Guides:#86 スーパーアプリの激震

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週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzが取り上げている「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。新年1通目の配信です。毎週更新している本連載のためのプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

At the end of this year

スーパーアプリの激震

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お使いのメールアプリによっては全文が表示されない場合があります。その場合はブラウザ版(要ログイン)でお読みください。ブラウザ版では、本連載のアーカイブをすべてお楽しみいただけます。

──あけましておめでとうございます。

おめでとうございます。

──2022年もどうぞよろしくお願いします。

こちらこそ、よろしくお願いします。

──さて、今年はどんな一年になるでしょう。

どうでしょう。自分の仕事についていえば楽しみな案件が少なからずありますので、私的には楽しい一年になるのではないかと楽観視していますし、今年は年初から、音楽は新年早々からすでに面白いものがリリースされていますし、向こう2〜3カ月だけでも楽しみな新譜が目白押しです。

──そうですか。

『Pitchfork』の「2022年の期待のアルバム45」や『Brooklyn Vegan』の「2022年に楽しみなアルバム80」を見ると、今年はSZAやKendrick Lamarの新作がいよいよ出るようですし、Big Thief、Mitski、SasamiといったインディロックからEarthgang、Saba、Cordaeといったヒップホップ勢、レゲエシーンの人気者Koffeeまで楽しみな作品が目白押しです。毎回記事の配信と同時に、弊社のSNSで公開している「だえんBGM」のプレイリストに、めぼしいものを一通り入れておきましたので、興味ある方はぜひ聴いてみてください。

──イチオシなどあれば、教えていただいてもよいですか。

個人的にはClaire RousayとMore Eazeという実験音楽家・電子音楽家がコラボしてポップアルバムをつくったという「Never Stop Texting Me」という作品がかなりよいのではないか、と期待しています。

──すでに出ている新作ですと、どうでしょう。

昨年の自分のベストだった韓国のシューゲイザー、Parannoulが元日にMydreamfever名義で出した、ちょっと危険なくらいに甘美なネオクラシカル作品がよかったのと、あとK-POPのガールズグループKep1erのデビューepの出来がよく、ここのところヘビーローテーションしています。

──韓国勢は今年も楽しみですね。

ドラマもNetflixで新しいゾンビものが配信されるようですので、楽しみにしております。

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──お正月には何か気になるニュースなどありましたか?

ぼんやりと過ごしていましたので、ニュースはちらちらとしか見ていないのですが、やはり河瀨直美監督の炎上騒動は気になりました。

──BS1スペシャルで年末に放映された「河瀨直美が見つめた東京五輪」における、「日本に国際社会からオリンピックを7年前に招致したのはわたしたちです。そしてそれを喜んだし、ここ数年の状況をみんなは喜んだはず。だからあなたもわたしも問われる話。わたしはそういうふうに描く」という見解に猛烈なバッシングが寄せられた騒動ですね。

わたしは当該番組は見ていないので河瀨監督の真意はよくわかりませんが、このことばを聞けば即座に「別に喜んでないし」と反応したくなる人が少なからずいるであろうことは、わたし自身そう思いますので想像できますし、結局のところ誰が何のために開催するものなのかについての一貫したビジョンが始まる前から終わったあとまでなかったことは、それなりに多くの人が認識したことではあったとは思いますので、「国家イベントなのだから全国民に責任はある」と言われても、当然「そうだっけ?」となりますよね。

──「これ、何のためにやってんだっけ?」と多くの人が疑問に思っているものを、「とにかくやることに意味があるんだ」と強行して、終わったあとに結果や効果を適当に粉飾して、「やっぱり意味があった」とするのは、いたるところにありがちな“あるある”だとは思いますが、6月に公開されるという記録映画がそういうものにはならないことを願うばかりです。

今回の騒動で自分が改めてげんなりしたのは、この河瀨監督が2025年の万博でもディレクターを務めていらっしゃることでして、そのこと自体は個人の判断なので他人がとやかくいうこともないとは思いますが、年末のこの連載で取り上げた堺屋太一に端を発する「興行主義」に基づく都市政策・経済政策が、今回のオリンピックの不調を契機にして大幅な見直しを迫られることもなく、そのまま2025年の万博、さらには2030年の冬季五輪の札幌への誘致へとなし崩し的に続いていこうとしている流れが見えてきたことです。世界がポストコロナ時代へとシフトしていくなかで、ろくな指針もないまま「興行」と「催事」で向こう10年でやりすごそうとしているのかと思うと、ほんとに暗然とします。

──前回の記事には、社会の不確実性が高まるに連れて政治家やリーダーの「決断主義」が横行するようになり、それを興行主義でパッケージすると「維新的」な日本型ポピュリズムの雛形になる、といった指摘がありましたが、まさにそれですね。

それこそ、河瀬監督はナチス政権下のベルリンで開催されたオリンピックの記録映画を撮ったレニ・リーフェンシュタールに擬えて語られたりもしていますが、ナチスこそが、こうした催事ポピュリズムの原型をつくったことを思えば、その比喩も妥当性があるのかもしれません。

そういえば、昨年末の〈Weekly Obession〉には「クリスマスマーケット」をテーマにした回があったのですが、そこでは、ナチスがいかにクリスマスという催事から、キリスト教的なものを戦略的に排除していこうとしたかが語られていまして、とても興味深い内容でした。こんな内容です。

ドイツとクリスマスの伝統との結びつきは強い。クリスマスツリーはマルティン・ルターが最初に飾ったとされ、「くるみ割り人形」はロシアのチャイコフスキーのバレエがドイツのE.T.A.ホフマンの物語を大衆文化に浸透させたものとする説が有力だ。ナチス政権下では、クリスマスマーケットから宗教的なイメージが取り除かれ、代わりに手工芸品や食べ物など、ドイツ古来の民衆文化に焦点が当てられた。その影響は第二次世界大戦後も残り、クリストキントの配役は長いことブロンドの白人の若い女性が占めてきた。有色人種が初めてその役に抜擢されたのは2019年のニュルンベルクでのことだった。

──へえ。そうなんですね。にしても、なぜ、ナチスドイツはキリスト教的なものを排除したがったんですかね。

上記の記事で参照されている『history.com』の記事「ナチスの対クリスマス戦争」(The Nazis’ War on Christmas)は、こんなふうに説明しています。

1930年代から1940年代にかけて、ナチスはドイツで愛されてきたクリスマスの伝統をナチス的なものに変えるべく全力を尽くした。国民教会をつくろうとしたヒトラーの試みは失敗に終わったが、宗教的な祝祭の再定義というナチスの目論見は成功した。イデオロギーとプロパガンダを用いてクリスマスを国家社会主義者の反ユダヤ的な価値観に合致させたのである。

ナチスにとってのクリスマス問題は、クリスマス自体に由来する。結局のところイエスはユダヤ人だ。一方、反ユダヤ主義、つまりユダヤ人とユダヤ的なものを根絶するという目標はナチスのイデオロギーのまさに中核をなしていた。ドイツではこれが大きな問題となる。なぜならドイツは多くの敬虔なキリスト教徒を抱えるだけでなく、アドベントカレンダー、クリスマスツリー、クリスマスマーケットといった多くのクリスマスの伝統を生んだ国でもあるからだ。ナチスはドイツからキリスト教を完全に根絶することは不可能であると考え、それを自分たちのイメージに合うようにつくり変えることにした。(中略)

ドイツ人をキリスト教の伝統から遠ざけるためにナチスはドイツの異教的過去に目を向け、クリスマスの伝統のなかにドイツ古来の異教的儀式の影響があると強調した。ナチスが理想とした空想の過去においてゲルマン民族(アーリア人)は、人種的に純潔な儀式を行っており、それを現代に再現しようと考えたのだ。

──そういえば、この連載でも過去に、オリンピックそのものにワーグナー主義の伝統が流れているというお話がありましたが、古代の異教的なものにロマンを見出したという点で、ワーグナーとオリンピックとナチスドイツはぴたりと重なり合うものでした。クリスマスのつくり替えも、それとまったく同じ手つきなんですね。

日本でも長野五輪では、フィギュアスケートのレジェンドである伊藤みどり選手がなぜか卑弥呼の出立ちで聖火の点火を行う演出が広く失笑を買ったものでしたが、ほぼ無意識的に古代を参照するというやり方はオリンピックというものそのものに埋め込まれた、言うなればイデオロギーなんですよね。ちなみに、昨年の五輪の開会式のレビューで、長野五輪の卑弥呼について触れた記事がありましたので、引用しておきます。

長野五輪では、入場行進で各国選手団を大相撲の力士たちが先導したり、聖火をフィギュアスケートの伊藤みどりが卑弥呼の衣装で点火したり(同時にプッチーニ作曲のオペラ『蝶々夫人』からアリア「ある晴れた日に」が流された)と、日本らしさを強調する演出があいついだ。これに対しては当時、冷ややかな反応が目立ったことを思い出す。このころにはすでに日本のアニメやゲームも世界的に流行していただけに、時代とのズレを感じた人も多かったのだろう。

長野五輪の開会式で総合プロデューサーを務めたのは、劇団四季を主宰する演出家の浅利慶太(故人)である。このとき、浅利のもとでシニア・プロデューサーを務めたテレビマンユニオン会長(当時)の萩元晴彦も、音楽アドバイザーについた指揮者の小澤征爾も、すでに60代だった。こうした重鎮の起用は、その数年前の1992年のアルベール冬季五輪では振付家・演出家のフィリップ・ドゥクフレ、同年のバルセロナ五輪では演劇集団「ラ・フーラ・デルス・バウス」と、新進気鋭のクリエイターたちが開会式の演出に抜擢されたのとは対照的である。

──1998年からクリエイティブの高齢化に見舞われていた、と。

ちなみにバルセロナ五輪開会式で音楽を担当したのはなぜか日本人の坂本龍一さんで、ご本人によれば、上記記事で言及されている演劇集団のディレクターに、ものすごい勢いで参加を懇願されて、その熱意にほだされて参加を決めたそうですが、このときの五輪の開会式でディレクターを務めた人たちのネットワークが1994年に音楽とマルチメディアの世界的なイベントである「Sónar」を生み出すことになったそうです。

──「Sónar」は五輪のレガシーだった、と。

羨ましい話です。

──とはいえ、「Sónar」も言ってみれば興行ですよね。堺屋太一の「興行主義」とそれっていったい何がどう違うんですかね。

それが産業と紐づくかどうかが大きな違いなんじゃないでしょうか。

──と言いますと?

仕事を生み出せるかどうか、ということです。「Sónar」の本質的な意義は、バルセロナが政策において「クリエイティブ都市」を謳っていることによってより大きな意味をもつわけでして、例えばバルセロナ市の関連サイトにはこんなことが記載されています

バルセロナはクリエイティブ産業の中心地であり、それを裏付ける数字がある。同市のクリエイティブセクターの雇用は、スペイン国内の雇用全体の49.5%と、実質、全国の半数を占めている。過去5年間には新たに3万人以上の雇用が創出され、13万5,000人という数字を初めて突破した。カタルーニャ州都において、クリエイティブセクターに関わる事業主体は2万3,882にも上る。

──なるほど。日本では、興行というと、それがもたらす消費効果にばかり目が行きがちですが、バルセロナでは、その興行自体が産業のハブになるという考え方なんですね。

堺屋太一的な興行主義は別の言い方をするなら単なる消費主義でしかなく、地道な産業育成という視点が決定的に欠けるんですね。自治体がやたらとアートフェスや音楽フェスをやりたがるのはいいのですが、地元にアート産業や音楽産業を根付かせようという論点をきちんと保持しているものは極めて少ないと思いますし、消費主義的な観点からしか、その意義を定義できていないから「スペース貸し」のようなビジネスモデルにしかならず、そうであればなおさら、イベントの主催者からしてみればもっと費用対効果のいいスペースがあれば、そちらを選ぶことになります。

──日本の音楽フェスでも、最近、会場の移転が話題になっていました。

「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」の移転については、さまざまな意見があるとは思いますが、フェスを失った茨城県、ひたちなか市も、首尾よく誘致に成功した千葉県や蘇我市も、それが毎年開催されることで蓄積されるレガシーがいったい何なのか、ということをもっとよく考えて欲しいなと切に思います。というのも、千葉県は千葉県で大型音楽フェスを複数抱えているにも関わらず、ほとんど誰も、千葉県を「音楽の県」とは思っていないわけですよね。

──ほんとですね。

いまはどうなのか知りませんが、清水市がサッカーの街として知られてきたのは、継続していい選手を輩出し続けてきたからで、そこに育成のシステムなどを含めた確固たるエコシステムがあるからであって、規模の大きい試合がたくさん行われるから「サッカーの街」とみなされてきたわけではないですよね。といった理解をクリエイティブセクターについてもっている自治体は、少ないんじゃないかと思います。基本「エンタメ」は、消費するためのもので、それを地道に育てようという発想は本当に少ない気がします。

──いまのままであれば、千葉はただ「フェスをやれるでかい会場がある県」というだけですし、それって、ただの不動産自慢でしかないですね。

コンテンツをアセットとして考えられないと、それを入れる箱を自慢するしかなくなるんですね。

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──人はコンテンツには熱狂しても、箱には熱狂しないですからね。とはいえ、それは、クリエイティブセクターに限った話でもなさそうです。

Quartzには、さまざまなトピックをPDF・パワーポイントのプレゼンテーション資料として提供する「Quartz Presents」という会員向けのコンテンツがあるのですが、昨年12月にリリースされた、その最新版は「グローバル経済を変える30の都市」(30 cities changing the global economy翻訳版のニュースレター)と題されたものですが、基本的なフォーカスは、産業や雇用にあるんですね。

──そうなんですね。

このプレゼンは、以下の6つのセクションに分かれています。

  1. グリーンジョブが見つかる都市
  2. リモートワークのおかげで成長中の都市
  3. 新たなスタートアップハブ
  4. 科学と医療のハブ
  5. 気候変動への取り組みが進んでいる都市
  6. すでに未来を生きている都市

──なるほど。グリーンジョブやスタートアップハブ、科学と医療といったあたりは、まさに経済政策と紐づいて、どういう産業を育て、どこに雇用を生もうとしているかが明快です。

まず、グリーンジョブの項で取り上げられている都市を見てみましょうか。紹介されているのは以下の都市です。

  • ストックホルム(スウェーデン)
  • アバディーン(スコットランド)
  • バンクーバー(カナダ)
  • クルチバ(ブラジル)
  • キガリ(ルワンダ)

──へえ。面白いラインナップですね。

英国政府はアバディーンを「エネルギー転換ゾーン」に指定し、グリーンエネルギー関連の雇用創出にかなりの予算をつけており関連事業を通じて雇用創出に取り組むとしていますし、ブラジルはすでにグリーンジョブに2019年時点で100万人以上が従事しており南米ではぶっちぎりの「グリーンジョブ大国」だそうです。また、キガリは、国をあげた「グリーングロース/クライメート・レジリエンス」政策によって、2018年までに14万の雇用を生み出したとしています。

──「グリーンジョブ」ということばは、日本ではまだそんなに馴染みがないですね。

このことばは2007年にILO(世界労働機関)で提案された「グリーンジョブ構想」に基づくものだそうで、その定義は、「Global Research 海外都市計画・地方創生情報」というメルマガによれば、「環境に対する影響を持続可能な水準まで少なくする経済的に存立可能な雇用」で、そこに含まれる職としては、以下のものが想定されています。

  1. 種の保存や生態系の回復推進
  2. エネルギー、材料、資源等の消費削減
  3. 低炭素経済の推進
  4. 廃棄物と公害の発生回避

──ふむ。

これを踏まえて、同メルマガは、英国のグリーンジョブの創出の道筋をこう紹介しています。

イギリス地方自治体協会(LGA)はグリーン・ジョブについての報告書で、イギリスで2030年までに低炭素、再利用エネルギー業界で約70万、2050年までには118万人の雇用創出が可能だと政府に提言しました。この雇用のうち:

・半分近く(46%)が風力発電のタービン製造、太陽光パネルやヒートポンプを設置するなど、再生可能エネルギー発電産業や低炭素燃料産業で創出

・およそ1/5(21%)が断熱材、照明、制御システムなどのエネルギー効率化製品の設置に従事するものとなり、さらに19%の雇用が金融、法律、ITなど低炭素サービス提供やバイオエネルギーや水素など代替燃料製造関連

・さらに14%が低排出ガス自動車と関連インフラ製造関連の雇用

さらに、コロナ禍からの復興と、グリーンジョブの創出を連動させて実施するという観点から、英国政府は2020年に以下のような政策予算を組んだそうです。

1. 学校や病院などの公的機関の建物のエネルギー効率改善に10億ポンド

2. 緑の雇用チャレンジ基金(Green Jobs Challenge Fund)に 4,000万ポンド:政府が緑の雇用チャレンジ基金を提供し、地方自治体や環境チャリティー団体が植樹、川の清掃、市民や野生動物のためのグリーンスペースの創出などを行うものです。これらの活動によって5,000の新しい雇用が生み出されると予測されます。

3. 住宅の省エネ改善事業に5,000万ポンド:市営住宅などの公的住宅に燃料ポンプ、断熱材、二重ガラスなどを取り付け、エネルギー効率を高めるために使われます。これにより炭素排出量が減少するだけでなく、公的住宅に住む低所得者層家庭のエネルギー費用負担が200ポンド安くなります。さらに一般家庭用には、省エネ住宅改善工事のために使える5,000ポンドまでのバウチャーを配布する計画があります。

──なかなかのキメの細かさですし、コロナ復興をグリーン転換に紐づけるのもうまいですね。翻って我が国はどうなっているんでしょうね。

ちょっと調べてみましたら、経産省が昨年6月に発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」という資料が出てきたのですが、ざっと見た範囲では、グリーンジョブ的なことに言及されているのは以下の箇所ではないかと思います。

2020年1月には、政府として、産業革命以降、累積した CO2の量を減少させる「ビヨンド・ゼロ」を可能とする革新的技術の確立を目指した「革新的環境イノベーション戦略」(令和2年1月21 日統合イノベーション戦略推進会議決定)を策定し、克服すべき技術面での課題を示し、その検討を深めてきている。これら革新的技術の確立に加え、更なる課題は社会実装であり、量産投資によるコスト低減にある。

本戦略に基づき、予算、税、金融、規制改革・標準化、国際連携といったあらゆる政策を総動員し、民間企業が保有する 240 兆円の現預金を積極的な投資に向かわせることが必要である。

この戦略により、2030年で約140兆円、2050年に約290兆円の経済効果が見込まれる。 また、2030 年で約870万人、2050年で約1,800万人の雇用効果が見込まれる。(中略)

新たな挑戦に取り組む産業界のニーズを踏まえながら、人材育成に取り組む事業者やスキルアップに取り組む労働者への支援として、企業の人材確保や人材投資等を促進する助成制度の活用、教育訓練給付制度の活用、地域の職業訓練実施機関等の環境整備など、雇用に関連する施策を中長期的にも講ずる必要がある。そうした政策を講じることで、着実な雇用創出を目指す。

──めちゃざっくりしてますね。

「グリーンイノベーション基金」なる2兆円の基金についての記載も同様の粗さでして、この項の締めの一文はこうです。

経営者のコミットメントを求める仕掛けを作ることなどにより、政府の2兆円の予算を呼び水として、約15兆円の民間企業の研究開発・設備投資を誘発し、野心的なイノベーションへ向かわせる。世界のESG資金約3,000兆円も呼び込み、日本の将来の食い扶持(所得・雇用)の創出につなげる。

──“絵に描いた餅”感がすごいですが、「日本の将来の食い扶持の創出につなげる」って一文の言い放し感にもしびれます。

先ほどの都市リストに戻りますと、日本からは東京が「科学と医療」の項で、ボストン、テルアビブ、バーゼル、深圳と並んで選出されていまして、素粒子物理学の最先端施設があると記載されていますが、よく見たら、これはつくば市にあるものでした(苦笑)。

──あはは。

せっかくですので、他の項目で選ばれている都市も見ておきますと、「リモートワークのおかげで成長中の都市」は以下です。

  • タルサ(アメリカ・オクラホマ州)
  • チャングー(バリ)
  • メルボルン(オーストラリア)
  • レイキャビック(アイスランド)
  • イスタンブール(トルコ)

──バリやレイキャビックでリモートワークですか……いいですねえ。

レイキャビックやメルボルンは、リモート/ノマドワーカー向けのビザがあり、それが誘引力になっているようですね。続けて「新しいスタートアップハブ」を見てみます。

  • マイアミ(アメリカ)
  • ムンバイ(インド)
  • コペンハーゲン(デンマーク)
  • ジャカルタ(インドネシア)
  • 北京(中国)

──マイアミとは意外ですね。

パンデミック期間中に、あるテック企業の創業者が「シリコンバレーからマイアミに引っ越すのどう思う?」とツイートしたのに対して、マイアミのフランシス・スアレス市長が「何かお手伝いできませんか?」(how can I help)と応答したことから、マイアミはテックシーンの台風の目になったそうで、ソフトバンクが1億ドルをローカルスタートアップに出資することをいち早く表明したことで、BlackstoneやCitadel、Fouders Fundといった名だたるVCもマイアミ支店を開くことを発表したそうです。

──面白いですね。

ただ、Quartzの記事「マイアミのテックブームはツイートからはじまったが、ただのハイプには終わらない」(Miami’s tech boom started with a tweet but is sustained by more than hype)によれば、マイアミには地味ながらもアクティブなスタートアップシーンがずっとあったそうです。

──ローマは一日にしてならず。

まさにそうですね。ちなみに暗号通貨に関する大規模カンファレンス「Bitocoin 2021」は、従来のロサンゼルスから昨年マイアミに舞台を移したそうですが、それはコロナ対策による規制が、マイアミのほうがゆるいからだそうで、先のリストでイスタンブールがノマドワーカーを集めているのも、同じ理由からなんだそうです。

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──コロナ対策をどの程度厳格に運用するかにも、国や自治体の個性や野心が宿るというわけですね。って今日はなんの話なんでしたっけ?

今日は当初の予定では、日本版でも配信された「世界のスーパーアプリ大解剖」(How WeChat, Grab, and Paytm are reshaping the web)というレターを紹介したかったのですが、だいぶ遠回りしてしまいました。なぜこれを紹介したかったかと言いますと、おそらく2022年は、欧米において、さまざまなアプリの「スーパーアプリ化」が進むだろうと予測されているからです。

──年末はメタバースシフト、新年最初のこの回のここまではグリーンシフト、そしてさらにスーパーアプリシフトが起きるのだとすると、今年は巨大シフトだらけの1年になりそうです。

具体的に生活がどこまでどうシフトするのかは定かではないですが、すでに大きなシフトに向けて人もお金も大きく動いているのは現実なのだと思います。

──興行主義の日本は、果たしてついていけるんですかね。

不安ではありますよね。そのスーパーアプリへのシフトについて、Quartzのレターはこんな文章から始まっています。

発展途上国に住む何億人もの人たちにとって、「インターネット」とは「たったひとつのアプリ」を意味します。スーパーアプリと呼ばれるそのアプリを使えば、メッセージの送信からタクシーの手配、買い物、ローンの申し込み、果ては離婚の手続きまで、ほとんどすべてのことができてしまうからです。先進国の巨大テック企業はWeb3.0やメタバースに夢中ですが、スーパーアプリの台頭は信頼できる基礎的なサービスに大きな需要があることを示しています。(中略)

欧米ではスーパーアプリはまだ普及していませんが、テック大手はWeChatのようなアプリからヒントを得た新たな動きを見せています。例えば、FacebookとInstagramはTikTokを真似てショッピング機能を追加しました。WhatsAppはブラジルではイエローページのように地元の店やサービスを検索できる機能、インドでは電子決済とオンラインでの融資をそれぞれ試験的に始めています。米国のアプリではSnapchatが特にこの方向に向かって進んでおり、ゲームやイベントのチケットの予約、ネットショッピングができるミニアプリを導入済みです。

──なるほど。これは大きな動きになりそうですね。

こうした動きを引き起こしている大きな要因は、スマートフォンのOSを牛耳っているアップルとグーグルがともに個人情報保護の扱いを厳しく規制していることから、ユーザーデータを広告利用することが困難になっていることが挙げられています。

スマートフォン上でのプライバシー保護が強化されるにつれ、企業にとってスーパーアプリを開発するインセンティブが高まっています。アップルは昨年4月のiOSのアップデートで、アプリがユーザーの行動を追跡するのを事実上不可能にしたほか、グーグルもユーザーがプライバシー設定を細かく管理できるようにAndroidの仕様を変更しました。つまり、ターゲティング広告から利益を得るのが難しくなっているのです。

そうなれば、これまでは広告収入に依存していたアプリ企業は、電子決済やショッピング分野に進出して新たな収入源を確保しようとするでしょう。先進国のインターネットの未来は、スーパーアプリが発展途上国で構築してきた実証済みのモデルに近いものになっていくのかもしれません。

──広告モデルからの脱却ということですね。

広告モデルは残ったとしてもファーストパーティデータしか使うことができませんので、各アプリはユーザーをどれだけ自社アプリ内にとどめておくかがキモになるということかと思います。Quartzは、ここで、メタバースやWeb3とスーパーアプリは、あまり連動していない動きとしてあえて記述していますが、レターの最後にこんな指摘をしています。

昨年11月24日発売の『The New York Magazine』の記事で指摘されているように、同社が掲げるメタバースのヴィジョンは、基本的にはマーク・ザッカーバーグが管理する巨大なスーパーアプリだと考えて間違いないようです。

──どういうことでしょう。

つまりメタバースというのはスーパーアプリを3次元化したもの、とも言えるということです。この『The New York Magazine』の記事「スーパーアプリは不可避だ:初の10兆ドルテック企業に備えよ」(Super-Apps Are Inevitable Get ready for the first $10 trillion tech company.)を少し紹介すると、まずこんなことが書かれています。

メタバースとは、マーク・ザッカーバーグとメディアが結びついて生み出された幻覚である。料理やデートといった物理世界の楽しい活動を、足のないアバターがたくさんいる仮想空間で吐き気を催すような時間と引き換えにしようという幻覚だ。酔い止めを飲んでからでないと入れない宇宙の神になろうというフェイスブックCEOの願望は、多くの人にはただの誇大妄想に見えるに違いない。その通りだ。けれどもザッカーバーグがメタバースと言うのを聞くたびに「スーパーアプリ」の語と入れ替えてみると、バカさ加減はぐっと減る。

スーパーアプリとは、チャットや決済などの基本的なサービスを提供する1つのモバイルアプリに、店舗やレストランから政府機関まで、サードパーティによる「ミニアプリ」が紐づいたものだ。欧米人にはなじみがないが、アジアの多くの地域では、スーパーアプリこそがインターネットなのだ。最大のものは中国の「WeChat」で、おそらく地球上で最も多く使われているソフトウェアでもある。WeChatでは、デートの相手を探すことも、タクシーを呼ぶことも、公共料金を支払うことも、離婚手続きさえもできる。

──「スーパーアプリこそがインターネット」という一文は、「メタバース」の語が「インターネット」と同じレイヤーにある語として理解するなら、なかなか示唆的ですね。​​

メタバースへのシフトが起きたとして、それがもたらす変化は巨大なものになるはずですが、この記事は、欧米のアプリのスーパーアプリ化がもたらす変化も、また同様に劇的なものとなると示唆しています。

決済はスーパーアプリには不可欠のサービスだ。決済は、アプリの基礎的な機能とサードパーティがプラットフォーム上で提供する機能とを統合する接着剤であり、ユーザーに、何十ものアプリやウェブサイトでクレジットカード情報を入力する必要がないという単純な利便を提供する。広告から、より強力な決済へとビジネスの力点がシフトすることで、歴史的なM&Aが活発化し、ハイテク企業がもったいつけて「コンテンツ」と呼ぶところの一連の産業が再構築されることも予想される。そして、その最大の買い手は、新興企業だけでなく、ウォール街の守旧派金融企業でもありうる。

──それこそWeChatのように、チャットからゲーミング、エンタメ視聴、コマース、決済、交通、医療などがひとつのアプリにぐちゃっと集約されることになっていくのだとしたら、たしかに業界の勢力地図は劇的に塗り替えられそうですね。

はい。こうした予測のなか、インドのビジネスメディア『Business Today』は、こうした流れのなかで、行動データの意義が、いままで以上に高まるだろうと予測しています

データは、スーパーアプリの基盤だ。ユーザーがアプリ内で過ごす時間が長くなればなるほど、より多くのデータが収集され、アプリを使用する個人によりよいサービスを提供することができるようになる。IoTデバイスから提供されるデータは、ユーザーの行動、興味、嗜好に関する貴重な情報を明らかにする。 これは、ユーザーのプライバシーを尊重しながら、エンドユーザーの行動や嗜好に基づいて有益な新しい製品やサービスを生み出すロケーションインテリジェンスに大きなチャンスをもたらす。わたしたちが「モノ」に力点を置くことから、人々の行動に重点を置くようになるにつれ、ほどなく「IoB」(Internet of Behavior)が新しいバズワードになるだろう。

──属性データから行動データへのシフトということについては、これまでここでも何度も指摘されてきましたが、それがここでは「IoB」というバズワードに変換されるわけですね。

おっしゃる通りです。これは個人的にはかなり大きな面白い転換だと思っていますが、わたしたちは「属性データ」というものに慣れすぎていて、行動データを属性データのように扱ってしまう間違いをおそらく多くの企業が犯すような気がします。行動データへのシフトは、属性データを手放すということとセットでない限りは、ユーザーをより強固な牢獄へと押し込むことになると思うんですね。

──ふむ。

ちょっと駆け足での紹介になってしまいましたが、これは過去3回ほどメタバースについて議論した際と似たような結論になってしまいますが、これからデジタル世界で起きうる大きな転換は、これまでのインターネットのあり方を少しは改善しうるものにもなりうるし、もっと悪くするものにもなりえるんですね。ただし、今回の転換においては、わたしたちは、もう少し、これまでの問題に対して自覚的でありうるという点が、少しはポジティブな要素かもしれないというのが、かろうじて明るい見通しと言えるのですが、どうなりますかね。

──それが間違った方向に向かわぬよう、せめてこの連載では指摘していきたいところです。

先の『The New York Magazine』の記事は、こんな言い方で文章を締めています。期待半分、諦め半分といった語調ですが、気分的にはとても共感します。

わたしは、PC時代から「ドットコム」(親に聞いてみて)へ、モバイルからソーシャルへ、そして今回のスーパーアプリへと、テクノ・ソーシャルな転換をいくつも体験してきた。どの転換も、その前のものよりも多くの富を生み出しはしたが、同時に多くの害ももたらした。いずれの転換に共通しているのは、変化を予測することができなかったことだ。どの転換も期待通りのものでなかったことは、いまにして見れば明らかだ。ほとんどの場合状況は悪化している。今回の転換がこれまでと違うとすれば、スーパーアプリがどういうものであるかがすでに見えている点だ。すでにそれはアジアで現実化しているからだ。消費者も、投資家も、政治家も、今回はうまくやれるチャンスだ。癒着と憤怒ではなく、健全な競争とエンパワーメントの空間をつくるチャンだ。わたしたちの未来がSiriやMetaのメタバースによってかたちづくられるものであったとしても、それが必ずしも中毒的で搾取的なサービスの世界である必要はなく、居心地のいい世界であってもいいのだ。


若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。。


꩜ 「だえん問答」は毎週日曜配信。次回は2022年1月16日(日)配信予定です。

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