A Guide to Guides
Guidesのガイド
Quartz読者のみなさん、おはようございます。週末のニュースレターではQuartzの“週イチ”特集〈Guides〉から、毎回1つをピックアップ。世界がいま注目する論点を、編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。
──大変な世の中になってきましたね。
ほんとですね。
──何がどう終息するのか、まったく見えないですね。
そうですね。COVID-19は、もはや単なるヘルスケアの問題ではない、ということですよね。COVID-19は何か新しい問題系をもたらしたのかというと、そんなことはなくて、むしろこれまで山積みにされながら遅々として改善が進んでいなかった問題が、決定的な問題を引き起こすことを明らかにしたということなんだと思うんです。なので、すべてが“現在”の問題ではなくて、“過去”の問題だということもできると思うんです。
──どういうことでしょう?
これまで時間があったのに何も対処してこなかった「何もしなかった時間」に逆襲されていると、そういう感じがしませんか。日本でも、行政でいえば「ちゃんとマイナンバーを整備しておけばよかった」とか、個人レベルでいえば「ちゃんとこれまでの会計をきれいにしておけばよかった」とか色々あると思うんですけど、どこを見ても「やるべきだったのにやらなかったこと」に仕返しをされ、いまになって慌ててあたふたしても、やっぱりどうしても後手後手になりますよね。
──そうですね。
これは小さな話ですが、日本のライヴハウスなんかでも、ずっと前からデジタル配信をやったらいいじゃないかと提案する声はあったにもかかわらず、それをずっと無視してきたといったことなどもあるようで、もしそれをやっていたら自主隔離のなかでもやれることの選択肢は増えていたかもしれないわけですから、先行投資というのは、やっぱり意味があるんですね。
Africa after Covid-19
コロナ後のアフリカ
──とはいえ、正常運転しているなかで、このような危機的な状況に常に備えておくというのは、難しいですよね。「正常性バイアス」というか、そういうものにやはりとらわれてしまって「自分は大丈夫」とどうしても思ってしまいます。
そうなんですよね。今回の〈Guides〉は「アフリカ」がテーマで、ある記事のなかで、とある医療関係者が「アウトブレイクを無駄にするな(never waste an outbreak)」という印象的なことばを語っています。
〈Africa’s broken healthcare systems have an opportunity in Covid-19〉という記事に登場する一節なのですが、こういう言い方をするとオポチュニストのように聞こえるかもしれませんが、「COVID-19は絶好のチャンスである」という感覚は、やはり大事なんだと思うんです。というのも、ずっと課題が山積みになっているのを理解して、それと平時からずっと取り組んできた人たちもたくさんいるわけですよね。その人たちが考えるソリューションや提案を、こうした非常事態のときだからこそ有用化できるし、すべきであるというのは大事な視点だと思うんです。
──どちらかというと「アウトブレイクを無駄にするな」という意識は、これを機に国家統制を強めようとか、統制を奪還しようと考える人たちに強く作動しているようにも見えますが。
であればこそ、それとは逆の視点から、COVID-19をてこにしたポジティブな変化を見出すことは重要だと思うんです。日本を見ていると、なんとなくパンデミックをやり過ごした感じはありますけれど、これを機に政府や国民は、一体どんなゲインを得たのかということはきちんと測定しておくべきではないかと思うんですね。行政は「DX」とか「ソサエティ5.0」とか盛んに言っているわけですが、COVID-19によって、そうしたビジョンに向けてどの程度のゲインがあったのか、なんだかアヤシイものじゃないですか。
──混乱のどさくさに紛れて「スーパーシティ法案」なるものを国会で通してましたが。
そうやって政府が勝手に決めたアジェンダを場当たり的に押し通すようなことをしている限り、次に別の危機が来てもなんの役にも立たないものになってしまうんじゃないかと思うんですけどね。遠隔診療にしろキャッシュレスにしろAIにしろ、具体的な課題に対して、これまでやってきたソリューションの評価もないところで技術だけ入れても、なんの役にも立たない、ということが、まずは今回の教訓になるべきだろうと思うんですけどね。
──そうでない限り、せっかくの投資が、次の危機に対するなんの準備にもならないということですね。
韓国や台湾の感染症対応が目覚しかったのは、SARSやMERSの経験をもとに明確な準備ができていたからで、そのための訓練も十全にできていたからなんですよ。
──訓練と言いますと?
例えばアジャイル開発とか、アジャイル調達とか、そういった新しい手法でサービス開発を行うようなことがこの間世界各国で実験・実施されてきましたが、アジャイルで何かをやるというのは、単に手法を真似ればそれでできるようになるものではなくて、要は、これまでまったくやったことのないスポーツをプレイするみたいなことですから、練習が必要なんですよ。体の動かし方も頭の使い方もまったく違うわけです。昨日までバスケをやっていた人が、「はい、今日からサッカーやってもらいます。しかもミスしてはダメです」と言われて、それをすっと実践できる人なんかいないんですよ。
──そりゃそうですね。しかもいきなり決勝戦に出場、みたいなことですもんね。
うまく行くわけがないですよね。今回のCOVID-19で、良い成果をあげることができた国に共通していることは「レスポンスが早かったこと」なんです。
〈Africa’s broken healthcare systems ~〉のなかにもありますが、アフリカは感染症に関していえば、HIVからエボラまで、これまでに何度も危機を迎えてきた経験があり、それが必ずしも良好な成果をあげてきたとは言えないまでも、経験が蓄積されてきたことは間違いなく、ウガンダ政府は最初の感染者が出た5日後にはすべての商業エアラインを止めていますし、南アフリカ政府がHIVのテストキットをコロナウィルス用のものに切り替えたり、人工呼吸器の生産にすぐ乗り出し、セネガルやウガンダ政府は、安価のテストキットの開発生産にいち早く乗り出したりしていることを記事は明かしています。
取材を受けたケニアのAfrican Population and Health Research Centreのディレクターは、記事内で、「アフリカは世界を驚かせますよ。わたしたちがただ手をこまねいてCOVID-19が襲いかかってくるのを待っているとでも思っているのでしょうか」と語っています。
──自信があるんですね。
実際、例えばウガンダが用いた「プールテスティング(pool testing)」という技法を学ぶべくWHOがリサーチを行っているといった話も出てきていますので、世界各国や国際機関は、もちろん第2波に備えるためにもそうですし、今後起こりうる新たなパンデミックに向けても、今回の事態からできるだけ多くのナレッジやノウハウを取り出し、共有しようとしているわけです。「アウトブレイクを無駄にしない」とはそういう意味なんですよね。
──「日本は民度が違う」と言ってるだけじゃダメですね。
今回の事態で得た学びを共有しろ、と問われているときに、国民の民度の話をするのが間違っているのは、それでは再現性がないからですよね。今回の事態のなかで目覚ましい成果をあげたことを、台湾はかなり積極的に外交カードとして使っていますが、そこでやっているのは「台湾モデル」をみなさんに共有しますよ、ということなんです。モデルというからには再現性があるのは大前提です。
──そう考えると、みんなの清潔意識が高いのが自慢の「日本モデル」は、特段「モデル」といえそうな感じもしないですね。
先日も、ある会合で、政界に非常に大きな影響力のあるとある方に、「COVID-19を受けて日本が世界に自慢できる何かってあるんですか?」とお訊ねしたら、「清潔意識の高さと規律ですよね」みたいなことをおっしゃってまして、この人たち、本当に国際会議とかで本当にそれを言うのかと思ったら、ちょっとぞっとしてしまいましたね。
──ナレッジの共有になっていないですもんね。
米Washington Postは「超大国は小国のコロナ対策にもっと学ぶべきだ」という記事を掲載して、ジョージア、ガーナ、ベトナム、コスタリカ、レバノン、ニュージーランドの事例を紹介していますが、この記事が明かしている通り、もはやいわゆる“先進国”が最も先進的なわけではない、ということは、今回の事態で明らかになったことのようにも思うんです。
──先進性の基準が変わってきたということなのかもしれませんね。
そうなのかもしれません。先ほどから紹介している〈Africa’s broken healthcare systems ~〉という記事は、アフリカ諸国が、そもそも機能していないヘルスケアシステムをどう構築しようとしているかをレポートしたものですが、「アフリカは、ノロノロとした対応しかできない先進諸国に比べて、ある意味はるかに準備が進んでいる」と書いています。おそらくこれからの政府の先進性は、間違いなく「確度」よりも「速度」に宿ることになるのかもしれません。
そういえばSF作家の樋口恭介さんの最新刊『すべて名もなき未来』には、「同じころ、ビジネスの分野でも新たな潮流が生まれていた。確度よりも速度が、製品よりも体験が、論理よりも物語が、そこでは求められ始めていた」という一節があるのですが、おそらく政府というものにもこうした潮流が襲いかかってきているんだと思います。
──言われてみれば、各国政府のコロナ対策を「速度」「体験」「物語」という観点から見直してみると、たしかにそこに先進性・後進性の分かれ目になっているようにも見えますね。
アフリカでは医療用のマスクや手袋といったPPE(personal protective equipment; 個人防護具)が圧倒的に不足していますし、海外から購入するにも予算が不足しています。そうしたなかで、国内で生産できるような体制をスピーディに構築する必要性があったわけですが、南アやウガンダ、セネガルは、そうした試みをこの機会をテコにして走らせて、一定の成果を出してもいます。
セネガルの「1ドル検査キット」は、どの程度の精度と効果があるのかはトライアルの結果をみてみないとわかりませんが、それが有用なものであるなら賞賛すべきイノベーションだと思いますよね。ここまでのところ、アフリカは世界中が恐れたほどには感染症が蔓延しなかったことは、きちんと評価されるべきなんじゃないかと思いますね。
──アフリカのスタートアップシーンの今後をレポートした〈How Africa’s promising startup landscape survives in a post-Covid-19 economy〉という記事も今回のGuidesには含まれています。
記事はアフリカのスタートアップエコシステムが、COVID-19によって大きな打撃を受けるだろうと予測していますし、多くのスタートアップが「ピボットするか死ぬか」という局面にあることを明かしています。
とはいえ、やはり、これはある意味ロマンチックな期待を込めてのことでもあるのですが、アフリカのスタートアップへの期待が、個人的にはあるんですね。先ほどの「1ドル検査キット」じゃないですが、先進国にはない厳しい条件のなかでこそ、あっと驚くようなアイデアが出てくるのではないかと期待したいところはあって、COVID-19下で、ひとついいなと思ったニュースは、ルワンダ発のドローンスタートアップZiplineがアメリカに進出したというニュースでした。
『WIRED』日本版が2017年に取材したときに、ファウンダーが「いま、世界はルワンダに何を学べるでしょうか?」と訊かれて、こう答えていたのが、いまでも印象に残っています。
「Ziplineを始めたばかりのとき、人々はひどいアイデアだと言った。ルワンダでドローンを飛ばせるはずがないと言った。ほとんどの米国人は、アフリカと聞いたら、混沌とした場所で、テクノロジーなんて機能するはずがないと思っているんだ。でも実際にパラダイムシフトはここから起こりつつあるし、米国だってルワンダの後を追わなければいけなくなるだろう。
ぼくらがここでやっていることは、そうしたアフリカに対する見方を変えることになるだろう。ただテクノロジーが機能する、というだけじゃない。連邦航空局(FAA)はルワンダ政府に、「どうやってこんなに速く、かつ安全な方法で規制をマネジメントしたんだ?」と尋ねることになるだろう。
ルワンダやシンガポールのような、小さくてよくマネジメントされた国では、最も早く新しいテクノロジーの恩恵を受けることができる。そして米国のような大きな国が、そうした小国から学べることはあるはずだとぼくは信じている。いずれ時間が教えてくれるはずさ」(『WIRED』日本版 Vol.29)
そして、実際、米国がルワンダの後を追うということが起こり始めているんです。
──とはいえ、経済状況を全体的にみると、相変わらずシビアですよね。
そうですね。膨大な負債を抱えているところに、これまでの成長がCOVID-19でストップすることになりますと、事態は深刻だと思いますし〈The future of business in Africa in a post-coronavirus world〉という記事にあるように、グローバルパンデミックによってサプライチェーンの見直しが進行していくと最初に切り捨てられる危険性もあります。
記事内には「国をあげてのロックダウンによって人は、コロナで死ぬのでなく飢えで死ぬか、警察による暴力によって死ぬことになるだろう」との一節がありますが、デジタルサービスへのアクセスのない市民にとって、ロックダウンやソーシャルディスタンシングは死活問題になりますので、そうした状況を改善すべく、西アフリカのトーゴは、デジタル化をこの機会に推し進めたことをレポートしており、Eコマースというものを多くの国民が初めて体験した、とも書かれています。
──記事内には「ロックダウンは国民のヘルスケアの問題であるより、国家のバランスシートの問題である」とも書かれていますが、預金はおろか銀行口座ももたず、その日暮らし強いられている国民の生活を停滞させずにいかに感染を防ぐのかは、デリケートなバランスを要求されますね。
警察の暴力による死の危険というのは、まさにジョージ・フロイドさんの殺害にも重なる話ですが、いま一度注目しておくべきは、ブラックアフリカでもこのように警察による暴力が常態化しているということは、そこにアメリカのようにはっきりとしたレイシズムがないように見えるところでも、これが起きるということなのではないかと思います。
もっとも、部族対立というものが根強くあるアフリカでは、政権をとっている部族が、その他の部族を抑圧するということは日常的にあるとも聞きますので、深層にはレイシズムが潜んでいるとも言えるのですが、それにしても、やはりアメリカで起きていることを見ていると、レイシズムという問題の深刻さとは別に、改めて「警察とは何か」ということを深刻に考えてしまいますね。
──レイシズムということについて言えば、今回のGuidesのなかでは、中国におけるアフリカ人差別の問題が〈The China-Africa relationship is being reset for a post-Covid world〉という記事で取り上げられています。
中国におけるアフリカ人差別については、マクドナルドのある店舗がアフリカ人の入店を禁止にしたことで外交問題にまで発展しましたが、ここでは広州のアフリカ人が家主から着のみ着のまま家から追い出され、国にも帰れず餓死しかけたというエピソードがここでは紹介されています。
広州における外国人排斥の気運を、中国政府は当初、アメリカによるデマだと斥けていましたが、広州市が差別禁止を法令化したためにかえって差別が常態化していることを認めた格好となって、アフリカ諸国の中国に対する信頼が大きく揺らいでいることをこのレポートは明かしています。中国は生産のバックヤードとしてアフリカを有用化しようと長年投資や援助をしてきましたし、一方のアフリカ諸国も借金漬けにされているという現状があるなかで、この問題は、大きな国際問題ともなりそうです。
──ケニアの国会議員が、シノフォビア(中国嫌い)を露わにしているなんてことも書かれています。
経済的メリットのなかでずぶずぶの関係性になっているなか、それぞれの国が互いに「侵略されている」と感じ始めることは、日本対中国の関係性のなかでも起きていることですが、関係性が進行すればするほど問題は厄介になって行きますよね。
これは本当に深刻なことだと思います。そのときに、「結局警察は一体誰を守るためにいるのか」という問題は、一層先鋭化しますよね。広州に暮らすアフリカ人の暮らしや財産を守るためにいるのか、あるいは広州の母国人の暮らしや財産を守るためにいるのか。
──その点、トランプ大統領の考えとメッセージは明確だともいえますね。
「警察ってなんなんだ」って思いながら、今日はずっとボブ・マーリーを聴いていたんですよ。
──ああ、なるほど。「保安官を撃った」なんて曲もありますね。
そうなんです。警察との対立は、ボブ・マーリーの歌における最も重要なテーマで、例えば「Burnin’ & Lootin’」なんていう初期の名曲の歌詞はこんななんです。わたしによる意訳なんですが。
朝起きたら外出禁止になっていた
なんてこった囚人にされていた
周りにいるやつらの顔は見えない
全員が残虐というユニフォームを着ている
いくつの川を渡れば
ヤツらのボスにまでたどり着くのか
得たはずのものはすべて奪われた
どれだけのコストを払ったかしれたもんじゃない
だからこそ今夜は燃やし略奪するのだ
今夜は涙を流し悲嘆にくれるのだ
──すごい歌詞ですね。コロナからジョージ・フロイド事件にいたる見事な描写ですよね。
そうなんです。とはいえ、警察は一体、何から何を守ろうとして「残虐というユニフォーム」をまとって姿を表すのか、改めて考えてしまうんです。ボブ・マーリーのことばを借りるなら、それは「バビロンシステム」というものになるんでしょうけれど。
──それはなんなんですか。
「バビロンシステム」という曲の歌詞は、それは「ヴァンパイア」であって、困窮している者や子どもの未来を吸い尽くすものだと言っているんですが、それはつまり経済機構そのものを指しているはずなんですよね。
ハンナ・アーレントは全体主義の起源に「モブ(Mob)」というものの存在があると書いていたはずですが、それってつまり資産家の資産を守るために雇われた用心棒のようなもので、西部劇なんかで悪徳銀行家がえらく腕の立つ用心棒を雇っていたりするじゃないですか、なにかああいうもののようなものを自分は勝手に想像してしまうんですが、それが警察の起源なのか定かではないですが、警察が市民に対して牙を向いて立ちはだかるとき、残虐さのなかにそうした起源の姿がむき出しになる感じがするんですね。
──ジョージ・フロイドさんを殺害したデレク・ショーヴィンには、そんな用心棒感がありました。
ボブ・マーリーは、「すべての人には自分で自分の運命を決める権利がある」(Every man got a right to decide his own destiny.)と歌っています。それを実現することが、おそらくは民主国家というもののミッションだったはずなのですが、COVID-19を機に、その権利をめぐって大きな亀裂が明らかになってきていて、大きな岐路に世界全体が立っているんだと思うんです。
──ほんとですね。ちなみにその歌詞が出てくるのはなんていう歌ですか?
「ジンバブエ」っていう歌です。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。ポッドキャスト「こんにちは未来」では、NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともホストを務めている。次世代ガバメントの事例をリサーチするTwitterアカウントも開設。
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