Culture:「買収」はブランドを殺すのか

REUTERS/MIKE BLAKE

 Deep Dive: New Cool

これからのクール

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Quartz読者のみなさん、こんにちは。金曜の夕方は、今、そしてこれから世界で起きるビジネス変革の背景にあるカルチャーを深掘りします。今回、ストリートからスタートし、今やラグジュアリー業界へも認知されているシュプリーム(Supreme)の買収劇から、「ブランドのありかた」の未来を追います。英語版はこちら(参考)。

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2020年11月9日、ヴァンズ(Vans)、ザ・ノース・フェイス(The North Face)、ティンバーランド(Timberland)、ディッキーズ(Dickies)などのブランドを有するVFコープ(VF Corp、以下VFC)が、ストリートウェアのパイオニアであるシュプリーム(Supreme)を21億ドル(約2,195億円)で買収することを発表しました

この発表は、とくにファッション関係者のあいだでは大きな話題になりました。

Supremeからすると、この動きはそのエートスに反するような話です。1994年、地元のスケートコミュニティに根ざしたニューヨークのインディペンデントなショップとして、ジェームス・ジェビア(James Jebbia)が立ち上げたSupreme。新製品を毎週少しずつドロップする手法やユニークなプロモーション、著名人の起用などで注目されてきましたが、そうしたサブカルチャーの文脈において成功してきたからこそ、2017年、ジェビアが事業の半分を投資ファンドのカーライル・グループ(Carlyle Group)に売却したときには、誰もが驚きました。そして、今回のニュースは、さらに衝撃を与えるものでした。

この買収を境に、Supremeはどうあり続けていくのでしょうか。ブランドを魅力的にしてきた要素を失ってしまうのでしょうか? ジェビア自身はかつて『The New York Times』に対し、「Supremeが生き残るには、“クール”である必要がある」と語ったことがあります。疑問に端的に答えるならば、ブランドはおそらく生き残るのでしょう。ただし、“クール”をどのように定義するかによって。

Niche versus mass cool

ニッチ対マス・クール

実際のところ、Supremeはそのカルト的なステータスをとっくの昔に捨てています。目立ったところでは、2017年、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)とのコラボレーションによって、スケートコミュニティをはるかに超えて広く知られるようになりました。VFCによると、Supremeの売上高はすでに約2億ドル(約208億円)に達しており、今もなお急成長を続けています。もっとも、スケーターやファッション関係者にとって、ブランドのサブカルチャーとしての魅力はすでに失われています

PHOTO VIA INSTAGRAM @SUPREMENEWYORK
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もちろん、Louis Vuittonとのコラボレーションは、ブランドイメージを形づくるひとつの要素に過ぎません。

昨年、アリゾナ大学准教授(マーケティング)のケイレブ・ウォーレン(Caleb Warren)率いる研究グループは、「消費者は、何によってブランドをクールだと決めるのか」に関する調査結果を発表しました。研究グループは、「サブカルチャー的な魅力」だけでなく、「個性」や「信頼性」、「反抗」、「エネルギー」、「美的魅力」など10の特徴を特定。これらの特徴のベースにある重要な要素のひとつは、彼らが「自律性(autonomy)」と呼んでいるもので、他人が何を期待しているかに関係なくブランドが独自の道を歩むことを意味しています。

さらに、さまざまなグループに分けて調査が行われましたが、その中には、Supremeのコアオーディエンスと合致する、Redditのストリートウェアコミュニティの148人で構成されるグループも含まれています。

「この調査を行った理由のひとつは、サブカルチャーの中にいる人とマスの人とで、クールさがどう違うかを考察するためでした」と、ウォーレンは話します。「両者は、どんなブランドがクールなのかについて全く異なる認識をもっていました。とくに顕著だったのが、Supreme。マスにおいてはクールなブランドとして認識されていますが、コアオーディエンスにとっては『げ、みんなSupremeを着てる!』という感じでした。つまり、“単に人気のある大衆ブランド”だという認識なのです」

ウォーレンはその研究の中で、「ニッチ・クール(niche cool)」と「マス・クール(mass cool)」の2つを明確に分類しています。前者は、特定のサブカルチャーがクールだと受け止めていているが一般の人々には浸透していないもの。後者は大衆がクールだと思っているものを、それぞれ指します。

一般的に、製品でもブランドでもアイデアでも、クールなものほど小さなグループの中で生まれます。やがてマスがそのカッコよさに気づき始めると広く普及して人気が出始め、ニッチ・クールからマス・クールに移行。同時にサブカルチャーとしての魅力が失われていく──。こうしたサイクルは、ファッションをはじめとする業界に見られる、よくある事例です。

このシナリオは、Supremeにも宿命づけられていたと言えるかもしれません。RedditTwitterユーザーからは「Supremeが、オレンジジュリアス(Orange Julius)やアンティ・アンズ(Auntie Anne’s、ともにチェーン展開されている飲食料品)と並んでショッピングモールに並ぶ日も近い」という声も上がっています。投資会社UBSのアナリストも、顧客に宛てた研究ノート内で「VFCはSupremeの希少価値を維持するのに苦労するかもしれない」と指摘しています。

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とはいえ、用意されたシナリオはひとつだけではありません。ウォーレンの研究によれば、例えばナイキ(Nike)のようなマス・クールなブランドは「自律性」や「反抗」などの領域では劣っているものの、それでもクールなブランドであり、ステータスがあるとしています。さらに、他ブランドに比べて収益性が高く、よりプレミアムな高価格が付けられ、より多くの市場シェアを獲得しています。

ただ、研究者たちはこうも指摘します。「マス・クールなブランドは、そもそもクールであるという特徴、すなわち、魅力や自律性などを失わないように注意する必要があります。そうしないと、 もともとかっこいいと思っていたものが廃れてしまうからです」

VF Corp.’s plans for Supreme

Supremeはクールなまま

そもそもファンを惹きつけていたものを放棄しない限り、Supremeはクールであり続けることができるでしょう(少なくとも今のところは)。彼らは、音楽・アートといったカルチャー要素をグラフィックに取り入れたシンプルな定番服などのアイテムを展開し、“バズ”の起こし方を知っています。スケートコミュニティへの目配せから、価格は手頃に、リリース数も限定するという従来のスタイルはなくならないでしょうし、ジェビアをはじめとする主要なメンバーはブランドに残り、引き続きニューヨークに拠点を置くといいます。また、VFCも、ブランドに干渉したり、方向性を変えるつもりはないとも話しています。

「今回の買収は、シナジー効果を目的としているのではなく、Supremeというブランドの価値を考えている」と、VFCのCFOであるスコット・ロー(Scott Roe)は、投資家やアナリストに対して説明。「わたしたちには強力な組織的能力とプラットフォームがあるので、すでにうまくいっているSupremeにとって有益なものになると考えています」

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SupremeはこれまでにもThe North Face、Vans、Timberlandとは頻繁にコラボレーションを行ってきましたが、VFCはこれまで以上にコラボレーションを推進するつもりはないといいます。「VFCが、Supremeをどのように自社のブランドポートフォリオと連携させるべきか。市場が理解しているので、わたしたちは口出しすることはありません」と、VFCのCEOスティーブ・レンドル(Steve Rendle)は述べています。

VFCが打ち出している主な目標は、Supremeの海外展開および、すでに売上の60%を占めるデジタルビジネスの拡大です。現在のリアル店舗は米国と日本を中心にわずか12店舗で、パリとロンドンに各1店舗を展開するのみです。たとえば、中国や韓国市場には成長の機会がまだ多くあるので、Supreme・VFCは、すでに確立している市場にあまり影響を与えずに拡大できるエリアにフォーカスしているように見えます。

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Supremeはニッチ・クールの中で巻き起こしていたカルト性を捨てたあとも、成長を続けています。VFCは、2021年、Supremeの売上高が5億ドル(約520億円)以上になると予測しており、年間の売上高は10億ドル(約1,040億円)以上まで簡単に到達できると予想しています。

VFCは今、世界で500億ドル(約5.2兆円)の価値があると推定されるストリートウェア市場に参入しています。UBSのアナリストが指摘しているように、同社の最大の課題は、ファッションビジネスとして毎年、創造性を維持しなければならないということかもしれません。

Supremeが継続的に成功するかというと、それは確実ではありません。しかしVFCは、Supremeがこれまでと変わらずにあり続けることで、かれらの“クール”を保つことができると考えています。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

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Image: VIA TWITTER @VOGUE MAGAZINE
  1. 進化する植物由来のパティ。ビヨンドミートBeyond Meat)は、同社が展開する「ビヨンドバーガー」の2つの新バージョンを発売すると発表しました。新しいパティは、低脂肪と高脂肪の2つで、2021年に店頭に並ぶ予定。より“肉らしさ”を追求した、「最もジューシーな」パティになるということです。
  2. テクノは「音楽」である。ドイツの裁判所は、テクノが音楽のジャンルであることを正式に認めました。この判決は国内のクラブに大きな影響を与えます。クラブが再開した際には財政的な負担が軽減されることになりますが、とくにベルリンのKitKatClubのようなハコでは、この判決によりチケット売上げに対する付加価値税が従来の19%から7%へと減税されます。
  3. 冷え続けるラグジュアリー業界。コンサルタント会社のベイン(Bain)によると、世界でのラグジュアリー製品の売上高は、パンデミックの影響で、これまでにない減少に直面していることが分かりました。中国での売上げは順調に回復していますが、世界規模でみると23%減の2,580億ドル(約26.8兆円)となっています。
  4. 男性単独としては初の快挙。ハリー・スタイルズ(Harry Styles)が、米国版『VOGUE』12月号の表紙を飾り、話題になっています。表紙ではグッチ(Gucci)のフルレングスのガウンにテーラードジャケットで登場。カバーストーリーではトップレスにスカートを合わせた、ジェンダーレスなスタイルも披露しています。

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新たなビジネスは、その背景にあるカルチャーを知らねばつくれない! 世界各地で活躍する日本人VCが現地の声で伝える、月イチのウェビナーシリーズが始まります。世界を目指すビジネスパーソンはもちろん、ここ日本では何を生み出せるかを考えるための「次世代のスタートアップ地図」を描く時間に、ぜひご期待ください。第1回は11月26日開催。世界最大の民主主義国インドにフォーカスします。

  • 日程:11月26日(木)11:00〜12:00(60分)
  • 登壇者:河村悠生さん(Head of Global IP Expansion〈執行役員〉, Akatsuki)、久保田雅也さん、Quartz Japan編集部員(モデレーター)
  • 参加費:無料(Quartz Japan会員限定)
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