Special Feature
中国ウォッチャーに訊く
Quartz Japan読者の皆さん、こんにちは。今週のPMメール「Deep Dive」は、いつものように曜日ごとに決まったテーマではなく、1週通してワンテーマでお届けします。
今週は…[中国ウォッチャーに訊く]
ワクチン外交やコロナ後の世界復興、あるいは人権問題から途上国のインフラ整備、さらには気候変動まで。あらゆる問題で世界が避けては通れない国、中国と、わたしたちはどう向き合えばいいのか。今週(21〜25日)お届けするニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」は、対中政策のキープレイヤーである英国の視点から、さまざまな分野の識者のインサイトをお伝えしていきます。第1回となる月曜は、「なぜ英国の視点が重要なのか」。
China as a “critical” threat
コロナで様変わり
2020年1月、シンクタンクの英国外交政策グループ(British Foreign Policy Group)(PDF、P.50)は英国の成人2,000人に、中国の台頭は英国にとってどの程度脅威になると思うか尋ねました。武漢で発生したウイルスが世界全体に拡散しつつあった時期で、英国でも懸念が広がっていましたが、ロックダウンが始まるまでにはまだ数週間の余裕がありました。この時点で、調査対象となった人の28%が中国は英国にとって「極めて重大な」脅威になると回答しています。
1年後に同じ質問(PDF、P.78)をしたところ、この割合は41%に拡大しました。また「極めて重大」と「重大」を合わせると、全体の8割近くが中国を脅威とみなすようになっていることが明らかになっています。
対中国感情の悪化の原因は簡単で、COVID-19は英国の中国に対する認識を根本的に変えました。ロンドンやエディンバラ、ベルファストの住人は、数千マイルも離れた国の政府の決断が自分たちの国の経済と生活を一変させうるという恐ろしい現実に気づいたのです。この結果、英国は中国製品にどれだけ依存しているか、中国共産党(CCP)にはどのような野心があるのか、中国国内では何が起きているのかといったことについて、綿密な調査が行われました。
“golden era”
英中の蜜月(~2019)
新型コロナウイルスのパンデミック以前、英国は欧州で中国にもっとも友好的な国であり、難局でも進んで中国の肩をもとうとしました。2015年には、米国の反対にもかかわらず西洋諸国で最初にアジアインフラ投資銀行(AIIB)への加盟を申請しています。政府は当時、英国はAIIBと「特別な関係」にあると述べました(このときには、オバマ政権の高官がデヴィッド・キャメロン元首相を「常に中国に便宜を図る」と非難しています)。英国のこの決定は他国にも影響を与え、欧州の5カ国がほぼ同時期にAIIBに参加しています。
キャメロン政権で財務省を務めたジョージ・オズボーン(George Osborne)は2015年に英中関係は「黄金時代にある」と発言しましたが、こうした親中的な外交政策の下、英国は製造業、原子力、電気通信といった分野で中国から投資の呼び込みを図りました。2017年には、政府系ファンドの中国投資有限責任公司(CIC)が倉庫運営大手ロジコー(Logicor)を140億ドル(約1兆5,350億円)で買収するといった大型案件もあり、欧州における中国の対外直接投資(FDI)(PDF、P.10)の60%近くを英国が占めるという異常な事態が起きています。
市場調査会社ロジウム・グループのデータによれば、英国は2019年時点で中国のFDIの受益国としては欧州で2位に付けています。安全保障などに関わる機密性の高い分野でも、中国絡みの案件を当局が差し止めることはほとんどありませんでした。
ただ、両国の国内事情は大きく変化しています。英国では2016年の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱が決まりました。一方、中国では共産党が権力の一極集中を強めると同時に、第13次五カ年計画で示された一連の改革に着手しています。具体的には、中国経済を利益率の低い製造業から高付加価値なインフラおよびテクノロジーにシフトさせていくといいます。
そしていま、“英中関係2.0”がもはや機能していないことは明らかです。二国間関係はほぼ全産業に及び、他の民主主義国と中国との関係にも影を落とすため、この事実は英国だけでなく他国にとっても大きな意味をもちます。『One Belt One Road: Chinese Power Meets the World』の著者アイク・フレイマン(Eyck Freyman)は、「英国は8年前に愛をささやいた中国はすでに存在しないことに気づきつつある」と言います。
中国が英国を気にするのは、英国が国連をはじめとする国際機関で指導的役割を果たしているほか、世界の金融および科学研究の中心であり、同時にEUおよびファイブ・アイズの加盟国に対して影響力を保持しているからです。
一方、英国が中国を重視する理由は明白でしょう。中国は昨年、英国にとってドイツに次ぐ第2の貿易相手国となりました(ただこれはパンデミックの影響が大きく、例年通りでは4位です)。中国は国連安全保障理事会をはじめとするグローバルな統治機構や国際標準化機関(ISO)のような標準化団体で、活発に活動しています。
また気候変動との戦いでも重要な役目を果たし、人工知能(AI)分野では主要なプレイヤーとなっています。中国の投資家たちは経営破綻した英国の私立学校に救いの手を差し伸べ、大学をはじめ教育機関は中国人留学生で溢れ、さらに中国からの観光客による消費は年間17億ポンド(約2,640億円)に上るのです。
英国が中国の超大国化に適応しようとする過程で、両国の政府間のみならず、英政府と議会の間にも緊張が生じました。議会は政府が打ち出した対中国政策に不満を示しています。そして、一連の議論は一部の政治家や学者、産業界の要人、活動家などで構成される驚くほど小さなコミュニティーの内部で行われています。そして、中国に対する英国の長期的なアプローチを決めるのは、彼ら「中国ウォッチャー」(China watchers)と呼ばれる人たちなのです。
How we get here
どうしてこうなった
英中関係の話を2015年から始めることには違和感があるかもしれません。両国は何百年も前から、競争、貿易、協力、そして戦争を繰り返してきました。英国の商人が初めてマカオに到達した(PDF)のは1637年のことで、彼らが無理やりカントン(現在の広州)に向かおうとしたことが、両国のその後の関係の様相を決定づけました。
英国は1800年代、違法なアヘン取引を続けるために中国と2回の戦争を戦いましたが、これが清朝の弱体化を招き、共和制の中華民国の誕生につながります。なお、香港は第一次アヘン戦争後に割譲され、1997年の「返還」まで156年にわたり英国の植民地となりました。
中国との衝突は近年にも起きています。例えば、2012年にはキャメロン元首相がチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ(Dalai Lama)と会談し、両国関係が悪化しました。ただ、2015年の総選挙でそれまで自由民主党との連立を余儀なくされていた保守党が単独過半数を確保したことで、英中関係の新たな第一章が始まります。英政府は政治と経済の両面で中国との距離を縮めようとしました。この方針は2016年のキャメロンの辞任後も変わらず、2019年にボリス・ジョンソンが首相に就任するまで続きます。
世界保健機関(WHO)は2020年1月、中国で発生していた新種のコロナウイルスのアウトブレイクを「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)に指定しました。ここで、中国当局はいつからウイルスの存在を知っていたのか、武漢市の封鎖に踏み切るまでにどれくらいの時間がかかったか、WHOに通知したのはいつかといった疑問が浮上します。
ジョンソン首相は同時期に、英国の電気通信インフラに中国のファーウェイ(華為技術)の製品を使い続けることを一定範囲内で認めるという選択をしました。ファーウェイを巡っては、米国が安全保障上の懸念があるとして、同盟国に対し同社からの調達を止めるよう求めています。しかし、英国では2010年から毎年、政府通信本部(GCHQ)がファーウェイに対するリスクアセスメントを実施しており、政府は「リスクはあるが限定的」という専門機関の結論を受け入れたのです。
一方で、この見方に反対する国会議員は多く、与党保守党のボブ・シーリー(Bob Seely)が中心となってHuawei Interest Groupが結成されました。議員たちは2020年3月に行われた5G通信網の構築に関する法案の採決で反対に回りましたが、否決には至りませんでした。しかし、ファーウェイの機器の利用停止を訴える保守党議員の数は60人に膨れ上がっています。
こうしたなか、英国では2020年3月23日にロックダウンが始まり、4月6日にはジョンソン首相がCOVID-19の合併症のためにロンドンのセント・トーマス病院の集中治療室に入院しました。首相はかなりの重態で、一時は危篤状態に陥っていたことが知られています。
米国は2020年5月、ファーウェイに制裁を科すことを決め、同社が5G機器に必要な半導体チップを入手するのはほぼ不可能になりました。英国ではGCHQの下部組織である国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)がファーウェイ機器を使うことのリスクに警告を発するようになり、政府はこれを受けて、7月に5G通信網から同社の製品を排除することを決めています。また11月には、国内の通信事業者に対して2021年9月以降ファーウェイ製品の使用を禁止することが発表されました。
一連の決定は、英国における中国への不信感の高まりを示すものです。議会は安全保障を理由に外国からの投資を一部制限する法案を可決しましたが、これは中国の政府系投資家を念頭に置いたものと受け止められています。また、中国政府が香港民主派への取り締まりを強化していることを受け、香港市民に対して英国の市民権取得を可能にする特別ビザを発給することも決まりました。
英国はさらに、米国などに続いて、人権侵害に関わったとされる中国政府当局者に対する制裁に着手しています(なお、中国は報復措置として英国の政治家や研究者、活動家などに制裁を科しましたが、現時点では規模は限られています。ただ、近いうちに状況が変わる可能性はあるでしょう)。
英政府の一連の動きは、与党保守党の議員が政府に対して中国に強硬姿勢を取るよう働きかけた結果として起こったものです。古参議員だけでなく、2019年の総選挙で当選した新米議員と野党労働党のメンバーもこの運動に加わりました。労働党は選挙で惨敗したことで指導部の入れ替えが行われ、外交戦略では保守党と足並みを揃えることが増えています。
対中国政策の見直しを求める議員団体には中国研究グループ(CRG)と対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)のふたつがあり、いずれも政府の提出した法案に反対する傾向があるため、「中国タカ派」(China hawks)もしくは「中国反乱グループ」(China rebels)として呼ばれています。ただ、一口に「対中国強硬派」と言っても、所属政党も違えば反対の理由も多岐にわたり、背景には人権問題から中国のサプライチェーンに依存する英国の国家戦略への懸念までさまざまな問題があります。
また、せっかくEUから離脱したのに、政府が今度は中国に近づこうとしていることに疑問を呈する人もいます。国家としての独立性を保つためには、特定の国と関係を深めることは好ましくないというのです。これとは逆に、親EUの立場から中国とは距離を保つよう訴える意見もあります。いずれにしても、対中強硬派の議員の多くは、これを政治家としてのキャリアを構築していく上で重要な戦いとみなしているのです。うまくいけば、将来的に閣僚入りのチャンスをつかむきっかけになるかもしれません。
英国が中国とどう付き合っていくべきかを議論をしているのは、政治家たちだけではありません。学術界というそれほど注目されない場所で自由に中国研究を続けてきた学者たちも、議会に呼ばれて証言したり、テレビやラジオで英国が「中国外交でやるべきことと避けたほうがいいこと」について語ることを求められるようになっています。
さらに、中国企業や英国の産業界の関係者に加えジョンソン首相の親族までが、対中政策に影響力を行使しようと水面下で活動しているのです。
What’s next
これからどうなる
対中国強硬派はここ数カ月、英国が中国と通商協定を結ぶことを阻止するための修正法案の議会通過に向けた働きかけを強めてきました。彼らは新疆ウイグル自治区での少数民族ウイグル族に対する弾圧をジェノサイドと位置づけ、こうした行為に関わる国家と貿易をするべきではないと主張しています。
修正法案は可決には至りませんでしたが、英国が米国、EU、カナダと足並みを揃え、ウイグル問題を巡り中国に制裁を科す決断を下した背景には、こうした対中強硬派議員たちからの圧力があったのではないでしょうか。政府は修正法案の投票が行われた同じ日に、対中制裁を発表しています。また4月には、ウイグル族への弾圧をジェノサイドと認定するよう求める決議案が下院で採択されました。
一方、3月に公表された外交政策についてまとめた文書では、中国およびインド太平洋地域に重点を置くことが確認されました。ここには、中国は「体系的な競争相手」だが、英国は同国と「前向きな経済関係を構築する努力」を続けるべきだと書かれていますが、言っていることがわかりにくく一貫性に欠けるとの批判も出ています。
今年は英中関係に大きな変化があるとの見通しで、なかでも人権、学問の自由、気候変動、サプライチェーンといったことが争点となるはずです。議会の対中強硬派はすべての産業で中国への依存を見直すよう呼びかけており、原子力エネルギーなどの分野で中国企業にファーウェイに対するものと同様の制裁が科される可能性もあります。
今年1月に成人約2,000人を対象に行われた調査(PDF)では、英国民は気候変動以外の分野では中国とは関わりをもちたくないと考えていることが明らかになりました。気候変動を巡っては、11月にグラスゴーで「第26回国連気候変動枠組条約締約国会議」(COP26)の開催が予定されていますが、英中関係の緊張はここにも影響を及ぼす恐れが指摘されています。中国は共産党当局者に制裁が科された報復として、3月末に英国主催で行われた気候変動を巡る首脳会談を欠席したからです。
今年に入って、中国の駐英大使が劉暁明(Liu Xiaoming)から鄭沢光(Zheng Zeguang)に代わりました。鄭は外交部副部長を務めた外交のプロで、フレイマンのような中国研究の専門家は、この人事は共産党政府が英国との関係をどれだけ重視しているかを示すものだと説明します。中国は英国で「ナラティブを管理できなくなる」ことを恐れているというのです。
中国に対する英国の国民感情は最低にまで落ち込んでおり、過去の人権侵害や中国企業による英国の私立学校買収の影響、さまざまな産業における中国企業の存在感の拡大といったことが議論されるようになっています。
フレイマンは「英国は世界で唯一、中国との関係においてウイグル問題が非常に重視されている国です」と言います。「北京はこれが他国にも広まることを恐れています」
英中関係が今後どのように推移していくかは誰にもわかりませんが、中国ウォッチャーに話を聞くことで重要な鍵が見つかるはずです。
(翻訳:岡千尋)
at this time tomorrow…
本日から25日(金)まで5日間にわたってお届けするニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」。明日22日の17時ごろにお届けする第2回には、中国の環境・気候変動問題に取り組む「China Dialogue」を主宰するスコットランド出身のジャーナリスト、イザベル・ヒルトンが登場します。どうぞお楽しみに! ご感想をTwitterのほか、このメールに返信するかたちでもどうぞお寄せください。
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