Startup:GAFAに挑む50人の「メール革命」

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Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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Image: REUTERS

今、シリコンバレーで話題のメールアプリ「HEY」。“打倒Gmail”を掲げ、これを世に送り出したのは、社員50人完全リモートのスタートアップです。そして彼らは今、テック界の巨人Appleに真っ向から論争を挑んでいます。

今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、メールを革新し、働き方やコミュニケーションのあり方に一石を投じる、BasecampのHEYを取り上げます。

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Image: HEY

HEY(メールサービス)
・リリース:2020年6月15日
・提供元Basecamp
・概要:プライバシー重視の革新的メールサービス

FREEDOM FROM INSTANT GRATIFICATION

「即レス」からの解放

リモートワークでさらに必要不可欠になった、コミュニケーションツール。SlackやFacebookメッセンジャーなどのチャットアプリは一層普及し、「これで十分」という人も少なくありません。

ところが 6割の人がリモートワークで「生産性が下がった」と答えています。理由の一つが、このチャットアプリです。リアルタイムな分だけ、いつでも仕事に割り込んできて、“即レス”のプレッシャーで作業が阻害されます。家からの仕事はただでさえ家族の邪魔が入り、落ち着いて思考を巡らせる時間を取れないと嘆く人が多いのも事実です。

その点、メールは非同期なため、空いた時間にしっかりと意見をまとめて伝えることができます。アドレスさえあれば社内でも社外でも誰ともコミュニケーションができる、オープンなプラットフォームです。以前の記事(熱狂を創る「超人的サービス」)で触れたように、いまだ仕事のやりとりはメールが主流で、平均的なビジネスマンは一日平均3時間もメールに費やしています

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Image: AP PHOTO/CHARLES KRUPA

一方、15億人ものユーザーを抱え、圧倒的なシェアを誇るGmailは16年前の登場以降、目立った進化は見せていません。受信ボックスは未読メールであふれ、見ず知らずの人からの売り込みやスパムメールも絶えません。メールの開封や既読などの行動はトラッキングされ、ターゲティング広告に利用されるなど、プライバシー問題も深刻です。その強大すぎる市場シェアに、立ち向かうスタートアップもいませんでした。

この状況に、設立16年目のスタートアップが解決に乗り出しました。「メールが悪いのではなく、メールアプリが悪い」と、BasecampはHEYの開発に2年の月日を費やしました。6月15日にリリースされると、まったく新しいHEYのメール体験はシリコンバレーのテックコミュニティの心を鷲掴みにし、話題をさらったのです。

INNOVATE EMAIL

メールを、革新する

HEYの哲学はまず、「受信メールをコントロールする」ことにあります。利用し始めると、まず「スクリーニング」という作業を通し、初めてメールを送ってきた相手からの受信を許可するか拒否するかを選択します。電話に“受ける”と“拒否する”選択肢があるように、メールアドレスを知っている誰もが送れるわけではなく、許可されたメールのみ受信されます。

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Image: HEY

次に「全てのメールは同じではない」という思想が反映されています。彼らは世の中のメールは以下の3つに分けられるとしています。

  • Imbox:アクティブなメール(Importantの意。返信など必要)
  • Feed:メルマガ、ニュースレター(読むだけ)
  • Paper Trail:レシートなど証拠書類(読む必要もなし)

最初の20通ほどでトレーニングしたあとは、この振り分けは自動で行われます。そしてこの3種類のメールは、見た目も機能も違うビジュアルで表示されます。

Imboxは文字通り重要で、アクションが必要なメールです。元のメールを画面左に表示させたまま返信を書くことができる「Reply-later(あとで返信)」、あとで参照したいメールがポストイット状に並ぶ「Set Aside(一時保管)」の2つに分かれ、受信者の作業はここに集中します。

Feedはニュースレターやメルマガです。一覧から本文が途中まで読め、スクロールするだけでざっと流し読みできます。

Paper Trailはレシートやお知らせです。読むことすら想定されておらず、必要な時は検索する仕様になっています。

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Image: HEY

「子どものかかりつけ医の緊急メールの上に、旅行の売り込みのメールが来るカオス」とBasecampの創業者兼CEOのJason Fried(ジェイソン・フリード)が言うように、Gmailの思想はすべてのメールをInboxに放り込み、必要ならあとで検索すればいい、というものでした。結果、ユーザーはメールの“洪水”に圧倒され、コントロールを失っています。

HEYの利用は年間99ドル(約1万円)と有料ですが、「無料のメールアプリは個人情報という対価を支払っている」とジェイソンは言います。HEYでは一切の個人情報を利用せず、トラッキング機能が含まれたメールを受信したら、どのツールでどの情報を収集しているか注意喚起するなど、プライバシー保護を徹底しています。

CHARISMATIC PRESENCE

カリスマ率る秘密結社

この革新的プロダクトを送り出したBasecampは、通常のスタートアップとは一線を画す、非常にユニークな企業として知られています。

創業は1999年で本社はシカゴ(創業当時の社名は37signals)。2004年にプロジェクト管理ツールのBasecampが大ヒットし、今でも300万人以上の根強いユーザーを抱えています。

CTO(最高技術責任者)のDHH(デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン)は、ウェブアプリ開発フレームワークRuby on Railsの生みの親で、テック業界で尊敬を集める存在です。

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Image: YOUTUBE/Chase Jarvis

社員は50名足らずで、世界30都市に散らばる全員がフルリモートです。1日8時間で残業は禁止、夏は週休3日。ミーティングは設定せず、同僚とカレンダーは共有しません。趣味や副業も自由で、デイビットはル・マン24時間耐久レースに出るカーレーサーとしても有名です。社員の自由や時間を大切にし、生産性にこだわります。

離職率は圧倒的に低く、退職社員がいると本人かその上司が、退職の経緯や理由などを詳細に記した「Goodbyeメール」を社員全員に送ります。「人は雇うのではなく、育てるものだ」と育成に力を入れ、スター人材は採用しません。意思決定はスピード重視で、反対者がいてもキーパーソンとなる一人が最後の判断を下します。そのユニークな組織づくりはにもなりました。

売上高は約2,500万ドル(27億円)で創業からずっと黒字。ジェイソンは「赤字を垂れ流して成長ばかり追い求める企業は成功しない」と親に教えられ、黒字で永く続く企業を目指しています。100以上の VCからの出資オファーを断り続け、未だに外部株主は、Amazon創業者のジェフ・ベゾスから得た300万ドル(3.3億円)のみです。

HEYは、昨年から同社内で実際に使われていたツールです。効率性を重視し、開発力に定評のあるBasecampの新プロダクトとあって、2月の発表時から大いに話題を呼びました。当初は招待制での利用でしたが、ローンチ時には12万人もの希望者が殺到しました。

BATTLE WITH APPLE

Appleと「ガチ論争」

HEYがシリコンバレーの話題をさらったもうひとつの理由が、Appleとの「アプリ内課金」を巡る論争です。

HEYはAppleに30%の手数料を取られるアプリ内課金を回避し、自社のウェブサイトで決済情報を登録して使う仕様です。これに対し、Appleが「アプリ内課金を実装するように。さもなければ、App StoreからHEYのアプリを削除する」と待ったをかけたのです。

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Image: SCREENSHOT

これにキレたジェイソンたちは「NetflixやSpotifyなど、アプリ内課金を回避しているアプリは沢山あるなぜ彼らはよくて、HEYはダメなのか」と声を上げました。これに世界中のデベロッパーたちが賛同し、Appleは窮地に追い込まれます。

「アプリ内課金はメリットもあるが、これを強要するのはおかしい。ペイメントの選択権を事業者に与えるべき」というのがジェイソンたちの主張です。アプリも使い放題型からサブスク型が主流な状況で、毎月30%の「Apple税」は大きな負担です。

火に油を注いだのが、Appleのマーケティング部門の“親玉”のフィル・シラーの発言です。「だったらiOS経由の販売価格を30%上乗せすればいい」とのユーザー転嫁の姿勢は、一層反感を買いました。

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Image: AP PHOTO / MARCIO JOSE SANCHEZ

これを受けEUが、Appleに対し独占禁止法調査を正式に開始したと発表し、「Appleは、ぼったくりだ」と、米下院反トラスト小委員会議長も懸念を示すなど、政治も巻き込み大炎上しました。直後にイベント(WWDC20)を控えたAppleは火消しに走り、双方が譲歩するかたちで6月末に一旦は決着を見せました。

TACKLING THE MONOPOLY

独占への挑戦状

HEYを使うには新たに@hey.comのアドレスをつくる必要があります。利用へのハードルとも感じられますが、ジェイソンは「これまでのメールアプリはGmailの機能拡張に過ぎない。メール体験の革新には、全く新しいプラットフォームが必要だ」と主張します。また、有料である点も、一般に普及する際には課題かもしれません。

リモートワークが定着し、「Notion(ノーション)」など個人の生産性改善ツールは大きな注目を集めています。なかでもメール領域でのイノベーションは、長く期待された悲願であり、万人のメリットになります。

社員はフルリモートの50人。オフィスはなく、VCもいないスモール企業が仕掛けたゲリラ戦。見据える相手は、Googleと Appleというテックの巨人2社の独占による搾取の構造です。チャット疲れした私たちにコミュニケーションの未来を見せてくれるでしょうか。今後も目が離せません。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. ソフトバンクが切った衛星スタートアップのその後。ソフトバンクが出資を取りやめ、破産申請(連邦破産法第11条の申請)を行っていたOnewebを英政府が買収。売却手続きが完了したことが報告されました。OneWebを取得したのは英政府が主導するコンソーシアムで、インドのBharti Globalから資金提供を受けています。今回の契約ではBharti Globalと英国政府がそれぞれ約540億円(約5兆8,000億円)を出資しました。
  2. お互いを知るまで顔は拝めない、斬新なデーティングアプリ。先週LAでローンチされた“新種”のデーティングアプリ「S’more」は、真実の愛を見つけるにはピッタリかもしれません。このアプリでは、お互いを知るまでプロフィール画像にぼかしがかけられ、相手の見た目よりも内面の理解を促します。S’moreには人種、民族、宗教的なフィルターもありません。
  3. 中国EC企業創業者がCEO退任。2018年7月に米NASDAQに上場したピンデュオデュオ(拼多多)の共同商業者の黄崢氏が辞任しました。スマホ、ソーシャルメディアに最適化された“第2世代”のEC企業で、創業からわずか3年余りで米NASDAQに上場を果たし、中国第3位に成長。40歳の同氏の早すぎる辞任は驚きを与えています。
  4. Zoom対抗馬にインド富豪が名乗りをあげる。ビデオ会議のZoomを意識したサービスが続々と登場するなか、インドの富豪ムケシュ・アンバニもこのレースに参戦。7月3日にリリースされたJioMeet(ジオミート)の開発は「ZoomのAPKファイルを解体することから始まった」とTwitterに投稿し、元祖を模倣したサービスであることを堂々と認めました。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)


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