A Guide to Guides
週刊だえん問答
世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題する週末のニュースレター「だえん問答」。再評価される「リアル店舗」の価値について考える今回も、Quartzの原文(英語)と、原稿執筆の際に流していたプレイリストとあわせてお楽しみください。
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──こんにちは。ごきげんいかがですか?
いま、ちょうどオンラインで行政のDXについてお話しをしていたところでした。
──お忙しいですね。
知人からの依頼でしたので、なんとなく引き受けてしまったのでした。
──いかがでしたか?
基本、しゃべっているとだんだんムキになってきてしまうタイプですので、話しているうちにアドレナリンが出てきてしまい、あれも話さなきゃ、これも話さなきゃとなって、結局尻切れトンボのうちにタイムアウトとなって、いつも消化不良。だいたいそういうパターンですね。
──ちゃんと整理して話さないからですよ。
それがハナからできるなら、この連載も、こんなまわりくどい体裁になっていませんよね。
──そうでした(苦笑)。
加えて、整理された話を仮にできたとしても、「はい、これが今日のお土産です」と情報を手渡すようなやり方はあまり意味がないとも思っています。というのも、特にデジタル化されて以降の社会の話は、さまざまな問題や領域が数珠つながりになっていまして、領域をセグメントして、整理して、みたいなやり方そのものから脱却しないと、現実そのものを語れないのではないかとも思うところもあります。というのは、あくまでもカッコつけた自己正当化でして、実際は、自分がそのようにしかものごとを把握することができないだけですが。
──ほんとにセミナーとかレクチャーには向いてないですよね。
向いていませんね。「40分でプレゼンしてください」と言われるのが一番困ってしまいます。そもそも何かの専門であるわけでもないですし、「行政のDX」なんてお題となりますと当事者ですらないわけですから、いったいどういう立場から物を言っていいのか、自分でもよくわからなくなります。
──何様だよ、と(笑)。
本当にそうなんです。あり合わせの知識や情報を適当にマッシュアップしていまの社会の断面を切り取るみたいなことが、自分のような雑誌編集者が仕事としてやってきたことなのですが、そういうことをやってきた人間にやれることがあるとしたら、せいぜい、自分が取材などを通して学んだことを披露することくらいでして、そこでどんなことを考えたかといったことを語ることはできても、それを分析したり、理論化するようなことはできませんし、それは自分の仕事じゃないと思っているところもあります。
──そうなんですか?
自分はそうですね。ですから、自分の話は、あくまでも粗々の「仮説」くらいのものでしかないと思っていますし、仕事の現場では、理屈の厳密さや精緻さよりも、話の「面白さ」の方が優先されることが重要だと思ってもいたりします。
──面白さって、どういうことですが? 話芸としてギャグを言う、みたいなことではないですよね。
違います違います。自分の感覚で言いますと、「論点が複雑に錯綜していて、善悪の判断ですとか、賛成・反対を一元的に決定することが困難で、でもなんだかとても考えさせられてしまうような話」のことでして、面白い話というのは、逆に言いますと、「面白い」としかコメントができないようなものであることが、とても重要なんじゃないかと思っています。
──そういえば前回の記事は、さまざまな方が「面白い」とコメントをしてくださっていましたね。
自分の書いたものなどが、いま言ったような要件を満たしていると感じていただけて、そうしたコメントになっているのだとすれば、それは大変光栄なことなのですが、雑誌編集者の観点からいいますと、記事というものは、新聞の記事のように起きた出来事を可能なかぎり客観的にスキャンするようなものではありませんし、ましてや、ものの見方や提起する論説や批評のようなものでもなく、そうしたところでは掬いあげられないような、ちょっと気になる事象や人を、取り上げて「こんな話あるよ!」と放りこむようなことなんですね。
──「ちょっと気になる」というところが大事そうですね。
おっしゃる通りでして、「ちょっと気になる」というところが大事だと考えられるのは、そこに人と社会とが接触点があるからなんじゃないかと思います。「ちょっと気になる」ことというのは、言うなれば、そのときの社会の姿をつかむためのもしかしたら大事なとっかかりが隠されていると感じるからこそ、ちょっと気になるわけで、そんな感じで、何かが見え隠れするような間(あわい)のところに、面白さというものがきっと隠れているんですね。
──「これは面白い話だなあ」ということって、さまざまな情報を取られているなかで、すぐに特定できるものですか?
できますよ。
──どうやったらそれができるようになるんでしょうね。
まず大前提として、何かを「ものすごく面白い!」と思った経験があるかどうかは大事ですよね。それが、自分にとっての基準値になりますから。何かを「面白い!」と思うときって、非常に大きな興奮を感じると思うのですが、そのときっておそらく脳みそだけが昂揚しているのではなく、感情も同時に昂揚しているはずでして、そこにはなんらかの情動も動いているのだとすると、「それが面白いものかどうか」を把握するためには、そうした情動の上がり下がりなどを自分なりにモニタリングする必要もありそうです。
──ふむ。
「知的興奮」といったことばがありますが、自分の体験でいいますと、知的な興奮のなかには感情的な興奮は必ずあるように思いますし、逆に感情的な興奮のなかには少なからず知的な興奮もあるはずで、おそらく知性というものは、それらの複合体なんだと思うんですよね。
──ちなみにですが、ご自身の「面白い」の基準点となるものって、なんですか? 明確に何かあります?
うーん。なんでしょうね。さっきのような知的な興奮と感情的な興奮がないまぜになったような「面白いものの面白さ」を教えてくれたということでいえば、もしかすると尾辻克彦/赤瀬川原平さんの本が大きかったかもしれませんね。尾辻克彦名義の『東京路上探検記』と赤瀬川原平名義の『超芸術トマソン』は、面白すぎて死ぬかと思った記憶があります。
──トマソン! マジ面白いす! それならわかります!(笑)。
よかったです(苦笑)。あとは、ほんとにおもしれえなあ、と身震いしたのは、やはり橋本治さんの本ですね。自分が最初にハマったのは、たまたま100円で旅先の古本屋さんで買った『恋愛論』という本でして、これは数年前にギンガ堂という出版社から復刊されています。
──赤瀬川原平さんも、橋本治さんも、いい意味で雑誌的なところのある方たちでしたし、ああいういわく言いがたいエモくて同時に非常に知的でもあるような面白さって、たしかになんだかずいぶん減ってしまいましたよね。
それこそ、この間の日本の体たらくを、ナンシー関さんがいらしたらどうくさしただろうか、なんていう話を先日も社内でしていたのですが、ナンシーさんの喪失には計り知れないものがあると、いまにして強く思います。
──菅総理のゴムはん、見たかったですね。「安心安全」とか言ってるような。
みんなが真正面からいきなりグーで殴るしかないような空間になっていればなおさら、面白いことって大事なんだな、と最近とみに思います。それは笑ってしまうようなことでなくてもよくて、誤解を生むような言い方になってしまいますが、非常に痛ましい話であっても面白いものというのはあり得まして、そういうものを単なる覗き趣味としてではなく、ちゃんと提出できるような場所も、技法も、どんどん失われているのは、なかなかしんどいですね。面白さというものは、すぐになんらかの判断やポジショニングが迫られるご時世にあって、一種の余白とか保留をもたらしてくれるものなんじゃないかと思います。というか、そういうものを「面白いもの」と呼びたいというのが、正確な言い方かもしれません。
──最近、そういう意味で面白いもの、ありました?
いっぱいありますよ。音楽はいつだって、面白いものいっぱいありますし、今週でいえば、Scotch Rolexさんの『Tewari』というアルバムなんか、もう最高に面白いですよ。
──音楽でもいいのか。
少なくとも自分はそういう面白さを求めて聴いていますね。あと、説明すると長くなってしまうのでやめておきますが、最近読んだ記事で最高に面白かったのは、エリザベス・ロフタスという心理学者に関するストーリーでして、自身がやられている記憶の研究を縦軸として紹介しながら、そこに母親の自殺や若いころに受けた性的暴行といっためちゃヘビーな過去の体験が横軸として織り込まれていまして、めちゃくちゃ複雑な話なのですが、読み終えるとどっと疲れてしまう面白さです。さすが『The New Yorker』と感服してしまいました。
──その説明だけで、すでに面白そう。
あとは、昨年の記事ですが、「レイプキットを発明した女性」という記事は、最高に面白いルポでした。書き手の熱量もものすごくて引き込まれました。こういうものが、日本語でも、もっと幅広く読めるようになるといいんですけどね。
what stores are for now
フィジカル小売の進化
──いいですね。Quartzはいかがですか。
最近はややドーンダウンしている印象ですが、いつも頑張って「面白い話」を探してこようという気概は感じますよね。ある意味、後発の、言っても小さいメディアですから、大手のメインストリームメディアとは違った視点や論点のズラし方とか、工夫がありますよね。過度に分析的になりすぎでないのも好感がもてます。
──今回の特集は「店舗はなんのために」(What stores are for now)というものですが、いかがでした?
今回のも面白かったですよ。いまお話したような意味での面白さというよりは、もう少しきちんと整理された、いわゆる「役立つ」内容だと思いますが、偉そうですが、とてもいい内容だと思いましたし、結論から言ってしまいますと、特集全体が、実は、ここまで話してきた「面白さ」をめぐる話なのかもしれないと、個人的には思いました。
──へえ。そうですか。
特集が何をレポートしているかをまず簡単にまとめておきますと、コロナ禍によってEコマースが急増したわけですが、それを受けていわゆるリアル店舗が意味を失ったかというと、実はまったく逆で、コロナ禍によって、その価値が再び積極的に見出されつつあるのが、アメリカのリテールの現況だということです。実際、アメリカでも欧州でも、消費全体におけるオンライン消費の割合は、20%に満たないんですね。オンラインショッピング天国の中国ですら40%には届いていないそうですから、リアル店舗がそのうちなくなるという見通しは、それ自体が現実味があまりないんですね。
──そうなんですね。それがコロナによって、より明確になったということなのだと思いますが、とすれば、リアル店舗の価値は、いったいどこにあるんでしょうか。
「Eコマースの飛躍によって店舗が進化を遂げる5つの道筋」(Five ways stores are evolving as e-commerce takes off)という記事は、まず、店舗がEコマースにおける「フルフィルメントセンター」として価値が見出されているとしています。
──フルフィルメント?
Eコマースにおける受注から配送までの段取りにおいて重要な役割を果たすということでして、多くの場合は在庫の管理と配送を行うためのハブとして、コロナ下で有用化されるようになったと説明されています。「なんだ、配送センターか」と思われるかもしれませんが、街中にある店舗でしたら、そこでECサイトで購入した商品を受け取ることもできますから、店舗があることで、ユーザーのオプションは広がるわけですね。店舗で選んだ商品を、あとで自宅まで配送してもらうということも可能になります。これはUXにおける「カスタマイゼーション」ということだと思いますが、新型コロナによるロックダウンという試練のなかで、ビジネスを継続させるために、あれもこれもトライしなくてはならなくなった結果として、店舗活用のこうしたノウハウが蓄積されたことは、とても大きいことだと思います。
──なるほど。
また、店舗を通じて商品を手渡すのは、配送倉庫から商品を送るのと比べるとコストが90%も安いということが記事には書かれています。「決済はデジタル/受け渡しは店舗」というハイブリッドモデルは、これからますます優勢になるだろうと記事は明かしています。また、大手スーパーマーケットチェン「ターゲット」のリアル店舗の売り上げがコロナ下に激増したことをレポートした「ターゲットは未来のEコマースは店舗だと考える」(Target thinks the future of e-commerce is its stores)という記事にも、オンライン/オフラインのハイブリッドが、いかに有用であるかが明かされています。
──リアル店舗は「あってもいい」ではなく「あったほうがいい」となりつつある、と。
はい。また、このモデルは、これからまたさらに増えていくであろう、オンライン購入で発生する「返品」を効率よくさばく上でも有益だとしています。商用不動産投資の大手「CBDE」は、店舗への返品を促すことで、返品作業にかかるコストを半減することができるとしています。CBDEは、オムニチャンネル時代の不動産は、リテールとロジスティックとが融合したものになるという未来を予測するレポートを発表しています。そのなかで、これから商用不動産において重要な動きは4つあると語られています。
──それはぜひ知りたいです。
- 新しいモデルの台頭:パンデミックが引き起こしたリテールサプライチェーンと、そのオペレーションの破壊は、リテールとロジスティックが融合した新しいストアのモデルに道筋を開いた
- フルフィルメントの需要の増大:いくつかのリテーラーは、オンライン注文のラストマイルにおけるグルフィルメントセンターとして店舗を利用し始めている。
- 新しい資産クラスの創出:リテールと産業不動産の融合は、不動産の資産分類に新たな領域を生み出す。それは、フィジカルな購買と配送サービスと、店舗での受け渡しを可能にする「ダーク・ストア」の機能をもったものである。
- 不動産価格の評価の進化:オンラインチャンネルを積極的に活用しているリテーラーが構える店舗の不動産価値や家賃の算定にあたっては、より洗練された新しい価格評価のメカニズムが不可欠となる。
──面白いです。特に3と4は面白いですね。
そうなんです。これは、「店舗の価値とは?」(What is a store worth?)という記事で詳細に検討されていることですが、そもそものフィジカルな店舗の価値、あるいはその費用対効果の算出は、売り上げを不動産面積で割ることで、だいたい算出されていたそうなんですね。ところが、ここまで見たように、決済はデジタルなのだけれども、発送は店舗から行われたり、先のレポートにあった「ダーク・ストア」としての機能が拡充していきますと、どこからどこまでがECの売り上げで、どこからが店舗の売り上げであるか、といった区分はどんどん曖昧になっていきます。そうなってくると、店舗の価値を単純に「その店の売り上げ」をもって算出することが難しくなってきます。
──ほんとですね。
さらに記事は、ロジスティックの観点だけでなく、マーケットへの影響力という観点から店舗の価値を見る必要があると語っています。つまり店舗が、Eコマースをブーストし、ブランドの認知や顧客のエンゲージメントの向上の効果をもっていることから、店舗の価値にそれらの要素を加味する必要があるということです。
──そうした効果は、とはいえ、具体的にどう算出されるのでしょう?
店舗がECにもたらすこうした効果は、「ヘイロー(後光)効果」(Halo effect)と呼ばれるそうでして、コンサル企業のマッキンゼーは、店舗のヘイロー効果を、リアル店舗を通じて得られたメールアドレスの数をひとつの指標にしているとされています。店舗で得られたメールアドレスは、その後のダイレクトマーケティングにおいて、非常に強い効果があるとされているわけです。
──なるほど。
さらに記事は、コロナ禍にもかかわらず、これまでオンラインのみで販売していたブランドが、新たに店舗をオープンする事例が増えていることに指摘していまして、そこでは、店舗というものを、その「メディア価値」において評価する視点が導入されていることに注目しています。リテール専門のフューチャリストのダグ・スティーブンスは、こう語っています。
「YouTubeでの30秒の広告と、店舗における顧客との30分の対面接待とどちらが効果が高いのか。これからはフィジカルのリテールをただメディアチャンネルとして見るのではなく、そのメディア価値をきちんと検証することで、フィジカル店舗の生産性を測定しなくてはならない」
──ふむ。
スティーブンスは、その著書『Resurrecting Retail: The Future of Business in a Post-Pandemic World』のなかで、これからのリテーラーは、ウェブメディアが用いている「インプレッション」という指標をフィジカル店舗においても導入すべきだとしています。例えばFacebook広告における1インプレッションあたりの価値が0.8ドルだとして、店舗での1インプレッションの価値をその5倍だと設定するのであれば、年間10万人の来店による、その店舗のメディア価値は40万ドルになる、と。
──なるほど。
これはあくまでも例でして、店舗のメディア価値の基準はいまのところありませんから、適正な価格設定がわからないところではありますが、論点自体は非常に面白いものだと思いますし、不動産への投資を行う上でも、その辺のロジックがきちんと整備されないと、店舗は価値があるにもかかわらず、ただの負債としか見做されなくなってしまいます。
──面白いですね。
さらに面白いのは、売り上げと店舗面積の割り算という計算式の軛から解放されるようになってきますと、店舗のサイズと価値とが正比例しなくなりますから、ロケーションごとの価値に応じて、そのサイズや形式を変える必要も出てきます。「Eコマースの飛躍によって店舗が進化を遂げる5つの道筋」は、マッキンゼーのパートナーで、アメリカ国内のリテールオペレーションのリードを務めるプラヴィーン・アディさんのこんな言葉を紹介しています。
「リテーラーは今後、新しいマーケットに進出していくためには、さまざまなフォーマットを用意しておく必要があります。大規模店舗、小規模店舗やローカライズされた商品構成の店舗など、さまざまな違ったフォーマットが必要で、どこにでも巨大な箱を置いておけばいいという考え方は、もはや通用しません」
──いいですね。
実際、「Macy’s」「Nordstrom」「Walmart」「Target」などのリテーラーは、郊外型のモールを離れ、都市部に置いて小規模店舗の運用もはじめているそうですし、こうした流れの一貫として、ポップアップストアの一般化、もしくはショップの「フードトラック化」は、さらに進行すると語られます。
「(オンライン販売から始まったブランドは)お客さんがいる場所に店を出したいと考えますが、10年の長期リースをしたいとも思っていませんし、モールに店を構えたいとも思っていません。彼らはオーガニックなやり方でブランドを広げていくことに非常に長けています。彼らにとって、店とはいい感じの見た目で人がアクセスしやすいものであればいいのです。それはまさにフィジカルリテールのフードトラック化と言えます」
──飲食やリテールのフードトラック化、ポップアップ化がこれからどんどん進む、ということは以前からおっしゃっていましたよね。
はい。とはいえ、それとは逆に、巨大な体験型の店舗を展開する事例も増えてきていまして、ナイキはその最も先鋭的な先陣ですが、巨大な運動場やボルダリングの設備を完備したスポーツショップなども出てきているそうです。記事は、こうした店舗のありようを「体験型」と呼んでいますが、それは単にコーヒーが飲めて、暇つぶしができるといったことではなく、さらに一歩踏み込んだものである必要性を語っていまして、ペット用プロダクトを販売する店にグルーミングや獣医さんの診断が受けられるサービスが付随している「Petco」というリテーラーを紹介しています。
──「意味ある体験」になってないと意味がない、ということですね。
そうなのだと思います。今回の特集には「カスタマイズ」「パーソナライズ」ということばが何度か出てきまして、マッキンゼーのレポートが記事内で紹介されていますが、このレポートの表題が「顧客体験をパーソナライズする:違いを生み出すリテール」(Personalizing the customer experience: Driving differentiation in retail)となっていることからもわかる通り、大事なのは、商品がカスタマイズ、パーソナライズされていることではなく、その商品と出会うための回路・経路やブランドとの関わり方、接触の仕方がカスタマイズされていることでして、それも、サービスやプロダクト提供側が「カスタマイズできるサービスをつくります」というやり方で提供するのではなく、ユーザーが自分の都合のいいかたちで、そのアクセス経路を選べるようにさまざまな選択の余地を確保しておく、ということなんですね。
──前回は店に商品を取りに行ったけど、今回は配達をお願いね、みたいなことですか?
はい。そういう意味ではパーソナライザーションや、カスタマイゼーションはプロダクトではなくて、むしろオペレーションに関わる部分がほとんどでして、逆の言い方をするのであれば、オペレーションも含めた事業の総体がブランドであって、その全体こそが、商品であるということなんだと思います。これからのビジネスはUXがすべてであるというのは、そういう意味においてなんですね。
──UXの話もそうですが、面白いのは、先のインプレッションの話で見たような、もともとはデジタルの世界で用いられてきた考え方が、どんどんフィジカル空間のあり方というか、定義を変えていってしまっているところですね。
ほんとですね。デジタルデフォルトということばは自分もよく使ってしまうことばですが、改めてそれが意味するところの面白さを感じます。つまり、デジタルの世界で起きていたことを前提にして、フィジカルの世界を見回してみると、先の不動産価値の算定の話で見たように、物事の価値の算出の方法は、ひどくキメの粗い、解像度の低いものだということがわかったりするわけでして、「ショップはメディアだ」といったことは、これまでもよく言われてきたことですが、じゃあ、「それをメディア価値を算出する指標でちゃんと定式化してみよう」とは、これまでなかなかならなかったわけですね。
──ある意味、目から鱗な感じありますよね。
はい。こうした視点がいいなと思うのは、ブランドというものを、その複合的な価値として見ようという点だと思うんですね。長年メディアブランドと関わってきた身からすると、やっぱり、それを複合的な観点から検証する手立てって、ほとんどなくて、結局数値の取りやすいウェブの数字だけになっちゃいまして、そこにリアルイベントやフィジカルの雑誌や本が、どういった効果をもたらしているのか、といったあたりは、肌感覚ではもちろん効果を感じていても、それを実体的なものとして把握することはとても困難だったわけです。もちろん、じゃあ、インプレッションという指標をフィジカルの雑誌にもちこめばいいのかというと、もちろん、それだけではまったく不十分だと思いますが、少なくとも、その費用対効果を販売部数だけで測られるよりは、はるかにましなはずなんですね。
──そうですね。
最初の話に戻りますと、「面白いもの」っていうのは、それ自体が非常に複雑なものですし、それを通してこちらが味わう体験というものも、やはり非常に複雑なものなんですね。そこには、もちろん便利だ、とか、役に立つ、といったファクターも含まれるわけですが、そこからはみ出していくものが実際はたくさんあって、「いいお店」って「面白い」としか言えないものだったりすると思うんです。それは、記事や本や音楽が面白いのとまったく一緒なんだと言いたい気持ちがありまして、今回の記事を自分は、フィジカルな店が、その面白さを再発見していくストーリーとして読んだんです。
──面白い店、最近どこかありました?
飲食店ですけれど、恥ずかしながら初めて東中野駅前にある「キャラヴァンサライ パオ」というアフガニスタン料理屋さんに連れていっていただいたのですが、やや大げさかもしれませんが個人的には「超芸術トマソン」並みに面白かったです。こんな店が東京にあるんだ、東京も捨てたもんじゃないか、と思ったほどです。
──へえ。美味しいんですか?
めちゃくちゃ美味しいですよ。でも、美味しさは、面白さのほんのひとつの側面でしかなくて、それはとても重要にして不可欠な側面なのは間違いないのですが、そこじゃないんですよね。総体としたまるっと面白いんです。
──そういうものが増えると、世の中面白くなりますよね。
今回の特集を読むと、コロナをテコにしてリテールの世界に新しい価値体系を持ち込んで、商業をこれまで以上に面白くしていこうというポジティブな機運に溢れているそうですから、それは羨ましい限りですよね。
──日本は本当は、そういう意味で面白い店がいっぱいある国のはずですからね。
そうなんですよね。その面白さを、デジタルデフォルトの視点から、さらにブーストすることにおいて、コロナ禍はひとつのチャンスだったということを、こうやって見せつけられてしまうと、なんだか改めて暗然とした気持ちになりますね。
──もったいない話です。これでまた、もう一周回遅れになってしまう、と。
でも、面白いお店はいっぱいあるんだと思いますよ。弊社でつくった行政府のDXをテーマにした冊子を配布していただける書店さんを全国から募ったところ、大都市から小さな町の、主に独立系の本屋さんが手を挙げてくださいまして、それらの本屋さんをGoogle Mapに置いてみて、その一覧を写真入りで眺めていたのですが、どこも非常にユニークで素敵な佇まいで、リストを眺めているだけでとてもいい気分になったんです。
──いいですね。
勇気をもらった感じしますよ。
──希望ありますね。
ありますよ。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。原稿執筆時のBGMをまとめた最新プレイリストには、文中で言及したScotch Rolex『Tewari』も収録。
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