Climate:グリーンなお葬式(ビジネス)

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月曜夜のニュースレター「Climate Economy」では、毎週ひとつのテーマについて、世界は気候変動をどう見ているのかどんな解決を見出そうとしているかをお伝えしていきます。

お盆が近づいてきましたが、きょうはわたしたちが死んだ後のことについて少し考えてみましょう。といっても死後の世界や霊魂といった話ではなく、遺体の処理方法についてです。

今年1月、反アパルトヘイト運動の指導者でノーベル平和賞の受賞者でもある南アフリカのデズモンド・ツツ(Desmond Tutu)元大主教が亡くなりました。このときに欧米メディアで話題になったのが、「アクアメーションaquamation)」というあまり聞いたことのない葬儀方法です。

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Image: REUTERS/Shafiek Tassiem

アクアメーションは日本語では「水葬」と訳されることもありますが、遺体を海や川に流すことではなく、遺体をアルカリ溶液に漬けて肉や筋組織などを溶かし、骨だけを残して埋葬するという方法です。「water cremation(水による火葬)」とも呼ばれ、火葬や土葬よりも環境負荷が低いとして、近年徐々に注目を集めるようになっています。

日本でも樹木葬手元供養など伝統的な弔い方ではない選択肢も増えてはいますが、遺体の処理という意味では、ほぼ100%が火葬(焼却)です。一方、世界的には土葬も広く行われていますが、いずれのやり方も環境面での問題が指摘されています。こうしたなか、気候変動の深刻化や環境意識の高まりを受けて、アクアメーションのような新たな方法が登場しているのです。

さらに、先進国を中心に「エコ葬儀」の市場も拡大しています。米国では環境への影響を抑えることを目指した「グリーン埋葬green burial)」と呼ばれる動きが広がっており、例えば棺や副葬品の素材を変えたり、埋葬前の防腐処理(エンバーミング)を行わないといった選択をする人も増えています。2019年に行われた調査では、米国民の52%がグリーン埋葬に関心があると回答しました。

たかが葬式と思われるかもしれませんが、死者の数は日本だけでも年間138万人(2019年)で、世界全体では5,540万人に上ります。そして、遺体はすべて何らかの形で処理しなければならないのです。日々の暮らしのなかで環境のことを考えている人は多いと思いますが、人生の最期でも地球に優しい選択をしてみませんか。


BY THE DIGITS

数字でみる

  • 5億7,154万ドル約782億円):世界のエコ葬儀の市場規模。2030年までは年率平均8.7%の成長が見込まれている
  • 約245キログラム:火葬1件当たりの二酸化炭素(CO2)排出量。日本人1人当たりの年間CO2排出量の約8分の1に相当する
  • 99.992%:日本の火葬率。2017年の全国の死亡件数138万107件のうち埋葬(土葬)は104件のみだった
  • 5分の1:火葬と比較した場合のアクアメーションのエネルギー消費量。温室効果ガスの排出量を約35%削減することが可能とされる

that is the question

火葬か土葬か

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Image: New Delhi, India May 5, 2021 REUTERS/Adnan Abidi

現在、世界で行われている遺体処理の大半は火葬もしくは土葬で、国や地域ごとにどちらが主流かは慣習によるところが大きいようです。宗教別に見ると、死後の復活を信じるキリスト教イスラム教では復活の際に必要とされる遺体を焼いてしまうと困るために、土葬が基本となっています。これに対し、仏教ヒンドゥー教では伝統的に火葬が多く行われてきました。また世界の一部地域では、遺体を猛禽類に食べさせる鳥葬(リンク先閲覧注意)のような珍しい風習も、ごくわずかですが残っています。

こうしたなか、欧米でも近年は墓地の土地不足のために都市部を中心に火葬が増えているほか、米国では火葬の方が葬儀費用が安いために、宗教とは関係なく火葬を選ぶ人も多いそうです。なお、カソリックの総本山であるローマ教皇庁(バチカン)は1963年に、火葬を実質的に容認する内容の指針を出しています。

一方、日本は火葬がほぼ100%を占める世界一の火葬大国です。土葬は法律で禁止されているわけではありませんが、自治体ごとに規制があり、特に都市部ではほとんど認められていません。日本では明治初期に火葬が一時的に禁止されたこともあるほか、戦前までは広く土葬が行われていましたが、戦後は墓地の土地不足や環境衛生面での問題から火葬が推奨されるようになりました。そして1950年代半ばには火葬の件数が土葬を上回り、1980年代以降は9割以上が火葬になっています。


QUIZ

ここで問題です

日本とは違い、世界ではまだ土葬が主流の国も多くあります。以下の5カ国から、火葬よりも土葬の方が多く行われている国を全て選んでください。

米国

中国

アラブ首長国連邦(UAE)

南アフリカ

インド

答えは、③UAEと④南アフリカです。各国の火葬率は米国が57.5%(2021年)、中国が52.4%(2019年)、UAEが1.25%(2012/13年)で、南アフリカとインドは公式の統計はありませんが、南アは10%以下、インドは75〜85%と推定されています。

イスラム教国のUAEでは以前は火葬はまったく行われていませんでしたが、移民労働者など外国人居住者の増加に伴い、2011年に初の火葬場が開設されました。一方、イスラム教徒やキリスト教徒の多いアフリカ諸国では現在も土葬が一般的で、火葬設備そのものがない国もあります。人口が6,000万人の南アフリカでも、火葬場の数は全国で30カ所余りにとどまります。


ENVIRONMENTAL IMPACTS OF DEATH

火葬と土葬の問題点

それでは、火葬と土葬には環境面から見てどのような問題があるのでしょう。

火葬

  • 温室効果ガス:火葬の場合、当然ですが温室効果ガスが排出されます。排出量は火葬炉の種類にもよりますが、英国の場合は火葬1件当たりCO2換算で約245キログラムで、年間では11万5,150トンに上ります。これだけのCO2をオフセットするには、190万5,000本の樹木を10年間育てることが必要です。
  • 有害物質による大気汚染:虫歯治療の銀歯の材料には以前はアマルガムという水銀の合金が使われていましたが、これを燃やすと水銀が放出されて大気汚染の原因になります。カナダのブリティッシュコロンビア州では、2016年に大気中に排出された水銀の7%以上が火葬によるものだったと試算されています。また火葬炉が古いなどの理由で高温での燃焼ができない場合、棺や副葬品が燃える過程でダイオキシンなどの有害ガスが発生します。
  • 燃料:火葬炉の燃料は最近では燃焼効率のよい都市ガスや液化石油ガス(LPガス)がほとんどですが、世界ではディーゼル油などを使う旧式の火葬炉も多く残っています。カナダと米国の平均では、火葬1件当たりのエネルギー消費は、延べ床面積2,000平方メートルの家屋の1週間の電力消費に等しいほか、ガソリン換算では20ガロン(75.7リットル)に相当するそうです。

土葬

  • 化学薬品による環境汚染:土葬では遺体にエンバーミングと呼ばれる防腐処理を施しますが、これに使われる薬液が埋葬後、遺体の分解に伴って地中に溶け出し、土壌や地下水の汚染が起きることが明らかになっています。なかでもホルマリン(ホルムアルデヒド水溶液)は毒性が特に強く、エンバーミングの施術者に健康面での影響が出ることもあるそうです。米国で使用されるエンバーミング溶液の量は、年間80万ガロン(約302万8,000リットル)に上ります。
  • 土地不足:墓地の不足は特に先進国では共通の問題です。例えば、英国では公共の墓地の6分の1が向こう5年以内に満杯になるとの試算もあります。このため、本来であれば農地や宅地など他の用途で使えたはずの土地が墓地にされてしまうのです。ちなみに土地不足は最近に始まったことではなく、600万人が葬られているとされるパリのカタコンベ(地下墓地)は、18世紀に戦争や疫病などのために死者が急増して墓地が不足したために、地下の採石場の跡地に遺体を移したことが始まりです。
  • 資源消費:米国では棺を作るために年間約7万立方メートルの木材が使われています。これは一般的な家屋450万戸分に相当する量で、他にも銅2,700トン、鉄10万4,272トン、コンクリート160万トンなど、遺体を埋葬するためだけに大量の資源が消費されているのです。火葬の場合、資源消費は土葬よりは少なくなりますが、それでも棺や副葬品などは基本的には「使い捨て」です。
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Image: the coffin of Ivana Trump REUTERS/Brendan McDermid

ALTERNATIVE CHOICES

環境に優しい遺体処理

冒頭で紹介したアクアメーションに加え、資源の消費と環境への影響を最小限に抑えることを目指したまったく新しい形式の遺体処理が登場しています。

💦 アクアメーション:遺体を水酸化カリウムなどのアルカリ溶液にひたして150度前後に加熱し、加水分解によって骨以外を溶かす処理方法。1990年代に米国で家畜の死骸処理のために考案され、2003年に狂牛病が発生したときには、牛の死体の処理にも用いられた。加水分解にかかる時間は数時間で、アルカリ溶液は遺体の処理後は通常廃水として下水に流すことができる。アクアメーションは米国では19の州で既に合法化されており、同時に複数の州で法制化に向けた動きが進んでいるが、サービスを提供する企業は全国で40社弱で、アクアメーションのための専用設備がある州の数は13にとどまる。

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Image: Creative Commons

🌱 堆肥葬:その名の通り遺体を生分解して堆肥にする方法で、「human composting」もしくは「terramation」と呼ばれる。堆肥化の方法はサービスを提供する事業者によってさまざまだが、一般的には遺体をウッドチップや藁などと共に専用カプセルに入れて、温度と湿度が保たれた空間に安置すると、1カ月程度で処理が完成する。珍しいところでは、キノコの菌糸を織り込んだボディスーツやに納めて地中に埋葬するというやり方もあり、この場合は堆肥化にかかる時間は2〜3年と少し長くなるが、それでも通常の土葬と比べるとはるかに短い。2019年に亡くなった俳優のルーク・ペリー(Luke Perry)はこの「キノコスーツ」で埋葬されて話題となった。

🥶 プロメッション(Promessioin):遺体をフリーズドライにして土に返す方法。スウェーデンの生物学者スザンヌ・ビーグメサク(Susanne Wiigh-Mäsak)によって考案された。手順は液体窒素を使って遺体を超低温で冷凍し、振動を与えて粉状に粉砕してから、乾燥させて水分を取り除く。その後、歯の詰め物やインプランドなど環境に有害な金属を除去し、生分解性の容器に詰めて地表から50cm程度の深さに埋めると、遺体は半年から1年半程度で土に返るという。現時点で、スウェーデン、英国、韓国では遺体の処理方法として法的に認められている。なお、プロメッションという呼称はイタリア語の「promessa(約束)」という単語から来ている。


今日のニュースレターはChihiro Oka、Sota Toshiyoshiがお届けしました。


ONE 🇱🇰 THING

ちなみに……

過去最悪の経済危機に陥っているスリランカでは、新大統領が誕生してからも混乱が続いています。外貨不足で燃料を輸入できないために石油や天然ガスの備蓄が底を付き、ガソリンスタンドの給油待ちの行列に5日間も並んでいたトラック運転手が心不全で死亡するという痛ましい事故も起きました。

こうしたなか、首都コロンボ近郊では複数の火葬場が燃料のLPガスを調達できずサービス停止を余儀なくされています。急速なインフレで火葬の費用も急騰しており、葬儀があげられない人も出てきているそうです。

スリランカでは新型コロナウイルスのパンデミック初期に、感染して死亡した人の土葬が禁止され、火葬を禁忌とするイスラム教徒から強い反発が起きました。火葬は感染拡大の防止につながるという政府の主張に科学的根拠はなく、国際社会からも批判を受けたために、最終的にこの措置は撤回されましたが、今後も経済的な混迷が続くようであれば、もしかしたら今度は逆に火葬ができなくなる日がやってくるかもしれません。

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Image: REUTERS/Dinuka Liyanawatte

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