Culture:中国に拡がる「サボりのすすめ」

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Deep Dive: New Cool

これからのクール

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Quartz読者のみなさん、こんにちは。今、中国の若者のあいだで、新たな「価値観」が生まれています。コロナ禍からの立ち直りも盛んに言われる彼の国に、何が起きているのか。毎週金曜夕方の「Deep Dive」は、今、そしてこれから世界で起きるビジネス変革の背景にあるカルチャーを深掘りします。英語版はこちら(参考)。

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大きな魔法びんを買い、漢方茶かウイスキーのどちらかをそれに入れてデスクに置いておきましょう。毎日8杯の水を飲むのを忘れないようにスマホでリマインダーをセットし、50分ごとにそれを飲むためにデスクを離れましょう。オフィスの給湯室で15分間のストレッチ、またはプランク(うつ伏せ状態でのエクササイズ)をスタート。会社で「一番多くトイレットペーパーを使う人になる」という目標を設定しましょう──。

これらは、中国版ツイッターの「ウェイボー(微博)」で50万人以上のフォロワーを集めている中国のブロガー、マッサージベア(Massage Bear)がシェアした「仕事をサボる方法」のヒントの一部。彼女の哲学である「mō yú(摸魚)」は、「仕事中の怠け者」の代名詞ともいえる中国語で、この数カ月、中国では多くのミレニアル世代が共感を寄せています。というのも、彼らは、これまで以上に激しい出世競争によって、ますます疲弊してしまっているからです。

Touching Fish

働くことの「意味」

「mō yú」は、「濁った水の中から魚をつかみ取る(濁流は魚を釣るためにある)」という中国のことわざにちなんだもの。つまり「危機や混沌とした時期を個人的な利益のために利用することができる」という意味です。昨年初頭から続くコロナウイルスの影響によって人びとの暮らしが変わり、若い世代に蔓延していた「出世が難しくなっている」という感覚はさらに強まるなかで新たな意味をもつようになりました。

中国における貧富の格差はこれまでになく苛烈になっています。億万長者がいる一方で、貧しい家庭は政府からの財政支援が不足しているために苦しんでおり、景気刺激策のほとんどは企業にのみ向けられているのが現状です。多くの人がますます暗くなる見通しを嘆き、一部の人々は仕事や生産性をめぐるこれまでの社会規範を拒否するようになっています。

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「『mō yú』は、わたしのような若いプロレタリアート向けの受動的な反抗方法です」と、マッサージベアは言います。彼女は、人びとに仕事をサボることをすすめるわけではなく、上司を喜ばせるためにオーバーワークしたり、同僚と競争したりすることについて、人びとが疑問を抱くべきだと考えています。

「わたしの『mō yú』という哲学に対する人びとの熱い反応は、本質的には、企業や社会がもつ働く若者へのフィードバックメカニズムに対する失望の表れなのです」と、彼女は『Quartz』に語ってくれました。「人はいくら仕事をしても給料は変わらないと感じる一方、上司は社員の頑張りによって2年で3台(ものクルマ)も乗り換えられるのです」

Deepening anxiety

不安が募る結果

中国のミレニアル世代のあいだでは、住宅価格の上昇や将来の介護に対するプレッシャー、信頼できる医療や質の高い教育へのアクセスの難しさなどを背景に、マッサージベアの「mō yú」という見解のような、より自由放任主義的な仕事へのアプローチを取り入れる傾向が強まっています。このような考えの初期の表れとしては、労働意欲の低下、自己意欲の欠如、無気力な態度のことを意味する「sang(丧)」や、やる気や向上心の欠如を美徳とする「Buddhist Youth(佛系青年)」などの流行があります。

これらは、政府が推進する「一生懸命働けば生活の質が向上し、より大きな富が蓄積される」という信念とは対照的です。一方、1964年に生まれ、英語教師としてキャリアをスタートさせた億万長者のジャック・マー(Jack Ma)は、「996(午前9時から午後9時まで、週6日)で働くことは、従業員にとって『大きな恵み』である」と述べ、この理想を例証しました。

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1980年代に始まった中国の経済ブームから得られた利益は、過重労働と経済的成功の深いつながりを確固たるものにしました。1980年代以降、多くの中国人の生活は、2000年には1,000ドル(約10万3,000円)以下だった一人あたりの年間GDPが、2019年は1万ドル(約103万円)以上に増加するなど、多くの指標で改善されています。一般的な中国人の多くはこれまで、洗濯機やテレビを最も価値のある資産としていましたが、今では不動産や車を所有し、頻繁に海外旅行に行けるようになり、30年前にはほとんどの人が考えられなかったようなライフスタイルに変化しています。

しかし、若い世代、とくに中間層にとっては、中国経済が減速するなかで、前世代の成功を再現することが難しくなってきています。たとえば、2020年1月に初めて発表されたソーシャルモビリティ(社会的流動性)についての世界経済フォーラム(WEF)の調査によると、中国におけるソーシャルモビリティはかなり低くなっています。82カ国の健康や教育、テクノロジー、仕事、保護と機関の5つの観点から各国のソーシャルモビリティについて評価した結果、中国は45位という結果になりました。

中国は2020年、ほかの国よりも早く回復したとはいえ、新型コロナウイルスの発生により、約30年ぶりに四半期ごとにGDPが減少し、1970年代以降で年間の経済成長が最も鈍化した年と言われています。このような状況は、中国の若い学生の将来への不安を悪化させているだけです。

The coming-of-age of “involution”

正しい人生を選択

若年層の強い不安感とパンデミックの影響で、かつてはニッチな学問的概念であった「neijuan(内卷化)」が広く議論されるようになりました。「Involution(インボリューション)」と訳されるこの人類学用語は、最初は農業に使われた用語(アグリカルチャラル・インボリューション)で、社会が進歩しなくなり、内部的に停滞し始める状態を指すように。生産量の増加と競争は激化しますが、明確な結果や革新的で技術的な解決法は得られないのです。

「neijuan」は今、中国のインターネットやメディアの報道で「中国の都市部の不幸を表す言葉」として話題になっています。仕事において競争が激しくなり、それに見合う報酬も少なくなっているという不満は、フードデリバリーのドライバーと同じように、俸給生活者がウェイボーで議論されるネタになる可能性が高いでしょう。

この現象を説明するために引き合いに出される例として、武漢の市場では、サービスの「アップグレード」の必要性を理由に、45歳以上の女性労働者と50歳以上の男性労働者の雇用を禁止しているというものがあります。「インボリューション」な社会では、仕事に対する需要が非常に高くても、年齢や経験が欠点となります。別の例では、中国の名門である清華大学の学生が、自転車に乗りながらノートパソコンでタイピングしている写真を撮られました。このエリート校では、目立たなければならないというプレッシャーが非常に強くなっており、通学時でさえもアウトプットを最大化しなければなりません。

上海を拠点とするクラリス・チャン(仮名)は、ただ一生懸命働くだけで、より良い人生への切符になる黄金期を逃してしまったと感じている若者の一人です。コーダーとして働く彼女は、「mō yú」の哲学の熱狂的な信者へと変わりました。彼女は今では午前10時過ぎに出社し、11時半にはオフィスを出てランチタイムを過ごしています(ランチタイムは3時間以上に及ぶことも)。「誰かに仕事を頼まれるときがあるので、カレンダーには偽の予定を入れておくこともあります」と彼女は『Quartz』に話します。また、彼女は仕事のやる気が出ないときは、オフィスの近くに停めてあるクルマの中で昼寝をしたり、読書することもあるといいます。

中国の上場インターネット企業に勤めるチャンは、「『mō yú』というトレンドは、中国におけるインボルーションの激化と密接に結びついている」と話します。「競争力のある人は全力でライバルを締め出していますが、私のようにそんなエネルギーをもたない人は、横になって幸せな負け犬になることを選んでいるのです」

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Image: REUTERS

これは、成長が停滞している先進国の若者にとっては、親世代が満喫したような時代を体験することができないという話に通じるものかもしれません。たとえば、日本は世界で最も労働時間が長い国のひとつとして、常にランクインしています。「過労死」という言葉があるほど、過重労働の文化が蔓延しています。 しかし、90年代初頭に株式市場と不動産バブルが崩壊した後は、国内総生産(GDP)の成長率の鈍化と低インフレに悩まされてきました。その結果、多くの落胆した日本の若者たちは、キャリア志向の生活に興味を失ったり、経済的に支えられるかどうかわからない家庭を築くことに対して興味さえもたなくなっています。

「『インボリューション』や『怠け者』というトレンドの背景には、若者たちがかつて無視していた幅広い社会システムや競争のメカニズムを強く認識していること、そして『996』などの激しい労働文化に対する不満に対するものである」と、中国の出版社である華中科技大学出版局の分析で述べられています

マッサージベアは、サボることの魅力の裏で、多くの若者が本業にすべてを賭けずに「人生をより良くするための方法を見つけている」と言います。「わたしの友人の多くは、仕事のあと、法律や金融などの分野の資格を取るために試験を受けています」と彼女は話します。

華中科技大学の分析は、この見解と同じです。「本質的に、人々の焦点は、自分がサボるためのトリックを見つけることではありません。むしろ、硬直した社会構造の亀裂の中にあっても、自己啓発の機会を見つけたいと考えているのです


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

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  1. 新しい睡眠アプリの登場。パンデミックが原因で不眠症になったり、ストレスや不安が溜まっていませんか? そんな現代人の生活を助けてくれる睡眠アプリ「ウェーブ(WAVE)」がリリースされました。ウェーブの特徴は、リアルタイムでライブの睡眠セッションを提供してくれることです。セッション中は、ホストがリラックスできる音楽を流しながら、心を落ち着かせる話をしてくれたり、呼吸法のエクササイズやビジュアライゼーションをしてくれます。
  2. インドネシア最大の企業が誕生か。『Bloomberg』の報道によると、インドネシアの大手ECプラットフォーム、トコペディア(Tokopedia)は、米国とインドネシアでの将来のIPOを視野に入れて、配車サービスとモバイル決済の大手ゴジェック(Gojek)と手を組むことを検討しているとのことです。インドネシアで最も価値のある2つのスタートアップが合併することで、オンラインショッピング、配送、配車サービス、モバイル決済にまたがる、推定180億ドル(約1.86兆円)の価値をもつ巨大企業が誕生することになります。
  3. 新たなホームを見つける? 2020年10月にサービスを終了したストリーミングサービス「クイビー(Quibi)」が、コンテンツライブラリの権利を、ストリーミング端末を展開するロク(Roku)に売却するための協議を進めていると、『The Wall Street Journal』が報じています。記事では、買収に対する価格は示されておらず、両者が合意に至らない可能性があることを指摘しています。クイビーの番組はどれも人気が出ることはありませんでしたが、ロクは、米国で最も売れているストリーミングデバイスでコンテンツを視聴できるようになれば、より良いチャンスになると感じているのかもしれません。
  4. ビューティ事業に注力。コティ(Coty)は、キム・カーダシアン・ウエスト(Kim Kardashian West)のコスメブランド「KKW ビューティ(KKW BEAUTY)」の株式20%を2億ドル(約205億円)で買い取ったことを発表。取引は2020年6月に発表され、2021年度第3四半期に予定通り完了しました。コティとカーダシアン・ウェストは共に、新たな美容カテゴリーへの参入と、既存の製品ラインを超えたグローバル展開に注力。彼女のスキンケアラインの開発も含まれており、2022年度の発売が予定されています。

(翻訳・編集:福津くるみ)


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