Impact:バイデン、爆速のグリーン政策

Joe Biden is stacking his senior leadership roles with people who can tackle the climate challenge from all angles.
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Image: REUTERS/BRIAN SNYDER/FILE PHOTO

Deep Dive: Impact Economy

始まっている未来

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米国史上、最も野心的な気候変動対策を打ち出しているジョー・バイデン。その気候変動対策は、産業にどんな影響をもたらすのでしょうか。毎週火曜の「Deep Dive」では、今世界が直面しているビジネスの変化を捉えるトピックを深掘りしています(英語版はこちら)。

Joe Biden is stacking his senior leadership roles with people who can tackle the climate challenge from all angles.
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年明けに行われた米ジョージア州の上院選挙決選投票では民主党が2議席を制し、米国政治は2011年以来のトリプルブルー(民主党が大統領と上下両院の過半数を擁する状態)となりました。

翻って、2009年。バラク・オバマ元大統領の就任時も民主党は上下院で過半数を確保しており(〜2010年)、クリーンエネルギーへの移行を加速する方向で米経済を変革していくための法案が矢継ぎ早に可決されています。

同年に成立したアメリカ復興・再投資法(ARRA)では、総額8,310億ドル(約86兆5,300億円)のうち900億ドル(約9兆3,700億円)がクリーンエネルギーと気候変動関連プログラムに割り当てられました。

その規模は過去のクリーンエネルギー関連法と比べると10倍で、エネルギー効率化、電力網の改良、運輸、再生可能エネルギー技術などさまざまな分野で投資が行わています。ARRAを取り上げた著作もあるジャーナリストのマイケル・グランワルド(Michael Grunwald)は一連の投資について、「信じられないほどの効果が出た」と書いています

chock-a-block

できること、たくさん

歴史は繰り返すという格言がありますが、その準備は整ったようです。ジョー・バイデンは米国史上最も野心的な気候変動対策を打ち出しています。

新大統領はグリーンニューディールを完全に支持しているわけではありませんが(バイデンは過去に、グリーンニューディールは気候変動に対応するために必要な「とてつもなく広範囲」にわたる「重要な枠組み」だと発言したことがあります)、その精神は選挙公約に反映されています。5,000億ドル(約52兆600億円)の公共調達から、メタン排出量の上限の再設定パリ協定への復帰まで、新政権は当初から気候変動への抜本的な取り組みを進める計画です。

共和党が上院の過半数を維持していればバイデンの公約実現には大きな障壁となったはずですが、民主党が上下両院を握ったいま、この状況が続く今後2年間は気候変動対策のさらなる強化が強く求められています。

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Image: 11/15/2019, REUTERS/ERIN SCOTT

ただ、だからといって環境活動家たちの望むことがすぐに実行に移されるというわけではありません。気候変動を専門とするシンクタンクE3Gのオールデン・メイヤー(Alden Meyer)は、「バイデン新大統領にとって、そして気候変動問題やエネルギー業界にとってはいいニュースですが、これですべてがうまくいくと有頂天になるべきではありません」と話します。「なぜなら、そこにたどり着くまでにやらなければならないことがたくさんあるからです」

それでは、議会両院を味方につけた新政権の気候変動対策の内容を見ていきましょう。

repurpose AmeriCorps

その名はアメリコープ

新大統領は2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げますが、民主党が両院を制したことで法制化が可能になる見通しです(これまでにタイムラインの法制化にまで踏み込んだのは英国、フランス、スウェーデンなど一部の国だけです)。

ただ、数十年も先の未来に向けた計画であるため、ガソリン車の禁止や石炭火力発電の段階的な廃止など痛みを伴う変化は先送りにされてしまうかもしれません。このため、分野ごとに詳細な道筋を定めることが必要になります。

例えば、2030年までに温室効果ガスの排出量を2005年の水準から半減させるという中間目標を設けることで、2050年の実質ゼロ目標の実効性が高まります。

環境NPOの世界資源研究所は、電力に占めるクリーンエネルギーの割合を2025年までに55%、2030年までに75%に引き上げ、2035年には100%にすることを求めていますが、これはかなり野心的な数字で、化石燃料を使った火力発電の早期撤廃と、再生可能エネルギー由来の電力貯蔵システムの拡充送電網の大幅な整備が必要になります。不可能ではありませんが、全米の電化に次ぐ難しい挑戦になるでしょう。

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Image: REUTERS/BRIAN SNYDER

変化を加速するには多額の資金が必要になります。公約では向こう10年間で総額1兆7,000億ドル(約177兆円、民間や州政府、地方自治体の投資を含めると約729兆円)というパッケージが提示されており、その一部はトランプ政権の減税策を停止することで賄う計画です。

ただ、これだけでは足りないかもしれません。プリンストン大学の研究者たちは、2050年までに排出量ゼロを達成するためには今後10年で2兆5,000億ドル(約260兆円)の予算が必要になるとの試算を明らかにしています(この数字には鉄鋼とセメント以外の主要セクターの脱炭素化は含まれていません)。

一方、民主党は気候変動対策による雇用創出も目指しています。バイデンは気候変動対策計画のなかで、「持続可能性に向けて全米国民がクリーンエネルギー経済に参加できるよう『アメリコープ(AmeriCorps)を再び活性化させる」よう呼び掛けました。共和党の上院議員が気候変動対策に関連した雇用プログラムへの資金拠出に賛成する可能性はほぼ皆無ですが、民主党が議会を支配するいま、1930年代に失業対策として行われた市民保全部隊(CCC)プログラムの現代版とも言うべきアメリコープが気候変動対策の中心となる可能性はあります。

ニューディール政策の重要な一部だったCCCでは、仕事の見つからない若者数百万人が公共事業や国立公園の維持管理などの分野で働きました。現代版を立ち上げる場合、気候変動対策によって雇用が生まれ賃金が上昇することを証明するために数十億ドルが投じられるかもしれません。

国民の支持も高く、シンクタンクのデータ・フォー・プログレス(Data for Progress)の調査(PDF)によれば、民主党支持者の78%、共和党支持者の84%がCCCのような雇用プログラムに賛成しています。

Cut industry-specific emissions

クルマ、飛行機…

新政権は「電気自動車(EV)の普及を加速させる」考えで、これに向け補助金などのインセンティブを拡大するほか、2030年末までに50万カ所以上に公共の充電ポイントを新設する計画です。

ただ、カリフォルニア州は2035年までにガソリン車の新車販売を禁止する方針を打ち出しているほか、昨年7月には15州が大型トラックやバスなどの中・大型のガソリン車両を減らしていく内容の覚書に署名しています。

連邦政府がガソリン車の段階的廃止という目標を掲げたことで国内の動きも加速する見通しで、民主党上院院内総務のチャック・シューマー(Chuck Schumer)は「ゼロエミッション車のための大胆な計画」を議会で取り上げていく意向を示しました。自動車分野の排出量削減に向けては、EV普及を後押しするだけでなく、2035〜40年をめどにガソリン車の新車販売をなくす必要がありますが、航空分野も同様です。

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新大統領は公約で「持続可能な新燃料の開発を支援することで(中略)航空分野の排出量削減を目指す」と述べており、これは欧州各国とともに航空分野でより厳しい削減目標を設定するという意思表示のように読み取れます。

欧州連合(EU)は2035年までに「ゼロエミッションの大型機」の商業運用を開始する方向で政策を進めているほか、2030年までには域内の全国内線をカーボンニュートラルにする計画です。

新大統領は「海運および空運での排出量削減に向けた強制力のある国際条約を締結する方向で世界をリードする」と宣言しており、航空分野は今後の課題となることが見込まれます。

climate action in Congress

議会での綱引き

議会両院で民主党が過半数を握っているため、新政権の気候変動政策が不必要な追求を受ける可能性は低くなります。

2011年に政府から融資保証を受けていた太陽光電池メーカーのソリンドラ(Solyndra)が破綻した際には、共和党が主導して下院公聴会が開かれました。クリーンエネルギーの推進を訴える環境保護団体リワイアリング・アメリカ(Rewiring America)のアダム・ズロフスキー(Adam Zurofsky)は、この公聴会が注目を集めたことで、官僚などの間で革新的な気候変動対策や関連技術の開発に消極的な空気が広まったと指摘します。

ズロフスキーは「矢面に立たされるのを恐れるためにリスクを取ることを嫌ったのです。ただ今後は政治的な駆け引きは減り、議会は公平な立場でこれらの分野を監視していくようになるでしょう」と話します。

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Image: JENNIFER GRANHOLM, REUTERS/KEVIN LAMARQUE

新大統領は就任後、上院で閣僚人事の承認を受ける必要がありますが、バイデン政権の大統領顧問団には環境問題を重視する政治家が名を連ねます。

エネルギー長官には元ミシガン州知事のジェニファー・グランホルム(Jennifer Granholm)、内務長官にはニューメキシコ州選出の下院議員デブ・ハーランド(Deb Haaland)、環境保護局(EPA)長官にはノースカロライナ州の環境当局のトップだったマイケル・リーガン(Michael Regan)がそれぞれ起用されました。院内総務がニューヨーク州選出のシューマーである以上、閣僚人事は無事に上院を通過するでしょう。

また、ミッチ・マコーネル(Mitch McConnell)が多数党院内総務でなくなることで、党の路線を引き締めようとする圧力は弱まることが予想されます。前出のシンクタンクE3Gのメイヤーは、ミット・ロムニー(Mitt Romney)やロブ・ポートマン(Rob Portman)といった共和党でも環境問題に積極的に取り組もうとする議員を中心に、超党派での気候関連法案の提出が進むだろうと指摘します。

But what about a carbon tax?

炭素税に踏み込めるか

民主党は以前から、上院での議事妨害を回避するために必要な60議席を確保するために、多くの法案でマコーネルと交渉しなければなりませんでした。今後はこうしたことはなくなりますが、気候変動問題を巡っては民主党内でも意見が割れており、共和党との議席数の差が少ないことから、党内での調整が必要となる見通しです。

ウェストバージニア州選出のジョー・マンチン(Joe Manchin)が重要になってくるのはこのためです。マンチンやアリゾナ州選出のキルステン・シネマ(Kyrsten Sinema)、モンタナ州選出のジョン・テスター(Jon Tester)といった民主党上院議員は環境問題に対しては保守的で、気候変動対策法案ではバーニー・サンダース(Bernie Sanders)やエド・マーキー(Ed Markey)のようないわば環境問題タカ派と同じ情熱は見込めません。

これは、例えば国税として炭素税を徴収するなど、環境活動家たちが夢見るような大胆な法案が可決される可能性は依然として低いことを意味します。ズロフスキーは「民主党が上院を押さえた状況でも、グリーンニューディールなどが議題に上がることはないでしょう。マンチンはそのようなものを受け入れないからです」と指摘します。

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Image: JOE MANCHIN, REUTERS/KEVIN LAMARQUE

それでも、踏み込んだ内容の気候変動政策と関連予算が別の法案に付随したかたちで審議される可能性は高いでしょう。

昨年12月末に可決された総額9,000億ドル(約93兆7,100億円)に上るコロナ関連の追加経済支援策には、温室効果ガスである代替フロンのHFC(ハイドロフルオロカーボン)を規制する内容が盛り込まれましたが、同じようなことが再び起こるのです。高速道路法案や農業法案は定期的に議題に上り、通常は超党派の支持を集めますが、こうした法案に気候変動対策を付け足すといったやり方が考えられます。また、太陽光発電関連の税控除や住宅の省エネ化支援策など、既存の制度を拡充することも可能です。

新大統領はさまざまな政策に気候変動対策を組み入れていく機会を手にしています。環境対策プログラムには巨額の予算が必要でリスクも高いという時代遅れの偏見を打ち破るのです。ズロフスキーは「気候変動対策を景気刺激策というかたちで打ち出すことで、人々の反発をかわすことができます。地球の未来を正すうえで大きな可能性を秘めているのです」と話しています。


What to watch for

空飛ぶクルマはすぐそこ

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電動のあたらしい乗り物にまつわる最大の課題が「量産化」であることは、テスラの例をみても明らかです。今月12日、電動飛行機メーカーのアーチャー(Archer)は、フィアット・クライスラー・オートモービルズとの提携を発表。2023年から航空機の量産に入ると声明を出しています。米シリコンバレーを拠点とするアーチャーが開発しているのは、都市内交通向けのeVTOL(電動垂直離着陸機)。発表されるところでは、最大4人の乗客を運ぶ同機の航続距離は60マイル(約97キロメートル)です。

リチウムイオン電池の生産能力は、大幅な成長が見込めます世界最大級の自動車メーカーとの提携による量産体制に弾みがつくのに加え、将来バッテリー技術が発達することで、その航続距離が大幅に伸びることも期待されています。計画では、初号機が公開されるのは今年初頭。2024年には初の公開飛行が予定されています。

(翻訳:岡千尋、編集:年吉聡太)


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