Borders:強制労働のコットン

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Deep Dive: Crossing the borders

グローバル経済の地政学

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毎週水曜日の「Deep Dive」では、新興市場を中心に、世界の経済を動かすさまざまな力学を明らかにしていきます。中国政府による苛烈な人権侵害が問題視されている新疆ウイグル自治区。ここが世界の綿生産の中心地であることから、ファッションビジネスにおける論点が立ち上がっています(英語版はこちら)。

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Image: REUTERS/STRINGER

12月2日(現地時間)、米国政府は「新疆生産建設兵団」(XPCC、通称「兵団」)とその関連会社が生産した綿花と綿製品の輸入を、国内のすべての港において阻止することを発表しました

特定の中国組織のみをターゲットにしているようにみえる措置ですが、実のところ、ファッション業界全体に深刻な影響を与える内容です。

「この措置は、アマゾン、ターゲット、ザラなど、事実上すべての大手アパレル小売業者のサプライチェーンに影響を与えるだろう」と、労働者の権利監視団体である「労働者権利コンソーシアム」(WRC)は声明を出しています

global supply chains

新疆の綿花

XPCCは中国・新疆地域の少数民族ウイグル族の強制労働に関与しているとされる準軍事組織で、同組織の振る舞いと大量虐殺との関連を伝える報道は、日増しに増えています。

『Washington Post』の推計によると、新疆は中国の綿花生産量の約80%を占めており、さらにその約3分の1をXPCCが生産しているとされています。中国は、事実上、世界最大の綿花生産国。ファッションのサプライチェーンにおけるその重要性を考えると、XPCCが生産する綿花を対象とした禁輸措置は、あまりに多くのアパレルメーカー、シューズメーカーに影響を与える可能性があります。WRCは、米国が輸入しているXPCC綿を含む製品は、毎年5億点以上に及ぶという推定も出しています。

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Image: REUTERS

今回の措置は、米国税関国境警備局(CBP)にXPCC綿を使用した疑いのある製品を含む貨物を留め置くよう指示するもので、「米国がこれまでに行った輸入品に対する規制のなかでも最も広範な禁止措置である」と、英国シェフィールド・ハラム大学教授のローラ・T・マーフィー(Laura T. Murphy、人権と現代奴隷制度)とノッティンガム大学上級研究員のリアン・タム(Rian Thum)は、『Washington Post』に論説を寄せています

両著者をはじめ、多くの人たちが、この動きに拍手を送っています。彼らは、企業がXPCC由来の素材でつくられた商品を販売することは、人権侵害に加担することになると言うのです。

しかし、移民問題からTikTok配信禁止措置に至るまで、この手の分野においてトランプ政権が下してきたものと同様に、今回の措置が実際にどのように実施されるかについて、すでに大きな混乱が起きています。グローバル・サプライチェーンは、あまりにも複雑に絡み合っているのです。

「この措置がどのような範囲にまで及ぶのか。各企業は理解するのに必死です」と言うのは、1,000にも及ぶブランドを代表する約300人の会員を擁する業界団体、米国アパレル&フットウェア協会(AAFA)の代表兼CEOであるスティーブ・ラマー(Steve Lamar)。彼は「結局のところ、この禁止措置の実行は、会員の手に委ねられています。最前線にいるのは、わたしたち自身です」と言います。

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Image: REUTERS/THOMAS PETER

XPCCに対する制裁措置は、先立つこと7月にも実施されています。今回の措置では、XPCC由来の綿花を使用した製品だけでなく、「XPCCの子会社や関連会社による綿花を、その全体または一部に使用して生産された衣料品や繊維製品などの製品」にも適用されます。

しかし、何をもって「子企業」「関連企業」とするか、その基準は明確ではありません。XPCCがその過半数を所有している会社を指すのか、それとも少数派の会社も含まれるのか。また、「関連会社」とは具体的にどのようなものをいうのか……。

AAFAの政策担当ヴァイスプレジデントであるネイト・ハーマン(Nate Herman)は、「話す相手によって、そうした企業は約1,000社から約8万6,000社まで膨らみます」と言います。「XPCCは、意図的に組織構造を不明瞭にしている準軍事組織です。米国政府による支援は期待できず、誰が『関連事業体』で、そもそも『関連事業体』とは何を意味するのかを決めるのは業界に委ねられています。そのことが多くの混乱を生んでいるともいえます」

Made in China

ラベルの裏の生産国

この措置が「メイド・イン・チャイナ」の製品にのみ適用されるのか、それとも他国の製品にも適用されるのかも不明瞭です。XPCCに由来する綿花が、他の国で加工された繊維製品の糸に混ざることもあるでしょう。事実、バングラデシュやベトナムなどで生産されたテキスタイルにXPCCで栽培された綿花が含まれている可能性は非常に高いようです。

前述したとおりWRCはこの措置を支持していますが、そのWRCでさえ声明を出し、「この措置が意図する効果を達成するためには、CBPはその執行力を高める必要がある」と指摘しています。声明では、「歴史的に見ても、CBPの強制労働関連の執行は、厳密さと透明性の両面において不十分であった」との指摘もあります。

この措置を受けて、AAFAをはじめ、米国のファッション・小売業界を代表する業界団体は共同声明を出しています。表立った批判は控えたものの、その内容は、サプライチェーンから強制労働を排除するための独自の努力は「具体的で実行可能な情報」に基づく「明確に定義された」命令によってのみなしえると指摘するもので、新疆ウイグル自治区におけるウイグル人の強制労働を止めるためには、利害関係者と各国の連携が必要だと主張しています。

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Image: CHINA STRINGER NETWORK

AAFAのラマーは、企業はサプライチェーンにおける強制労働の許容範囲をゼロにすべきだと言う一方で、これまでの包括的な禁止措置に対しては、率直な批判もしてきました。今年9月、彼は下院の下水道委員会において、「正確さがなければ強制は不可能だ」と主張しています(PDF)。『The New York Times』の報道によると、いくつかの企業は新疆からの特定の輸入を規制する法案について、いくつかの条項を修正するように働きかけているともいいます。

労働と人権について追究してきたグループの多くは、ある製品に使用されているすべての材料について最終的に責任をもつべきは企業であり、それらをより適切に取り締まる必要があると長い間主張してきました。非営利団体ウイグル人権プロジェクトもそのグループのひとつで、同エグゼクティブディレクターのオウマー・カナット(Omer Kanat)はその声明において、「もしあなたがXPCCによって生産された商品を輸入したなら、あなたは人権犯罪に加担していることになる」と、今回の措置を賞賛しています。

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Image: REUTERS/MURAD SEZER

アパレルメーカー、ならびにシューズメーカーは何十年にもわたって、グローバル化されたサプライチェーンを構築してきました。そしてそのサプライチェーンには、隠された部分が多々存在しています。

例えば米国の企業がシャツを数千枚単位で生産したいというとき、注文先としてバングラデシュの工場を選ぶケースはよくあります。米企業は生地を指定するでしょうが、それを実際に調達するのは工場側で、工場は、糸から生地をつくるテキスタイルサプライヤー(それはまた別の国であることが多い)から生地を購入します。シャツメーカーが、自社の製品で使っている綿がどこから来たのかを知るには、これら各ステップを追跡できるようにしなければなりません。

Tangled cotton

トレーサブル?

サプライチェーンの不透明化は、世界的な人権侵害の一因となっています。そして、同様の問題は、魚介類チョコレートをはじめ、電子機器に広く使用されている金属においても起きています。

この10年、監視団体や消費者からの批判が高まるにつれ、企業はサプライチェーンのトレーサビリティを実現しようと、努力するようになりました。「少なくとも生地がどこから来ているのか、場合によっては、糸がどこから来ているのかもわかるようになってきました」とハーマンは言います。「残された最も困難な部分が、原材料です」

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Image: REUTERS

7月のXPCCに対する禁輸措置以来、AAFA会員企業は新疆におけるサプライチェーンをマッピングし、問題の組織との直接的なつながりがないことを明確に示せるようにしてきました。そして今、多くの人が新たな措置が意図することは何なのか、そしてその措置に違反していないことをどう証明するかといった疑問を抱えてAAFAを訪れているといいます。

トランプ政権は、次々にあいまいな言葉で命令を下してきました。あるいは、この混乱そのものが、国内企業に対して中国でのビジネスを止めるよう圧力をかける手段のひとつであるとする見方もあるほどです。

ただし、問題はそう簡単ではありません。昨年のデータでも、中国は綿の生産において世界の生産量の22%強(PDF)を占めていました。ファッション企業は中国綿を避けたくても避けられないのです。

(翻訳、編集:年吉聡太)


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