Borders: ラップで祝う、中国共産党100年

Positive energy.

Deep Dive: Crossing the borders

グローバル経済の地政学

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7月1日に結党100年を迎える中国共産党。党が腐心する自らの「神話」づくりに、若い世代のカルチャーの代名詞も動員されています。毎週水曜は、世界の経済を動かす最新ニュースをお伝えしています(英語版はこちら)。

Chinese rapper GAI performs during a New Year concert in Guangzhou
Positive energy.
Image: Reuters/Stringer

中国のラップシーンが盛り上がりを見せています。ラップ動画の視聴回数は何十億回にも上り、人気ラッパーたちはセレブリティ扱いですが、一方で生き残っていくためには当局に目をつけられないようにしなければなりません。ミュージシャンたちはこのために、ラップの特徴である反体制的な態度を止めるだけでなく、ときには祖国の素晴らしさを称賛する曲まで出しているのです。

中国のヒップホップブランドである嘻哈融合体(Hip-hop Fushion)は6月20日、中国人ラッパー100人をフィーチャーした愛国的なラップ曲を発表しました。

100%」というタイトルのこの曲のリリックは、1921年7月1日の結党から間もなく100年を迎える中国共産党の偉業を称える内容です。ブランドの「Weibo」(微博、Weibo)の公式アカウントには、「……歌詞にはラッパー全員の愛国心が表れている。100人のミュージシャンによる共同制作とパフォーマンスは、世界の音楽史においても先駆的かもしれない」と書かれています。

この曲の音楽的な価値については議論の余地があるでしょうが、同じラップでも中国と米国で大きく異なることは間違いありません。ラップは1970年代の米国で、黒人の若者たちが貧困と人種差別に対する怒りを表現する手段として誕生しました。これに対し、中国では共産党に利用され、体制への反抗というルーツからどんどん遠ざかりつつあるのです。

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Image: IMAGE VIA WEIBO

フランス現代中国研究センターの台北事務所所長で、中国のポップミュージックを研究しているナタネル・アマル(Nathanel Amar)はQuartzの取材に対し、「ラッパーたちはメインストリームで楽曲を発表したいのであれば党へのリップサービスも必要なのだと理解している」と話します。

「100%」は中国の台頭を熱狂的に祝う内容で、歌詞の一部はこんな感じです。「すさまじい貧困から栄光に、中国に生まれたことに後悔はない。新しい高速列車、新しい港、新しい景色、進め中国。偉大な国家を盛り立てていこう」

また、中国の国力を褒めちぎる箇所もあります。「他と比べられることは恐れない。もう主導権を握っている。銀行には金がある……トップでいるために世界に向かえ」

Beijing’s co-optation of rap

政府公認ヒップホップ

2017年以前の中国では、ラップはそのほとんどがアンダーグラウンドで、ライヴハウスやクラブでパフォーマンスが行われていました。この時期には、ヒップホップのミュージシャンたちはホームレスをはじめとする社会的問題を批判したり、公務員を「国費を食い潰す輩」とからかったりするような曲を発表できていました。

ただ、2012年に習近平が国家主席に就任してから芸術分野でも徐々に取り締まりが厳しくなります。2015年には北京を拠点に活動していた陰三児(IN3)のメンバーが拘束され、彼らの楽曲のうち17曲が販売禁止処分を受けました。

取り締まりの強化はその後も続き、ある時点では英国の子ども向けアニメのキャラクターであるペッパピッグ(Peppa Pig)までが検閲の対象になりました。ペッパピッグは中国ではギャングをテーマにしたミュージックビデオに取り上げられるなどして、ヒップポップカルチャーの象徴になっています。

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Image: REUTERS/ALY SONG

アンダーグラウンドのミュージシャンたちはこうして沈黙を強いられましたが、2017年の「中国有嘻哈」(The Rap of China)というテレビのオーディション番組をきっかけに、ラップはついにメインストリームに躍り出ます。ただ同時に、ラップは共産党の意向に沿ったものになっていきました。

2019年香港の逃亡犯条例改正案を巡る大規模なデモの際には、中国の人気ラッパーの多くがSNSに抗議活動を非難し警察当局を称賛する内容の投稿をしています。同じ動きは一部の香港の有名人の間でも見られました。

一方、昨年に世界中で「ブラック・ライブズ・マター」(Black Lives Matter)が盛んになったときには、米国のミュージシャンがデモに参加したり楽曲を発表したのに対し、中国のラッパーは大方が沈黙を守っています

アマルは「当局はヒップホップを完全に禁止するのではなく、『ポジティブなエネルギー』(正能量)を広めるためにラッパーを動員することにした」と話します。「正能量」とは習近平が掲げるプロパガンダの一部で、基本的には共産党が望ましいとみなすものすべてを指す言葉です。

例えば香港の抗議デモに対する非難でも、ラッパーたちが本当にそう思っているかは別として、「ラップがメインストリームにいるためにはこのようなパフォーマンスが必要なのだ」とアマルは説明します。

一方で、「100%」のような愛国的な曲を好ましく思っていないファンもいるようで、歌詞をちゃかしたり、偽善だと指摘する声もあります。Weiboでは、あるユーザーが「ヒップホップのコミュニティとしては困惑させられる。本当に党の記念日を祝う気があるなら、それぞれが100周年について50文字で何か書いてみたらどうだろう」とコメントしています。

The 100th anniversary

祝・結党100周年!

中国では7月1日の記念日を前に、反体制派などによって共産党の掲げる歴史観が損なわれることがないよう入念な準備が進められてきました。

党の歴史観とは、中国が世界であるべき地位を取り戻し、欧米列強の侵略を受けた「百年国恥」の過去を消し去るには、現在の一党支配体制が不可欠であるというものです。大躍進政策による飢餓や文化大革命など毛沢東によって引き起こされた悲劇や、イデオロギーを巡る国内の対立などにこだわることは、「歴史虚無主義」として扱われます。

100周年では他にも、記念硬貨やTシャツの販売、空軍機によるフライパス、花で描いた地上絵のディスプレイなどが計画されています。また、新型コロナウイルスで外国への旅行が制限されていることも手伝って、党の要人のゆかりの地などを訪れる歴史ツアーも盛んです。

Souvenirs are displayed outside the Memorial of the First National Congress of the Communist Party of China in Shanghai
Souvenirs on display in Shanghai.
Image: Reuters/Aly Song

共産党の記録によれば、第1回党大会は1921年7月23日に上海で開かれましたが、公式の記念日は7月1日ということになっています。また、実際の結党は1920年11月だったと主張する歴史家もいます。いずれにしても、生まれたばかりの共産党はその後の30年間を、自らの地位の確立と国民党との覇権争いに費やしました。そして、1949年に中華人民共和国の建国が宣言されます。

2019年の建国70周年には香港の自治を巡る大規模な抗議運動が影を落としましたが、今回はそのような事態は起こらないでしょう。7月1日は香港返還の記念日でもあり、さらに昨年6月30日に国家安全維持法が成立してから1年の節目にもあたります。同法が施行されたことで、香港の民主活動家たちは逮捕と起訴の恐怖に怯え、抗議活動はほぼ不可能になっています。

中国国内での政府と警察の横暴を巡り、ラップが「権力と戦う」という本来の姿勢を保っているのは実は香港であるという事実は、象徴的だと言えるでしょう。

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Image: REUTERS/ALY SONG

COLUMN: What to watch for

寝そべるプロテスト

Wuhan virus outbreak
Image: AP Photo/Kin Cheung

1949年の建国以来、学生デモをはじめとする積極的なプロテストを鎮圧する手段を磨いてきた中国(共産党)。勤勉で生産性の高い国民を育もうとしてきた北京は、しかしいま、“受け身な”抵抗活動に直面しています。結婚しない、子どもをもたない、仕事も財産ももたず、できるだけ消費をしないという生活態度が若い世代を中心に広がっているのです。

Tang Ping」(寝そべる)と呼ばれるこの姿勢について、北京の政治アナリストは「中国の若者は、この10年で社会的・政治的な大きな変化を経験し、革命を起こす可能性も表現の自由もないと悟っている。彼らにとって唯一の選択肢は『横になっていること』くらいだ」と説明。米国に滞在している若い中国人留学生は、「この活動の本質は、党によるコントロールの解体にある」と語っています。

中国のSNS「Douban」(豆瓣)では、約1万人が参加したディスカッショングループが検閲の対象に。国営メディアの『新華社通信』は「若い世代は、寝そべることではなく懸命に働くことを選ぶべきだ」と檄を飛ばしています

(翻訳:岡千尋・編集:年吉聡太)


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