Guides: #10 化石産業の末路

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Quartz読者のみなさん、おはようございます。週末のニュースレターでは米国版Quartzの特集〈Guides〉から、毎回1つをピックアップ。世界がいま注目する論点を、編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。

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──お元気ですか?

どうですかね。なんかあんまりやる気が出ないですね。

──どうされたんですか?

うーん。疲れちゃいました(笑)。

──疲れますよね。

なにをしたらいいのか、だんだんわからなくなってきちゃいましたね。

──そうですか。わかるような気もしますが。何が原因なんでしょうか。

なんでしょうね。さまざまなかたちで吹き出している問題の根が深すぎて、どこから考えていいかわからなくなってきちゃったような気分はあります。遠くまで遡らなくてはいけない話と、例えば目の前の選挙の話とがつながっているようで繋がらないという感じがしますね。

──困りましたね。

そうなんですよね。とはいえ、なんとか食い扶持はつながなくていけないので「やる気しない」とか言ってる場合でもないんですが。

──大丈夫ですか?

あ、そういえばひとつ朗報がありまして、メディアの仕事とは関係ないビジネスを会社として始めたのですが、それがちょっと動き出しました(笑)。

──え。なんですか、それ。

中国の深圳で昨年訪ねたスタートアップの商品の輸入代理みたいなことを、弊社の社長がこっそりと始めましてですね(笑)。その商品がひとつ売れまして(笑)

──ほお。

プロジェクター用のスクリーンなんですが「光子スクリーン」もしくは「フォトニックスクリーン」というもので、光子制御のスクリーンなんです。

──はあ。

自分はまったく原理を説明できないのですが、簡単に効果だけ説明しますと、普通のプロジェクターで映像を投射したときに、この光子フィルムにあてると、周りが明るくても非常に鮮明に映像が見えるんです。これ、結構すごいんですよ。薄いスクリーンを壁にかけてあるだけなんですが、パッとみるとテレビで観ているように見えるんです。

──へえ。面白い。

日本の東大で研究していた中国の方が深圳市と中国政府の援助をもらって帰国して起こした会社なんです。

──へえ。

で、昨年深圳のオフィスをお邪魔させていただいて色々とお話をお伺いしたんですが、そこで面白いなと思ったのは、スクリーンはあくまでも商品化可能なところから商品化した、いわば継続的に研究を支えるための商品でしかなく、その先には、もっと大きなチャレンジがあると語っておられたことなんです。

──スクリーンはあくまでも助走にすぎない、と。

はい。言われてみれば、スクリーンのアップデートは、それはそれで短期的なマーケットは狙えそうですし、見込みあるビジネスだとは思いこそすれ、ダイナミックなイノベーションと呼べるかどうかは疑問で、少なくとも自分的には、「それだけ?」と思うところがあったんです。で、訊ねてみると、やっぱり先の話っていうのがありまして、彼らのいう「光子制御」の技術は、いずれ、例えば、パソコンのCPUに使えるようになると言うんですね。

──はあ。

説明しろ、みたいな顔されても、自分は説明できないですよ(笑)。ただ、それによって劇的に消費電力を抑え、かつ劇的に処理能力をあげることができる、というようなことを彼らは言うんですね。つまり、「コンピューターの未来は電子ではなく光子にある」と、まあ、こう言うわけです。

──でかいすね。イノベーション感ありますね(笑)。

そうなんです。そう言われると、なんか俄然、面白いじゃないですか。すぐに実現はしないとおっしゃってましたが、コンピューターのCPUなんて、言ってみればインフラみたいなものですから、そこになんらかの新規格が登場して、世界で導入されたら、そりゃあもう、きっとスクリーンのマーケットとは桁違いのマーケット規模になるんではないかと思ったりしますので、自分も、おっしゃる通り、「なるほど、こりゃイノベーション感ある」と感じたわけなんです。

──いいですね。で、それを応援しよう、と。

ま、そこまで理念的なことで始めたわけでもないのですが、ただ、ひとつ注目しておきたいのは、彼らが、こうしたイノベーションをですね、「グリーンテック/クリーンテック」の文脈で語っていることなんですよね。つまり、ただの技術イノベーションではなく、「環境テクノロジー」の一環なんですよ。

Fossil fuels go bust

化石産業の末路

──あ、なるほど。今回のGuidesは、〈化石燃料の破綻〉がお題ですが、関係ある話されてたんですね。

たしか昨年だったと思うんですが、アメリカ民主党のバーニー・サンダースが「アメリカは中国を見習うべきだ」といった発言をして物議を醸したのですが、何の話をしていたのかと言えば、「グリーンテック」への投資のことを話していたんです。そのなかで、彼は、「グリーンテック」への中国の投資額は、アメリカ、欧州、インドを合わせた額よりも多い、ということを指摘していまして、それを読んで、自分もへえ、と思ったんですが、先ほどお話した「光子フィルム」のHolokookという会社も、そうした投資の一環だとみることができるんですね。

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Image: REUTERS/LUCAS JACKSON

──すごいですね。

すごいんですよ。環境や再生エネルギーをテーマにしたスタートアップは、それこそベルリンあたりが非常に強いわけなんですが、聞くところによれば、欧州のそうしたスタートアップの背後にはかなりの割合でチャイナマネーが入っているというんですね。

──意外ですね。いや、意外でもないですか。どうでしょう。

それをどうみるかは人それぞれでしょうけれど、日本のある金融関係者が中国に視察に行かれた際に、訪ねた中国企業が驚くほど環境意識が高かったことに驚いたとおっしゃられていたんです。

もちろん、中国は排気ガスもひどいですし、工場排水による公害などもずっと問題視されていますし、かつ相変わらず火力発電から脱却できていないという問題もあるわけですが、国をあげてぶっちぎりの額を投資しているところをみると、かなり真剣に、これまでの社会・経済のあり方から脱却しようと考えているようには思いますし、単に脱却するだけではなく、そこから一足飛びに、来たるべき世界におけるエネルギー覇権というものがあるとしたら、それを取りに行こうという野心もみえるような気もするんです。バーニー・サンダーズの言葉は、そこに対する警戒を反映したものでもあるわけですよね。

──面白いです。

環境テクノロジーということでいえば、それこそ日本の戦後も日本中で公害が起きて、非常に大きな社会問題になったわけで、そこは中国のことを、そこまで悪しざまに言えるものでもないと思うのですが、そうした問題に、政治的にどうだったかはここではおいておくにしても、少なくとも技術的には果敢にチャレンジしてきた歴史はあるはずで、排水設備から発電所まで、できるだけ無駄をなくし、かつ環境にもやさしいソリューションを積み重ねてきたように思うんですね。

そう考えると、中国はおそらくその途上にあって、しかもエネルギーについていえば大きな転機を迎えているわけですから、ここでリーダーに躍り出たいと考えるのも、わからなくはないですよね。実際、チャンスはあるわけですから。

──転機ということでいえば、COVID-19は、まさにこれまでの経済構造やエネルギー消費のあり方を見直す絶好の機会とみられているところはありますね。

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アメリカでもヨーロッパでも、その論調はとても強く出ていましたよね。今回のGuidesで、化石燃料産業の凋落が、あえて取り上げられているのも、まさにその論点からで「ニューノーマル」は化石燃料からの脱却をデフォルトの条件として組み上げられて行くべきだ、という論調が下敷きとしてあるわけですね。

──COVID-19によるロックダウンで、中国やインドなどの普段はスモッグで空がいつも曇っているようなエリアや、欧米の大都市でも、排気ガスが劇的に減ったことが盛んに喧伝されましたけれども、そうした環境をデフォルトのものにしようという機運は高いですね。

そうしたなか大打撃を受けているのが、まさに需要が激減した化石燃料産業、つまり石油メジャーなわけですが、アメリカの石油産業は今年だけで、10万人に上るレイオフが起きると予測されていますし、かつて3兆ドル規模だった産業は、アメリカで全部合わせてもアップルの時価総額に満たないことが、〈Do oil companies make sense anymore?〉という記事で明かされていますが、タイトルからして、もう石油産業は、おちょくられているわけですよね。

──「石油会社なんて意味あんの?」って感じですもんね。

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この記事では、石油メジャーの進むべき道は、おそらくふたつあるとしていまして、ひとつは戦略的縮小・撤退、もうひとつは“エネルギー企業”へのピボットとしていますが、先ほど言ったような再生エネルギー関連への投資を、彼らが積極的に行っているかというと、実際そんなことはないという実情を明かしています。

「オイル・ガス企業はCOVID-19から復興しないかもしれない」というタイトルの記事〈Oil and gas companies might never recover from Covid-19〉では、ExxonやChevronのCEOのコメントが引用されていますが、ExxonのCEOは「この不安定で揮発性の高い環境にあっても、我々のビジネスのファンダメンタルは強靭かつ盤石だ」と言っていますし、ChevronのCEOは「新たなエネルギーソースへの転換への準備は、まだ世界はできていない」と大見得を切っています。

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こうしたコメントをどう取るかは、色々とあるかとは思うのですが、別の記事を読むと、そう強気でばかりいていいのかとも思えて来るんですね。

──どの記事でしょう。

化石燃料企業のリクルーティングの問題を扱った〈The oil and gas industry’s recruiting problem is about to get worse〉という記事で、ここではかつて工学部の学生の間で人気だった石油メジャーなどの人気がガタ落ちになっていることが、念入りに明かされています。

──なかなか意地の悪い記事ですね(笑)。

そうなんです。とはいえ、ここで明かされている内容はそれなりに深刻なものだと思います。今年4月の調査によれば、ミレニアル世代の78%は代替エネルギーを支持していますし、アメリカの若者の3分の2が、石油・ガス産業が、世界に問題をもたらしていると考えているという調査も紹介されています。そうしたなか、テキサス州オースティンの工学部の学生のコメントが紹介されていますが、石油メジャーなどからの引き合いはたくさんあるものの、自分も周りの友人も、そこには行かないつもりだと語っています。

こうした事態が深刻なのは、石油メジャーのエンジニアの平均給与が$180,000で、風力発電のエンジニアが$52,910と額にかなりの差があるにもかかわらず、石油メジャーがまったく魅力的にみえていないということですよね。

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──働き手の確保は、今はいいかもしれませんが、あとあとにかなり大きく響いてくる問題ですよね。

そうなんです。これはちょっと余談ですが、ヘルスケア周りの仕事をしている友人によれば、例えばタンカーの航海士の高齢化とヘルスケアの問題は、実は相当に深刻だというんですね。数十年もしたら働き手がいなくなる、と。

──ひー。それ、ちょっとした盲点ですが、相当に重大ですね。

そうなんです。ですから、もしかするとですよ、石油エネルギーからの脱却は「船乗りの不在」という論点から必須事項として検討されなくてはならないということでもあることなのかもしれません。もちろん船の無人化ということもそこでは考慮される必要があるでしょうけれど、そのためには海という広大な空間をデジタル通信でカバーしなくてはならない、という話も出てくるわけですが、実は船はいまでも無線なんですよね。

──なるほど。面白いですね。

いずれにせよ、ビジネスのファンダメンタルというのを字義通りに取れば働き手というのは重大な要素なはずで、優秀な若者が入っていかない/入っていけない業界や企業は、足元の部分から事業を蝕まれていくことになるのではないかと思いますが、そこ、どうなんでしょうね。

逆に中国なんかはAIから光子スクリーンにいたるまで、有望そうなエンジニアは大枚を払って自国に呼び戻していますが、そうやって面白い仕事をやっている人たちが増えていけばいくほど、後続の優秀な人たちもそこに集まっていくことになるわけですから、やる気の出る面白い仕事をつくっていくというのは、企業だけでなく、国の仕事としても重大なミッションになっていくはずなんですけどね。

──これも余談ですが、先日トヨタの春の労使対話の様子が公開されて、「女性はいないのか?」とあげつらわれてTwitter上で話題になりましたが、あの労使のやりとりは、まさにそのことがテーマでした。つまり「若いエンジニアがとっとと辞めてスタートアップなどに行ってしまう」と。そのことに組合は非常に強い危機感を示しているのですが、経営層がもうヤバいんですね。せっかくなので、ちょっと晒しておこうと思うのですが(笑)、いいですか?

お願いします。興味あります。

──こんな感じです。

組合「若手からは『何も変えられない自分と、周りをみても本気で変えようとする先輩、上司がほとんどおらず、(そうした職場に)染まりつつある自分にもがっかりする』という声も聞いており、一部の仲間はトヨタを退職しています」

基幹職からは、退職した部下が今では別人のように生き生きと新しい仕事の話をしているという実体験が紹介された。執行役員の山本圭司はエンジニアとしての問題意識を語った。

山本執行役員「(中略)トヨタを離れてどこにいくのかを見ると、スタートアップの会社が多いです。そこでは、一人ひとりに裁量権が大変大きく持たされているようで、自由に自分の意見で、自分の開発を自分の手でできるということのようです。歴代の我々マネジメント層に大きな責任がありますし、やはり役員、部長になっても、一人ひとりの社員に寄り添って、働き方そのものや期待値を聞くという作業をしないとダメじゃないか。それと、外の会社がどういう働き方をしているのかを現場に行って我々がもっと勉強しないといけないと思っています」

──どうですか?

他人事みたいですね。

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Image: 2019 REUTERS/EDGAR SU

──先ほどのお話でいえば、「面白い仕事」を会社としてつくっていこうという気概もへったくれもないんように思うんですね。

まあ、トヨタのような大企業であれば現状を維持するだけで、相当のエネルギーを要するとは思いますし、おそらく、いまの役員のみなさんはそれに非常に長けていればこそ出世もされているのだろうと推測もしますので、そんなもんなんじゃないかという気もしますが、話を石油会社に戻せば、要はダイナミックにピボットすることができるのかということなのではないか思うんです。

石油会社は「エネルギー会社」へとピボットしなくてはならない、というのが先に紹介した記事の趣旨でしたが、これはトヨタで言えば、これまでは「自動車メーカー」だったのを「モビリティ企業」へとピボットしようとしていることとパラレルのようにみえますね。

──はい。

とはいえ、それは簡単ではないし、そうしたピボットがうまくいった例は過去にも決して多くはないと記事は書いています。さりながら、それを果敢にやっている企業が石油ガス業界にもあるにはありまして、それがデンマークの天然資源企業、Ørstedという会社です。

──へえ。

記事によると、この会社は2009年に化石燃料ビジネスからの撤退を発表し、2040年の化石燃料ビジネスからの完全撤退を表明したのですが、実は、そのゴールが15年ほど早まっているそうで、2017年には化石燃料に関わる資産をすべて売却し、2025年には、関連ビジネスを完全に消滅させるそうです。

──すごいですね。

2016年にIPOをして以来企業価値は3倍になっていて、アメリカにも進出しており、ヴァージニア州からマサチューセッツ州にかけて風力発電による電力供給を行う実験をすることが決まっているとも書かれています。

──ダイナミックですね。

そうなんですよね。この会社も計画が15年前倒しになっていますし、自分がみた最近のニュースですと、コロナ禍のなかで、英国はすべての火力発電を停止し2カ月間それで過ごしたそうで、電力消費における代替エネルギーの割合が、初めて化石燃料を上回ったというんですね。

で、実は、これはアメリカでも同様で、2019年は代替エネルギーが石炭の電力生産量を下回る歴史上最後の年になると言われていますし、Fast Companyというメディアのレポートは、アメリカでも90%の電力を再生エネルギーで賄うことが2035年には達成できそうだという見通しを発表しています。これはエネルギーの生産、備蓄のコストが劇的に下がっているからだそうですが、これまで2050年までに脱カーボン化することですら難しいと考えられていたのが、どんどん前倒しになっていて、100%の脱カーボン化は、2045年には実現できるのではないかとみられています。

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──であればこそ、悠長に構えているわけにはいきませんね。

そうなんです。さっき紹介したデンマークの会社についていえば、この企業の最大のシェアホルダーは、実はデンマーク政府なんです。

──なるほど。

ここまでのドラスティックな転換を実行できたのは、国が2030年までに化石燃料から脱却することを掲げ、それに向けて相当アクティブに動いたからなんですね。

──そうですか。

とあるデンマークの方に取材したときに、デンマーク政府が既存産業のピボットをどのように進めたかを教えてもらったことがあるのですが、これもちょっと引用しておきますね。造船業界をめぐる話なのですが。

「デンマークは、この数十年で造船産業を失いました。世界で5本の指に入る造船産業をもっていましたが、この産業は10年後には完全に消滅することになります。(中略)行政府がやったことは、造船のためにつくられていたインフラとスキルワーカーを、すべて再生エネルギー関連産業へとシフトさせることでした。より具体的に言いますと、風力発電の風車の製造に関わる新しいビジネスエコシステムのなかに、造船産業の人員や工場を完全に移植したのです。それが功を奏したことで、失業率はまったく落ちませんでした。行政が出資者を集め、労働組合と共同して働き手の再教育を行い、かなりの労力をかけてその移行を行いました。プロアクティブで起業家精神をもったスマートガバメントが踏み込んだことで、こうした移行が実現したことは忘れられがちですが重要なことです。このような行政のアクティビズムがいまことさら重要なのは、それをしないことによって保護主義を掲げたトランプ型のポピュリズムが横行することになるからです」

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Image: REUTERS/ANDREW KELLY

──すごいすね。

そうなんですよね。自分もこれを聞いたとき驚いてしまったんですが、おそらく先のØrstedも、こうした行政のアクティビズムのなかで、うまくピボットができたんだろうと思います。ここで思うのは、やはり国によるトップダウンのビジョンの提示の重要性で、それがなければ、ここまで思い切った転換は、一企業ではできないと思うんですね。

先のトヨタの話でいえば、若い人たちが辞めちゃうのは、別に、若い世代の「働き方」や仕事への「期待値」といったあたりの価値観が旧世代と違うからではなくて、要は会社として「こっちに行くぞ!」という明確なビジョンに基づく、明確な戦略もないからなんじゃないかと思うんですが、なんかその辺、話がズレている気がするんですよね。

──「面白い仕事」って、要は、未来に期待がもてるような仕事ってことですよね。

そうだと思います。戦後の高度経済成長に、たとえクルマの1パーツをつくるような仕事だって、それが社会に貢献しているんだという実感がもてたのだとすると、それはおそらく社会も経済もまだ発展途上で、目指したい場所をみんなが明確にみえていたからなのではないかと思うのですが、80年代にそれを達成してしまったあたりから、日本は社会も、経済も、基軸を失い始めるんだと思うんです。そうしたなかで、仕事は「消費者として自分が使うお金を得るために行う作業」といったものに成り下がっていくんですね。

で、そうしたなか、日本からはおそらくどんどん「面白い仕事」というものが失われていったんだと思いますが、そうやって日本がもたもたしている状況のなかで、それこそITにはじまり、グリーンテックといった領域で、新しい社会のあり方をつくっていこうと、積極的にそっちに向けて産業振興を行ってきた国々もあったというわけですよね。もちろん、IT社会やエコフレンドリーな社会に向けた転換というのは、日本政府もそれなりにやってきたとは思うのですが、なぜか実を結んでいない気がしますよね。

──本当ですね。なぜなんでしょうね?

それ、よくわからないんですけど、ひとつ最近思うのは、社会をどどっとある新しい方向に向けてピボットさせようとするときに、日本の政府って、やたらと広告代理店的な手法を使うんですね。エコポイントっていうのがかつてありましたけど、キャッシュレスを広めようという戦略においてもキャッシュバックやポイントを使ってましたが、自分からするとこれ、広告キャンペーンの手法にみえるんです。かつ相変わらずオリンピックや万博といったイベントを使って変化をレバレッジしようっていう発想なんですよね。

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Image: REUTERS/KIM KYUNG HOON

──たしかに。なんか、いま問題になっている持続化給付金問題と電通の話とも関係しそうですね。

そうなんです。元経産相の古賀茂明さんという方が、一連の事件について非常に辛口のコラムを書かれていまして、政府が空疎で中身のない、広告代理店的な手法を頼みにするようになった経緯をこんなふうに書かれているんですが、また引用で恐縮なのですが、ちょっと紹介させてください。

「1980年代以降、経産省の産業政策は失敗続き。日本の産業は世界に遅れ、日本株式会社の先導役だった経産省には何も期待されなくなった。失業寸前の経産省は、毎年、新しい事業を立ち上げ、中身がなくても、何とか立派に見せて予算を確保する。おもてなし規格認証、プレミアムフライデーなど。クールジャパンでは巨額ファンドを作ったがほぼ全滅。それでも毎年新事業で自転車操業。これを支えるチャラ男は今や経産省の屋台骨なのだ。だからチャラ男は出世する。そして、チャラ男を支えるのがお祭り屋の電通。企画段階からチャラ男に新事業を仕込み、その事業を請け負う。チャラ男はそのほうが面倒でないし恩も売れるから電通を重用する。安倍総理と経産省の関係は、チャラ男と電通の関係と相似形だ。中身はなくてもやってる感で国民を欺くパフォーマンス内閣。気の利いたアイデアをでっちあげるのは、財務省では無理だ。結局、経産省内閣と言われてもチャラ男の役所に頼らざるを得ない」

──あはははは。クソミソじゃないですか。ここで「チャラ男」と断罪されているのが、中小企業庁の前田長官ですね。

そうなんです。自分も実は結構経産省とは関わりがあるので、少しは肌感でわかるのですが、新しいことをやろうといったときの発想が、コンテンツドリブンではなく、やたらと“発信ドリブン”だという感じはあるんですね。つまり、どこかで、「おれらはいいことやっている。それが広まらないのは発信が足りないからだ」という感覚があるようにみえるんです。で、そう思ってしまっているので、日本において一番強力な発信装置であるところの会社を頼みにする癖がついちゃったんじゃないかと思うんです。

──ほんとにマスメディア的発想なんですね。

そうなんですよね。このあたりの話は、先ほど紹介したデンマークの方も語っておられて、彼は、こう語っています。「行政の『PR』の仕事は、そのコンテンツをきちんと説明するところにあります。そしてそれをきちんとわかりやすく理をもって説明するためには、伝える相手である市民のことを十分に理解していなくてはなりません。市民にとって何が重要なのかがわかっていないと意味あるコミュニケーションはできません」。

──コンテンツの説明、ないですよね。

ないんですよ。で、その説明がないのは、もしかすると本当にコンテンツがないから、という可能性があるのが怖いんですよね。たとえば、行政府のDXがなぜ急務であるのか、本当は政治家なり行政府が、本当は時間をかけて説明していく必要があるはずで、その説明の時間は十分にあったにもかかわらず、それをきちんとやってこないで付け焼き刃的にポイントで釣ろうという手立てに走るわけですが、そんなことをやっている限り、いつまで経っても実装されないわけで、実は自分が『次世代ガバメント』をテーマにムックをつくったのも、誰もちゃんとそこを説明しないので、さすがにそれはまずいだろ、と思うところがあったからなんですよね。

──なあるほど。

話がだいぶ石油産業から逸れちゃいましたけれど、新しい時代に向けた産業シフトというのは、適当に市場に任せていれば、そのうちシフトするというものでもないですし、それをなすがままにしていると、それこそ大量の失業者が出て世情が不安定になり、先のデンマーク人の方が指摘したように、それがトランプ型の保護主義の台頭を許すことにもつながったりするのであれば、意志のあるしっかりした産業振興策は、とくにCOVID-19以降は、非常に重要なものになるはずなんだと思うんです。それは、キャンペーンやイベントでやり過ごせるような転換ではないんだと思うんですが、そうした思考がデフォルトになっちゃってると、それで社会が動くと思っちゃうんでしょうね。

──なかなか重症ですね。

実は、自分、問題になっている「前田ハウス」って行ったことがあるんですよ。

──えええっ。

相変わらずこんな護送船団みたいなことをやっていい気になっているのか、と、ほんとうにあまりのくだらなさに10分もいないで帰ったんですが、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)で日本の経産省がやっていたことって、本当に目も当てられないくらいのお粗末さだったんですよね。報道によっては「パーティ」とされていますが、前田ハウスでやっていたのはもろに日本型のただの宴会で、SXSWではそれこそ英国政府やドイツ政府なども夜な夜なパーティを開催していますが、そういうものですらないのが、イタイところなんです。

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Image: REUTERS/BRIAN SNYDER

──パーティするのが問題ではないんですね。

ちゃんとした意味でパーティをやっているならまだしも、なんですよ。日本人が集まってやってるだけのただの宴会ですから。加えて、SXSWは、たしかにお祭りではあるんですが、それでも本来の趣旨からいって実際はとてもジャーナリスティックなイベントでもあるんです。

──単なる見本市じゃないんですね。

テックを中心とした「インタラクティブ部門」だけでも膨大な数のプレゼンやパネルセッションが行われていて、とにかくあらゆるテーマでさまざまなアイデアや議論が提出されるわけでして、とくに前田長官が行かれたはずの2017年は、トランプ政権樹立直後でしたから非常に深刻な内容だったんです。WIREDのUS版はこうレポートしています

「今年のSXSWのパネルディスカッションは、『トランプ政権下におけるテクノロジー』という話題を中心に展開された。それ以外の多くのディスカッションでも、登壇者たちは多種多様なアイデアのマーケットプレイスだと期待されたオンラインプラットフォームが、いかにして嫌がらせと偽情報に満ちた汚いゴミ捨て場へと成り果ててしまったかを語った」

──「前田ハウス」どころじゃないですね。

そうなんです。一方で、マイクロソフトのリサーチャーが「暗黒の時代:人工知能とファシズムの台頭」なんてお題でぎっしり会場に人を集めているところ、日本人だけで寄り集まってカラオケしているわけですから、その是非はおいたとしても、悲しいほどにズレてるのは明らかなんです。ちなみにこの年、一番話題になった大物スピーカーはジョー・バイデンだったんですけどね。

──うーん。

いや、いいんですよ。楽しいお祭りではあるので、それはそれで楽しむべきなんですけど、そうした世界的課題が論じられている議論のテーブルについたとして、日本として一体何を語りうるのか、どれだけRelevantなビジョンやナレッジを世界に共有・提供しうるのかってことを思うと、ちょっと暗然としてしまうんですね。

──ろくなコンテンツがない、と。

その観点からいえば、SXSWの常連である女性4人組のバンドCHAIの方が、よっぽどrelevantなテーマを世界に向けて投げかけていましたし、実際海外メディアにも大きく取り上げられていたんですよ。彼女たちの方がよっぽどちゃんとコンテンツですし、それゆえに、ちゃんと評価されるんです。という意味ではコンテンツはあるんですよ。でも、それをまともに選び取って取り扱える能力やセンスが、いまの政府にも大企業にもないんです。

──化石燃料の話からだいぶ離れてしまいましたけど、比喩としていえば、日本の産業全体が化石になりつつある、と。

うまいことおっしゃる(笑)。

──ヤバいですね。

ヤバいですよ。

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Image: NPR VIA YOUTUBE

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。ポッドキャスト「こんにちは未来」では、NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともホストを務めている。次世代ガバメントの事例をリサーチするTwitterアカウントも開設。


若林恵さんによる本連載は、毎週末お届けしています。Quartz Japanメンバーには、過去の配信記事もご希望に応じてお送りしています。下記フッター内のメールアドレス宛てにお問い合わせください。

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