Guides:#76 イカゲームビジネスの戦略地図

Winning the game.

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週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzが取り上げている「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。韓国インディの新星の新作を含むプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

The pink-clad henchmen in Squid Game prepare a coffin.
Winning the game.
Image: Netflix/Youngkyu Park

Squid Game is no fluke for Netflix

イカゲームの戦略地図

──お元気ですか?

まあまあ普通にやってますよ。

──先週は韓国ドラマ三昧だなんてお話をしてましたが、それは相変わらず続いているんですね。

そうですね。相変わらず時間を取られてますね。

──なんか面白いのありました?

周回遅れで『梨泰院クラス』とか『ヴィンチェンツォ』を観てるくらいなので、取り立てて内容について話すこともないのですが、韓国といえば、つい先日、東方神起や少女時代やEXO、NCTといったグループを輩出してきたK-POPの第1世代大手事務所/レーベルのSM Entertainment(以下、SM)が買収されるというニュースが出ていて、そのことについてちょっとばかり調べていたりしました。

──SMはどうも否定をしているみたいですけどね。

22日に契約が締結するというニュースは否定していましたが、買収そのものは否定しておらず引き続き動いている話だとは思うのですが、報道によれば、韓国の大手デジタルプラットフォーム「Kakao」を運営するカカオ(Kakao Corp.)と巨大メディア/エンターテインメントコングロマリットであるCJ ENMとがそれぞれ交渉していて、カカオが降りたことから、CJ ENMとの交渉成立との見方が出たものとされています。カカオの実体はなんとなくイメージあるのですが、CJってよく知らんなと思って調べてましたら、まあ、ものすごい大手でして、音楽チャンネルの「Mnet」、ドラマチャンネルの「tvN」を含む16のケーブルチャンネルを保有、そのほかOTTプラットホーム「TVing」や映画制作・配給もやっています。言ってみれば、アメリカのケーブル大手のコムキャストとケーブルチャンネルをやっているHBOの中間みたいな位置付けかなと推察しますが、特筆しておくべきは、『愛の不時着』や『ヴィンチェンツォ』『秘密の森』『Mr.サンシャイン』『海街チャチャチャ』といったネットフリックスオリジナルの制作を手がけているは、このCJ ENM傘下のStudio Dragonという企業なんですね。

──へえ。

さらにCJ ENMは、メディア/エンタメ企業であるCJ E&MとCJ O Shoppingが2018年に合併した企業ですので、メディア/エンタメだけでなくリテール/コマースがもうひとつの事業の柱になっています。

──おお。すごい。

さらに、CJグループ全体としてみますと、事業が4部門に分かれていまして、「フード&フードサービス」「バイオ」「ロジスティック/リテール」「メディア/エンタメ」となっています。それをもって「カルチャー/ライフスタイル企業」であることを謳っているんですね。

──なるほど。SM買収のニュースに、「SMがCJを買収するんじゃないんだ」といった声もありましたが、そう考えるとSMは一介のコンテンツプロダクション企業でしかないわけですね。

そうですね。K-POPのレーベルという範疇でいえば、SMは老舗のトッププレイヤーであることには変わりませんが、とはいえ、メディア/エンタテインメントを取り巻くグローバルな陣取り合戦のなかにおいては、たしかに一介の「コンテンツ制作企業」に過ぎないということは間違いなさそうで、だからダメだということは決してないのですが、仮に買収が成立したとするグループ内におけるレイヤーで言いますと、Studio Dragonと同じ位置に置かれることになるように思います。

──残念な気もしますが。

どうでしょう。これはおそらく企業の経営的野心に関わる問題だとは思いますが、一介のプロダクションから抜け出してプラットフォーマー的な位置を企業として狙うのであれば、おそらくSM単体でやれることは極々限られているようにも思えます。

──というと。

SMのコーポレートサイトで事業概要を見てみますと、ビジネスユニットとして「エンタメ」と「コマース&アミューズメント」と分かれていまして、前者はいうまでもなく音楽制作、ドラマ・映像制作、コンサート制作、マネジメントとなっています。一方の後者は、オンラインストア、レストラン、ワイン、旅行代理店といった事業でして、自社IPを使った事業展開ということになるにでしょうけれど、いかにも貧相ではあるんですね。

──奇しくも、フードやコマースといった分野は、それをほんとにやりたいのかどうかは知りませんが、CJグループのもっているアセットがうまく使える分野とはいえそうです。

一方で、CJ ENMサイドは、ドラマ・映画の分野は強力ですが比べると音楽ビジネスが弱いとは言われていまして、この領域の補強としてSMは美味しい買い物なのかもしれません。ちなみにCJ ENMは、Enhypenを擁するBelift Labを、BTSを抱えるHYBE Corportation(以下、HYBE)と共同設立した会社なんですね。

──なるほど。SM買収に関しては「HYBEに買われなくてよかった」といったコメントもありましたが。

せっかくなので、一応HYBEがどういう事業構造になっているかを見ておくといいかと思うのですが、HYBEは「レーベル」「ソリューション」「プラットフォーム」という3つの柱を掲げています

──ふむ。

「レーベル」はそれこそBTSやEnhypenといったアーティストたちの活動拠点となるところで、おそらくですがマネジメントや新人開発もここで行われます。ここはわかりやすいですよね。

──はい。

で、次の「ソリューション」というのが、レーベルのIPを立体化する部門でして、映像、興行、マーチその他の制作のほかゲームや教育コンテンツの開発などが目論まれています。

──へえ。教育ですか。面白いですね。

はい。「HYBE EDU」という部門がサイトには記載されています。そして、HYBEがこの間事業として注力してきたのが3つ目の「プラットフォーム」でして、ここについてはWeVerseという個別の事業会社をつくっています。ここでHYBEがやろうとしているのは、単に自社のアーティスト用のアプリをつくるのではなく、K-POPを軸に、新しいソーシャルメディアプラットフォームを立ち上げようということなんですね。

──はあ。

この動きについては、『Yahoo!ニュース』の「ポストBTS時代を見据えたHYBEのグローバル戦略──大手J-POP企業の買収はあるのか?」という記事に、こんな記載があります。

K-POPファン向けの動画配信プラットフォームでも活発な動きを見せている。2019年にローンチしたサイト・Weverseは、今年ネイバーから譲渡されるV LIVEと統合されることが発表された。また、日本でもSHOWROOMと資本提携し、同社のアプリ・smash.で独自コンテンツを発信している。

スマートフォンとSNSが浸透した2010年代に人気を拡大させたBTSの強みは、「ARMY」と呼ばれる全世界に広がるファンの厚みだ。そうしたファンに向けて、持続的にコミュニケーションと情報発信をし、そしてファンダムの維持をWeverseを通じて行っている。しかもこのサービスは、BTSだけでなくK-POPの他のアーティストにも開かれている。今年1月にはYGエンターテインメントに投資して協力関係を強め、WeverseにBLACKPINKなどを引き込むことに成功した。

──ああ、なるほど。今年にHYBEが買収した「V LIVE」はここに統合されるんですね。

「V LIVE」は元々、YGエンターテインメントのヤン・ヒョンソク社長が持ちかけてネイバー(Naver)が立ち上げたサービスと言われていますが、韓国のテック業界は、テックプラットフォームの拡張をコンテンツがドライブさせるということがフォーマット化している流れがありまして、それを踏まえると、HYBEは自社コンテンツをドライバーにして、テックプラットフォーマーになっていくことを目指していることが読み取れるんですね。

──その事業はBTSやenhypenをめぐるビジネスとは切り離されているわけですね。

と思います。自社のアーティストのためだけにプラットフォームをつくって、そこでアーティストやファンを囲い込んでも、そんなにうまみのあるビジネスにはならないんだと思うんです。むしろ世界中のあらゆるアーティストが、そのプラットフォーム上でファンビジネスをつくることができるようになることが野心としてはあるように思えます。

──わざわざ「プラットフォーム事業」と謳っているわけですしね、テックプラットフォーマーを目指したいのだ、と。

すでにアーティストのマーチを買える「WeVerse Store」ができていますが、狙いとしては、それこそテンセントがやっているようなメガアプリ化なんじゃないかと思っています。HYBEは、言っても世界最大のファンベースを抱えるアーティストを抱えていますから、言うなればファンダム経済の最先端を走ってきたわけですね。これまでは、それをよそのプラットホーム上で展開してきたわけですが、K -POPが蓄積してきたノウハウをもって、ファンビジネスに特化したプラットフォームをつくることができれば、それは言うまでもなくビッグビジネスになりうるわけですね。

──面白いですね。これまではデジタルプラットフォーマーがコンテンツメーカーを引き込むことで、プラットフォームの成長も促されてきたわけですが、コンテンツ制作側が、そちら側に進出していこうという流れも出てきているというわけですね。

これは、いわゆるSVODプラットホームの戦いを見ているとよくわかりますが、これは、コンテンツメーカーがつくったものを漫然と棚に並べて配信していればいい、というビジネスではすでになくなっているわけですね。結局のところプラットフォームの強度は、そこで見られるコンテンツの強度によって違いが出ると見切って、元々はレンタルビデオ屋あがりのネットフリックスがオリジナルコンテンツへの投資に大規模に舵を切ったところから、SVODプラットフォーム間の競争は、どれだけ優良なコンテンツを自社で開発できるかというところに移っていまして、であればこそ、世界最強のコンテンツ/IPメーカーであるところのディスニーを筆頭に、HBOのような一介のケーブルチャンネルまでもが、プラットホーム争いに名乗りをあげることができるわけですね。

──コンテンツ・イズ・キング、というわけですね。

はい。SVODプラットホームの現状における主要プレイヤーの出自を見てみますと、 「Amazon Video」がEC企業、「Apple TV」がハードウェア企業、「Netflix」がレンタルビデオ企業、「HBO Max」の親会社はワーナー・メディアですがそのさらに親会社はAT&Tという通信会社、「Hulu」の親会社はディズニーですが一部の株をメディア/エンタメコングロマリットNBC Universalを通じてケーブル最大手のコムキャストが保有していたりと、実にまちまちなんですね。

──このリストを見るだけで、いまのメディア/エンタメの見取り図がよく見えてきそうですね。通信、ケーブルテレビ、テレビ局、ハードメーカー、レンタルビデオ、ECなどが複合的に錯綜しながら、群雄割拠の状況をつくり出している、と。

かつてのマスメディアというのは、いうまでもなく巨大システムでして、それが成立するためには巨大な通信網から、各家庭に行き渡らせるためのテレビ・ラジオといったものの生産・流通網、あるいは全国規模の映画館網といったものが必要だったわけで、そのなかで例えばTVショッピングのようなビジネスや、レンタルビデオといった産業も巨大化したわけですが、ここにインターネットというものが入って来て、ソーシャルメディアがフロントエンドを取ることで、一気に再編が起きてきたわけです。しかも、エンドユーザー側の端末についていえば、もうほとんどスマホのなかに、こうしたすべてが集約されることになりますので、まさにスマホ内における陣取り合戦を各産業が生き残りをかけて争っているわけですね。

──スマホのなかに、すべてがぐしゃっと集約され、ユーザーの時間を奪い合っている、と。となれば、やっぱり改めて「コンテンツ」が大事になってくるわけですね。

そりゃそうですよね。生活にどうしても必要な機能のために、わざわざ何かのサービスアプリを立ち上げることはあっても、それ以外のことで「便利」のために開くものなんてないわけですよね。一方で例えば、『イカゲーム』をひと通り見終えた人は、8〜9時間も、そのアプリ内に留まっているわけですから、必死になって数分数秒のアテンションを引こうと奮闘するさまざまな事業者からしたら、恐るべき引力をもっているわけですね。ちなみにですが『ヴィンチェンツォ』のシーズン1は、1エピソードあたり平均80分で20話完結ですから、実に1,600分ですよ。

──約27時間(笑)。時間取られ過ぎっすよ。

さらに、ここに関連SNSなどにコミットしている時間などを合わせると、膨大な時間になるわけで、 ゲームなんかでもこれは同じですね。ちなみにゲーム愛好家のプレイ時間の週平均は8時間27分だそうですよ。

──ひえ〜。

これだけのコミットを結果として生み出しているわけですが、コンテンツ制作側としては、それをさらにマネタイズしたいわけですよね。そこからIPの360度ビジネス化という方向性に向かうわけですが、今後注目すべきは、それをプラットフォーマーがどのようにビジネス化しうるか、というところですよね。ディズニーは例えば映画ビジネスをテーマパークビジネスへと展開していった実績がありますが、当然ネットフリックスがそうした展開を見せることはありうるわけですね。

──「イカゲーム・パーク」的な(笑)。

いつもは『Quartz』の〈Weekly Obsessions〉を取り上げていますが、今回はちょっと変則的に別の定例ニュースレター〈The Company〉の10月20日の配信記事(※翻訳版を10月27日に配信予定)を取り上げたいと思うのですが、表題は「イカゲームはネットフリックスにとってはまぐれではない」(Squid Game is no fluke for Netflix)というレターです。

──ほうほう。

このレター内で紹介されている記事「『Netflix』のアルゴリズムは西洋人の口に世界中のエンタメを押し込む」(Netflix’s algorithm is force feeding international entertainment into western TV diets)は、「イカゲーム」がどのような経済効果を生み出しているかを、こんなふうに語っています。

「イカゲーム」の人気は、非公式マーチからスナップチャットのレンズ、ハロウィーンの衣装にいたるまで、アメリカのポップカルチャーを制圧した。

──非公式マーチ、最高ですね。

はい、そこでネットフリックスも負けじとウォルマートと組んで、グッズの販売に乗り出しています。Quartz日本版の10月19日配信のレター「Obsessions:イカゲームのマーチ(と、Netflixの未来)」は、現在の「イカゲーム市場」をこう概説しています。

スニーカーメーカーのヴァンズ(Vans)の白のスリッポン(作中で“ゲーム”の出場者たちが履いているクツを模したもの)の売上は、9月17日の『イカゲーム』公開後3週間で実に7,800%という爆発的上昇をみせました。ファッションデータベースの「Lyst」は、公開から数日のうちにレトロなトラックスーツの検索数が97%も急上昇した事実とともに「間違いなくハロウィンの衣装として選ばれた」と記しています。

そのほかにも、インディなECサイトがバナー広告を出し、ハロウィン前にコスチュームやマスクを発送すると宣伝しています。

衣装だけではありません。作中に登場するさまざまな小道具の需要も高まっています。ダルゴナキャンディ(韓国風カルメ焼き)が人気を集めているほか、“韓国のeBay”ともいわれる「Auction」では、“ゲーム”で使われたビー玉の売上が860%増加しました。

──この市場を見込んで、ネットフリックス自身もここに乗り込んで行こうとしているわけですね。

はい。おっしゃる通りです。

アメリカ最大手小売のウォルマートは、ネットフリックス専用のデジタルストアを開設。サイトではネットフリックス関連のTシャツやぬいぐるみ、グッズなどが並び、超暴力的な韓国サバイバルドラマ『イカゲーム』や、人気のオカルトシリーズ『ストレンジャー・シングス』などに関連した商品も手に入ります。(中略)

ネットフリックスの他社とのパートナーシップは、いまに始まったことではありません。これまで米ターゲット(ディスカウントチェーン)やアマゾン、H&M、仏セフォラ(コスメセレクトショップ)、ホットトピック(サブカル系グッズ販売)などとパートナーシップを結んでいました。ウォルマートでも、2018年以来グッズを販売していますが、買い物客はお目当てのアイテムを探そうにも、膨大な品数のカタログを前に途方に暮れるしかありませんでした。

かたやネットフリックスも、6月に米国で「Netflix.shop」をローンチ。番組や映画に関連するアパレルやライフスタイル商品を販売しています。しかし、そこにウォルマート級の4億人の顧客はいませんでした。

2017年以来、ネットフリックスはEコマースの世界に足を踏み入れてきました。『イカゲーム』関連の売上が有望となれば、同社の商品販売には拍車がかかり、これまで成功させてきたオリジナルタイトルを生かす道がいくつも開ける可能性があります。

2020年、共同CEOのリード・ヘイスティングは、「われわれはフランチャイズ創出に注力している」と語っています。ディズニーやユニバーサル、あるいはテレビからストリーミングに転じた巨大企業HBOもそうですが、ネットフリックスもまた、テントポール・タイトル(屋台骨となる作品)を増やすことで、新たな収益源を生み出すことができます。とくに加入者数の伸びが急激に鈍化しているいま、こうした小売業の動きは特に重要となってきます。

──以前からやってはいるんですね。

はい。ところが、やっぱりここに関してはネットフリックスにはノウハウがないという感じが露骨に出てしまっていまして、自分もNetlix.shopで、マーチを買おうかと出向いてみたのですが、アメリカ国内でしか買えないんですね。

──え。まじすか。

それこそフランス制作の『ルパン』やスペイン制作の『ペーパーハウス』など世界各国で制作された作品をグローバルに展開してきたことで、プラットホームとしての独自性を築いてきたネットフリックスにあるまじき事態ですよね。せっかく世界中が『イカゲーム』に熱狂しているところ、そのオフィシャルマーチがアメリカ限定って、相当残念ですよね。

──ありえないですよね。「Bandcamp」で買うインディバンドのマーチでも国際郵便で送られてくるこの時代に。

ほんとですよね。この辺は、非常に大きな課題でして、逆にいえば、例えば冒頭でみたCJ ENMのような物流部門やEC事業をもっている企業のほうが、こうした面でも優位性をもっている可能性があるんですね。

──ほんとですね。

とはいえ、ネットフリックスの伸び代は、まだまだ十分にありまして、記事は続けてこう書いています。

アパレルやマグカップ、ブランケットといったグッズは、はじめの一歩に過ぎません。オリジナル作品群に対する視聴者の熱狂を維持できたなら、ビデオゲームやアミューズメントパークといった展開も視野に入ってきます。今年初め、ネットフリックスは、エレクトロニックアーツやフェイスブックの元幹部をビデオゲーム事業の責任者として採用し、すでにオリジナル作品から派生した2つのモバイルゲームをテストしています。『Stranger Things 1984』と『Stranger Games 3』です。

──テーマパークにゲーム、ですか。

実際、この9月には梨泰院にポップアップパークがつくられていますが、写真を見る限りわりとしょぼそうには見えます。また、ゲーム開発についても検討が進んでいるそうで、Quartzの「ネットフリックスはイカゲームを実際にプレイできるようにしようとしている」(Netflix wants you to actually play “Squid Game”)という記事は、ゲーム制作会社Night School Studioの買収について触れつつ、こう分析しています。

『イカゲーム』『ストレンジャー・シングス』『ウィッチャー』といったオリジナルシリーズの世界を、ゲームを通じてさらに深く入っていくことで、ネットフリックスはインタラクティブ・コンテンツの領域においてディズニーといった企業と競合しうるようになる。

「ディズニーは、作品を統合的な経験につくりかえるという点では、わたしたちのはるか先を進んでいる」。ネットフリックスCEOのリード・ヘイスティングスは語る。「けれどもわたしたちも進歩している。現状の差を詰め、願わくば先んじることのできるスペクタクルな総合的体験を提供していけるよう、向こう3〜5年は非常にエキサイティングな時期となる」

──ただ単に映像作品を提供するだけには止まらない、さらなる飛躍がありうるということですね。

そうですね。注目すべきは、こうしたなかで韓国のコンテンツ産業が、今後のメディア/エンタメ産業をドライブしていく、いわば台風の目になっているということでして、K-POPは言うに及ばず、ネットフリックスが『愛の不時着』から『イカゲーム』によって韓国ドラマの国際競争力を証明したことで、韓国は新たなグローバルIPのインキュベーターとしての地位を確固たるものにしつつある、というところだろうと思います。実際、先に紹介したStudio Dragonは、アメリカ大手プロダクションのSkydance Televisionと共同でApple TV+のために『The Big Door Prize』というドラマを制作することが決まっているそうで、Apple TV+はさらに韓国のウェブ漫画『Dr. Brain』の実写版の制作を発表しています。

──すごいすね。

ちなみにですが、アメリカのSkydance Televisonsの親会社であるSkydance Mediaはテンセントが出資しているほか、先から名前のあがっているCJ ENMも出資しています。また、ここは子会社としてゲーム/インタラクティブ部門とアニメ部門とを矢継ぎ早に設立しています。こうした動きをネットフリックスの今後の展開と重ね合わせてみてみると、韓国のCJ ENMの動きも、また違ったように見えてくるかもしれません。さらに、『Dr. Brain』の方は、プロデュースに(カカオ傘下の)Kakao Entertainmentが入っているそうですから、こうした動きが、テック、コンテンツ、メディア産業のすべてを巻き込んだ、いかにダイナミックなものかが想像できますね。

──冒頭の話に戻ると、SMについては、株価下落による資本提携が噂されていて、この5月、報道によると組み先として、カカオとネイバーのふたつがあがっていました。

記事にはこうありますね。

世界のコンテンツ市場に積極的に進出している2つの企業は、M&Aを活発に行っている。ネイバーがトロントを拠点とするストーリーテリング・プラットフォーム「Wattpad」を買収した直後、Kakao Entertainmentは北米のフィクション・プラットフォーム運営会社Radishを買収。Kakao Entertainmentは、SMに対して、複数の買収案やシナジー効果の可能性など、様々な選択肢を提案していると言われる。

Kakao Entertainmentは、Starship Entertainment、Play M Entertainmentなどの自社レーベルにK・ウィルやコズミック・ガールズなどのアーティストを抱えるほか、親会社のカカオは、韓国を代表するデジタル音楽プラットフォーム「Melon」を運営しており、これもプラスに働くだろう。また、来年初めには韓国か米国での株式公開を予定しているほか、インターネットプラットフォームを運営するテンセントとのジョイントベンチャーで、SMの完全子会社であるSMスタジオへの投資にも興味を示している。

一方のネイバーは、BTSのレーベルであるHYBEのような後発組に地位を奪われつつある老舗音楽事務所にとって大きな魅力をもっている。ネイバーは、K-POPスターの日常生活を紹介するV-liveプラットフォームを提供し、世界のK-POPファンの人気を博している。また、アーティストへの投資も積極的に行っており、今年、ネイバーはHYBEの子会社であるbeNXに4,000億ウォン(3億5,740万ドル)の投資を行った。

──カカオがSM買収からなぜ降りたのかはわかりませんが、買収する側もされる側も、食うか食われるかの熾烈な争いであることは、かなりよくわかりました。K-POPやKドラマといった閉じたジャンルの話ではもはやないわけですよね。

はい。グローバルなメディア/エンタメビジネスという、いわば地球規模の再編のなかで起きていることなんですね。なので、そこで起きている変化の速度とスケールとを見誤ると、起きていることがよくわからなくなると思うんですね。

──心して観たり聴いたりしないとですね。

映画とかドラマを観るときに、配給や制作プロダクションは注意して観ていると、それだけで結構面白いものなんですよね。渦中にいる人たちは、クリエイターもビジネスサイドの人間も、さぞエキサイティングで楽しいだろうな、と羨ましく見えますね。

──ほんとですね。


若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。本連載の書籍化第2弾『週刊だえん問答第2集 はりぼて王国年代記』のお求めは全国書店のほか、Amazonでも


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