India:スマートシティになるはずが崩壊した町

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India Explosion

爆発するインディア

Quartz読者のみなさん、こんにちは。今日は2月14日。日々頑張るあなたへ、ハッピー・バレンタイン! 甘いチョコレートを贈ることはできませんが、苦い思いをする、ある街のストーリーをお届けします。今週は次なる巨大市場「インド」の経済発展の裏側をリポートします。英語版(参考)はこちら

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Image: DIPAN MAITY/ISTOCK

ヒマラヤの麓に広がる美しい街デラドゥーン(Dehra Dun)。しかし、2020年の今、この街にかつての面影はありません。北インド・ウッタラーカンド州の州都であるデラドゥーンは、人口の増加、環境破壊を顧みない急ピッチのインフラ開発、産業廃棄物の不適切な処理で、深刻な水質汚濁を引き起こし、生態系が侵されました。

街を象徴する、約70キロメートルに渡るデラドゥーン渓谷はガンジス川とヤムナー川に挟まれた農業・園芸にうってつけの肥沃な土地。生物多様性豊かなエリアでしたが、もう見る影もありません。水田は潰され、街を流れる川は汚水やゴミで溢れかえっています

街の崩壊を決定づけたのは、2000年の新州設立です。それまではウッタル・プラデーシュ州の一部でしたが分割され、ウッタラーカンド州として独立。州都デラドゥーンの崩壊はここから始まったと多くの人が考えています。

同州にはモハベワラ、マジュラ、ハーバートプール、ジョギワラといった、世界でも有数のバスマティ米の産地がありますが、今ではほとんど生産されていません。

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Image: REUTERS

THE PRICE OF DEVELOPMENT

発展の代償

「私の父は、1990年代半ばまでここで輸出向けにバスマティ米を作っていました。この特産は私たちのデラドゥーン渓谷の誇りでしたが、街が都市化するにつれて様変わりしたのです」

モハベワラに住む男性(42)は地元メディアMongabay-Indiaのインタビューに応えました。

皮肉にも、田舎町を沸かせた建設ブームに飛びついたのは農家でした。土地を売って手っ取り早くお金を稼げるのは彼らにとって魅力的な方法だったのです。デラドゥーンの財産率は急激に上昇しましたが、これはぬか喜びでした。

建物ラッシュで、渓谷の気候は大きく変わり、特産のバスマティ米3種の栽培に欠かせない新鮮な淡水が確保できず、もう作れない状況にまで追い込まれました。ライチの収穫にも影響が出ています。以前は多くのライチ園がありましたが、水田と同じように姿を消しました。

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Image: HRIDAYESH JOSHI

2011年の国勢調査によると、デラドゥーン地区の人口は約169万人、中心部の市の人口は57万8,000人でした。ここから、市の人口は急速に増加し、市当局によると市の人口は現在80万人を超えています。実際にはこれ以上に膨らんでいるようで、市民社会グループと専門家は、この数字が正しい状況を表していないと考えています。

「国勢調査は、実際の状況を表していません。カントンメント、クレメントタウン、ライプールなどは、デラドゥーン地区にありながらもカウントされていないのですから」。コミュニティ開発協会(SDC)財団の創設者、アヌープ・ノーティヤルによると、推定で「市の人口は120万人を超える」とみられます。

NO APPROVED MASTERPLAN

都市計画のない街

これだけ一気に人口が増えたので、住宅、そして商業施設のニーズも高まって当然です。地元の専門家によると、州の設立後、政府は土地開発を中心とした政策を推進し、不動産業界は活況を呈しました。その結果、主要産業は農業から不動産に取って代わり、多くのビルが立ち並びます。

ただ、このエリアは地震多発地帯であるにも関わらず、規制はほとんどありません。実は、ウッタラーカンド州設立以来20年が経つにもかかわらず、デラドゥーン市には承認された都市開発計画はないのです。

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Image: HRIDAYESH JOSHI

DYING WATER SYSTEM

破綻する排水システム

急速な発展が起こる前は自然の小川がこの地の水システムの要でしたが、人口が増えるに伴って、限界を迎えました。地下にパイプを挿入し、全域に灌漑と飲料水を送るシステムを整え、交通量をカバーすべく水田があったところに道路を拡張せざるを得なかったのです。

「これは誰のせいでもありません。増加する交通量をコントロールするには、道路を広げる必要があり、これらのセメントパイプを使用しないわけにはいかない」

ウタラカンド州政府の役人は匿名を条件に、Mongabay-Indiaに語りましたが、政府を擁護する姿勢は否めません。

地区行政は昨年、ウッタラーカンド州高等裁判所に対し、建設活動のために水流や自然運河を含む豊かな水域のある地域270エーカー(約110万平方メートル)が侵食されたと説明しています。

POOR WASTE MANAGEMENT

不十分な廃棄物管理

2017年6月、デラドゥーンは、中央政府によってスマートシティ開発に参画させられました。プロジェクトの推進費として、州政府は2億2,000万ルピー(約3億3,800万円)を受け取ったとされます。

しかし、この資金が活かされたかは疑問です。事実、デラドゥーンには、お粗末な廃棄物管理、効率の悪い下水処理など、多くの問題に苦しみ続けているという現実しかありません。

都市の中心部を流れるビンダル川やリスパーナ川は汚物やゴミで溢れ、まるで排水溝。昨年の全国クリーンシティ・ランキングでは、425都市のうち384位で、インドでも汚い部類に入ります。

「下水処理システムは非常に貧弱で、ほとんどは処理されないまま、リスパーナ川とビンダル川に流れています。(下水の)25%以上が適切に処理されているとは思わない」と前出のノーティヤルは言います。

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Image: HRIDAYESH JOSHI

市は1日あたり1億6,500万リットルを超える下水を排出していますが、これが水域に流れ出るまでどれだけ処理されているかという明確なデータはありません。

2009年に、「マスタープラン2025」が発表された際、計1億3,800万リットル相当の処理能力を持つ8つの下水処理場(STP)が承認されました。しかし、2017年までに稼働中の4基のSTPで処理されたのは1日あたり1,800万リットルだけ。5,500万リットルを超える汚水が日々、処理されずに排出されていました。

汚水問題は当局も無視できないほどのひどい状況で、ウッタラーカンド州政府のハラク・シン・ラワット環境相は、下水および廃棄物管理に問題があることを認めています。州政府は、適切な処理をせずに汚水を排出する事業者や自治体に対し通知を出し、注意喚起に取り組んでいます。ひどい場合には、犯罪扱いでの取り締まりも辞さない姿勢です。

THE LAST HOPE

最後の希望

問題は山積みですが、デラドゥーン最後の希望として注目されているものがあります。それは、デラドゥーン渓谷に点在する研究施設の敷地に残された緑地です。インド森林研究所(FRI)、インド陸軍士官学校(IMA)、インド野生生物研究所(WII)、インド森林調査(FSI)、インド石油研究所には木々が生い茂り、植物、鳥類、さらには野生動物も生息しています。

中心部の汚染は深刻ですが、「デラドゥーンはインドでも最も森林が多い州都の1つです。開発で鳥たちの生息地も奪われてきましたが、今でもデラドゥーンの周辺10キロメートル圏内に300種以上の鳥がいると考えています」と、過去40年に渡ってこの地の生態系を見つめてきた、WIIのダナンジャイ・モーハン所長は説明します。

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このような施設は十数か所あり、なかには数千エーカーの広大な土地を有する施設も。中心部の汚染とは無縁の、美しい自然が守られています。

実はインドは緑地大国の側面もあります。昨年2月に学術誌『Nature Sustainability』に掲載されたアメリカ航空宇宙局(NASA)のデータを解析した研究論文によると、過去20年で地球の緑地化に貢献した国の筆頭は中国とインド。地球全体の緑地の増加の3分の1を占めていたそうです。

過去、中国やインドの植生状況は良いものではありませんでした。この問題が認識されてからおよそ30年かかりましたが、状況は確実に改善しています。

研究チームの一員でNASAエイムズ研究センターに所属するラマクリシュナ・ネマニ研究員は「人類には立ち直る力があることを示している」と言います。彼の言葉を信じれば、この20年で失われたデラドゥーンの美しい街並みを取り戻すことも不可能ではないでしょう。

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今週の特集

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今週のQuartz(英語版)の特集は「Retail versus Amazon(Amazon VS 小売り)」です。圧倒的なスケールで小売業界を変えてきたアマゾンは、次にどこを目指していくのか。その野望のすべてをQuartzがレポートしていきます。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)

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