Deep Dive: Crossing the borders
グローバル経済の地政学
[qz-japan-author usernames=”Ruchi Kumar”]
毎週水曜日の「Deep Dive」では、新興市場を中心に、世界の経済を動かすさまざまな力学を明らかにしていきます。世界でCOVID-19ワクチン接種が始まるなか、その運用に関わる大きな問題がアフガニスタンの事例から明らかになっています(英語版はこちら)。
生後6カ月のサイードグル(Saidgul)を連れて、彼の両親が約80マイル離れたアフガニスタン西部ヘラート州シンダンド地区のヘラート(Herat)へと向かったのは今年3月のこと。地元の田舎町からヘラートに続く道路はその一部が未舗装なうえ途中にはタリバンの検問所もあり、危険な道のりだった。
彼らがヘラートに向かった理由は、サイードグルにポリオの予防接種を受けさせるため。全国的なロックダウンはまだ発表されてはいなかったが、パンデミック被害を受けたイランとの国境を接しているヘラート州が危機に直面していたのはいうまでもない。
「ヘラートに到着し、訪れたのは100床の規模の病院でした。コロナを理由に正門は閉まっていて、誰も中に入れませんでした」と、父親のアナルグル(Anargul)は語っている。
息子に予防接種を受けさせられなかったアナルグルは、結局、そのまま地元に戻ることになった。しかし、時をおかず、両親はサイードグルが左足を動かせなくなっていることに気づく。さらに数日後には「息子が右足も動かせなくなっていることに気づきました。親戚との集まりに参加していたときでした」と、アナルグルは言う。
家族は急いでサイードグルを病院に連れて行く。診断の結果、ポリオ脊髄炎の疑いが告げられた。ヘラート州を管轄する予防接種担当者は、両親に対して陽性が確認されたことを伝えるともに、ポリオの症例は「ここ数年で2例目だ」と、付け加えた。
the last two polio-endemic countries
最後のポリオ常在国
とくに幼い子どもを対象としたポリオ予防接種の効果は絶大だ。
過去、軍事紛争やタリバンの反乱に直面する地域の多くで、ポリオ患者が急増したことがある。それでも近年、「アフガニスタンのほとんどの地域からポリオを根絶することができた」と、公衆衛生省下のポリオ撲滅プログラムの広報担当責任者メルジャン・ラセク(Merjan Rasekh)は言う。しかし、現在、パンデミックによってアフガニスタン全域においてポリオが再流行し、最近までポリオが確認されていなかった地域でも感染者が発生している。
「今年2月から8月までの期間、COVID-19の感染拡大を防ぐためのロックダウンによって、ポリオキャンペーンは中止せざるをえませんでした」とラセクは言う。サイードグルを含め、2020年には54人のポリオ患者が発生しており、2001年のタリバン政権崩壊以来、過去最高の数を記録しているという。公衆衛生省は、最近の症例はすべて生後3カ月〜3歳までの子どもたちにおけるものだと発表している。
国連児童基金(UNICEF)によると、パンデミックによって予防接種が中断され、世界最後のポリオ常在国、アフガニスタンおよびパキスタンでは、合計5,000万人の子どもたちがポリオワクチンを受けられていないままになっている。
ヘラートの病院で起きたケースは、まさにこうした問題を象徴するものだった。アフガニスタンでCOVID-19が流行し人びとが家に留まるなか、この国の1割を掌握しているタリバンのもと、予防接種チームは戸別訪問キャンペーンを実施できていないことが多いと彼は言う。「診療所は開いていたものの、封鎖や隔離だけでなく、治安の悪さゆえに、親たちは子どもたちを予防接種に連れてこられません」と続けるラセク。「その結果、実施できた接種数は、予定の15%に留まっています」
mirroring the conflict
感染は社会の合わせ鏡
ユニセフのウェブサイトでは、「ポリオの地図は、あらゆる点でアフガニスタンの紛争を反映している」と指摘されている。すべての子どもたちにワクチンを届けるというミッションは、医療上の課題であると同時に、外交的な問題もはらんでいる。
外交的な問題には、タリバン統治下で治安維持がままならないコミュニティへのアクセスの交渉や、ワクチンの効果に対して誤った認識をしている家族とのコミュニケーションが含まれる。タリバンが実効支配していた時代、アフガニスタンには全国規模のポリオ監視制度が存在していなかったため、当時の流行状況についての情報は限られている。しかし、現在この国で確認されている、小児期に感染したポリオが原因だと考えられる麻痺に苦しむ成人の数が、この病がどれほど拡がっていたかを証明している。
「ポリオを取り巻く状況は、15~20年前の劣悪なころと比べれば改善されています」と、アフガニスタンで30年間活動してきた赤十字国際委員会(ICRC)の整形外科プログラムの責任者であるアルベルト・カイロ(Alberto Cairo)は言う。「当初、麻痺のある子どもたちをかなり多く受け入れていたのを覚えています。その後、ワクチン接種のカバー率が改善され、その効果を実感しました」と続けるカイロは、近年、整形外科医院を訪れる3歳未満の子どもはほとんどいないと指摘する。
パンデミック発生以前、カイロらが確認していた数少ない症例は、タリバンとの紛争が続いているためにワクチン接種プログラムの実施が困難な南部・東部地域が中心だった。例えば2018年には、世界保健機関(WHO)によると、南部・東部の6州で84万人以上の子どもたちが、治安の悪さゆえにワクチン接種の機会を逃したという。
ポリオ撲滅プログラムのラセクは、彼らの目標が「95%の子どもたちをカバーすること」にあると言う。アフガニスタンの5歳未満の子どもたちの人口は約590万人を数える。「現在のところ、約100万〜200万人の子どもたちが接種を受けられずにいます。COVID-19によってポリオ感染は北部・西部にも広がっており、最近報告された5例のうち、2例はCOVID-19(による隔離)が原因であることがわかっています」とラセクは言う。
ラセクによると、アフガニスタン東部では、生後6カ月の男の子がポリオとコロナウイルスの両方に感染した。彼はCOVID-19からは回復したものの、ポリオによって半身不随になってしまった。「ポリオの麻痺は、生涯続くことになります」と、カイロは言う。「治療法はないのです」
ポリオによる麻痺患者には整形外科手術が必要だが、その治療も、パンデミックによって制限を受けている。
2019年には、カブールのICRCセンターでは毎月約4,450人の整形外科患者を治療していた。その多くはタリバンとの紛争で負傷したアフガニスタン人だったが、ポリオの犠牲者もいた。2020年、ロックダウン後もセンターは治療を続けていたが、患者数は大幅に減少した。「稼働はしているものの、完全に機能しているとはいえません」と、カイロは言う。ICRCが提供したデータによると、現在、カブールの同診療所で治療している患者数は月あたり約2,500人だ。
the future dissemination
ワクチンが届く前に
パンデミックが収束したとしても、コロナ危機はアフガニスタンのポリオ犠牲者に影響を与えるだろう。ICRCはポリオ患者数の増加を懸念している。幼い子どもたちへの治療はその家族にとって大きな負担となるし、ポリオとともに生きることの困難は、援助がほとんど見込めない都市部以外の地域ではさらに難しくなる。
しかし、希望の兆しはある。7月の最終週には、3州でポリオ予防接種キャンペーンが再開され、8月までにはアフガニスタンの半分の州で実施されるようになっている。
また、ラセクは重要な点を指摘している。ポリオ対策チームが培ってきた経験が、COVID-19ワクチンがアフガニスタンに届いたときに活かされるという点だ。
アフガニスタンにおけるポリオ予防接種キャンペーンの大部分は、女性の医療従事者によって行われている。「彼女たちは、ワクチンを提供するとともに母親たちと対話することで、病気に対するリテラシーを高める役割を果たしてくれています。また、まだ報告されていない症例がないかどうかを調査することにもつながっています」(ラセク)
先述したように、ポリオの症例のほとんどは、パキスタン国境沿いの治安の悪い地方、南部・東部に集中しているため、アフガニスタン保健省はパキスタンのカウンターパートと協力して、国境の両側で病気が根絶されるべく動いている。パキスタンに移住するアフガニスタン難民の数はいや増している。保健省は、国境を越えて移動するすべての年齢層の人々に対し、ワクチンを確実に接種することを目指しているという。
ポリオ常在国のアフガニスタンとパキスタン。この両国でポリオが根絶されなければ、その感染は他の国にも波及し、10年以内に世界で毎年20万人の新たな感染者が出るとWHOは予測している。
「子ども1人が感染すると、少なくとも200人の子どもが感染する危険性があります」とラセクは語っている。「広範囲にワクチンを接種しない限り、感染と戦うことはできないのです」
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- 参加費:無料(Quartz Japan会員限定)
- 参加方法:こちらのフォームよりお申込みください
This week’s top stories
今週の注目ニュース3選
- カギはデータベース。11日(現地時間)、英国、カナダに続いて、COVID-19ワクチンの緊急使用承認を発令した米国食品医薬品局(FDA)。最初にワクチンが接種されるのは医療従事者や長期療養施設の入所者ですが、その裏側で、連邦政府が管理する古い免疫登録システムを「IZ Gateway」という新しいプログラムに刷新する計画が進んでいます。同プログラムは、各都市・各州の予防接種記録を接続し、管轄区域を超えて予防接種記録を検索できるようにすることを目指しています。
- アフリカの遺伝情報が世界を救う。アフリカ系の人びとの遺伝子構成は世界で最も多様性に富んでおり、世界的に多くの疾患の診断や治療に科学的なブレークスルーの可能性を秘めているといわれています。彼らの遺伝情報をより多く獲得するために、世界銀行が出資する研究機関「アフリカ感染症ゲノミクスエクセレンスセンター(ACEGID)「とナイジェリアベースのスタートアップ「54Gen」は、世界で最も高度なゲノム配列決定プラットフォームのひとつとされる装置を導入しました。イルミナ社の「NovaSeq 6000シーケンスシステム」は、約30億文字からなるヒトゲノム全体にアプローチできるようになると期待されています。
- デジタル決済 V.S. キャッシュ。インドの一部国営のデジタル決済プラットフォーム「Unified Payment Interface(UPI)」の10月の取引件数は22億件に達しました。デジタル決済が爆増する一方、現金保有額も記録的な水準に達していることがインド準備銀行(RBI)が発表したデータからわかっています。「ロックダウンが行われるなか、インド国民は恐怖と不確実性のなかで屋内にとどまっている」ことが背景にあると、RBIは年次報告書において説明しています。
(翻訳、編集:年吉聡太)
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