A Guide to Guides
週刊だえん問答
Quartz読者のみなさん、こんにちは。世界はいま何に注目し、どう論じているのか。週末ニュースレターでは、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今回は「How We Eat Now」(「食べる」の今)をピックアップ。
──今日も出張中なんですよね?
ですね。
──どこにいるんですか?
熊本です。
──この連載でも、以前、熊本で書いたという回がありましたね。
そうなんです。そのときは全館禁煙のホテルで作業しなくてはならなかったので、喫煙室にこもって書きました。今回はありがたいことに喫煙可の部屋があるホテルですので、部屋でのびのびと書けています。感謝を込めてホテル名を書いておくと、「熊本ホテルキャッスル」さんです。
──ここでメンションされて嬉しいかどうか微妙ですが。
営業妨害にならないといいですが。
──そのときは、熊本との往復の飛行機の座席はパンパンで、かつ空港でも感染症対策がろくに実施されていないと、ぶうぶう文句をおっしゃっていました。今回はいかがでした?
その点は、なぜかずいぶん改善されていましたね。空港も各所にサニタイザーが置かれていました。飛行機でも、そもそもさほど混んでいなかったからなのか、それとも制限をかけていたからなのかわかりませんが、乗客同士の間が1席ずつ空けられていましたね。
──それはよかったですね。
12日も東京の感染者数は過去最高値を記録していましたし、総じて徐々に神経質になってきているのかもしれません。ちなみに13日に公表された毎日新聞の世論調査では、内閣の支持率が劇的に下がってもいまして、とりわけ政権のコロナ対策について「評価する」が20%下落の14%、「GoToトラベル」についても7割近くが「いますぐ中止すべき」としたようです。
──さもありなんですね。
すごいなと思ったことがあって、ソースはすぐに出てこないのですが、なぜ菅内閣は「GoTo」を一時中止にするなどをしないのかという疑問に対して、「あるベテラン自民党議員」だったかが「今止めるとすれば、GoToが間違いだったと認めることになる」と答えていました。いかにも左翼的な感想ですが、第二次大戦時の日本政府も、こんな感じで戦争の泥沼から抜け出せなくなったんだなと思ってしまいましたね。
──トップのメンツのためなら、全体が危機に晒されるのも厭わないというのは、相当な過激思想ですよね。
もし本当にそのために止められないというのなら、そうなりますね。毎日新聞のあるコラムでは、コロナが収束していなくてもオリンピックを強行するための予行演習がGoToであるという見立てが語られていますが、旅行者が感染原因であるというエビデンスはないと首相が言い張っているのも、そこに根本の理由があると見ているようです。
──はあ。
なぜそうまでしてオリンピックを開催したいのかという点については、経済的な影響もさることながら、別の要因も推測されています。
──と言いますと。
記事を引用しますと、こういうことだそうです。
「なぜ、五輪は中止できないか。経済的損失が、コロナでも決行する時よりはるかに大きいという試算がある。納得いかない旧大蔵省OBが、後輩の武藤敏郎大会組織委員会事務総長(元財務事務次官)に問いただしたら、諭されたそうだ。
『東京五輪ができずに、半年後の2022年2月、北京冬季五輪が成功裏に行われたら、国内の反中世論が激高して政権が持ちません。中国は全入国者の健康状態を徹底監視する恐るべきシステムを用意し、国家の威信にかけてやりますよ』」(伊藤智永「時の在りか:GoToコロナ五輪の怪」毎日新聞)
──日本としては、日本で開催できず中国が開催してしまえば、国家としてのメンツが丸つぶれ、ということになりますもんね。
とはいえ、日本開催が中止になれば、北京五輪の開催にも間違いなく影響があるでしょうから、中国が自国開催を確実なものにするためには、東京五輪が開催されることが望ましいという考えもありうるのかもしれません。個人的には、先だっての王毅外相の訪日ではそのあたりも話し合われたのではないかと思わなくもないのですが、報道ではあまり触れられていなかったような気がします。
──どうなんでしょうね。
12月の初旬には、オリンピック開催時に外国人観光客に対して「専用アプリを使った健康管理を実施する」といった内容の中間報告が大会組織委員会から出ています。そもそも「COCOA」でどスベりした日本政府のアプリの開発・運用能力の低さを見ますと、中国の協力が想定されているからこそ、こんな皮算用が成り立つのかとも疑ってしまいます。
──報道で見る限り、中国の方がデジタルツールをはるかにうまく使っていましたもんね。
一方、中国に対しては秋頃から、香港や新疆ウイグル地区での人民弾圧について、世界中の人権団体がIOCに対して「北京五輪をボイコットすべき」という主張を猛然としていまして、ここでも日本は難しい判断に迫られそうです。
──ふむ。
経済制裁を科したり国際世論による圧力をかけたりしていけば、中国は徐々に西側の価値観に馴化していくだろう、という見立てが完全に破綻したのは、2020年に明らかになった重大なことのひとつだったかと思います。そうしたなかで、西側を中心とした国際社会に残された唯一の取引カードがオリンピック、ということなのかもしれませんね。日本は、一応「西側」にいるわけですから、人権問題にほっかむりするわけにもいかないものの、東京五輪が北京五輪と一蓮托生になっているのであれば、おおっぴらに北京五輪に盾つくことも難しそうです。
──「道連れ感」があります。
そうなんですよね。中国にとって、東京五輪と北京五輪は一蓮托生であるとどうしたって考えざるをえないように思うのですが、一方の日本では、それはさほど射程に入っていないような気がしますね。国際政治における重大性から見ると、東京よりも2022年の北京五輪の方が、はるかに大きな意味をもっているように感じるのですが、気のせいかもしれません。いずれにせよ、例えば「China Olympics 2022」と英語でググってみますと、ボイコットの話題ばかりが並びます。
──ややこしいですね。
ちなみについ先日の金曜日、12月11日は中国がWTOに参加した日で、今年でちょうど20年を迎えたそうです。わたしの敬愛するお金の専門家、デイヴィッド・バーチ先生はこの出来事を「21世紀を決定する出来事」とTwitterで評していましたが、中国を西側諸国を中心とした国際社会に迎え入れることでリベラルデモクラティックな価値観へと中国を変容させようという戦略が、逆に中国とのエンゲージメントを深めたことによって、その価値観そのものを衰退・崩壊させるにいたってしまった経緯を描いた『China, Trade and Power: Why the West’s Economic Engagement Has Failed』(Stewart Paterson『中国・貿易・覇権:西側の経済エンゲージメントはなぜ失敗したか』未邦訳)という本を紹介しています。これは面白そうです。
──ほんとだ。面白そう。
How We Eat Now
食卓のセキュリティ
──ところで、今回のお題は「食」というテーマなのですが「GoToイート」については、何か話題はありますか?
これは日本でも報道されていることですが、実は、韓国の感染者数が日本と同様に過去最高にのぼっていまして、『The New York Times』の報道によれば、韓国は、これが第4波ということになるそうですが、政府が対応にかなり苦慮しているようです。
──あれま。韓国はこれまで感染追跡をかなりうまくやってきましたよね。
今回の「第4波」は、これまでのように大規模なクラスターが発生しているというよりは至るところで感染が散発しているという状態で、追跡がすでに困難な状況になっているといいます。原因については、自主隔離にしびれを切らした若者たちが飲みに出かけたり、パーティをしたりといったことが挙げられていますが、そうした懸念を受けて、大学のそばでポップアップ検査を拡充したりといった手立てを打っていると報じています。
──あまり迂闊なことは言えないですが、日本との対比でいえば、「トラベル」よりも、むしろ「イート」の方が問題を複雑にしているということなのかもしれませんね。
即断できないところですが、ウイルスがすでに遍在しているという状況になっているのだとすると、旅そのものよりも日々の食事の方がリスクということはあるのかもしれませんね。最近、知人が地方で感染者と濃厚接触したことが判明したのですが、濃厚接触したのは会食の席だったということでした。直接的な原因ということでいえば、地方に行ったことよりも会食したこと、ということにはなるのかもしれません。
──とすると、飲食業はますますツラいことになるのかもしれませんね。
どうなんでしょうね。今回の〈Field Guides〉は、「ファストフード業界はコロナウイルスをどう生き抜いているか」(How is the fast food industry surviving coronavirus?)という記事で、まずアメリカのファストフードチェーン各社の状況が報告されていますが、全体で見ると好調だとされています。
──え。そうなんですね。
記事は、ファストフードの価値をこう定義しています。「Quick, convenient, low-contact」。
──早く、便利で、非接触。たしかに。もともとコロナ向きな業態だったとは言えますね。
はい。で、この間、店舗は封鎖されてしまったとしても、ドライブスルーやロードサイドでのピックアップといったサービスを拡充してきたので、かえって便利さが増しているとも言えそうです。これはデジタルを用いた事前支払いによってより効率性が高まる領域ですので、さらに拡充しようと各社が意気込んでいるようです。
──中国では、スタバやラッキンコーヒーといったブランドによる、アプリで購入してデリバリーやもしくは店頭で受け取るといったサービスが随分前からデフォルトになっていたとも聞きます。同じようなことがアメリカでも進行しているということですね。
そうだと思います。また、面白いのは、自宅からのリモートワークという環境の変化に人びとが適応していくなかで、新しい生活スタイルにあわせて、ファストフードのありようも変わってきているところです。例えば、ダンキンドーナツやスターバックスの経営陣は、家の近所にある店舗への来店が目覚ましく増えていると語っていまして、それも夕方の遅めの時間での来店が増えているといいます。
──家でのZoom仕事を終えて、ほっと一息する、というわけですね。
まさにそうです。実際、開店している店舗については、お客さんの滞在時間が長くなっているともいいます。また、ハンバーガーチェーンのウェンディーズは、コロナ期間中に拡充した朝食メニューが非常に好評とのことで、これをさらに展開していくと語っています。またタコスチェーンのタコベルでは、持ち運びに便利なミニタコスや家庭用のタコ・バーが、メキシコの死者の日のお祭りにあたる5月1日、記録的な売り上げを記録したそうです。
──なんだか、実にたくましいですね。チャンスとみるや、どんどん新しい手を打ってる感じがすごいですね。
ダンキンドーナツのCFOは、「大きな声では言えませんが」と断った上で、こんなことを語っています。「コロナがもたらしたよい面があるとすれば、競合が店を閉じていくなか店舗を開け続けたことで、うちが単なるドーナツ屋ではなく飲み物もイケる店であることを知ってもらうことができたことでした」。
──へえ。飲み物が美味しいんですね。
少なくとも、飲料の品質向上には、かなり力を入れていたようです。またタコベルは、この間、マーケティング戦略をピボットし、グループでの購入、「接触者追跡ドライブスルー」の利用を強く打ち出したほか、ファンや「地元のヒーロー」たち、コミュニティの人たちに無料でタコスを配布するといったことに力を注いだそうです。
──なんだか、いいですね。ファストフードって効率化するばかりで、安かろう、まずかろうというどんよりした印象がありますけれど、品質を向上させながら、お客さんとの新しいコンタクトポイントをつくっていこうという感じは、実際のところはどうなのか分かりませんが、話だけ聞くと、ダイナミックな躍動感がありますね。
ガラガラっと人の生活様式などが変わっていくことで生まれた新しい隙間をめがけて、ダイナミックに動いている感じはしますよね。また、別の記事「フードデリバリー時代のレストランの新たなビジネス」(How restaurants are reclaiming their businesses in the era of food delivery)では、デリバリービジネスで、パンデミック以前の数字にまでなんとか売り上げを戻したペルー料理店の38歳の女将のことが触れられていますが、彼女は「デリバリープラットフォームは必要悪」だと言っています。
──どういうことでしょう。
たしかに「Uber Eats」のようなデリバリーアプリは、それまでにアクセスできなかったような数のお客さんにリーチすることは可能なのですが、とはいえコミッション料が高すぎて、なかなか儲けが出ませんし、配達員が料理を、ちゃんときれいな状態で、しかも温かいうちに届けてくれるかどうかも保証の限りではありません。先ほどの女将さんは、食事がこぼれたりしないようなパッキングに自分で投資しているようですが、そういったことを自己責任のなかでやらなくてならなくなっています。
──なるほど。大変そうですね。でも、その一方で、新たな創意工夫がそうしたところから生まれ出てきそうでもありますね。
はい。そうやって目に見える課題感があると、そこがビジネスチャンスになると踏んで、新規のプレイヤーが入ってくるのがアメリカのビジネスの面白いところで、Uber Eatsといった大手のデリバリー業者に変わって、もう少しニッチで、コミッションフィーも安いサービスなどが出てきていることが記事では紹介されています。
──へえ。
「Chowbus」というデリバリーアプリがここでは取り上げられていますが、これは中華料理専門のUber Eatsみたいなもので、シカゴで始まったサービスだそうです。ここが面白いのは、中華料理店が密集したチャイナタウンのレストランが数多く参加していることから、追加費用なしで、例えば、シュウマイをこの店から、フカヒレスープの別の店から、そしてチャーハンをさらに別の店からオーダーして、それを一揃いで届けてもらうなんていうことができるということだそうです。
──それ、めちゃくちゃ面白いですね。
そうなんですよね。どの程度の需要がそこにあるのかはわかりませんが、そうした食べ方ってこれまでにない食べ方ですよね。お店をネットワーク化することで、チャイナタウン全体をひとつのフードコート、もしくはひとつの巨大なバイキングに見立てるというか、そういうことですもんね。非常にデジタル的な考え方で、いいなと思うのですが、このスタートアップはアメリカ20都市で何千ものレストランと契約し、3,840万ドルもの資金調達を実現しているそうです。
──はあ。ダイナミックですねえ。
そうしたかたちで、食の供給サイドのアップデートは紆余曲折を経ながらも進んでいますが、一方で難しいのは、食べる側の問題ですよね。
──せっかく、色んなお店からよりどりみどりの一皿を選べたとしても、狭い家でひとりで食べるのでは、ちっとも楽しくないですもんね。
おっしゃる通りで、都市の巨大化とオフィスワーカーの増大は、それによってランチの需要というものを生み出したわけで、ランチというのは、そういう意味では、人びとにとって、もっとも重要な「社交の時間」でした。これは「悲しきデスクランチの明るい未来」(The happy future of the sad desk lunch)という記事が明かしていることですが、ランチは生活における「最もパブリックな食事」であったのですが、それがどんどん削られていき、個別化していったのが20世紀後半に起きたことで、シリコンバレーのワークカルチャーが広まったことで、その「パブリック性」が決定的に損なわれたとしています。
──ブリトーをレッドブルで流し込みながらコードを書き続ける、みたいな感じですね。
典型的な絵柄としてはそうなりますね。ただ、そうしたワークスタイルもパンデミックによるステイホームで変化せざるを得なくなりましたから、今後、「ランチ」の時間というものを、どう新しいやり方で社会が受け入れていくことになるのかに記事は注目しています。
──どうなるんでしょうね。
コロナが去ったからといって、以前のようにオフィスに人が戻っていくことはなくなるはずですから、レストランの再開については投資家たちも慎重にならざるを得ないと記事はみています。そうしたなか、フードトラックのような業態が伸長するのではないかと予測されていますが、やっぱり、そこでの問題は「どこでそれを食べるのか」ということですよね。
──そうですね。オフィスで食べるのもなんだか、意味ない感じもしますしね。
ランチの魅力がパブリック性にあって、それが都市というもののダイナミズムをかたちづくっていたのだとすると、コロナ以降の世界において、そういたパブリック性をどう取り戻すのかは、頭の悩ませどころとして最も大きいように思います。
──何かアイデアがあったりしますか?
先ほどの中華料理のアプリが街全体をひとつのフードコートであることを可能にするのであれば、フードコートには当然食べる場所が必要になります。そのアプリの考え方でいえば、都市内に分散して存在している「食卓になりうるテーブル」を、ネットワーク化することはできないかと考えてみたりはします。つまり公園にあるテーブルを、アプリで予約できたりしたら面白いのになと思ったりするのですが。
──なるほどー。
コロナによってドラスティックに進行しているのは、サービスと不動産とがどんどん乖離していくことだと思うんです。レストランという空間は、生産空間であるキッチンと、それを消費する空間である客席フロアとがセットになっていたわけですが、例えばフードトラックは、キッチンの部分をモバイル化しちゃうわけですし、デリバリーは客席を分散化させてしまうことになりますよね。とはいえ、「食べる」という行為のためには、生産する場と消費する場との双方が絶対に必要になりますが、今はまだ消費空間をアップデートするためのアイデアがまだ出てきていないという気はします。ちなみに知り合いがやっているカフェは、飲み物さえ注文すれば、食事をデリバリーで外部から頼んでもいいというルールにしていまして、そうやって食べる場所とつくる場所のそれぞれがマッチングできるようにしてしまえばいい、という考え方は合理的なようにも思うんですね。
──公園とかは、もっとうまく使えるとよさそうですよね。
そうですよね。ずいぶん前のあるトークイベントで、『週刊だえん問答 コロナの迷宮』の表紙イラストを書いてくださった漫画家の宮崎夏次系さんとご一緒したことがあるのですが、そのときに、客席から「家族の未来ってどうなりますか?」っていう難しい質問が飛んできたんです。自分は適当なことを言ってお茶を濁した記憶しかないのですが、そのとき宮崎さんが、面白いことをおっしゃったんですよ。
──ほお。
正確ではないのですが、こんなことをおっしゃっていました。「家族の未来がどうなるかは私にはわからないんですが、家族の未来を漫画に描くなら、多分食卓を描くかな、と思うんです。食卓というものは、変わらないと思うんで」。
──うお。すげえ。
その答えに、客席がどよめくほど皆が衝撃を受けたのですが、そこで宮崎さんがおっしゃったのは、「家族」というものを規定しているのは血のつながりといったことではなく「食卓」だ、ということだったようにも思うんです。あるいは、家族よりも食卓というもののほうが普遍性が高いといいますか。
──面白いですねえ。
それ以来、社会のなかにおける食卓っていうことに漠然とした興味をもっているのですが、おそらくですけど、あるコミュニティ内に、飲食店も含めた「パブリックな食卓」がどの程度の数で存在しているのかって、誰も計測したことがないように思います。ただ、先ほども言ったように、食事をつくる場所と食べる場所が分離していくなか、それらをデジタルネットワークを用いて動的につなぎ直そうと思ったら、食卓の実態を可視化する必要はありますよね。
──街中の屋外にも、「フリー」のテーブルがもっと必要なのかもしれませんね。
そうなんですよね。もちろんパンデミックのことを考えると、きちんとソーシャルディスタンスを保って運営される必要はありますし、冬はどうするんだといった問題もあるとは思います。しかし、食というものの「バプリック性」をどう再編するのかは、やはり重大な問題な気がします。
──そうやって考えると「GoToイート」という施策は、経済の問題だけにフォーカスしている点で、いまひとつ深みにかけるきらいがあるかもしれませんね。
人と人とがコミュニケーションをするための空間としての飲食店が、社会の健康を考える上でも重要だという配慮ももちろんあってのことだとは思うのですが、もし仮に今回のパンデミックよりもはるかに致死率の高いパンデミックが襲ってきたら、それはもはや「使えない手」です。元に戻るという前提ではなく、さらなる困難が襲ってきた場合でも維持できる経済体制を模索していくことが、この困難のなかで本来取り組まなくてはならなかったことだとすれば、アメリカの飲食業界がこの期間の中で新たなトライアルをどんどん実行していったのは正しいことですよね。
──ほんとですね。
かつ、そうしたなかでの一番の難題が「食の公共性」ということをめぐる論点であるとするなら、先に挙げたタコベルのコミュニティ活動のようなものも、非常に大きな意味をもってきますよね。
──たしかに。
加えて、ここまであまり触れられませんでしたが、今回の〈Field Guides〉には、学校給食をテーマにした「なぜアメリカの学校は無料のランチを提供しないのか」(Why doesn’t the US offer universal free school lunch?)なんていう記事もありまして、ここでは、学校でのランチが、多くの世帯にとって重要なライフラインになっていたことが明かされています。つまりアメリカでは、学校閉鎖のなかでも、ランチを提供するために児童生徒に門戸を開いていた学校がかなりあったというんですね。
──学校給食がなくなると、食事にあぶれてしまう子どもたちがいるということですよね。
はい。これは先にお話した「公共性」とは異なる論点での「公共性」に関わることですが、これまでの議論に即していえば、こぼれ落ちる人がないように、食卓にすべての人をどうインクルードするかは、とりわけ格差が広まっていると言われているなか重要な政策課題ですよね。そうした観点から、今回の特集の「UBIで飢餓を救えるか:COVID-19が提供するケーススタディ」(Covid-19 is a case study in how universal basic income can fix hunger)という記事では、ケニアで行われたユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)の実証実験についてのレポートも紹介されています。
──結果はどうだったんでしょう。
概ね効果はあったと記事は書いています。UBIを受け取った人とそうでない人とでは食事にありつけない割合において11%の差があったそうです。加えて、UBIを受け取ると多くの人がそれで酒を飲み怠けて過ごすようになるというよくある俗説は、この調査によって見事に粉砕されたともしています。新しいスモールビジネスを始めたり、それに向けた投資を行ったりする人が多かったというんですね。
──なるほど。
記事は食事の心配をなくすことで人びとを未来に目を向けることができるようになった、と書いています。
──ああ、いい話ですね。
それでも、パンデミックによる経済的な影響を食い止めるには至らないようですが、少なくとも食の心配をしなくなることで、精神的な開放感はもたらされるようです。記事はこう締められています。
「UBIは精神的、経済的開放を人びとにもたらします。子どもたちの毎日の食事の心配から開放されることで、人は気持ちが楽になります。そのことに思い悩むことがなくなれば、人は、よりよい自分になることができるのではないでしょうか」
──希望がありますね。
ここでは「フード・セキュリティ」ということばが使われていまして、これは国家による食糧の調達を意味する「食の安全保障」というものの最もミクロなレベルにおける「安全・安心」を指しています。感染リスクの軽減といったことも含めると、ここで言っていることは、おそらく「いかに安心・安全な食卓を維持するか」というテーマに収斂することになるのではないかと思います。
──食の安全保障ではなく、食卓の安全保証、ということですね。
「イート」というものの核心にあるのは、本来は、そこなのかもしれませんね。
──面白いです。
面白いですよね。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社を設立。NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子さんとともホストを務める「こんにちは未来」をはじめさまざまなポッドキャストをプロデュース。
本連載をまとめた1冊『週刊だえん問答 コロナの迷宮』。少し遅れたものの、12月17日に発売です。これまでニュースレターでお届けした全27話に加え、書き下ろし序文やあとがき、さらに台湾のIT大臣オードリー・タンとの対話を収録しています。
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