2015年のパリ協定は、ある種のトレードオフの上に成り立っています──世界の国々が提出している二酸化炭素(CO2)排出量の削減計画が達成できるかどうかは、環境問題を引き起こした最大の責任を負うべき富裕国が、いまそれによる被害を受けている貧しい隣国のために資金を提供するかどうかにかかっているのです。
しかし、気候変動ファイナンスの調達は遅々として進んでいません。アナリストによると、「富裕国は、貧困国を保護することによって得られる自国の経済的利益を把握できていない」というのです。
通常「気候変動ファイナンス」と言う場合、その「目標」とは、2009年に富裕国が2020年までに調達することを約束した年間1,000億ドル(約11兆円)を指します。この目標は未達のままで、最新の公式発表でも796億ドル(約9兆円)に留まっています。その金額は気候変動対策において本当に必要な額には遠く及びません。
Are rich countries contributing enough?
富裕国の貢献は十分?
Climate Policy Initiative(欧州政府などが出資する非営利研究団体、以下CPI)が10月18日に発表した新しい分析は、気候変動対策に対して世界中の官/民双方の拠出額の全容を把握しようとする試みでした。
その結果、気候変動ファイナンスは、2017-18年度の5,470億ドルから2019-20年度には6,320億ドルに達することがわかりました。その内訳には、貧困国自らが支払うものや富裕国が自国内で支出するもののほか、企業が自らの利益のために支出するものなども含まれています。
目標の1,000億ドルに比べれば、この金額は素晴らしいもののように映ります。しかし、パリ協定の目標である「温暖化を1.5℃に抑える」ためには、実際のところ、2030年までに少なくとも4兆1,300億ドルの資金が必要です。
富裕国の貢献が少ないのはなぜでしょうか? その理由のひとつとして、アフリカ、アジア、ラテンアメリカの低所得国の連合体「V20」(Vulnerable 20 Group)の財務アドバイザー、サラ・ジェーン・アフマド(Sara Jane Ahmed)は、富裕国が気候変動ファイナンスをいまだに慈善事業や援助の一形態として捉え、対処しているからだと指摘します。「これは近視眼的な見方です」と、彼女は言います。
むしろ、気候変動ファイナンスはグローバルなサプライチェーンの根幹を守るための戦略的な投資であると、彼女は主張します。食糧や天然資源、繊維から家電製品に至るまで、世界貿易の主要な構成要素は、気候変動の影響を受けやすい国に由来していることが多いというのがその根拠です。
ハリケーンが工場を破壊したり、干ばつが収穫物に影響を与えるなどして、社会の根幹となる機能が被害を受けると、富裕国はレストランの料金から半導体チップまで、あらゆるものに対してよりお金を支払わなければならなくなります。しかし、工場の耐震化や気候変動に強い農業へのアクセスを促進するために投資をすれば、そのリスクを軽減できるはずです。
「しかし、気候変動への対策は、いまだ慈善事業だと捉えられているのです。サプライチェーンへの影響を考えると、気候変動によるコストは何千億ドルにもなります。それなのに、なぜ1,000億ドルの目標を達成できないというのでしょうか」(サラ・ジェーン・アフマド)
The three big problems with climate finance
気候変動対策費の3大問題
英スコットランド・グラスゴーで開催されているCOP26サミットでは、気候変動ファイナンスが重要な議題となっています。
ブラジルやインドなどの中所得層の主要排出国は、米国をはじめとする富裕国が新たに大規模な資金調達を発表しなければ、さらなる排出削減を留保すると警告しています。
今週、カナダとドイツが主導する多国間のワーキンググループでは、富裕国が1,000億ドルの目標を達成し、さらにその先を目指すための最新の戦略を発表する予定です。この戦略では、現在の気候変動対策費の運用方法における3つの大きな問題に焦点が当てられることになるでしょう。
- 資金不足。パンデミックによる不況で、富裕国の気候変動ファイナンスへの熱意と予算が失われています。
- 政府の資金は、適応策(adaptation)ではなく、緩和策(mitigation)に過剰に投入されている。CO2排出量削減を目的とした投資はすばらしいことですが、すでに起きている気候変動の影響を食い止めることはできません。CPIのシニアアナリスト、ベイサ・ナラン(Baysa Naran)は「気候変動ファイナンスのうち適応策を対象としたものはわずか7%であり、そのほとんどが公共部門によるものである」と述べています。その主な理由は、太陽光発電所などの緩和策への投資には明確なビジネス上の利益がある一方で、適応策への投資は投資家に直接的な利益をもたらさないからです。
- 気候変動ファイナンスには多くの制約がある。CPIの報告によると、気候変動ファイナンスの60%は、助成金や株式ではなく「融資」というかたちで行われています。開発銀行からの融資は通常、市場よりも低い金利で提供されていますが、パンデミック前にすでに苦境にあった国々にとっては、新たな債務負担となってしまいます。また、融資は最終的に貸し手に返済する必要があるため、気候変動対策費としてカウントすべきではないとの意見もあります。
これら3つの問題に対する解決策は、究極的にはひとつしかありません──公共セクターが不足分を補うことです。そして、それによってサプライチェーンの価格高騰が解決されれば、最終的には富裕国の消費者にとっての利益になるはずなのです。
How climate finance gets spent
気候変動対策費の使途
経済協力開発機構(OECD)のデータベースによると、国際的な気候変動ファイナンスの公的資金のうち、金額ベースでは大半が緩和策に充てられています。一方で、適応策である、農業をはじめとする世界規模のサプライチェーンにつながる分野への支援も増加しています。
再生可能エネルギーへの支援も目立っています。富裕国のクリーンテック企業にとっては市場獲得の機会となるかもしれません。また、麻薬対策や教師のトレーニング、さらには日本の国際協力機構がスポンサーとなっているバングラデシュの2つの石炭火力発電所への資金提供など、気候変動対策との関連性が希薄なプロジェクトも一部含まれていることも事実です。
オックスファム(Oxfam)のドイツ支部で気候金融アナリストを務めるジャン・コワルジグ(Jan Kowalzig)は、「多くの融資/助成金は、複数の目的を同時にカバーしています。また、すべてが気候関連の活動に充てられるとは限りません。ゆえに、どのプロジェクトに最も多くの資金が集まっているか、データベースを資金量別に分類することは困難です」と述べています。さらに、プロジェクトによっては、公的資金と民間資金が混在している場合もあります。
ここで言えることは、適応策のための気候変動ファイナンスを増やせば、受益国の国境を越えて利益をもたらすプロジェクトに流れ込む、という仕組みにすでになっているということです。
富裕国の気候変動ファイナンスは、利他主義的な考え方やサプライチェーンの仕組みだけを考えたのものではないと、米ワシントン拠点の非営利シンクタンク、Resources for the Futureのリサーチ担当バイスプレジデント、ビリー・パイザー(Billy Pizer)は言います。
「適応策のための資金は、途上国の安全保障上のリスクや、国境を越えた移民を抑制することにも役立ちます。公的な気候変動ファイナンスが増えれば、これらの要素をすべてカバーすることができます。
安全保障と移民について考えるとき、最貧国について考えることは妥当でしょう。しかし、サプライチェーンの脆弱性を考えた場合、どこにつながるのかはあまり明確ではありません。例えば、中所得国につながるかもしれません。海外からの援助が限られていることを考えると、やはり最も脆弱な最貧国に焦点を当てることに意味があります」(ビリー・パイザー)
原文:Rich countries can’t fix supply chains without fixing climate finance
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