Thursday: MILLENNIALS NOW
ミレニアルズの今
Quartz読者の皆さん、こんにちは。今や音楽業界はストリーミングが当たりまえ。古いレコードには需要がないと思っている方も多いでしょう。しかし、そのフィジカルゆえの魅力と強さは、パンデミックによってより強く際立つことになったようです。英語版はこちら(参考)。
19世紀に使われていた「古い技術」が、今も使われるという事例はめったにありません。しかし、レコードは違ったようです。ヴァイナル(レコード)は10年以上に渡って売り上げを伸ばし、大流行を経てブームが続き、復活を遂げたのです。
コロナウイルスのパンデミックが始まった当初は、ヴァイナルブームが続くとは思われていませんでした。複雑な製造工程でつくられるヴァイナルは、いま流行りのストリーミングよりもよほど脅威にさらされているように見えていたからです。
「この業界の最大の問題は、サプライチェーンが崩壊していることだ」と、2020年4月に業界団体であるVinyl Allianceは述べていました。実際、輸送コストは上昇し、ライヴやコンサートが減りグッズが販売できず、ミュージシャンからの新規リクエストも減り、一時期、ヴァイナルの生産と販売は減少していました。
しかし、需要は非常に高く、生産もすぐに回復。米国における2020年の販売枚数は、2019年比で17%以上の増加になりました。タンジビリティ(触知可能性)、美しさ、そして長い歴史をもつヴァイナルの魅力は、高まるばかりです。
No broken record
歴史は語る
米国の発明家トーマス・エジソンは、1870年代後半に蓄音機(レコードプレーヤー)を世に送り出しました。その結果もたらされたのは、人間と音の関係における“革命”です。
エジソンは電話や電信機の開発に携わるなかで、ホーン(ラッパのような部分)を通して音をとらえ、その音の振動を素材に記録できることに気づきました──録音されたものを聴きたいと思ったときには、その過程を逆にすることで再生できることにも。
記録するために使用する素材は、十分な柔軟性とともに、あとで変形しない頑丈さが必要でした(初期の蓄音機には蝋が使用されていました)。エジソンの蓄音機では円筒型でしたが、その後、すぐに今日のレコードに似た円盤型のものがつくられるようになりました。
録音して再生するための、最初の信頼できる技術だったレコード。「録音された音楽がどこにでもあるようになる前は、音楽はほとんどの人にとって、“演奏すること”だった」と、元トーキング・ヘッズのフロントマン、デヴィッド・バーンは2012年の著書『How Music Works』の中で書いています。「人の住まいにはピアノがあり、礼拝で歌ったり生の観客の前で歌ったりして、“生きている”音楽を体験していた」。悲観論者たちは、音楽が録音できることによって、人々と音楽との関係が悪くなり、能動的に参加してきたものが、受動的なものに変わってしまうと主張しました。
そんな心配をよそに、レコードプレーヤーはすぐに大ヒット。お気に入りの曲をリピートして聴ける点が好まれていました。1900年代になると、レコードプレーヤーはお金持ちでなくても手に入る、一般的な家電製品となりました。ペッカ・グロノウとイルポ・ソーニオの本『International History of the Recording Industry』によると、世界での年間レコード販売枚数は、1910年代には少なくとも5,000万枚に達しています。
1930年代に入ると、レコードの主な素材は樹脂の一種であるシェラックから合成プラスチックのビニール盤(ヴァイナル)に変わりました(レコードがヴァイナルと呼ばれる理由は、ビニールでつくられていることに由来)。
ヴァイナルは、その後、半世紀にわたって音楽業界において支配的な存在になりました。1970年代には、毎年数十億枚のレコードが販売されました。米国レコード協会(RIAA)によると、1978年には米国だけで28億ドル(約2,980億円)、2020年のドル換算だと110億ドル(約1.17兆円)の売り上げを記録したといいます。
しかし、その後、レコードよりも持ち運びが便利で壊れにくいカセットテープとCDが登場します。レコード業界は、壊滅的な打撃を受けました。ヴァイナルは1983年には米国の音楽売上の半分以上を占めていましたが、1990年にはわずか1%強にまで落ち込みました。
Vinyl returns
レコードの魅力
売り上げが落ち込んでいるなか、奇妙なことが起こりました。人々が再びレコードを買い始めたのです。世界の音楽業界団体IFPI(国際レコード産業連盟)のデータによると、2006年の売上げはわずか3,600万ドル(約38.3億円)しかありませんでしたが、2010年には世界のレコード販売枚数は9,000万枚近くまで回復し、2019年には7億ドル(約746億円)以上にまで売上げが増加しています。かつてのピーク時にはまだ遠いですが、これは驚くべき変化です。
また、RIAAのデータによると、2018年の米国における新品のヴァイナル販売の購入者のうち、25〜34歳までが19%、18〜24歳までが16%を占めていて、若い世代にとっても非常に人気の高いものであることが分かります。
ただ、ヴァイナルがなぜ勢いを増しているのかは、ちょっと謎なポイント。同時期にデジタル音楽が台頭し、CDの売上げが急落しているのは確かです。ひとつ考えられるとすれば、多くの音楽愛好家たちは、これまでの音楽を聴く形態から新しいスタイルに移行する準備ができていなかったし、ヴァイナルは非常に長く音楽業界に君臨してきたので、とりわけ強いノスタルジアを感じるのかもしれません。
ヴァイナルは、アーティストの手にお金が渡る強力な方法でもあります。
「何千枚ものCDを販売してお金を生み出す代わりに、今ではすべてがダウンロードやストリーミングに変わりました。そして、その収益はバンドやレーベルから奪われてしまっているのです」と、ヴァイナルを製造する会社Pirates Press(パイレーツ・プレス)の社長、エリック・ミューラーは話します。
「Tシャツやグッズのように、ヴァイナルは、ファンが気になるアーティストを直接、金銭的にサポートする方法になりました」とミューラー氏が言うように、ファンは自分たちがアーティストをサポートしていることを示すためだけに、オフラインで好きなように聴けるヴァイナルに対して何百ドルも払うことがよくあります。
ヴァイナルは、ほかのどの形態で録音された音楽よりも優れたサウンドを提供すると主張するオーディオマニアもいます。確かに、ヴァイナルは少なくとも異なるオーディオ体験を提供しています。ヴァイナルの方が暖かい音がするのは、高音域と低音域ではなく、音の周波数の真ん中を強調しているからです。
音だけでなく、ヴァイナルを「アートワーク」として捉えることもできます。自分自身でヴァイナルをつくることができる「Vinylify」のようなサービスでは、収録したい音楽とカバーアートを決めてカスタマイズ。こういったノスタルジックさに浸れる遊びを楽しめるのも、ヴァイナルならではかもしれません。
理由はどうあれ、この産業は今また、“実行可能なビジネス”となったのです。
The pandemic challenge
コロナもおかまいなし
興行を除けば、音楽業界は、新型コロナウイルスの影響を受けていない側面が多いかもしれません。音楽ストリーミングの収益は現在、世界の音楽収益の半分以上を占めており、世界最大の音楽市場である米国では70%以上を占めています。業界がまだCDやカセットテープの店頭小売販売に依存していたならば、パンデミックではより深刻な打撃を受けることになっていたでしょう。なお、すべてのタイプ(フォーマット)の店頭小売販売は、世界中で激減しています。
しかし、ヴァイナル購入の大部分はまだ店頭での販売に限られているため、2020年にはコロナウイルスの影響でヴァイナルの成長が鈍化する可能性があると考えられます。
3月中旬までのニールセン・ミュージックのデータによると、ヴァイナルの売上は40%以上増加していました。しかし、3月20日から26日までのあいだ、米国政府が米国人に集団での集まりを避けるよう公言した直後、米国ではわずか18万枚のレコードしか売れず、前年の30万枚以上から減少しました。それからの4週間は、売り上げが2019年を大きく下回る状態が続くことになりました。
この落ち込みにはいくつかの理由がありました。
1つは、Amazonが3月下旬から4月中旬にかけて、必要不可欠と判断した商品を優先して配送し、ヴァイナルの出荷を停止したこと。2つは、世界の多くの地域で大規模なコンサートが禁止され、コンサート会場でヴァイナルの販売が完全にできなくなったこと。3つ目は、4月中旬に世界各地で行われる「Record Store Day」が中止になったこと。多くのアーティストが、年に一度の業界イベントである「Record Store Day」のために特別仕様のレコードを発売するため売上げが伸びるのですが、2019年、同イベントの週の売上高は、平均の3倍近くになったといいます。
ヴァイナル業界団体Vinyl Allianceの社長であるグエンター・ロイブルによると、当初はサプライチェーンの混乱で、メーカーがヴァイナルをつくることができないのではないかという懸念もあったといいます。ヴァイナルをつくるには、マスターレコードをプレスし、マスターの精度を確認、そのマスターからつくられたコピーを製造し、梱包、そして出荷するという複数の工程があります。これらの工程には、輸送して手に入れる必要がある材料が含まれていて、パンデミックの初期には非常に高価になっていたといいます。
また、いくつかの工場の短期閉鎖もありました。ヴァイナル製造会社Disc Makers(ディスクメーカーズ)のプロキュアメント担当ディレクター、クリス・スタニッシュは、パッケージを製造しているパートナー企業が数週間操業を停止したため、同社の生産プロセスが遅くなったと述べています。また、部品の供給を頼りにしている別のメーカーでは、スタッフが育児や施設への交通手段を確保できず、生産を維持するために十分なスタッフを確保できなかった時期がありました。
しかし、メーカーによれば、ビジネスはすぐに通常の状態に戻ったといいます。厳重なロックダウンが解除された後は、以前のように生産を続けられるようになり、需要もすぐに回復。スタニッシュ氏によると、Disc Makersの新しいヴァイナル生産の受注は、昨年に比べて20%増加しているとのことです。
これは、販売データと一致しています。4月下旬から、米国でのヴァイナル販売は持ち直し始め、すぐに2019年を上回るようになりました。全体的には、コロナウイルスのパンデミックにもかかわらず、2020年は8月中旬までに1,150万枚のヴァイナルが販売。2019年は、同じ期間に990万枚が販売されていたので、17%増加する結果になりました。そして、8月の売り上げは昨年の2倍近くになっています。
FOCUS ON
アーティストのD2C
スタニッシュ氏は、ヴァイナル作品の増加は消費者からの継続的な需要の結果であると部分的には考えていますが、パンデミックの影響で退屈しているようなアーティストからの供給の増加もあると考えています。
ツアーができず、家に閉じこもっているアーティストは制作活動に専念。しかし、ヴァイナル用にアルバムを準備するのは、単にSpotifyに音楽をアップロードするよりも複雑です。アーティストはA面・B面に限られた収録時間に収まるように曲をアレンジしなければならないし、アートワークやパッケージも選ばなければなりません。「パンデミック前だともっと難しかったかもしれません、ヴァイナル用に制作するのは時間がかかりますから」とスタニッシュ氏は言います。
フィジカルな店舗の多くは閉店したままですが、オンライン販売は好調。多くの店がオンライン販売に力を入れ、生き残っていて、DiscogsやBandcampのようなオンラインマーケットプレイスでの購入も増えています。スタニッシュ氏はまた、消費者と直接つながるために、自身のEコマースサイトを立ち上げるアーティストも増えていると話しています。
レコード業界は、これまでと同様に強い状態が続いています。パンデミックさえも、ヴァイナルの復活を止めることはできないのです。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- スタートアップの粋な心意気。カリフォルニア州サンノゼのカマーラー通りの一角には、地元のストリートアーティストが描いたニンニクやニンジンが描かれた白い冷蔵庫が歩道に置かれています。中を開けると、ジュースや卵、パン、野菜などが無料で手に入るようになっています。この冷蔵庫は、会社の食品廃棄物を減らし、食料を必要としている住民に直接提供する方法として、卸売食料品配達のスタートアップCheetah(チーター)によって設置されました。これは、COVID-19のパンデミックによって悪化している、食料不安に対する近隣の相互扶助の解決策となっています。
- Bolt Bikesがリブランディング。ギグエコノミーの配達員向けのeバイクのプラットフォーム「Bolt Bikes」が、オーストラリアのクリーン・エナジー・ファイナンス・コーポレーションが主導するシリーズAの資金調達ラウンドから1,100万ドル(約11.7億円)の資金を獲得し、名前も「Zoomo」に変え、新たなスタートを切りました。2017年に創立した同社が展開するのはeバイクのサブスクリプション事業で、現在、オーストラリア、英国、ニューヨーク、ロサンゼルスで展開しています。
- Amazon Goのキャッシュレス技術がホールフーズでも? コンビニエンスストア「Amazon Go」で導入しているキャッシュレスサービスを、早ければ2021年の第2四半期中にもホールフーズのスーパーマーケットにも適応するかもしれない、とNew York Postが報じています。この技術は、現在20カ所以上のAmazon Goで利用可能で、カメラ、センサー、コンピュータービジョンを使用することで、買い物客がレジの列を避けることができるようになっています。
- NO PARTY, NO LIFE.コロナウイルスの感染者増加により、カリフォルニア州のエリック・ガルセッティ市長は、あらゆる種類のパーティや、「公共の場でもプライベートな場でも複数人の集まり」を避けるよう、パーティ禁止令を施行。しかし、ヘイリーとジャスティン・ビーバー夫妻はおかまいなしに、ジャスティンの誕生日パーティを開催したと報じられました。パーティにはケンダルとカイリー・ジェンナー、ウィニー・ハーロウ、ジェイデン・スミス、ルカ・サバトなどが参加したようです。
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