Friday: New Normal
新しい「あたりまえ」
毎週金曜日の夕方のニュースレター「Deep Dive」では、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。今日は、「これからの都市計画」をテーマにお届け。「空間をどう設計していくのか」という課題に対して、世界ではさまざまな取り組みが始まっています。
出会いやチャンスの多さ、トレンドの発信地、躍動感。都市は多くの人々に「質の高い生活」を提供しています。しかし、「パンデミックの時代」においては、これらの魅力的な生活と引き換えに、私たちは自らの健康を代償として払っているかもしれません。
米国立アレルギー感染症研究所所長のアンソニー・ファウチ(Anthony Fauci)は、「人類はパンデミックの時代に突入した」と警鐘を鳴らしました。
21世紀に入ってから世界はすでに、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、エボラ出血熱、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ、そして新型コロナウイルの流行を経験しました。ファウチ所長は森林伐採、生鮮市場における野生動物の売買のほか、都市部の人口密集などといった環境問題が、今後、新たなパンデミックの発生を加速させると述べています。
とくに、国境を越えて人や物が行き交い、通勤などで混雑が起きやすい都会は、パンデミックの「温床」となる要素を抱えています。一方で、皮肉にも、国連は、2050年までに世界の人口の約3分の2が都市部に住むと予測しています。
このような理由から、今後、「パンデミック耐久」都市のデザインは避けられないステップになりそうです。
OVERCROWDING
「密集」の問題
歴史上、都市はパンデミックにより変化を遂げてきました。たとえば、19世紀初頭の欧州でのコレラの流行は、劣悪な都会の衛生状況を改善し、下水道を整備するきっかけとなりました。また、20世紀初頭の結核の流行は、住宅の在り方に影響を与えたといいます。
新型コロナウイルスの流行においては、とくに「都市部での密集」を改善する工夫が必要なようです。
EU経営学大学院で建築を教えるアントワーヌ・ワッサーフォーレン博士(Dr. Antoine Wasserfallen)は、次のように指摘します。「とくに狭く、細い道は危機に瀕しています。たとえば、たとえ美しくても、人が密集するパリのサン・ジェルマン・デ・プレやマレ地区の古い道などは、パンデミックに適していません」
パリ市長のアンヌ・イダルゴ(Anne Hidalgo)は、都市部の密集などの解決策として、「15分の街」という都市計画を提案しています。
この都市計画は、学校、仕事場、公園、医療施設など、生活に欠かせない場所へ、徒歩・自転車を使用し15分でアクセスできることを目指しています。事実上、パリという都市の中に「小さな村」を創造することで、市民がウイルス感染リスクの高い密集地区へ移動する機会を減らすことができる可能性があります。
同様に、オーストラリアのメルボルンでも、こうした「ローカル化」を促進する「20-minute neighbourhoods(20分の近所)」という取り組みが発表されています。
ECO-CONSCIOUS
都市の「エコ化」
環境問題への配慮として、世界中の都市の問題の一つである「渋滞」の改善をする必要もあります。
ロックダウン中に世界中で自転車の使用が拡大していることをうけ、アテネでは自動車禁止区域をもうけたり、ミラノでは自転車専用レーンをつくるという政策をとっています。「BBC」によると、英国では、パンデミックによって移動制限が課された後の4月、自動車での移動は、通常のレベルの23%に低下。しかし、公共機関を使うことでの感染リスクを恐れ、それ以降は着実に増加しているといいます。そこで、ボリス・ジョンソン(Boris Johnson)首相は、サイクリングとウォーキングを奨励するために20億ポンド(約2,743億円)を費やすと述べました。
また、豪シンクタンク「Grattan Institute」のマリオン・テリル(Marion Terrill)は、「Reuters」の取材に、「新型コロナ危機は、世界の都市が混雑課金(渋滞緩和目的の道路課金)を施行する最適なタイミングだ」と話しています。実際にロンドンでは、CO2排出量の多い車の混雑課金を2倍にしたことなどにより、2017年~19年に渋滞の平均時間が13%減少したといいます。
都市全体の構造を変える取り組みとしては、環境的にも社会的にも安全で人類が繁栄できる場を作ることを目的とした、オランダ・アムステルダムで導入された世界初のドーナツモデルが良い例になるでしょう。すべてのニーズを地球環境の許容範囲のなかで満たし、人類のニーズとのバランスを保つサステイナブルな都市計画です。
WITH TECHNOLOGY
見えないものを監視
都市計画にテクノロジーを取り入れることも、感染拡大防止において大きな役割を果たすかもしれません。
たとえば、「WeChat(ウィーチャット、微信)」などの人気サービスを展開する中国のIT企業Tencent(テンセント、騰訊)」は、関東省深圳市に「Net City」と呼ばれるエリアの建設を発表。同社のオフィスや社員のための住宅がならぶ予定のこの地区では、環境を考慮し、AI(人工知能)を駆使した、「未来都市」を目指しています。
さらに「Reuters」の報道によると、中国には交通量、汚染、公共の健康、安全性などを監視するセンサー、カメラなどが設置された「スマートシティ」が、同国に500カ所以上存在するといいます。
今後、世界の他の地域では、テクノロジーは都市計画にどのように取り入れられるのでしょうか。
『データ・シティーズ:人工衛星はどのように建築とデザインを変えるのか(未邦訳)』の著者で、英ケント大学などで建築を教えるダヴィーナ・ジャックソン(Davina Jackson)は、こう語ります。
「衛星システムは世界中の人々の健康に関する多様なデータを、コンピュータによって可視化することができます。たとえば、マサチューセッツ工科大学(MIT)のSenseable City Labでは、下水道を流れる排泄物から、ウイルスや違法ドラッグを検知する研究がされています」
さらに、同氏は今後のパンデミックに対する都市としての対応について、「今、必要なのは都市の“見えない状態”を監視することができる、システムアーキテクト(システム開発において業務の分析・設計を行う人)とエンジニアです。そして、政府や人々に分かりやすく健康に関するデータを可視化することのできる、データアーティストやジャーナリストも大切な役割を担うでしょう。たとえば、高層ビルでは、エレベーターなどの小さな空間で人々が同じ空気を共有します。今後、こうした状況で空気中のウイルスの存在の監視、そして空気を殺菌するような技術が重要となります。プライバシーの侵害を恐れる人もいますが、こうした監視はパンデミックから人命を救う最良の方法のようです」と予測しています。
SELF-SUSTAINABILITY
「自給自足」地区
しかし、上記のようなウイルスの感染拡大防止だけでは充分ではありません。将来的なロックダウンにも耐えることができる、「自立的」で「回復力」を備えた街づくりが必要となりそうです。
たとえば、中国の北京から約130キロ離れた雄安新区では、将来のパンデミックやロックダウンを見据え、「自給自足ができる街」の創設計画が行われています。
この都市計画を担当するバルセロナ在住の建築家ビセンテ・ガイヤール(Vicente Guallart)は、ロックダウンを想定し、建物ごとに住民がコワーキングできるスペースや、市民が自ら新鮮な食料を生産できるよう屋上農園の設置を提案しています。
また、シンガポールではこれまで食料の90%以上を輸入に依存していましたが、今後都市農園を拡大させ、2030年までに食料自給率30%の達成を目指しているといいます。
さらに、感染の恐れから、「エリートたちが自給自足の地区を作る可能性がある」と、豪グリフィス大学で教鞭を執るトニー・マチュー(Tony Matthews)は『Reuters』の取材に対し、語っています。「(金銭的に豊かな人たちの)安全で、プライベートの医療施設があり、領域内で食料の自給自足ができる地区が出現するかもしれない」と、同氏は予測します。
KEEP MENTAL HEALTH
健康な精神を保つ
また、前述のEU経営学大学院のワッサーフォーレン博士は、今後のロックダウンを見据えるうえで、人々の精神をサポートする建物の設計が必要だと言及します。
同氏は「今回のパンデミックは、世界の市民の精神に致命的な影響を与えた」と指摘。そのうえで、今後人々の精神を支えるための建築について「マンション、公共施設、オフィスなどに、中庭のようなスペースを設計することが必要。美しい景観、調和がとれたデザイン、哲学的な空間により、人々が心を休め、熟考出来るスペースが重要な役割を担います」と述べています。
実際にシンガポールの各国立公園には、すでにパンデミック以前に「Therapeutic Park(テラピュティック公園)」が設けられており、実証に基づいたデザインによってストレスの減少や精神的な疲れの回復、感情のバランスを整える役割を果たしています。さらに、高齢者や認知症患者などに植物を使用したワークショップなども提供しています。
「Centre for Urban Design and Mental Health」のディレクターであるレイラ・マッケイ(Layla McCay)は、「BBC」の取材に対して次のように答えています。「サステナブルな街の都市計画は、“健康”というレンズを通してデザイン・評価・承認される必要があります」
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- ラグジュアリーブランドに注力か。フランスのグローバル・ラグジュアリー・グループKering(ケリング)が、保有するPuma(プーマ)の株式の5.9%にあたる約6億5,600万ユーロ(約816億円)で売却。その後、Pumaの株価は火曜日に3.5%下落しました。keringはは近年、GucciやSaint Laurent、Balenciagaなど利益率の高い高級ブランドにより注力しています。
- Spotifyのポッドキャスト戦略。ここ数カ月、Spotifyはリッキー・トンプソン(Rickey Thompson)、デンゼル・ディオン(Denzel Dion)、アディソン・レイ(Addison Rae)、レレ・ポンズ(Lele Pons)などのインフルエンサーと契約を締結しています。若いポッドキャストリスナーを抱えるSpotifyにとって、こういった施策はZ世代のマーケットに直接働きかける戦略にもなっています。
- メンタルヘルスの不調を経験する若年層が急増。最新の報告書によると、18歳から29歳までの若年層で、コロナウイルスのパンデミックが原因となったメンタルヘルスの不調を訴える人が急増していることがわかりました。4月の段階で、不調を訴える人が2017~2019年と比較して80%上昇。この数字はその後の数週間で改善したものの、6月になると、パンデミック前と比べて50%も高くなっていました。
- Z世代の投票率を上げるために。匿名のグループが、民主党の候補者ジョー・バイデン(Joe Biden)に敬意を表した「バイデン・ビューティ」を立ち上げました。スローガン「Beat your face. Beat your face.Beat Trump」というスローガンを掲げたこのブランドは、美容サイトのリンクを介して、若い米国人に登録と投票を促すことを目的としているといいます。
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🎧 Podcastの最新エピソードでは、株式会社Selanの創設者&CEOを務める樋口亜希さんをお迎えし、「グローバルな子どもの教育」について語っています。Spotify|Apple Podcast
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