💂🏻 これから英国で起きること

女王亡き後の英国で、国民はどのようにその死を悼むのでしょうか。エリザベス2世が君臨した70年間に英国で起きたことも振り返ります。
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Photo: LEON NEAL

70年にわたり在位した女王、エリザベス2世。現地時間8日午後6時30分、女王の逝去を伝えるバッキンガム宮殿の声明は簡潔なものでした。

“The Queen died peacefully at Barlmoral this afternoon.”(女王は今日の午後、バルモラルで安らかに息を引き取った。)

同日午前中、英国では女王の体調悪化を伝えるニュースが流れ始め、報道官は女王が「医学的監視下にある」と発表していました。

この日、英国には朝から不穏な空気が漂っていました。

野党労働党の党首キア・スターマー党首は、議会の途中でメモを渡されるやいったん外に出て、すぐに黒いネクタイ姿で戻ってきました。バッキンガム宮殿では、お馴染みの衛兵交代式が中止されました。BBCでは、キャスターやリポーターが「女王は病気だ」と繰り返しながらも、地味な黒服に着替えていました。テレビは一日中、通常の番組を中断し、バルモラルからのニュースを流し続けていました。

そして、バルモラル城とバッキンガム宮殿の門の外には、いつからともなく傘を差した人だかりが。空は鬱々とした灰色で、雨が降っていました。


By the digits

数字でみる

  • 70年:王位に君臨した年数。英国史上、最も長い在位期間
  • 15人:彼女の在位期間に活躍した英国首相:男性12名、女性3名
  • 1億5,000万人:英国王室を国家元首として認める国に居住している人口
  • 56カ国:女王が率いた「イギリス連邦」の加盟国
  • 30匹以上:女王が生涯に所有したコーギーの最初の一匹、スーザンの子孫の数
  • 4件:公にされている女王暗殺未遂事件。最も新しいものは2021年のクリスマスに起きた、ウィンザー城への不法侵入・武器所持のケース
  • 31%:女王を直接見た、または面会したと回答した英国人の割合
  • 3億1,270万ポンド(約516.4億円):英国王に属する不動産業(クラウンズ・エステート)の2021-22年の純利益(前年比15%増)
  • 1万8,481ヘクタール:イングランドとウェールズにまたがるランカスター公領の面積。女王の私有資産として、上記のクラウン・エステートとは別に管理されている
  • 285:在位中に行われた公式外遊の回数。史上最も世界を旅した英国君主だが、パスポートは持っていなかった

What Queen meant to Britain

英国にとって女王とは?

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Photo: GETTY IMAGES (Getty Images)

今月6日に首相に就任したリズ・トラスは、女王にとって15人目の首相です。1952年にエリザベス2世が女王に即位したときの首相は、ウィンストン・チャーチルでした。

女王の70年にわたる在位期間は、大英帝国の最後のきらめきが、罪悪感とノスタルジーのなかで崩壊していった歴史でもあります。この間、世界における英国の地位は低下し、EUに加盟したものの「他のどの国にも依存しない」ことを望み、離脱を断行しました。自国経済をどうするか、移民をどうするか、戦争ではどちら側につき、パンデミックにはどう対処するかという問題が次々に突きつけられてきました。

しかし、女王はその立場上非政治的であり続け、騒乱とは無縁な存在でした。王室を取り巻くスキャンダルの波にも、女王自身はほとんど影響されることなく過ごしたといっていいでしょう(スキャンダルといえば、1997年に女王にとって義理の娘にあたるダイアナ妃が交通事故で亡くなったときと、2019年に女王にとって次男であるアンドルー王子が性的暴行で訴えられたときが最も報道が過熱した瞬間でした)。

女王が、長きにわたり存命し続けていること。それは、多くの英国人にとって数字以上に意味のあることだった といえます。劇的な変化を辿ってきたこの国にとって、その存在は、ある種の安定と継続を象徴するものだったのです。

同時に、変化と折り合いをつけようとしない自分たちの国を象徴するものでもありました。つまり、女王は、かつて世界を支配した英国を思い出させる存在でした。切手やポンド紙幣に印刷された彼女の威厳ある姿を一目見れば、英国民はそれだけで誇りを保つことができたのです。


Operation London Bridge

10日間の喪

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Photo: LEE SMITH

エリザベス女王死後の一連のアクションを定めた計画、コードネーム「ロンドン橋作戦(London Bridge Is Down)」の存在が、かつて報道で明らかになっています。1960年代から慎重に練られてきたこのプロトコルには、「国内のラジオ局で流れる音楽を無難なものに切り替えること」までもが規定されています。

計画されている「喪の10日間」は、次のような内容です。

  • D-Day+1(亡くなった日:D-Dayの翌日):国会が召集され、チャールズ国王への忠誠を誓う。新国王は国民に向けた演説を放送する予定
  • D-Day +2:女王の棺がバルモラル城からバッキンガム宮殿まで、ロイヤルトレインで運ばれる。
  • D-Day +3:国王がスコットランド、北アイルランド、ウェールズの英国4カ国を訪問
  • D-Day+4:国王はベルファストへ。北アイルランド議会から弔辞を受ける
  • D-Day+5:女王の遺体はバッキンガム宮殿からウェストミンスター・ホールへ
  • D-Day+7:国王はウェールズへ。ウェールズ議会から弔意を受ける
  • D-Day+10:女王の国葬。多くの企業が休業することが予想される。正午には2分間の国民黙祷が行われる

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