出量削減が求められる
- 1.5度シナリオではこれが2030年までに43%、2050年までに84%
- NDCsが実現された場合のシナリオでは、2100年までに摂氏2.8度の温暖化が見込まれる
- 2020年までに実施された政策に則すと、2100年までに摂氏3.2度の温暖化が見込まれる(気候感度が高い場合は、摂氏4度以上の温暖化が起こる可能性もある)
- 各シナリオの詳細の説明
Quartz註:見落とされがちですが、「摂氏〇度シナリオ」は地球全体の平均気温が〇度上がるという意味であって実際の気温上昇は地域によって異なります。
IPCC第一作業部会(WGI)報告書によると、海上よりも陸上の方が、陸上よりも北極/南極の方が、それぞれ気温の上昇量は大きいことが説明されています。つまり、例えば摂氏3度シナリオでは、陸上の温暖化は+4度に近く、極地ではこれが+6度以上になる場合もあるのです。
C.2
世界の排出量が実質ゼロ(差引ゼロ)になるのは、摂氏1.5度シナリオでは2050年代初頭、摂氏2度シナリオでは2070年代初頭。温暖化の度合いは、実質ゼロが達成されるまでの累積排出量によって決定する。
2030〜40年にかけては、特にメタンの排出量を一気に削減することで、温暖化の最大値を下げることができる。
Quartz註:ここでも、早期の削減開始の必要性が示されています。2050年に実質ゼロを実現するにしても、排出量を今年からの28年間高く維持したまま期限直前の年に一気にゼロにした場合、今年から最大限の削減を続けて2050年にゼロに到達した場合と比べて、累積排出量は当然多くなります。
気候は累積排出量に応じて変動するため、前者のシナリオでは定義上は2050年に実質ゼロを達成できていても、気候変動の影響の緩和効果は後者に比べて圧倒的に劣ります。
C.3
摂氏1.5度シナリオや摂氏2度シナリオを実現するためには、相当な排出量削減が求められる。
その手段としては、炭素ゼロ発電技術、炭素回収貯留(Carbon Capture and Storage、CCS)付きの化石燃料、需要側対策、省エネ、CO2以外の温室効果ガスの排出量削減、そして炭素除去技術の導入などがある。
- 摂氏1.5度シナリオでは、世界の化石燃料使用量は2019年比の中央値で石炭95%、石油60%、そして天然ガス45%の割合でそれぞれ削減する必要がある
- CCSを使用しない場合は、石炭100%、石油60%、天然ガス70%の削減率となる
- 摂氏2度シナリオでは、エネルギー部門および農業・林業・その他の土地利用(AFOLU)部門(森林破壊の低減と森林再生による)が先に実質ゼロを達成し、これに交通、建物、そして工業が続く
- 実質ゼロの達成において各部門における削減量が占める割合は、エネルギー(74%)、AFOLU(農業、林業、その他土地利用)分野(13%)、CO2以外の温室効果ガスの削減(13%)となっている
- CO2除去の効果は、炭素回収貯留付バイオ燃料(BECSS)は30〜780ギガトン、大気炭素直接回収貯留(DACSS)は0〜310ギガトンという範囲をとる
- 実際の効果は、技術の導入方法によって大きく左右される
- AFOLU部門がまかなうCO2除去の量は20〜400ギガトン
Quartz註:必要な削減量の大きさがまず目につきますが、CCS技術の効果がいかに不確実であるかが示されているという点もポイントです。効果を高く見積もって排出量削減の努力を怠るのも、効果を低く見積もってCCS技術を一蹴するのも同じくらい不毛でしょう。CCS技術と一口に言っても、森林の保全からブルーカーボン技術まで実に多様で、それぞれのテクノロジーごとに専門家の見解を調べて評価をするのが本筋といえます。
C.4
エネルギー部門全体における排出量削減を実現するためには大きな移行策が必要とされている。そこには低排出エネルギー源の採用、代替エネルギーキャリアの採用、そしてエネルギーの効率化と節約が含まれる。
- 化石燃料インフラの新設は新たな排出の確定(ロックイン)につながる
- 移行策の導入のための最善の方法は国や地域によって異なる
- 地域や部門によっては、高排出システムの維持は低排出システムへの移行よりもコストが大きくなる場合もある
- すでに再エネを主な電源としている国や地域も存在するが、これをより大規模化していくためには新たな課題が存在する一方、これへの解決策も存在する
- 摂氏2度シナリオでは、2015〜50年までの未使用の化石燃料および化石燃料インフラの推計価値総額は1兆〜4兆ドルの範囲をとる
- 石油・天然ガス部門ではCCSは確立された技術であり、排出量削減に貢献しうる
- 世界の炭素貯留能力は1,000ギガトン規模だと試算されているが、地域ごとの地質貯留の利用可能性が制限因子になる
Quartz註:まず、エネルギーインフラの大きな移行策(major transitions)の必要性に各国政府が合意している点は大きな意味をもちます。また、未使用の化石燃料と関連インフラの価値の推計が最大でも年間1,000億ドル程度とされていますが、この数字は、世界の金融資産総額の約0.03%にすぎない点にも注目すべきでしょう。
そもそも、埋蔵化石燃料が純債務ではなく純資産として計上されるのは、化石燃料の燃焼による被害の割引と外部化が行われているから。炭素の社会的費用や自然資本といった概念が会計制度の一環として法律化され定着すれば、エネルギー資産の計上のされ方も変わり、より合理的な算出が可能になるでしょう。
なお、炭素貯留能力の潜在的な大きさについては、先述のとおり各CCS技術の専門家の見解を調べた上でどれくらい実際に実現できるものなのかを評価するべきでしょう。
C.5
産業部門における実質ゼロは困難だが可能であり、そのためには需要側の対策に加え資源の利用効率の向上や資源の循環、そして低炭素電源の利用が必要となる。
- 需要管理、資源利用効率向上、そして循環型資源フローはいずれも比較的最近の技術であるため、今回の報告の各シナリオには含まれていない
- 低炭素またはゼロ炭素の生産技術には商業的導入の段階まで来ているものもある
- 鉄鋼生産における水素直接削減は地域によってほぼ商業利用が可能
- 低排出な電源や飼料が潤沢な地域は、将来的に資源生産を牽引する可能性がある
- 高炭素設備のフェーズアウトは公正な移行に則って行われるべき
Quartz註:産業部門における低炭素・低排出技術はこれから本格的に開発導入される段階にあるという点が、このパートでは合意されています。なお、文中にある「公正な移行」とは、高炭素設備に携わる職業が新しい雇用に取って代わられたときに、解雇された人たちに十分なクッションを与えるための対策(新規雇用の提供や現金給付など)を意味します。
C.6
都市部は資源利用効率の向上とGHG排出量削減のために重要な役割を担いうる。
そのためには(1)エネルギーおよび資源の消費の低減または変更、(2)電化、(3)都市環境における炭素の回収と貯留の促進による野心的な緩和努力が求められる。
実質ゼロの達成のためには、都市部だけでなく都市への供給チェーン全体における削減が必要となる。
- 穏やかな緩和策をとった場合、都市部における消費ベースの年間排出量は2020年の29GtCO2-eq(炭素換算ギガトン、以下ギガトン)から2050年には34ギガトンにまで増える見込み
- 野心的な緩和策をとった場合、これは3ギガトンにまで減りうる
- 具体的な緩和策は都市ごとに異なる(選択肢の一例がC6.2で列挙されている)
- 都市における緩和策は都市の行政区間を越えて影響を持ちうるため、国やその他の地方自治体との連携が大切となる
Quartz註: 国連によると、2018年現在は世界の人口の約半数が都市部に住んでいますが、この割合は2050年におよそ3分の2にまで増える見込みです。
そんななかで「野心的な緩和努力」によって都市部の消費行動からの年間排出量が90%ほど削減されうるという評価は、注目に値します。具体的な緩和策が地域ごとに異なるという点が合意されているのも重要で、地方自治体に主導権が委ねられていると言えます。
C.7
建物からの排出の削減量は、野心的な政策を実施できるかどうかによって大きく左右される。
- 2019年までに、1990年比で住宅からの排出量は約50%、住宅以外の建物からの排出量は約55%、それぞれ増加
- 住宅からの排出の増加の主な理由は、1人当たりの居住面積の増加、人口の増加、そしてエネルギー密度の高い電力や暖房
- 建物の改装・改良はまだ比率が低く、伸び代が大きい
- 2050年までに建物由来の排出は61%緩和できる(需要縮小政策10%、省エネ政策42%、再エネ政策9%)
- 発展途上国では新築、先進国では既存の建物の改良がそれぞれ最も緩和ポテンシャルが高い
Quartz註:建物は、ソーラーパネルの設置をはじめ、断熱材の使用や熱ポンプの使用などの既存の技術を導入していくだけでもかなりの緩和効果が期待できる分野です。このパートからわかるのは、新しい技術を開発するよりも、既存の技術の導入を政府や自治体が適切な政策によって推奨できているかどうかに注目していくべきともいえるでしょう。
C.8
交通部門の排出量の削減には需要側の対策が効果的であり、交通需要の低減やより持続可能な交通手段を推進できる。また、低炭素発電源をもつ電気自動車の導入が最も脱炭素ポテンシャルが高く、短中期的には車両向けのバイオ燃料も効果がある。
ただし、輸送や航空などからの排出量の削減にバイオ燃料や水素を使うためには、まだいくつか課題が残っている。
- 摂氏1.5度シナリオでは、2020年比で交通部門の排出量は2050年までに59%削減される
- 摂氏2度シナリオでは同削減率は29%
- いずれのシナリオでも、交通部門が実質ゼロに至ることはおそらくない
- 需要低減の具体的な手段としては、都市改造(密度、土地利用、アクセシビリティ)、都市間・都市内交通への投資、歩道や自転車道の整備、リモートワークの普及、デジタル化、脱物質化などがある
- 電気自動車の普及には、インフラ設備への継続的投資が必要
- 電池に必要な希少鉱物の供給は重大な問題であり、必要物質量を下げるための技術や工夫が求められている
- 交通部門における排出量の大幅削減は、エネルギー部門における大幅な脱炭素化に依存している
Quartz註:このパートでは、かなりストレートな内容が目立ちます。他の部門に比べて交通部門は排出量削減が難しいという点が確認されてもいます。
C.9
AFOLU部門の緩和策は排出量の削減や温室効果ガスの除去に貢献しうるが、他の部門における行動の先延ばしを補完することはできない。
地域ごとにAFOLU緩和策の内容は異なる。適切に実施すれば、生物多様性の保全、生態系サービスの提供、そして生活の向上などの追加便益が期待できる。
- 2020〜50年までのAFOLU緩和ポテンシャルは、コストをCO2トン当たり100米ドル以下と仮定した場合、年間8ギガトンから14ギガトン
- このうち30%から50%は単位当たりUSD20ドル以下で実施可能
- 環境保全と森林再生が最も有力な具体策(年間4.2〜7.4ギガトン)
- 農業の現場における対策の期待削減量は年間1.8〜4.1ギガトン
- 需要側が健康的かつ持続可能な食生活に切り替えた場合の期待削減量は年間2.1ギガトン
- 森林によって年間5ギガトンから6ギガトンの排出量削減を達成するための2050年までの年間コストは年間4,000億米ドル以下と見積もられている
- AFOLU緩和策を成功させるためには、先住民族や民間の農場・森林所有者、地域の農家や地域社会などの人々が中心的な役割を果たす
Quartz註:土地利用部門に関しては、森林再生と環境保全という、最もオーソドックスな方法が最も効果が高いと評価されています。ここでもまた、新奇な技術ではなく既存の方法の徹底が暗に推奨されています。
また、CO2トン当たりのコストが20米ドル以下で実施可能な対策が少なくとも30%あるという点も注目です。2021年現在、炭素の社会的費用はCO2トン当たり50米ドルほどだと見積もられているため、緩和策は経済的にも合理的といえます。
C.10
需要側緩和策には、インフラの使い方の変更、最終用途技術の採用、そして社会文化的変化や行動変容が含まれる。緩和ポテンシャルは2050年までに40〜70%。また、需要側緩和策は万人の健康を守りつつ実施できる。
- 低需要シナリオでは、2020年比で2050年までに45%のエネルギー需要削減が見込まれている
- 対策の詳細は地域ごとに異なる
- 一部地域では衣食住医の供給のために追加のエネルギーが必要
- 2020年までの発表政策シナリオと比較した時の緩和ポテンシャルは2050年までに40%から70%
- 同じく最終用途部門の排出量も5%から30%削減可能
- 選択設計(choice architecture)は最終用途ユーザにより持続可能な選択を促しうる
Quartz註:物品やサービスの利用者(事業者や消費者)の行動を変える対策が、今回の報告書では「需要側緩和策」と呼ばれています。人びとの選択によって最低でも40%、最大で70%もの削減が期待できるという点は、多くの人たちの直感に反するのではないでしょうか。
事業者や個人消費者は、自分たちが思っている以上に力と責任をもっているという点が示されているともいえます。
C.11
実質ゼロを達成するためには、炭素直接除去(CDR)技術の使用は避けようがない。以下、主要な技術の例と、それぞれに対する評価を挙げる。
- 低成熟度なCDRの一例:海洋アルカリ化
- 高成熟度:森林再生
- 高コスト:DACCS(Direct Air Carbon Capture and Storage、大気から直接炭素を回収・貯留する技術)
- 低コスト:土壌炭素貯留
- 低期待値:ブルーカーボン管理
- 高期待値:農林業
- 現時点で広く実践されているCDRは森林再生、植林、森林管理の改善、農林業、そして土壌炭素貯留の5つだけ
- バイオ燃料作物の栽培やBECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage、回収・貯留付きバイオマス発電)は実施の仕方によっては有害な結果をもたらしうる
- 海洋肥沃化は栄養の再配分や生態系の再編成、また深海における酸素の消費量の変化や酸化につながりうる
Quartz註:農林業の方がブルーカーボン管理よりも「期待値が高い」など、多くの人たちの直感に反すると思われる主張がされています。期待値が高いものや、コストが低いものなど、有効性をもつ技術はいずれもかなりオーソドックスなものである点に、改めて注意したいところ。また、BECCSのリスクに対しては、明確に言及されています。
C.12
コストがCO2トン当たり100米ドル以下の緩和策は、2019年比で2030年までに世界の温室効果ガス排出量を50%以上削減できる。
緩和策を実施しなかった場合のGDPは、実施した場合のGDPと比べても数%しか変わらない(しかもそこには気候変動による損害の回避がもたらした経済的利益は加味されていない)。
- 該当緩和策ポテンシャルの50%以上はコストがCO2トン当たり20米ドル以下
- 摂氏2度シナリオでは、2025年までに連携行動が開始されたと仮定した場合、世界GDPはベースラインと比較して1.3%から2.7%減少
- 年間GDP成長率の減少率は2020年から2050年で平均0.04%ポイントから0.09%ポイント
- 緩和の有無に関わらず、2020年から2050年で世界GDPは2倍以上になる
- 摂氏2度シナリオにおける緩和策による経済的損失よりも、それによる気候変動の損害の防止による経済的利益の方が大きい(ただし、以下の条件下を除く)
- 気候変動による損害が値域の低い極に従った場合
- 将来的な損害の割引率が高かった場合
- 2025年までに排出量がピークを迎えるシナリオの方が初期投資額が大きいが、後のリターンも相応に大きい(ただし、便益の差の具体的な定量化は困難)
Quartz註:2030年までという短期で見た場合、緩和策はより安価になることが示されています。それによってGDP成長がほとんど影響を受けないばかりか、むしろプラスになる可能性すらあるという点が合意されています。
GDPとは経済活動の規模を表す指標。ゆえに、仮に世界各国(特に発展途上諸国)がより豊かな生活を求めて経済活動の量を拡大した場合、GDPが増えていくのは当然ともいえます。問題は、それがいままで通りの高排出な経済成長になるのか、それとも本報告書で評価されているような緩和策を伴う持続可能な経済成長になるのかという点です。
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