Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
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「スタートアップ・ネーション」とも謳われるイスラエル。月曜夕方のニュースレターでは、毎週、世界のスタートアップシーンの最新動向をお届けしていますが、今日は先日開催したウェビナーシリーズ「Next Startup Guide」第5回のダイジェスト版をお届けします。
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「Next Startup Guide」は、世界の第一線で活躍するベンチャーキャピタリストをゲストに迎えて毎月開催しているQuartz Japanのウェビナーシリーズ。第5回はイスラエルにフォーカスし、Aniwo CEOの寺田彼日さんをゲストに迎え3月24日に開催しました。
月曜夕方のニュースレター「Deep Dive」の連載「Next Startup」のナビゲーター、久保田雅也さんとともに、イスラエルスタートアップが世界に起こしている巨大な波と、そこで日本人が果たしうる役割を語っていただきました。
紙幅の都合でボリュームに限りがありますが、今日のニュースレターでは、そのエッセンスを読者の皆さんと共有します(ウェビナーで使用したスライドのダウンロードはこちらから:PowerPoint / PDF)。
※ 次回ウェビナー第6回は4月28日(水)20:00〜の開催。英国を中心に欧州のスタートアップシーンを特集します。詳細およびお申込みはこちらから!
寺田彼日(てらだ・あに) 京都大学経営管理大学院修了(MBA)、大阪大学経済学部卒。Sloganの京都支社起ち上げ、トルコKoç Universityへの研究者派遣留学を経て、Benesse Corporationにてデジタルマーケティング及び社内新規事業に携わる。2014年イスラエルに渡りAniwoを創業。
久保田雅也(くぼた・まさや) WiL パートナー。伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、2014年、WiL設立の際にパートナーとして参画。QUARTZ JAPANのニュースレター連載「Next Startup」では、毎回世界の注目スタートアップを取り上げている。Newspicksプロピッカー。Twitterアカウントは @kubotamas 。
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小さな国の大きな力
──イスラエルは建国78年で、国として非常に若いですよね。面積も日本の四国ぐらいで、人口は900万人と、日本の大阪府ぐらいの人口です。そんな小さい国に、いまもかなりの額の投資が集まっているのですよね。
寺田(以下、T) 投資額は右肩上がりで、2020年は1兆円以上のベンチャー投資がイスラエル国内に集まりました。日本におけるベンチャー投資額は3,000億〜5,000億といわれていますが、イスラエルの人口はたった900万人。国民1人あたりのスタートアップ投資額で世界一だというのも、この国の特徴のひとつですね。
久保田(以下、K) 以前イスラエルに行った際、現地VCの方から、イスラエル国民にとって起業は「ナショナルスポーツ」と聞かされたことがあります。ビジネスをするうえでの選択肢として、起業がそれほど当たり前なのかと衝撃を受けました。
T イスラエルでは高校生が起業することも多いです。スタートアップ自体もおそらく1万社を数えるほどあるので、人口900万人のうち、1万人のCEOがいるわけです。
K いわゆるシリアルアントレプレナーも多いですよね。
T はい。転職するように起業をする、という感じです。イスラエル人のLinkedInを見ていると3年ずつキャリアを変えているのもざらで、起業して辞めてグーグルで働いて、大学で教えて、また起業するなんてケースもよくあります。
──大学、アカデミアの存在感は大きいですか。
T 北にはハイファという港町がありますが、ここにはインテルが半導体の製造拠点を設けていて、1万人規模の雇用を生んでいます。ハイファには、イスラエルトップの工科大学、テクニオン・イスラエル工科大学があります。企業がその学生を青田買いしようと集まって、スタートアップのエコシステムが形成されているという背景があります。
T ほぼ中心に位置するテルアビブは、日本でいう東京のような大都市。GAFAのような大企業が拠点を構えていますが、ここにはテルアビブ大学があります。さらに南のレホボットには、ワイツマン研究所という理化学系の大学院大学が。南部のベルシェバにはベングリオン大学という大学がありますが、この街は、日本でいうつくばのような街。国も力を入れて学園都市をつくろうとしていますが、ベルシェバには農業系・サイバーセキュリティ系のスタートアップが拠点を置いていますね。ほかにも、エルサレムにあるヘブライ大学は、バイオ系やコンピュータサイエンス、コンピュータビジョンに強いという評判を得ていますね。
──イスラエルのスタートアップシーンといえば、8200部隊(Unit 8200)を思い浮かべる方も多いと思います。
T 8200部隊は、いわゆるインテリジェンス部隊。諜報活動はじめ、サイバー攻撃にも向き合うエリートが集まる部隊です。8200部隊は非常に大きな組織で、内部にテック系のサブユニットをいくつも抱えています。そこで一緒に働いていた優秀な人たちと起業をするケースも多く、イスラエルで成功しているスタートアップの多くが、このつながりから生まれています。
例えばファイヤーウォールを発明したチェックポイント(Checkpoint)のファウンダーも8200部隊出身ですし、グーグルが買収したウェイズ(Waze)も同じく。最近伸びているスタートアップのファウンダーの多くは、8200部隊出身の人間です。さらに上位の0.0数パーセントが選抜される「タルピオット」と呼ばれるエリート育成プログラムの存在も、ユニークですね。
K イスラエルでは、高校を卒業すると全国民が軍隊に所属することになるのですよね。そのなかでも、選ばれた人が8200部隊に入る。しかも青田買いがすごくて、12、3歳のころから「お前、そろそろ準備しとけよ」なんて言われることもあるとか。
T そうなんです。リクルーターがいて、中学・高校の成績を見てよさそうな子どもにツバをつけているって話も聞きます。飛び級も珍しくありません。Aniwoにも8200部隊出身のエンジニアがいますが、彼は高校生のときに学士を取って、軍隊に行きながら修士号の勉強をして学位を取得しました。
K 先にお話しした現地のVCのお子さんは、小学生なのに大学数学を学んでいるそうで。どうしたらそんな天才ができるのか尋ねると、「問題を解く際に、一切答えを見せなかった」って言うんですよ。問題集をやらせても、解答のページは捨てちゃう。そうやって自分の力、自分の頭で答えを導くプロセスを課しているうちに、自分で勝手に学んでいったと(笑)。
T 「答えのない問いに取り組む」姿勢は、イスラエル人特有の重要なポイントかもしれません。
K おそらく「間違えてもいい」っていう学びも得ているのだと思います。
T イスラエル人は「アウト・オブ・ザ・ボックス」って言葉をよく使いますね。「この枠組みの外で答えを見つけよう」という姿勢を非常に重視していると感じる場面がよくあります。
K 寺田さんはイスラエルの特徴として「摩擦の最大化」というキーワードも挙げていらっしゃいますが、会議でもなんでも、よく揉めるんですか?
T そもそも会議でなにも発言しないのは「あり得ない」。何か思うことがあったら上下関係もポジションも関係なく発言するという世界ですね。議論がほとんどケンカのようになることもあります。終わったら、忘れたようにケロッとしているんですけどね。
K 議論すること、摩擦を起こすことこそが仕事の進め方である、という。
T はい。
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「生きる」ための起業
T 注目のスタートアップとしてまず1社目に挙げるのは、Aleph Farms。牛肉を細胞培養技術と3Dプリンティング技術で「製造」するというフードテック系スタートアップです。彼らの強みは、単なる3Dプリンティングだけでなく、バイオプリンティング── 細胞が組成されるさまを忠実に再現して「本物の肉」をつくることにあります。2017年創業の若い会社ではありますが、4年足らずで累計13〜4億円を集めています。日本の三菱商事とも提携し、和牛のステーキをつくれないかと取り組んでいます。
K 寺田さん、実際に召し上がりました?
T 実は、まだ食べられていなくて。ただ、実際に味わったというイスラエル人は、普通の肉との違いがわからないと言っていましたよ。
#1 Aleph Farms(アレフ・ファームズ)
創業年:2017
創業者:Didier Toubia, Shulamit Levenberg
資金調達総額:$13.35M
主要VC:Cargill, Strauss Group, The Kitchen FoodTech Hub, CPT Capital
事業内容:細胞培養×3Dプリンティング技術で牛肉を製造
注目ポイント:世界初の培養肉ステーキ3Dプリント製造技術/米国、ブラジル、日本のグローバル企業との戦略的提携
──イスラエルのスタートアップには、このAleph Farmsのようにサイエンスがベースにある傾向がありますか?
T そうですね。イスラエルにはロシアから医学系・生物学系の人材が多く流入しているという事実もあります。Aleph Farmsは、テクニオン大学と共同研究をして細胞培養の技術を生み出しています。あるいは、シミュレーションの過程で用いるコンピューティングの技術についても、イスラエルは非常に強いです。それらが融合することで、イスラエルは世界的にも優位性を発揮しうると思います。
K イスラエルって、食料自給率がほぼ100パーセントなんですよね。
T 普段、われわれが食べているものはほぼすべて国内でつくられています。それには、国防的な意味合いも大きいと思いますが。
K 砂漠の中に位置する国ゆえ灌漑(かんがい)技術が発展したのと同様に、食にまつわる部分も、おそらく生きるために必要なものとして国民に意識が根付いているんでしょうね。単に流行り廃りや、その分野が伸びそうだという期待感ではない。
T おっしゃる通りですね。
── 2社目に挙げていただくのは、農業に関するスタートアップですね。
T はい。有線操作のドローンで果樹の成熟度を見て収穫するサービスを提供するTevel Aerobotics Technologiesです。
K めちゃくちゃ面白いですね、これ。
T あまり知られていないんですが、イスラエルは世界一のドローン輸出国です。それもいわゆるコンシューマー向けではなく軍事ドローン。無人航空機(UAV)の輸出も盛んです。一方でコンピュータビジョンに関する技術力も非常に高く、インテルに約1兆7,000億円で買収されたモービルアイ (Mobileye、自動車の衝突防止システム)もイスラエルの会社でした。果実を認識・分析するためのコンピュータビジョンのテクノロジーと、収穫のためのドローン技術が融合しているわけです。
#2 Tevel Aerobotics Technologies(テヴェル・エアロボティクス・テクノロジーズ)
創業年:2016
創業者:Yaniv Maor
バリュエーション:$45M
資金調達総額:$30M
主要VC:OurCrowd, Maverick Ventures, AgFunder, Kubota
事業内容:果樹収穫ドローンロボットの開発
注目ポイント:AIを用いた先進制御システム/経験豊富なボードメンバー
K このドローンは、すでに実地で使われているんですか。
T はい。これから量産をしていくべく、昨年大きな資金調達をしました。
K なるほど。
T 先ほど話題にあがりましたが、イスラエルはシリアルアントレプレナーが多いのが特長です。Tevel Aerobotics Technologiesのボードメンバーも例に漏れず、といったところですが、さらに、日本でいうNTTのような大企業でCFOをしていた人間も参加しています。そういったシニアな人材がスタートアップに来て資金調達をゴリゴリやっているのも、イスラエルスタートアップの特長ですね。
K 以前、Quartz Japanの連載で取り上げたドローンスタートアップも、イスラエルの企業でした。敷地内に潜入したドローンを発見すると、施設に被害が出ないよう網でもって捕まえるドローン、というコンセプトでしたが、面白いですよね。
T 同様に、ドローンをハッキングして操作し、着陸させる技術を開発している企業もありますね。ドローンがすでに社会に浸透し、実際に対処すべき課題として存在しているからこそ、そういったアイデアが出てくるんでしょうね。
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日本ができること
T 最後に紹介するSentinelOneは、2013年創業にして、すでにバリュエーションが30億ドルを超えているAIスタートアップです。研究開発はすべてイスラエルで行っていますが、米国市場にも進出し、セコイア・キャピタルやサムスンベンチャーズからも出資を受けています。
イスラエルでは、米西海岸はじめグローバルに進出する気運が非常に高いといえます。シードVCとしてアップウェストが参加していますが、彼らは西海岸にも拠点をもっていて、イスラエルでイケてるスタートアップを西海岸に連れていくべくお金を入れ強力にサポートしていますね。SentinelOneも例に漏れず、今年後半にも上場していくでしょうね。
#3 SentinelOne(センチネルワン)
創業年:2013
創業者:Tomer Weingarten
バリュエーション:$3.1B
資金調達総額:$696.5M
主要VC:UpWest, Accel, Sequoia, Samsung Venture Investment
事業内容:自律型AI × EDR (エンドポイントセキュリティソリューション)
注目ポイント:8200部隊の超精鋭開発チーム/イスラエルで最速級の成長を遂げるユニコーン
K ふと思ったのですが、イスラエルのスタートアップからは、一見するとイスラエル発かどうかわからない企業が多い印象を受けます。インシュア(保険)テックの筆頭として注目されるレモネード(Lemonade)もイスラエル生まれの米国企業ですし、いま欧州で上場しようとしている「欧州版ロビンフッド」と目されるイートロ(eToro)も、イスラエル発のスタートアップですよね。企業規模が拡大し、海外VCが続々参入すると、どの国で生まれたのか分からなくなるような現象が起きてくる。
T 確かに。まるで米国企業に見えるイスラエル企業が、増えている感覚はあります。
K 人口も少なく国土も狭いイスラエルは本国のマーケットが限られているがゆえに、スタートアップには、生まれながらにグローバル化が宿命づけられているのかとも思います。イスラエルでは、どう捉えられているのでしょうか。
T 「スタートアップ・ネーション」から「スケールアップ・ネーション」にしていこう、という課題感を、国家としてもっていることは間違いありません。イスラエル国内に大企業がないのは問題です。いかに国内に長期的かつ安定した雇用を生むのか。これは、VCとしても取り組むべき課題で、国内にもその点に特化したアクセラレータやVCが出てきています。
K さすが「ゼロイチの国」。「答えがない問題集」を解いている子どもがいる国らしいとだと思わされますね。ゼロイチのDNAはもう刷り込まれていて、その先の「1から10」「10から100」を、どういうかたちでこれから果たしていくのか、興味が尽きませんね。
T 大きな課題ですよ。個人的には、普段イスラエル人とやり取りをするなかで、彼らにそれは解決できないのではと思うこともありますが。
K スケールアップに興味がないんでしょうか。
T 多動力が強すぎるんですよね。ただ、自分たちではできないからこそアメリカ人のCEOやVPを組織に迎え入れたりしているわけです。思うに、そのプロセスって、日本人こそ得意な領域ですよね。グローバルでビジネスをしていきたい日本人がいるとしたら、イスラエル企業に入って能力を発揮するという道は、結構アリなのではと思います。
K なるほど。日本人にないものをイスラエル人はもっていて、イスラエル人にないものを日本人がもっている。
T はい。そこに補完関係が生まれると思います。
次回ウェビナー第6回は4月28日(水)20:00〜の開催。英国を中心に欧州のスタートアップシーンを特集します。詳細およびお申込みはこちらから!
(編集:年吉聡太)
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