Deep Dive: Crossing the borders
グローバル経済の地政学
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新疆ウイグル自治区における「人権侵害」に対する態度で揺れるグローバル企業。1980年から友好的な関係を築いてきたナイキの場合は? 毎週水曜夕方のニュースレター「Deep Dive」では、国境を越えて動き続けているビジネスの変化を追います(英語版はこちら)。
米国のスニーカーメーカー、ナイキ。同社は、成長を続ける中国のスポーツマーケットに食い込むべく、中国の陸上競技団体とパートナーシップを提携し、あるいは消費者獲得のための地道な努力を積み重ねてきました。消費者もそれに応えてナイキ製品を買い求め、ジョーダンのスニーカーはある種のステータスシンボルにまで上り詰めました。
しかし、この関係がいま、危機に瀕しています。新疆ウイグル自治区における強制労働問題に言及した中国国外の企業が中国国内で大きな反発を受けていますが、ナイキもそのひとつ。中国政府はそれらの主張を否定し、欧米の政府関係者や企業を批判しています。
ナイキに限っていえば、同社アプリはファーウェイのアプリストアから削除され、中国の人気スター2人がプロモーション契約の終了を発表。中国国内のソーシャルメディアでは不買運動も呼びかけられています。中国人バスケットボール選手として初めてナイキ「ジョーダン」ブランドと契約したグオ・アイルン(Guo Ailun)は、週末に行われた中国バスケットボール協会の試合を突然欠場。エンドースメント契約に関係しているのではないかという憶測も呼びました。
中国国内の競合との競争が激化し、米中関係も緊迫化。中国におけるナイキの強固な基盤は、突如として危機に直面しています。
long-term consequences for Nike
揺らぐナイキの価値
この事態が長期的にどのような影響を及ぼすか、現時点では何とも言えません。
投資会社UBSは、3月25日付の顧客向けメモで、今回の騒動に巻き込まれたグローバル企業各社の中国での売上は一時的に減少すると予想しています。なかでも激しい非難を受けたスウェーデンのH&Mが最も影響を受けるとしています。
一方で、歴史的に見ると海外のアパレルブランドに対する不買運動の影響は長続きしないとも指摘されています。もっとも、今日の状況は違うかもしれません。中国の消費者動向をリサーチしているChina Marketing Insightsのハンク・チャン(Hank Zhang)は、Quartzの取材に対して電子メールで次のように述べています。
「このスキャンダルがなくとも、中米関係の悪化やパンデミックの影響で、中国の消費者はこれまで以上に国産ブランドを支持するようになっている。ナイキがこの問題を乗り越えられるとは限らない」
かつて中国の消費者は、自国ブランドの品質が海外ブランドに比べて劣っていると考えていました。しかし、その認識も変わりつつあります。AntaやLi-Ningをはじめとするスポーツウエア・ブランドはイメージ向上に努め、支持を集めています。さらに、中国の若い消費者の間では愛国精神も高まりつつあります。調査会社Euromonitorのデータからは、マーケットシェアにおけるナイキのリードが保たれているものの、国内企業が競合として強力なポテンシャルを発揮しつつあることがわかります。
欧米との緊張関係が激化するなかで、民族主義的な消費者運動も激化しています。人種差別的なマーケティングや、中国の国境線上の問題に不用意に疑問を投げかけるようなデザインに対する反発から立ち直ったブランドもあれば、中国政府が問題に関与しているがゆえに異なる結末を迎えたこともあります。
韓国の小売企業ロッテも、その教訓を学んだグローバル企業のひとつです。2017年、ロッテグループはソウル近郊に所有するゴルフ場の一部を米軍の「高高度防衛ミサイル」(THAAD)に提供。北京はロッテの中国における事業に規制をかけ、最終的には同社を中国から追い出してしまいました(同グループは中国に対して96億ドルもの投資を行っていました)。他にも、2019年、米NBAはヒューストン・ロケッツのゼネラルマネジャーが香港の民主化デモ隊への支持を表明したことから北京の反感を買ったことも。NBAの中国へのアクセスが失われることはなかったものの、払ったコストは甚大でした。
いま、グローバル企業が直面している危機において、北京は直接介入し、国営メディアや政府関係者は、企業に対して、新疆に関するコメントを控えるよう圧力をかけています。
前出China Marketing Insightsのチャン曰く、「中国でビジネスをするには、中国に敬意を払わなければなりません」。彼は、もはや「西洋の有名ブランドであること」だけでは通用しないとも言います。
Nike’s deep roots in China
中国との出会い
そもそもナイキの中国での成功は、一朝一夕に為されたわけではありません。ナイキは、共同設立者のフィル・ナイトが中国に魅了されて以来、多額の投資を行ってきました。彼は、回顧録『Shoe Dog』において、1980年の訪中前の心境を次のように記しています。
問題は、どうやって中国に進出するかではない。いずれかのシューズメーカーが中国に進出したなら、他メーカーもそれに続くだろう。問題は、いかに、最初に、進出するかだ。最初に参入した企業は、中国の生産部門だけでなくマーケットや政治指導者に対して、何十年にもわたる競争上の優位性をもつことになる。その意味することの、なんと大きなことか。当初、中国についてミーティングを開くと、われわれはいつもこう言っていた。10億の人、20億の足、と。
その年、中国のナショナル・バスケットボールチームと初めてスポンサー契約を結んだナイキは、以来、中国でのブランド構築を着実に進めてきました。近年では、中国政府と提携して小学生向けのプログラムを実施したり、バスケットボールやサッカーなど中国のスポーツ界での存在感を高めたり、著名なアスリートやセレブと契約を結んだりしています。
ナイキの経営陣は、決算発表の場で、ビジネスにおける中国の重要性について語ってきました。2019年9月、CEOのマーク・パーカー(当時)は、次のように発言しています。
「かねてより言っているように、ナイキは中国のための中国のブランドであり、結果がそれを証明し続けている」「われわれたちは5年以上にわたって、毎四半期、中国本土で2ケタの成長を牽引してきた」
パンデミック後の中国は、世界中を見回してもあらゆる他の大規模経済圏よりも早く回復を遂げました。中国市場は、ナイキにとって主要な「成長エンジン」としての役割を確固たるものにしました。
中国でのナイキのイメージは、それほど悪化していないとの見方があるのも事実です。H&Mが直面している状況とは異なり、ナイキのシューズもアパレルも、中国の大手ECプラットフォームから削除されているわけではありません(2021/03/31現在)。『South China Morning Post』は、ナイキがアリババ「Tmall」で発売したスニーカーがすぐに完売したことを報じています。また、中国のサッカー統括団体である中国サッカー協会は、(内部からでナイキを非難する声は上がったものの)同社との契約を終了していないとしています。
しかし、その先行きはまったく読めません。北京で支持されている『Global Times』は、ソーシャルメディアのユーザーの中には、中国サッカー協会がナイキに対してより厳しい態度を取ることを望む人もいると報じています。また、別の記事では、ナイキのようなグローバルブランドは、新疆ウイグル問題に対する立場を変えなければ、中国での成長が激減する可能性があるとの警句も投げかけられています。
ナイキは中国のスポーツや文化に深く入り込んでいるため、簡単には抜け出せないかもしれない。新疆に対する確固たる立場を維持しながら、中国の当局や消費者をなだめるのは、あまりにも難しい課題といえるでしょう。特に、ワシントンと北京の間に新たな対立が生じた場合は、なおさらです。
Column: What to watch for
中国に続け
アフリカ大陸において圧倒的な存在感を発揮している中国ですが、その中国に追いつくべく、インドが台頭してきています。インドは近年、アフリカ諸国との連携を強化。2001年時点で72億ドルであった両者の二国間貿易は、2017〜18年には630億ドルまで増加しています。インドはいまや、アフリカ大陸で第3位の輸出先、第5位の投資先となっています。
その連携は、パンデミックを経てさらに強化される可能性があります。アフリカ大陸において、インドの安価な医療技術の重要性が高まっているのです。インドは世界最大の医薬品生産国のひとつ。世界のワクチンの60%を製造していますが、アフリカ諸国の多くがこれらのワクチンを購入、あるいは寄付されています。
(翻訳・編集:年吉聡太)
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