A Guide to Guides
週刊だえん問答
週末のニュースレター「だえん問答」では、世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今週は「コロナが変えた働き方」と題した特集について、2回に分けてお届けする前編です。
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What Covid has done to work
リモートワークの是非
──バイデン大統領と菅首相の会談がありましたね。
ライブで観ていたわけではありませんが、SNSなどで見たところ、ハンバーガーを出されてましたね。
──そこですか(笑)。
菅首相は手をつけなかったそうですが、どういうことなんでしょうね。遅めの夕方でしたからスナックという感じなのでしょうが、ホワイトハウスのハンバーガーはちょっと気になります。美味しいんでしょうか。
──それを知るためにも、総理には食べてもらいたかったところですが、あれは、ああいうものなんですかね。低く見られているということなのか、フランクさの演出としていいのか、よくわかりませんでした。
どうなんでしょうね。ちなみに「White house hamburger」で検索しますと、トランプ前大統領がハンバーガー1,000個を用意してパーティを開いたという記事が、ドッとでてきます(笑)。
──あはは。まあ、あんまり気にするところでもないのでしょうね。
あと気になったのはマスクですよね。日本ではしないようなガッチリしたマスクを、しかも二重でしていましたね。
──黒いのもしていました。
はい。あれがホワイトハウスで支給されたものなのか、日本からもって行ったものなのかわかりませんが、いざああやってちゃんとマスクをすると、いかに日本では適当だったかが改めてわかって面白いものですね。どこまで行っても「お願いベース」の施策しか打たない人なのですから、範を垂れるという意味でも、せめて閣僚はビシッとマスクしたらいいのに、とは思ったりもしました。
──バイデン・ハリス組は、わりといつも黒ですね。
そういうブランディングなんですかね。黒いマスクは締まって見えますし、悪そうにも見えるしヒーローっぽくも見えたりしますから、そういう意味ではカッコよさがありますよね。
──ブランディングって観点は、しかし日本の政治家は不思議とないですね。前回にもチラと話に出たAOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)さんが「Twitch」で配信をするといったこともブランディングの観点からの動きだったと思いますが。
AOCさんのブランディングといったことについては、彼女の選挙キャンペーンにおけるデザイン/ブランディングがいかに優れていて、それが世界中でどのようにコピーされたかを『Fast Company』が記事にしていましたが、ちなみに、このデザインを担当したのはTandemという会社でした。
──へえ。
AOCが主導した「Green New Deal」のキャンペーンや、ジョージアの追加選挙などでも投票を呼びかけるポスターなどもつくっていますね。いい意味で「意識の高い」、アクティビズム&デザイン・ファームという感じでしょうか。
──カッコいいですよね。
2008年のオバマのキャンペーンで「HOPE」の文字が記されたポスターをつくって一躍大ブレークしたシェパード・フェアリーは、どちらかというとポスターアーティストですが、現在の非常に人気のある方でして、もともとストリートアーティストとして活動していたそういう人を思い切ってフックアップするところも含めて、ブランディングとしてはうまいですね。
──ロシア革命のころのプロパガンダ・ポスターのデザインみたいなテイストの人ですよね。
はい。DEVOのポスターやトム・ペティのアルバムのアートワークなんかもやっていますね。
──DEVO(笑)。
社会主義っぽいテイストをあえて入れてみたという感じなんでしょうね。AOCのキャンペーンにも、その雰囲気は、引き継がれていますね。
──日本ですと、広告代理店がその辺は一手に引き受けているという印象です。
そういえば先日、さる広告代理店の若者とお話しする機会がありまして、その方は、いまちょっとした農業ベンチャーのブランディングを手伝っていまして、それがいかに大変かを語っていたのですが、彼がしみじみと言うには「広告とブランディングは実は真逆のもの」なのだそうです。
──あ、そうなんですね。
わたしも、あまり明確に意識はしていなかったのですが、彼が言うには、ブランディングの仕事って結局は「会社そのもの」をデザインすることなんですね。つまり、販売サイトや商品のパッケージはもちろんですが、日々スタッフがインスタに投稿する写真から、着る制服から、外のお客さんが来たときに会社をどう説明するか、そうしたあらゆるディテールを、会社が体現しようとしているビジョンなりに紐付けなくてはいけないということだそうで、ブランディングの対象は「商品をどう売るか」ということではなく、「日々の仕事」をいかにデザインするかということになってくるんですね。
──ははあ。
例えば「サステイナビリティ」といったことを謳おうとしているような会社ですと、もうこれは商品パッケージはもとより、普段スタッフが身につけるものから使うもの、すべてにまで気を配らないといけませんから、もうこれは大変なことになります。
──うっかり「新疆綿」を使っていたりしたら、即炎上しそうですもんね。
そうですよね。すでにして、いまは商品そのものではなく「会社」や「組織」といった、かつてならその背後にいたはずの主体がむしろ「売り物」ですから、すでに起きているその転換を間違えると、もうダメなんですね。
──なるほど。その辺は、特におじさん経営層は、なかなか理解しきれていないところかもしれませんね。
そうやって見てみると、例えば福島原発の処理水の安全性をプロモートするためのキャンペーンがいかに、転換以前の「広告」モデルのやり口であるかがよくわかりますよね。
──東電という会社は、ブランディング的な観点でいえば、もう最悪ですもんね。
なのかどうかはわかりませんが、少なくとも信頼性が高いとは思われていないわけですから、その時点で、どんな広告的なキャンペーンをやろうが当然批判が出ますよね。
──その手前の段階で問題があると。
はい。そもそも「こいつ、胡散臭いな」と思われている人が、いくら「わたしを信じてください」とチラシを配って歩いたところで、より胡散臭いだけじゃないですか(笑)。
──そりゃそうだ。オリンピックについても池江選手を使ったメディアの猛攻も、だいぶ似たような感じがしますね。
池江選手がすごいらしいのは、わたしもうっすらと知っていますが、少なからぬ人たちが「オリンピック、やめちまえ」と思っているのは、それを主導している主体が、どうにも胡散臭いものとしてしか見えていないからでして、基本そっちが前景にあって人のコミットメントを削いでいることを、主導している人たちはよくわかっていないんじゃないかという気がします。
──それをメディア攻勢で覆い隠そうと。
焼け石に水だと思いますが。
──って、どうしたらいいんですかね。東電や五輪組織委のブランディング(笑)。頼まれても誰もやりたがらないとは思いますが(笑)。
結論からいえば「透明性」をあげていくことしかないと思いますけどね。
──ははあ。
欠けているのが「信頼」であるなら、それを取り戻すために必要なのは「親しみやすさの演出」ではないんですね。そこを、日本の行政や企業はいまだに間違えるんですね。「信頼」は「好き/嫌い」や「親しみやすい/近づきがたい」とは本来別軸にあるものですが、これが「テレビ/広告」的に変換されると「好感度」という軸にすり替わってしまうという問題については、この連載の第22話「テレビ広告の進路」でもお話したことがありますよね。
──そうでした。
「信頼されていないのは、親しみやすさが足りていないからだ、好かれていないからだ」と考えてしまうような上司が「ただ気持ち悪いだけ」という評価になるのは、わりと想像しやすいことだとも思うんですけどね。
──ほんとですね。そうだとすると「信頼に足る上司」って、何が必要なんでしょうか。
「言動が一致している」とか「嘘をつかない」とか「逃げない」とか、そんなことじゃないですか?
──「信頼」ってキーワードで考えていくと、見通しや評価がスッキリしますね。それにしても、いまチラとお話に出た池江選手を使った、この間のメディア攻勢はすごいですね。
これは非常に興味深いところでして、いわゆる電通的なマスメディアを大量動員した「広告プロパガンダ」の手法がこのご時世にまだ通用するのか、それとも、やはり失効しているのか、それが明らかになる、非常に大きな分水嶺のように思います。
──どうなりますかね。
池江選手という方はよく知らないのですが、元電通の「オリンピッグ」の佐々木某さんが重用したことからもわかるように、広告代理店的には美味しい「キャラクター」なんだと思いますし、週刊誌の報道によれば、池江選手のマネジメント会社は電通の系列であるだけでなく、実兄が電通社員なんていう話もありますからハナからズブズブだったとも言えそうなほどですが、その上で実力もあるとなれば、代理店的には鬼に金棒なはずですが、とはいえ、五輪のグダグダと池江選手はなんの関係もありませんから、「池江選手がすごい」ということと「オリンピックをやるのか」あるいは「本当にやれるのか」という話はまったく位相がズレていることは、察知されてしまっていますよね。
──面白いせめぎ合いですよね。「信頼」のなさを「好感度」で押し切ろうと。
とはいえ、これは両方必要なものでもあるとは思うんです。本来であれば、池江選手を起用するのと同時に、「着々と準備進んでます!」ということを、透明性高くアピールすればいいだけだと思うんですが、不思議とそちらは出てこないんですね。聖火リレーも含め、「好感度アップ」に向けた目くらましばかりで「実体」が明かされないので、信頼が高まらないんですよね。
──実際どうなんでしょうね。
さっぱりわからないんですね。ちょうど先週だかに、北京五輪のテスト大会が行われたというニュースが日本でも報じられたのですが、なんでこういうニュースが日本ではほとんど聞かれないのかが、不思議です。実体があるなら、ちゃんとアピールすればいいじゃないですかね。一応、このテスト大会がどういうものであったか引用しておきますね。
「中国が来年2月に始まる北京冬季五輪・パラリンピックに向け、新型コロナウイルス対策を10日間にわたって試行するテスト大会を開いた。最新技術を活用して会場スタッフの体温を常時監視。観客の誘導や報道陣による選手のリモート取材も試した。(中略)
アイスホッケー会場では約千人のスタッフの脇の下などにチップ状の無線式体温計を貼った。各自のスマートフォンを通じて管理センターに体温データを送り、発熱者を即座に発見する。スタッフは全員、ワクチンも接種したという」
──スタッフ全員ワクチン接種済み、1,000人を常時モニタリング、リモート取材の実験、ですか。たしかに、こうした情報を知ると「オリンピック、やるんだな」「やれるんだな」という気持ちになってきますね。「北京五輪の開催は堅いな」と思ってしまいます(笑)。一方、「東京五輪」については、バイデン・菅会談でもたいした言及もなかったですね。
そうですね。会談の結果を見て思ったのは、外交カードとしての「オリンピック」は、そこまでカードとして強いものでもないのだろうなということでした。
──というと?
『CNBC』が掲載したこれまた面白い記事がありまして、北京五輪を西側諸国がボイコットする可能性を、さるシンクタンクが分析したレポートを紹介したものですが、レポートは、ボイコットをめぐっては3つのシナリオがありうるとしています。一番可能性が高いのは「ディプロマティック・ボイコット」と呼ばれるもので、選手たちは参加するのですが、国家元首はじめ政府高官は一切コミットしないというもので、これは2014年のソチ五輪で、ロシアの反LGBTQ法に反発してオバマ大統領が現地に行かなかったのと同じ手です。
──そんなことありましたっけ?
そうなんです。オバマ大統領はボイコットをチラつかせながら、最終的には「選手たちのために」とボイコットを回避し、その代わりに、ホワイトハウスからの代表団として、ともにレズビアンで知られる元テニス選手のビリー・ジーン・キングと、元ホッケー選手のケイトリン・カホウを送り込むことでメッセージは伝えながらも、自分は「選手たちの邪魔になるから」と言って参加しなかったんですね。
──そんな経緯でしたか。したたかなものですね。
こうした外交手段は色々とあるわけですし、いまであれば「コロナのさなか国を離れるわけにはいかない」といった方便もいくらでもありえますから、北京五輪についても、中国に配慮をしながら政府としての立ち位置は明確にする、といった戦略が取られるだろうと記事は予測しておりまして、このシナリオで進む確率を60%としています。ちなみにこのシナリオを欧米諸国が採用した場合でも、日本、インド、韓国は参加するだろうと予測しています。
──そこまでの配慮をしなくてはならないのは、どうした理由からなんですか?
結局は経済ですよね。もちろん政府レベルでの「制裁」も怖いところなのですが、それと同時に、現在中国国内では非常に強い「国産嗜好」が起きていると言いますから、下手に全面的にボイコットなどをすると、「H&M」や「NIKE」が受けたようなバックラッシュを、企業などが中国国民から浴びせられることになるのも懸念されています。
──北京政府からではなく、中国国民から制裁を受けると。
はい。で、第2のシナリオですが、これは選手団をボイコットさせる「アスレティック・ボイコット」でして、さらにここに観客やスポンサー企業、報道機関のボイコットを促す「エコノミック・ボイコット」が加わったものなのですが、それが起きる可能性はひとつ目の「外交」ボイコットの半分の30%とされています。というのも、これをするとより強いバックラッシュに遭うことが懸念されるからです。
──なるほど。
さらに第3のシナリオは「なにかの拍子に中国と西側の緊張関係が緩む」ことだとしていますが、これは10%くらいの可能性しかないので、外れ値のシナリオだとしています。
──ふむ。複雑ですね。
そうやって考えてみると、西側諸国が、北京五輪を全面的なボイコットをすることに、ものすごく大きなメリットも実際はないようにも思えてきますし、それ以外のところでの打ち手とセットで考えたときに「必要とあらば切るカード」という感じなのが、実際のところなのだろうなと思いました。
──「それ以外の打ち手」と言いますと?
バイデン大統領は、われらがガースーさんをホワイトハウスにお迎えしているさなかに、気候変動担当の特使としてジョン・ケリーさんを北京に送りこんで副首相と会談を行っていますし、それとほぼ同時に、習近平さんは習近平さんで、オンラインでフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相と、これも「気候変動」をめぐって三者会談を行っています。これらは、どちらの会合も結果として「関係強化」という線で話が進んだとされていますから、この辺りの話も踏まえた上で考えてみますと、全体としてはもちろん西側と中国の緊張関係はあるのだとしても、白か黒かで敵味方に分かれるようなことは、周到に避けられているようにも思えるんですね。
──話がこんがらがってきますね。
気候変動というイシューについて言えば、バイデンさんの仕切りで来週22、23日に開催される「気候変動サミット」がありますので、「気候変動」をめぐる主導権争いが熾烈化しているということでもあるのだろうと思います。
──そこでは一体何を争うんですかね?
ここは、エネルギー覇権がかかっていますし、化石燃料からの脱却が加速し、世界的なエネルギーシフトが起きれば、その際のインフラ整備は非常に大きなマーケットになるでしょうし、その意味での広義のグリーンテック、クリーンテックをめぐる競争は熾烈になってくるだろうと予測できそうです。この辺は、実は、菅・バイデン会談の共同声明でも言及されていますよ。
──あ、そうですか。
NHKの全文翻訳から引用しておきますと、こうです。
「日米両国のパートナーシップは、持続可能な、包摂的で、健康で、グリーンな世界経済の復興を日米両国が主導していくことを確実にする。
それはまた、開かれた民主的な原則にのっとり、透明な貿易ルール及び規則並びに高い労働・環境基準によって支えられ、低炭素の未来と整合的な経済成長を生み出すだろう。
これらの目標を達成するため、このパートナーシップは、1競争力及びイノベーション、2新型コロナウイルス感染症対策、国際保健、健康安全保障(ヘルス・セキュリティ)、3気候変動、クリーンエネルギー、グリーン成長・復興に焦点を当てる」
──クリーンエネルギーといった分野でも、優勢なのは実際は中国だと言われていますしね。
はい。ソーラーパネルの製造に必要なポリシリコンという素材は、世界の供給の半分が新疆ウイグル地区に依存しているという記事が『Wall Street Journal』にありましたが、アメリカが「気候変動」を先導するのはいいとしても、ソーラーシステムの製造においても新疆ウイグルの問題が出てくるとなりますと、これは相当慎重な舵取りが必要になりそうです。
──ややこしいなあ。
一方、『Politico』というメディアは、先の首脳3者会談に先立って、中国が主にアフリカで展開してきた「負債外交」がヨーロッパに及んでいて、モンテネグロが高速道路の整備のための資金を中国から借り入れして首が回らなくなっているといったことをレポートしています。
──借金漬けにして言うことを聞かせる、というやり口ですね。それがひたひたとバルカン半島を侵食し始めている、と。やばいですね。
記事によれば、モンテネグロが支援をヨーロピアン・コミッションに申し出たそうですが、コミッションのある高官が直ちに拒絶したようですが、フランス政府が支援してもいいと言っているとかで、どうも紛糾しているようですね。
──他人事みたいで情けないですが、これは本当に大変です。
さらに、もうひとつだけこの間あった注目すべき動きをお話しておくと、アメリカが中国IT企業の製品を、アメリカ国内の企業が使うことを規制するとした4月16日のニュースです。日経新聞が「米、中国IT利用を許可制に 企業に規制、450万社に影響」と記事にしていますが、中身を見てみますと、これはこれで相当大変そうです。
──450万社に影響、って。
これ結構すごいんですよね。記事はこう説明しています。
「影響が広がるのは、米国内で事業を展開する民間企業だ。トランプ前政権と議会は2020年8月から、連邦政府と取引のある米国企業に中国5社の製品を使うのを禁じた。新たな規制は政府取引の有無にかかわらず、米国内で活動する企業に対して中国製品の使用を制限する。
日本企業の米国法人も規制対象だ。商務省によると、米企業の総数約600万社のうち、外国製のIT機器・サービスを一定の規模で導入している企業は最大450万社に上る。
米国内で事業を行う企業は、使用している機器やサービスの提供元、利用内容などを当局に申請し、許可を得る必要がある。詳しい手続きは明らかではないが、企業には自発的な申請が求められ、規制に抵触しないか当局が調査を実施する方針だ。『過度もしくは許容できないリスク』があると判断されれば利用が禁止される。
企業には反論したりリスクの軽減策を示したりする権利がある。しかし、政府が決めた利用禁止の最終決定やリスク軽減策に従わない企業は民事・刑事罰の対象となる」
──ひえー。
大問題ですよね。さらに、今回の規制は、これまでよりも対象領域が広がっているそうで、それも厄介そうです。
「今回は通信網や重要なインフラに使う機器、ソフトウエアなどにも対象を広げた。例示されたものとしては個人情報を扱うサービスのほか、監視カメラやセンサー、ドローン(無人機)といった監視システムも含めた。人工知能(AI)や量子コンピューターなどの新興技術も対象だ。
例えば、社内ネットワークに中国製ルーターなどの通信機器を設けたり、工場内に中国製の監視カメラを取り付けたりすれば、『待った』がかかる事態があり得る。顧客情報を扱う目的で中国企業のクラウドサービスを使うのを止めるよう求められる可能性もある。(中略)
日系企業の米国法人の担当者は『規則がどう運用されるか注視する』と話す。現地の弁護士事務所やコンサルティング会社などに相談する企業も多い。専門家は『各企業は中国製品・ソフトの利用実態など、中国リスクの度合いを算定すべきだ』(米法律事務所)と指摘する」
──どれくらいの厳格さで運用されるのかにもよりそうですが、アメリカに支社をおいている企業であれば、日本の本社にまで影響が出てきそうですね。
それこそ、この間「LINEのサーバー」や「楽天/テンセント」の問題などもありましたが、日本中の大企業が、システム全体を根こそぎ検討し直す必要さえ出てくるのかもしれませんし、それこそ菅・バイデンの共同声明にあった「第5世代無線ネットワーク(5G)の安全性及び開放性へのコミットメントを確認し、信頼に足る事業者に依拠することの重要性につき一致した」といった文面に思い切り関わってきそうなところです。
──「信頼に足る事業者」って、要は「中国ではない」ということですもんね。
はい。と言ったあたりで、実は今回の〈Field Guides〉の「コロナは『働く』をどう変えたか」というお題にもようやく関わってくるのですが、リモート環境が今後もどんどん進行していくとなると、上記のような規制が及ぶ範囲も当然これまでとは変わってくるでしょうから、状況はどんどん複雑になってきそうです。
──たしかに。リモートワークしている従業員のインターネットプロバイダが「楽天モバイル」なのは大丈夫なのか? とかそういった問題が出てくるということですよね。
それは極端な話かもしれませんが、会社のデジタルシステム全体のガバナンスを強化していく方向が強まっていきますと、ただでさえ企業側の負荷も増大しているなか、さらなる負荷が課せられることが予想されます。
──ふむ。
『東洋経済オンライン』の「ドイツと日本『テレワーク格差』が拡大したワケ」という記事には、コロナを機に一躍テレワーク先進国の仲間入りしたドイツの事例が紹介されていますが、ドイツ企業の奮闘ぶりがこんなふうに描かれています。
「ドイツ企業も、2020年3月にコロナ禍が起きるまでは、社員の大部分を自宅で働かせたことはなかった。企業経営者たちは、業務が滞るのを防ぐために、極めて短期間にITに関するキャパシティー(容量)を拡充しなくてはならなかった。多数の社員がZoomやSkype、Webex、Teamsなどを使ってオンライン会議を行うと、行き来するデータ量が飛躍的に増え、ITシステムへの負荷が増加するからだ。
さらに社員は自宅から会社のITシステムにログインして、オフィスにいるときと同じように、クラウド内のファイルに保管されている文書を直したり、計算作業を行ったりする必要がある。この際には、ハッカーのITシステムへの侵入やデータの盗難などのサイバー攻撃を防ぐために、ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)などの技術によって、データが行き来する回線を守る『防護トンネル』を設置しなくてはならない。
しかもハッカーが次々に繰り出す新しい攻撃手段に備えるために、VPNをつねに強化する必要がある。コロナ禍が勃発して以降、世界中で企業・市民に対するサイバー攻撃の件数が増加していることを考えると、防護措置は極めて重要だ。
また社員たちが自宅から契約書などに電子的に署名したり会社のスタンプを押したりできる態勢を整えることも重要だ。
ドイツでは多くの企業のIT担当者たちが2020年3~4月に突貫作業を行って、大半の社員がテレワークをできる態勢を短期間で作り上げることに成功した。大企業を中心に、デジタル署名や電子スタンプも浸透した。IT部門によるインフラ拡充・増強の努力がなかったら、大規模なテレワークの実施は、絵に描いた餅に終わってしまっただろう」
──ふむ。
一方の日本の状況と言えば、こんなところです。
「パーソル総合研究所の同年11月の調査(社員10人以上の企業で働く2万人を対象)によると、全国でテレワークを行っていた社員の比率は、わずか24.7%にとどまった。テレワークに適しているとされる金融サービス業でも実施率は30.2%だった」
──とほほ。とはいえ、ただでさえデジタル化が進んでいないところで、今度は「脱中国」の規制がかかってくるとなると、ますますしんどいことになってくるんでしょうかね。それとも、逆に大して進んでいないのがもっけの幸い、とでもなるんでしょうか。
どうなんでしょうね。ちなみに日本におけるリモートワークで特徴的なのは、従業員が1万人を超えるような大企業の方が「リモート化」が進行していて、規模が小さくなればなるほど、実施率が低いということです。上記の記事はこう伝えています。
「社員数1万人以上の企業の45%がテレワークを行ったのに対し、100~1000人未満の企業での実施率は22.5%、100人未満の企業では13.1%と大幅に低かった」
また「ITメディアビジネス」の「2万人調査、コロナ禍で拡大する「テレワーク格差」――継続希望者は増加するも……」という記事は、同じ調査をこう分析しています。
「テレワークの普及は制度整備や実施コストのため、特に中小企業に不利とされてきたが、コロナ禍が拡大する今も企業規模でこの格差が拡大している結果となった。
同様の差は正社員と非正規の間でも現れている。正社員のテレワーク実施率が24.7%だったのに対し、非正規雇用の人では15.8%となった。前回調査よりこの格差はわずかだが拡大している。『テレワークできない業務のしわ寄せが非正規に』といった指摘は以前からあったが、こうした就業形態の違いによるテレワーク格差も依然として大きいようだ」
──なるほど。テレワーク格差ですか。
先の日米共同声明によれば、「日米両国は、デジタル経済及び新興技術が社会を変革し、とてつもない経済的機会をもたらす可能性を有していることを認識」しているそうですが、日本国内ですでに一種のデジタル・ディバイドが起きているということでしょうし、中小企業が経済の大きな割合を占めると聞くドイツで、コロナを機に中小企業も含めて一気にデジタル化が進んだとなれば、国際競争力という観点からのデジタル・ディバイドが起きているとも言えるのかもしれませんね。
──困りましたね。この共同声明を見ると「日本は黙ってアメリカのサービスを使っていればいいのだ」というふうに読めてきてしまいます。
もちろん日本にも大手IT企業はそれなりにありますし、そういう意味では「国産回帰」は望ましいシナリオなのかもしれませんが、問題はこの人たちがマイクロソフト、アマゾンあたり筆頭とする「B向け」のアメリカの事業者に対して、どこまで競争力があるのかというところですよね。
──どうなんでしょうね。
ちなみに、日米共同声明は、さらにこうも言っています。
「日米両国は、生命科学及びバイオテクノロジー、人工知能(AI)、量子科学、民生宇宙分野の研究及び技術開発における協力を深化することによって、両国が個別に、あるいは共同で競争力を強化するため連携する。(中略)
日米両国は、活発なデジタル経済を促進するために、投資を促進し、訓練及び能力構築を行うため、両国の強化されたグローバル・デジタル連結性パートナーシップを通じて、他のパートナーとも連携する」
──ビビりますね。これ、パートナーシップというよりは、「アメリカにとにかく協力しろ」としか読めなくなってきますね。そういえば、以前にも、第14話「チャイナの新世界秩序」で、5Gの開発をめぐって、NTTとNECさんがホワイトハウスから呼び出しを受けたといったエピソードがありましたが、今後ますます、そういう感じの「使いパシリ」が増えることになるんでしょうか?
どうでしょうね。
──また、本題に行く前に紙幅が尽きてしまいましたが、今回取り上げる〈Field Guides〉の本来のお題は、「仕事:コロナで変わってよかったこと・悪かったこと」なんですよね。
はい。すみません。今回の特集で面白かったのは、「都市から移住したリモートワーカーの賃金を削るのはアリなのか」(The case against cutting remote workers’ big-city salaries)という記事で、これはかなり面白い論点だと思います。
──「地方に移住したら家賃が下がるんだから、給料を下げてもいいだろ?」ということですか?
はい。まさにそういう事例が出てきているそうで、その是非が論じられています。これは、案外大きな話でして、もしかしたら資本主義の根幹に関わる話かもしれません。
──おー。楽しみです。
来週はそこから行きます。
──はい。
よろしくお願いします。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。本連載をまとめた書籍「週刊だえん問答 コロナの迷宮」もぜひチェックを。後編は来週4月25日にお届けします。
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