Guides: #19 大学のトランスフォーメーション

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Quartz読者のみなさん、こんにちは。週末は米国版Quartzの特集〈Guides〉から、毎回1つをピックアップ。今週も、世界がいま注目する論点を編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。

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──安倍首相が辞意を表明しましたね。

いきなりですね。そこからですか。

──何か感想なり、ご意見あります?

うーん。どうでしょう。色々とツッコミどころはありそうですが、やはり気になるのは誰が引き継ぐのかという点でしょうか。

──誰になるんでしょうね?

実際、誰になるのか、というのはそこまで興味がないのですが、気配として感じるのは、誰がなったとしてもただでさえ下がっている自民党の支持率がダダ下がりするのではないか、というところですよね。

──麻生(太郎)、岸田(文雄)、石破(茂)、河野(太郎)といった名前が取りざたされているようですが。

面白いなと思うのは、いま挙げられた方って、みんな2世とか3世だということで、大変失礼な言い方で恐縮なんですけど、政治家の「ボン」、いわゆる「ぼんぼん」なわけですよね。

──たしかにそうです。

「ぼん」とか「お嬢」という存在って、自分としてはちょっと面白いなと思っていたりしまして、程度の差こそあれ、誰しも人生のどこかで、そう言われる存在と、どこかで出くわしたりしたことあるんじゃないか思うんですが、なんか社会において彼ら・彼女らの存在ってユニークなものだったりするように思うんです。

──そうですか。

なんかほら、ミュージシャンなんかでもそういう類の人っていたりすると思うんですが、育ちがよかったりお金に恵まれて育ってきた人って、全員がそうだとは言いませんが、いい意味での屈託のなさがあったり、お金にこだわりや執着をもたないで育っているせいで、経済というものに対して鷹揚だったりしますよね。

──そういう人はいますよね。

ある意味浮世離れしているので、思い切りがよかったり、変なところで大胆だったり。例えばですけど、レディ・ガガって、お父さんがインターネット事業で成功した成功者なので、非常に裕福な家庭に育ってるんですよね。で、彼女は富裕層が行く学校に通っていたんですが、そこで、歴代の名家とされるところの子女に「成り上がりの家の出身」ってイジメられたそうなんです。って、まあ、富裕層の世界にも、それなりの序列はあるようなんですが、いずれにせよ、出てきた当時のガガさんの思い切りのよさや大胆さというのは、非常に“お嬢っぽさ”があるような感じがするんですよね。

──ストリートから這い上がってきた、という感じはないですもんね。

そうなんです。別にだからといって「お嬢だからいいんだ」とか「ダメなんだ」と言いたいわけではなく、「ぼん」とか「お嬢」とかって呼ばれる人にも、やっぱり社会の中での役割というものはあって、それはときにとてもポジティブに作用することあるんだなって思ったりする、と、それだけなんですが。

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Image: KYODO

で、安倍さんという人もまたそういう意味では、典型的なぼんぼんであるわけですが、変な話「お腹が痛い」と言って辞めて、なおもう一度首相の席に返り咲いたものの、同じ病状で二度目の辞任をしても、それでもなお「第3期を!」という声が上がるのは、やはりなかなかに愛されたぼんぼんだなと思うわけです。

──自分は安倍信者という人たちの心性はまったく理解できないのですが、これが例えば麻生さんだったらそうはならないんだろうな、という感じはちょっとわかります。

そうなんですよね。そもそも「信者」と呼ばれる層が存在していること自体が、安倍さんという人の不思議さで、例えば岸田さんや麻生さんに「信者」がつくというイメージってなんか湧かないじゃないですか。河野さんは、多少可能性があるかもしれませんが。

──ですね。

つまり、なんというか、愛されるぼんぼんとそれほどでもないぼんぼんっていうのがいるんだなというのが、自分の感想でして(笑)、じゃあ安倍さんだけが突出して、これだけの長期政権を許すまでに支持された理由って一体なんだったのか、というと結構複雑なコンテクストが走っていそうで、そこは本当はかなり面白いテーマだと思うんですね。

──トランプという人もそうですよね。

そうなんです。トランプさんも絵に描いたようなぼんぼんで、それを支持しているとされる白人の中間層の人たちの何をもレペゼンしていないはずなのですが、なぜか「One of Us」だと思ってもらえていたりするわけじゃないですか。自分たちの生活や生き方がどういうものなのか、まったく知りもしない人であるにもかかわらず、なぜか「彼こそが自分たちの代表だ」と思う人がいるのは安倍さんもそうで、安倍さんを批判する人は、まさにそのことをもって安倍さんを批判するわけですが、その批判は実際、どこも間違ってないはずなんですが、そういう批判があってなお、信者の方々は、安倍さんを支持するわけですよね。

それははたからみるととても非合理な判断に見えるんですが、当人たちのなかではメイクセンスしているはずなんです。で、そこにおいて「ぼん」というファクターはとても重要なものなんじゃないか、と思ったりするんです。

──なるほど。よくわかんないですけど(笑)。

話を戻しますと、今後起きることをぼんやり思い浮かべてみますと、誰が後継になったとしても、いわゆる保守陣営の人たちも、安倍総理に対してそうしてきたような温かい感じで味方になってやろうという感じが減るんじゃないかという気がしてまして、仮にそうなったとすると、じゃあ一体安倍さんの何が、そこまでの求心力を生むドライバーになっていたのかは謎として残るんじゃないか、という気がするんです。そこはやっぱり不思議なんですよね。というのも、政策や政治信条が特段どうこうという話でもないと思うからなんです。

──そうですか。右寄りな傾向は強いじゃないですか?

とはいえ、2014年以来靖国にも行っていないですし、習近平さんの来日に執心するあまりコロナ対応が遅れたともいわれているわけですし、そもそも観光立国を謳って、中国人から大量の観光客を招いたのも安倍さんの政策ですよね。という意味でいうと、愛国や道徳教育を重視していたわりには、首尾一貫しないようなところもあるように見えるんですけどね。

安倍さんの功績はこれだけあるぞ、とするツイートなんかをみると、女性の雇用をこれだけ増やした、といったことを、それこそ「信者」とされる方々が呟いていたりするんですが、その功績自体を真に受けたとしても、その話と、愛国的な文脈での「家族が大事」みたいな話とがどういう一貫性をもって配置されるのかは、よくわからないですよね。

──いろんなところがねじれてますよね。とはいえ、まあ、負のレガシーはたくさんありましたよね。それこそ「モリカケ桜」といわれるあたり。

モリカケという問題を見返してみて改めて興味深いなと感じるのは、まさに今回の〈Guides〉のお題である「教育」という分野を舞台にして起きた問題だということなんじゃないかと思います。

自分はすごく熱心にこの問題を追いかけていたわけではないので全然詳しくもないのですが、今回、安部総理の辞任というタイミングで、今回の〈Guides〉を眺めてみると、実際にはまったく関係はないのですが、少しばかり繋げて考えてはみたくなりますね。

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Higher ed goes remote

変容する大学

──今回の〈Guides〉のタイトルは〈Higher ed goes remote〉で、訳せば「高等教育、リモートになる」となりますが、モリカケとはだいぶ遠くないですか?

もちろん遠いんですけど、とはいえ、Guidesのなかで盛んに語られているのは、コロナウイルスによるパンデミックが、大学というもののあり方を変えるだろうということでして、大学というものが非常に大きな岐路に立っているということでいえば、少なくとも加計学園の問題は、連関しなくもないように見えるんです。

──そうですか。

『ウェブちくま』というサイトに斎藤美奈子さんの「世の中ラボ」という連載がありまして、「加計問題の裏にある国家戦略特区とは何か」という2018年の記事では加計学園問題が解説されているのですが、それによれば、この問題の発端にあるのは、「獣医学部」というものがまず50年以上日本で新設されてこなかったということで、これは文科省と日本獣医学会が、既得権益を守るために新規参入を拒んできたことが理由だとされています。で、その既得権益をある意味かいくぐるために「国家戦略特区」という制度を使って、半ば強引に「学部新設」の道筋をつくったことが、問題の根幹にあるというんですね。

国家戦略特区の牽引役だった竹中平蔵氏のことばを引きながら斎藤さんが解説するところによると、この制度はこう説明されます。

「国家戦略特区の旗振り役である竹中平蔵は、『大変化』なる本で、日本を『世界一ビジネスがしやすい国』にするためには規制緩和が必要だとブチ上げ、次のように述べている。

〈なぜ、規制改革は進まないのか。端的に言えば、既得権益を持っている人々がそれを手離さないからです。象徴的なのが、いわゆる『岩盤規制』(役所や業界団体などが改革に強く反対し、緩和や撤廃ができない規制)でしょう。誰もが以前から『おかしい』と思っているにもかかわらず、一向に改革できないわけです〉。

小泉構造改革以来の、相も変わらぬ持論。ただし、国家戦略特区では構造特区とは別のしくみをつくったと彼は豪語する。

すなわち、担当大臣、地方の首長、民間企業の三者が参加した『ミニ独立政府』のようなしくみをつくる。〈ただし、方針に反対する関係省庁も出てくるはずなので、中央政府に総理をトップとする「国家戦略特別区域諮問会議」(私もメンバーの一人)を設け、最終的にはそこで決着できるようにしています〉。

最終的には首相がすべての裁量権を持つしくみ。しかも諮問会議のメンバーは全員、首相の側近。〈日本の行政の歴史において、こういう試みは初めてです〉と竹中は胸を張るが、そらそうだろう。こんなの事実上の首相の独裁だもん」

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Image: 2015, RUBEN SPRICH

──首相が一切の手続きをすっ飛ばして導入できてしまうということですね。

で、こうした「特区」というアイデアは、それが一概にダメだというものでもなく、これは「イノベーションというものがこれからの経済を切り開いていく上ではことさら重要だ」という文脈においては非常に行き渡ったアイデアで、ソフトウェア開発の用語で「サンドボックス」といわれるものなんですね。

──はあ。

IT用語辞典 e-word』というサイトから引用しちゃいますと、こういうものです。

「サンドボックスというのは、砂場、砂箱という意味の英単語で、コンピュータの分野では、ソフトウェアの特殊な実行環境として用意された、外部へのアクセスが厳しく制限された領域のことを指すことが多い」

要は、実行環境を人為的につくって、そのなかで実験を行うということなのですが、デジタルの世界では、完全なプロダクトになる前のベータ版でサービスをロールアウトして、そのフィードバックを受けながらサービスを改善していくというやり方が一般的だったりしますから、ベータ版やさらにその前のプロトタイプを試験するような環境をつくることはとても重要なこととされているんです。

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──それはわかります。

民間企業でも、これは同様でして、「新しいことをやりたい」となったときに「それはうまくいくのか?」と上司に問われても、新しいことなわけですから「やってみないとわからない」という答えしかなかったりします。「うまくいくというエビデンスを出せ」と言われても、エビデンスを取るためにも実行してみないとだめなんですが、それでも実行の許可をするためにはエビデンスが必要だとなれば、もう堂々めぐり、俗にいう“ニワトリが先か、たまごが先か”の議論にしかならないので、結局、なんにも新しいことなんかできなくなるんですね。

──そらそうですね。

ですから、まずはスモールスケールで実験するような環境が必要だ、という話になるんですが、ここでは、竹中平蔵氏のおっしゃることに賛同するかどうかは措いたとしても、頭の硬い上司に新企画をつぶされた経験がある人であれば、こうした「サンドボックス」的な仕組みの必要性は、ある一面では感じるところでもあるはずなんです。

──わかります。

で、教育の話に戻しますと、学部の新設が50年も行われていないというのは、やっぱり相当異常性が高い気もするんですよね。という意味では、もっと世の中の需要や欠如に即して、国が向かおうとする次なる社会において必要となるであろう知識や技能をもった人を育てるという観点から、とくに高等教育機関には、それなりの柔軟性も必要だと考えれば、特区という制度を使って、トップダウンで、いわゆる「岩盤規制」というものを突破するという考え方も、どこかで必要にも思うんです。

──ふむ。

とはいえですよ、そうした制度を仮にこのように擁護したからといって、それが即、新自由主義者・規制緩和主義者の竹中氏が考えているように、「そこを自由市場にしてしまえ」という話になるわけでもないはずでして、加計学園の問題は、斎藤美奈子さんが指摘されている通り、国家戦略特区というものを自明のものとして「規制緩和=自由市場化」の空間とみなすその歪な定義と、それをなんら批判的な検証も受けずに実行することを可能にした制度設計と、獣医という“おいしいビジネス”に進出しようとしたビジネスセクターの欲望とがピタリと合致するところで起きた、まあ、なんというか、悪どい帰結だったというわけですね。

──ははあ。

さらに、斎藤さんは郭洋春さんの『国家戦略特区の正体』という本を引き合いに出しながら、こうも語っています。

「悪の権化のようにいわれる『岩盤規制』とは〈医療・農業・教育・雇用など、一九八〇年代の中曽根政権から始まった日本の新自由主義路線にあっても緩和が先送りにされてきた分野の規制を指す言葉だ〉(『国家戦略特区の正体』)だそうだが、郭も指摘する通り、医療、農業、教育、雇用は〈まさに国民の生活、いや、生命そのものに直接関わる領域〉であり、利潤の追求を第一義的に求めるビジネスに丸ごと譲り渡していい分野ではないはずだ」

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──もう、ほんと、まさにその通りですね。

その通りですよね。で、ここからが、おそらく本題になってくるんですが、ご存知の通り、コロナによって大学はなかなか学校を再開できず、リモートで授業を行うことに四苦八苦しながら対応をし始めているわけですが、これが本当にデフォルトの状態になっていったとすると、そもそもの大学のビジネスモデルが崩壊していくことになりかねないわけですね。

──どういうことでしょう。

これは自分の考えですが、フィジカルな空間って、基本的に“有限”じゃないですか。

──はい。

だから定員というものが必然的に設定されることになるわけですし、定員によって“稀少性”が担保されるがゆえに、「そこに入れる」ということが価値化されるわけですよね。

──あ、そうか。

ところが、オンラインへの移行って、定員という設定自体が無意味になっちゃうわけですよね。先日、お客さんがせいぜい30人ほどしか入れない、ある小さな音楽のライヴスペースを運営している方が、ライヴ配信をやったら600人も視聴者が集まったと仰っていたんですが、その数は本来であればフィジカル空間ではさばけない数ななんですね。で、そこには、もちろんビジネス的な可能性もあるわけですが、一方で難しい問題も出てきて、無尽蔵に開かれた空間においてはそれまでと同じやり方では価値を出すことが難しくなってきちゃうわけですよね。インターネットの登場による既存の産業構造の崩壊というのは、基本、この問題をめぐって起きるわけですね。

──ふむ。

例えば一部の一流大学で講座を、それこそオンラインでオープンにしてしまえば、そもそも講義内容で価値の差別化ができてしまうような大学であれば、それこそ世界中から学生を集めることができてしまうわけで、オンライン版を安くして、もらえる学位を差別化したとしても、莫大なビジネスができますよね。

──トラヴィス・スコットと「フォートナイト」がコラボしたバーチャルライヴを思い出しますね。

まさに、そういうことです。あれは、2,770万人が同時に参加したといわれていますが、フィジカルのライヴでは実現できない規模と動員数がバーチャルだと可能になるということで、これは、アクセスのハードルが下がるという意味では、もちろん素晴らしいことでもあるんですが、その一方で、ごく一部の少数のプレイヤーしか勝ち残れない競争になるということでもありそうです。

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Image: IMAGE VIA TWITTER

──すでに有名な人しか、やれないですもんね。

大学のZOOM化というのは、もちろん、まだ、いまのところそうした事態にはいたっていませんが、〈Public universities are buying the for-profit schools their professors criticize〉という記事は、公立大学が営利大学の買収をするケースとして、アリゾナ州立大学による、ZovioというEdTech企業が保有している営利大学アッシュフォード大学の買収事例を紹介しています。その買収計画のなかで明かされているのは、非営利部門は「アリゾナ・グローバル・キャンパス」の名で残しながら、大学全体としては、Zovioのテクノロジーを用いながら、オンラインエデュケーションの拡充に乗り出していくということで、その収益の19.5%をZovioが得ることになるそうです。

──なるほど。ビジネスセクターがそうやってがっつり入ってくるとなると、世界中からどんどんお客さんを集めて、どんどん収益を伸ばして行こうという方向に進むのは間違いなさそうですね。

どうでしょうね。とはいえ、さっきからお話しているように、これって別にネガティブな話ばかりではないはずなんです。というのも、何かを学びたいと思ったときに、稀少性の高い設備やパフォーマンスの訓練が必要だったりするような分野を別にすれば、キャンパスというフィジカルな空間に身を運ばなきゃいけないということ自体がハードルになっている人はいっぱいいるように思うんです。

──と言いますと。

いろんなケースが考えられるとは思いますが、社会人でも、仕事がリモートになることで、時間の使い方に弾力性が生まれていけば、オンラインで講座を受けるといったオプションのハードルがはさらに下がりますよね。

──たしかに。実際、「人生100年時代」は、生涯学び続けることが大事だ、なんていわれてるわけですしね。

コロナ以降、ZOOMやYouTubeとかで、イベントやセミナーやワークショップなどがそれこそ無尽蔵に開催されているはずですが、もちろん実際に現場で人と接する楽しみがなくなっているとはいえ、家で寝転びながら参加できるの「まじ楽だな」と思っている人は、相当数いると思うんです。あるいは、仕事しながら聞くこともできたりするわけですから、そういう意味でもハードルが下がりますよね。一方、そうしたイベントにおしゃべりする側として出る方も、慣れてきますとオンライン登壇は、やはり楽なんですね。

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──そりゃそうですよね。

それが一般化してしまうと、今後、仮に現場でのイベントが再開されていったとしても、当たり前のように「配信はないんですか?」という問い合わせが出てくることになると思うんですね。もちろん現状は、配信の準備にはそれなりの設備やノウハウも必要ですが、その点も今後、配信がさらにデフォルト化していくとなれば、テクノロジーやツールで解決できる領域は多々あると思いますので、結果的にコストも手間もどんどん下がっていく可能性があると思うんです。

──ふむ。

もちろんオンラインイベントやセミナーと、大学の授業を同列に語るのは失礼な話ではあるんですが、とはいえ、オンラインになった瞬間、そこも平準化されちゃうことになるんですよね。テレビ番組とYouTuberの関係性と同じで、YouTubeに移行した瞬間同列になっちゃいますから、そこに仮に優劣や序列があったとしても、それは必ずしも自明のものとしてあるわけではないという点は注意しないとだと思うんです。

──大学もそういう競争に飲まれていくと。

アリゾナ州立大学の事例というのは、必ずしも初の事例というわけではなく、マサチューセッツ大学が「戦略パートナー」としてブランドマン大学という営利大学と提携した例も過去にあるそうですが、このブランドン大学は、オンライン講座中心で、学生は主に社会人だそうです。そのほか、アリゾナ州立大学のお膝元には、フェニックス大学というこれまで50万人抱えてきたマンモスオンラインの大学があったり、グランドキャニオン大学という、これもオンライン中心の大学があるそうですから、そうした営利大学に存在感を脅かされているという危機感は、相当強いんじゃないかと思います。

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──厳しいですね。

ただ、その一方で、オンライン中心の営利大学は、卒業率が20%にとどまっていたり、あるいは突然倒産したなんていう事件もあったことから、その意義が疑われ、オバマ政権によって、より強い規制がかけられたことから、2010年から2018年にかけて、学生数が半減している状況もあるそうです。

授業のクオリティを上げたりよい教授を雇うことよりも、生徒を集めるためのマーケティング費用に莫大な予算を注ぎ込んでいるために非常に不健全な財務状況になってもいるので、逆に彼らの立場からすると、公立大学の傘下に入ることで、オンライン大学というものの存在の信頼性を回復したいという欲求もあるわけですね。

──ビジネスにひた走るだけの学問レベルの低い大学は、市場性がどんどん下がっているということですよね。それは健全ですね。

そうなんです。“Legitimacy”ということばが使われていますが、やはり教育というものには、ちゃんとした“正当性”が必要で、それは先ほどの斎藤美奈子/郭洋春さんの指摘にあった通り、それが国民の「生命そのものに直接関わる領域」だからですよね。

──若い人にとってはそれが自分の一生を左右するものになるわけですもんね。

それは単に学歴という面からだけではなくて、大学というものが、単なる教育空間ではなく、そこが文化空間だからでもあるからで、特に若者にとってはそうですよね。

──ほんとですね。

これは、国家政策上も実はそうでして、今回のGuidesのなかで大きく問題にされているのは、実はアメリカにおける「外国人留学生」の位置付けなんです。

──ほお。

アメリカは、これまで世界有数の留学のデスティネーションとなってきたわけですが、コロナを機にその潮目が変わるのではないか、というのが〈Is it still worth studying at a US university as an international student?〉という記事で問題とされています。この記事は、こういう文章で書き出されています。

「アメリカはこれまで長きに渡って外国人留学生を受け入れることで多くの恩恵を受けてきた。世界クラスの教育をアメリカで受けること、わたしたちは留学生たちにアメリカ文化を体感してもらうことができ、何十億ドルもの経済効果を得るだけでなく、アメリカ人の同級生たちと強い絆を育んでもらうことができる。そうした関係性がうまく機能するとき、教育システムは国家の『ソフト外交』における強力な手立てとなる」

──なるほど。たしかにそうですね。

ところが、コロナ禍のなかでトランプ政権は、大学が閉鎖されオンライン授業に移行したことを受けて、留学生ビザを取り消すことを発表し、それをハーヴァードやMITといったトップスクールの反対によって撤回することになったわけですが、記事においては、その動き自体が、留学生たちに「あなたたちは歓迎されていない」というメッセージを与えることになってしまった、と危惧しています。

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とりわけ、アメリカは中国、インドからの留学生が非常に多い割合を占めることから、中国との政治的な関係の悪化は、てきめんに中国人留学生に影響を与えていますし、インド人留学生にとっても、留学生たちの人気デスティネーションのトップの座を、来年カナダのトロントに奪われることが明かされています。これがいかに大きな損失であるかを、NAFSAという教育者の連盟のシニアディレクターは、このような言い方で説明しています。先ほどの引用とほぼ同じ内容なんですが。

「国際留学生や研究員たちは雇用を生み出し、イノベーションをドライブし、クラスルームを豊かにし、国内の安全性を高めます。そしてゆくゆくは外交戦略上の重要な財産となります」

──日本ではなかなかこういう議論を聞かないですね。

そうなんですよね。ソフト外交という観点から見ると、観光客をどんどん増やしていくこともいいんでしょうけど、より持続的で強い人的交流を求めるのであれば、留学生というのはたしかに非常に大きな財産でしょうし、さらにいえばこれだけ経済やあらゆる産業が逼塞しているなかにあっては、イノベーションを推進してくれるドライバーとして留学生を積極的に位置付けるといったこともできそうですが、そんな下地がビジネスセクターにあるようには一切見えないのがつらいところですよね。

──国家戦略特区とかいうなら、そういう空間つくってもよさそうじゃないですか。

そうですよね。面白いのは、アメリカからそうやって留学生離れが起きていることに危機感を抱いたアメリカの大学は、自分たちから外国へと進出することをはじめていまして、ニューヨーク大学は、「Go Local」というプログラムを上海のキャンパスで開校することをこの7月に発表し、ペンシルバニア州立大学は中国本土で自校のプログラムを受講できるよう現地の大学と提携をしていまして、インド政府はこうした流れを受けて、外国の大学が参入できるように規制を緩和したそうです。

──非常に激しく流動していますね。

一方で、100万人いるといわれる中国人留学生は、授業のオンライン化によって、かなり難しい立場に立たされていまして、〈Universities teaching Chinese students remotely need to scale the Great Firewall〉という記事が明かしているのは、せっかく“外の世界”を見たくて留学しているのに、自国からオンライン授業に参加するのでは意味がないと感じる学生さんも多いということで、加えてオンライン化によるセキュリティリスクの問題も重大事になっています。

──どういうことでしょう。

自国から外国の授業にオンラインで参加する場合、監視されている可能性が高いので、のびのびとディスカッションに参加できなくなったりしているそうですし、そもそも中国ではアメリカのオンラインリソースが利用できないという問題もあります。そうしたことを考慮した上で、授業を運営する大学側も学生が当局に睨まれたりすることがないよう注意を払う必要が出てきたりと、政治的に相当デリケートで慎重なやりとりが大学当局、学生の双方に課せられていると記事は報じています。

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──世界で起きていることが、リアルタイムで大学という空間を直撃しているんですね。

それこそアメリカにおけるレイシズム、中国とアメリカのデジタル覇権争いといったリアルポリティクスから、オンライン教育のメインストリーム化という教育産業の構造そのものの大転換といった問題系が、非常にダイナミックに錯綜しているわけですよね。で、そうした米中の軋轢を縫って、カナダ、英国、ドイツといった国々が、外国人留学生という巨大マーケットを虎視眈々と狙っているといった構図も指摘されていますので、大学という一見ドメスティックな空間も、グローバルな環境のなかで流動しているというわけですね。

非常に無責任なおっさんの立場から見ると面白い状況ではありますが、そこには、それに翻弄される若者たちがいるわけですし、そして、そうであるがゆえにそれは国の未来を決定する重要な問題でもあるわけですから、世界のこうした動態のなかで、日本の教育はどうあるべきなのか、どう持続させていくのか、もう少し真剣な議論があってもいいようには思いますよね。

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──聞けば聞くほど加計学園をめぐる問題のしょぼさが際立ちますね。「わざわざ特区までつくって、なんで獣医学部?」という疑問は、ほんとに拭えないですね。

ペットブームによって動物と人とがより近い関係になっていき、口蹄疫といった問題を契機として「食の安全」を担保する上でも獣医学部出身者がさらに必要であるという主張にはそれなりの正当性はあるようにも思いますし、そういう仕事に就きたいという需要に対して教育の供給が追いついていないという問題があるならそれを解消する必要もあるとは思いますが、官邸主導で国家戦略特区にしてまで実行するほどに国家戦略上の重要性がある施策なのかどうかは、たしかに判断が分かれそうです。

──コロナを機に、政府主導で「DX、DX(デジタルトランスフォーメーション)」と騒いでいるわりに、ITエンジニアが膨大に不足しているなんていう話もあるじゃないですか。

2030年には最悪79万人が不足するという経産省の予測が、たしか2015年に提出されていたはずで、2017年にガートナージャパンが提出した調査は「2020年末までに、日本のIT人材は質的に30万人以上の不足に陥る」としていますが、最後に一応、そのサマリーを掲出しておきますね。

  • 2020年末までに、日本のIT人材は質的に30万人以上の不足に陥る
  • 2020年までに、日本のIT部門の10%が、IT組織の「一員」としてロボットやスマートマシンを採用する
  • 2020年までに、オフショアリングを実施する日本のIT部門の50%が、コスト削減ではなく人材確保を目的とする
  • 2020年までに、非IT部門が単独で進めるITプロジェクト(開発・運用・保守)の80%以上が、結局はIT部門の支援・助力を求めざるを得なくなる

──って、2020年末って今年じゃないですか。

ですね。

──とほほほほほ。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社を設立。NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともホストを務めるポッドキャスト「こんにちは未来」のエピソードをまとめた書籍が発売中


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