Deep Dive: Future of Work
「働く」の未来図
Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週木曜午後のニュースレターでは、「働くこと」のこれからについてアイデアや出来事を、世界のニュースから選りすぐってお届けしています。今日のニュースレターは、ちょっと長めです。
パンデミックが浮き彫りにした現実を受けて、多くの企業が再出発を宣言し、より優しくより公平な職場を誓っています。
これらの誓いを額面通りに受け取るならば、おそらくリーダーたちは、社会学者が「男らしさを競い合う文化」と呼ぶような支配的な職場モデルに、ついに飽きてしまったのでしょう。これまでの職場では、長時間労働に耐えるスタミナや熾烈な競争、あるいは家族や友人を含めたあらゆるものよりも、仕事を優先することが評価されてきました。自分自身がそうでなくとも、こうしたカルチャーが自分以外の他の人を疲弊させ、あまりに多くの人が職場を去るのを目撃してきたこともあるでしょう。
いま、わたしたちはこれまでとは正反対の方向、「より関係性の高いカルチャー」へ移行する転換点にいます。
「より関係性の高いカルチャー」(a more relational culture)とは、米クレアモント大学院大学の組織心理学者、M.グロリア・ゴンザレス=モラレス(M. Gloria González-Morales)がある講演で用いた表現です。その講演は企業のエグゼクティブたちを前にしたものだったので、このニュースレターでは彼女の表現をより率直に表現しましょう。──いま、「フェミニズムが企業の組織原理の中心に据えられるべきときが来た」のです。
What is a feminist workplace?
フェミニズムと職場?
ゴンザレス=モラレスはクレアモント大学にWorker Wellbeing Labを設立し、同ラボを率いています。Worker Wellbeing Labは、広く労働者の健康や帰属意識を研究するフェミニスト研究グループです。
「フェミニスト」というレッテルに戸惑う人もいるかもしれません。はっきり言っておきたいのは、このラボの活動目的は、女性の権利をことさら取り上げ、そのために戦うことではないということ。性別によってメンバーを制限することはありません。確かにフェミニストが率いるラボですが、それをもって「フェミニストの組織」となっているわけではありません。
「フェミニスト・ラボ」であることとは、どういうことか。それは、フェミニストの哲学に基づいて、すべての活動にその包括的な価値を吹き込むことを意味しています。ゴンザレス=モラレスの説明によれば、それは合意を形成し、人間関係や社会資本を最優先することを意味します。
ラボのメンバーは、家父長的なシステムを明確に否定しています。ゼロサム的な考え方や職場の厳しいヒエラルキーを否定しています。#MeTooのような外部からの圧力ではなく、家父長的なカルチャーに抗う内部からの戦略を構築しようと模索しています。ラボのウェブサイトには、その最終的な目標は「組織内の異性愛、人種差別、社会的不平等、外国人嫌悪」を粉砕することにあると記されています。
ここまで読んで、「でも、それってせいぜい大学のキャンパス内の話では」と懐疑的な印象をもった人もいるかもしれません。「フェミニスト的な組織哲学を採用するなんて、大学以外のオフィスや組織では現実的じゃない」と思った人もいるかもしれません。ならば、考え直してみてください。
An alternative model
もうひとつのモデル
ゴンザレス=モラレスは、世界ではいま「男らしさを競う文化」に起因する問題があまりに積み重なっていることに、人びとはすでに気づいていると主張しています。それは地球を脅かす環境破壊や気候変動をみれば明らかでしょう。なかでも有色人種を悩ませている所得格差や健康状態の悪化は、家父長制システムが従来の権力構造を維持してきたことによる副産物といえます。
「コロナが、これらの問題をより際立たせることになりました」と言うゴンザレス=モラレス。組織レベルでみれば、競争力が高いとされてきた企業、あるいはこれまで資本主義の象徴として君臨していた企業がいま、苦境に立たされています。個人レベルでみれば、人びとのあいだには燃え尽き症候群や不安感が急増しています。だからこそ彼女は、「かつてあったような、お互いに関係し合うやり方に回帰しよう」と言うのです。
こうしたあたらしいあり方を求める声は、人びとが思っている以上に大きいと考える学者もいます。2018年に『Journal of Social Issues』に寄稿したハーバード・ビジネス・スクール教授のロビン・イーリーと元ストーニー・ブルック大学の社会学者マイケル・キンメルは、男らしさを競う従来の振る舞いに異議を唱える人びとは、「誰もそれが問題だと思っていないと思い込んでいるあまり、その振る舞いを認めてきた文化的規範に挑戦できずにいる」とする研究結果を引用しています。
家父長性に反旗を翻す組織を求める声は、たしかに高まっています。しかし、組織をつくるためのたったひとつの処方箋などないのも事実です。ゴンザレス=モラレスは、企業は、社内のカルチャーが従業員に与える影響などに対してそれぞれ独自の分析と考察を行う必要があるとしています。
とはいえ、どんな組織でも採用できそうなフェミニストラボの規範の例を、ここでは8つ紹介しましょう。
#1
一部のスター社員ではなく、全員をもちあげること(Elevate everyone, not a few star employees)
Worker Wellbeing Labでは、これまでのラボでは考えられないほどの包括性が担保されています。
実例を挙げましょう。筆者が別の記事のためにゴンザレス=モラレスにインタビューをしようとZoomに接続したとき、画面には彼女だけではなく5人の顔が表示されたことがありました。通常であれば、ジャーナリストは研究の主著者にインタビューすることはあっても、チーム全体にインタビューすることはありません。
機会を共有すること。それは、フェミニストのワークスペースの特徴のひとつだとゴンザレス=モラレスは説明します。記者からの問い合わせがあったとき、誰が対応するかが問題になることはなく、最終的な成果物に関わったすべての個人が、インタビューなどの機会には招かれるべきだというのです。
その場に研究室の学生を招き入れることで、彼らの努力を称えることができるのもポイントです。実際、クレアモント大学の大学院生アリッサ・バーンバウム(Alyssa Birnbaum)曰く、ゴンザレス=モラレスはその論文で、いつも自分の名前を最後に記しているそうです(通常は主著者が最初に記載される)。「教授は、自分が評価される必要はないと言っています。彼女の目的は、わたしたちを成長させることなのです」。アリッサはそう言います。
#2
あらゆる仕事の美徳・価値を尊重すること(Respect the virtue and value in all forms of work)
#1で紹介した振る舞いは、単にフェミニズムを実践しているわけでも、ただ気前よく振る舞っているわけでもありません。それは、伝統的に女性に課されて仕事や「雑用」とみなされてきた仕事も含めて、あらゆる種類の仕事に価値と尊厳があるという、彼女の考えに由来しています。
ゴンザレス=モラレスによると、他の研究室では、学部生には「基礎的なものばかりで、新規性のあること、論文にはなりえない」仕事が割り当てられることが多いと言います。学部生は、自分がやっている仕事が意味ある目標にどう結びつくのか、教えてもらえないことすら多いというのです。学術論文の著者リストにも、「知的貢献」をしていないという理由で、その名は記載されないのが通例です。
「わたしたちはそういった考えをひっくり返して、『あなたがその作業をしなければ、研究はできない』と伝えます。だから、まずはディスカッションをするのです。自分たちの研究室ではどんな仕事が評価されているのか、なぜそれが重要なのかを話し合い、貢献というものについて、オーサーシップというものについて、そして自分の研究に他人の労働力を利用することの意味について、考えてみるのです」
ゴンザレス=モラレスは、コピーを取ったりコーヒーを淹れたり資料を仕分けたりといった雑用を誰かに任せることそのものが、品位を落とす行為とみなされるだろうと言います。「より複雑な、例えば数学でもなんでもいいですが、(誰かに任せることは)自分にはそれを為す十分な能力がないということになるからです。それに、フェミニストのレンズを通すと、すべての作業が必要不可欠なものとみなされます」
例えば、ニューファンドランド記念大学で環境海洋研究を行うCLEAR labは、フェミニスト的かつ反植民地主義的な研究室として知られていますが、そこでは研究者たちがともにスペースの掃除をすることになっています。そして、床のシミを落としホコリを払った全員の名を、完成した報告書上に認められます。同校の地理学准教授であるマックス・リボワロン(Max Liboiron)によると、この研究室が「公平性」に重きをおき、ミッションステートメントに「科学と研究を植民地的、マッチョ的、エリート主義的な規範から変える」と明記されている以上、これは「あるべきたったひとつの論理的な行動」なのだそうです。
「わたしたちは海洋のプラスチック汚染を研究していますが、プラスチックからはホコリが発生します。サンプルにホコリが入ってしまうと、調査結果は台無しになってしまいます」と言うリボワロン。「ヘタなホコリ掃除ではダメで、ほとんどの男性は(掃除の)仕方を教わっていない」とも言います。
大学の清掃員は、研究室に入る前に着用していたフリースジャケットを脱ぐよう求められます。ゆえに、清掃員も研究ユニットの一因として登場します。「彼らにもプロセスに参加してもらわなければ、サンプルを汚染してしまいます。『科学』とは、清掃員から掃除が得意な学部生までが左右するもので、そこには集団的な努力が必要です」(リボワロン)
#3
「No」と言える選択肢を与えること(Give people the option to say “No”)
先日、自身のメンタルヘルスを守ろうと全仏オープンでの記者会見を断って話題になったテニスプレーヤー、大坂なおみ選手のことを考えてみましょう。彼女はその後、記者会見拒否を批判する声に巻き込まれ、出場そのものを辞退することになりました。彼女は優勝する可能性よりも精神的な安定を選んだのです。彼女を擁護する人もいましたが、その姿勢を疑問視する声も多く聞かれました。
多くの企業では、自分でしっかりと境界線を引いて行動する社員を評価しません。「何にでもイエスと答え、常に過剰な負荷を背負う」タイプの社員が好まれます。ゴンザレス=モラレスの研究室では、過労働を防ぐための対策のひとつとして、ある原則が定められています。「わたしたちが重視するのは、柔軟性とコミットメント。『イエス』と言うときも『ノー』と言わなければならないときも、お互いにサポートします」
ラボのメンバーには、「『イエス』と言うこと」ではなく「見極めること」で献身的な姿勢を示すよう求められます。つまり、自分が責任を負える仕事にしか同意しないよう求めているのです。ただし、それが実現するためには双方向の透明性が不可欠です。ラボでは、プロジェクト開始前に、とくに時間的な制約について十分に話し合うことにしています
#4
柔軟に対応すること(Be extremely flexible)
「仕事を断る」という選択肢が尊重されているのと同様に、それぞれのスケジュールや果たすべき義務も尊重されています。
いまも多くのオフィスでは、毎週同じ日の決まった時間に会議が行われていることでしょう。そこではリーダーが社員に対して、会議に出席するために私的なスケジュールを動かすことを期待し、そうでなければ仕事への取り組みが不十分だとみなします。
一方、Worker Wellbeing Labでは、メンバーは隔週で、しかもいつも異なる時間に集まります。誰もが参加できる時間帯などないのは当然で、だからこそ、できるだけ多くの人が参加できるようにアレンジしているのです。そこでは参加できない人のための録画も用意されています。
ゴンザレス=モラレスは、「こうしたカルチャーを維持するには、時間はもちろん、人間関係に対してエネルギーを意図的に割く必要があります」と言います。彼女が自身の仕事のなかで最も重要だと考えているのは、チーム内のソーシャルキャピタルを構築すること。「もし気配りや柔軟性に欠けていたら、例えば介護をしながら自宅で仕事をしている人など簡単に孤立してしまうでしょう」と、彼女は言います。
#5
仕事上の連絡先など、すべての資産を共有すること(Share all currency, including professional contacts)
ゴンザレス=モラレスは、ラボの責任者としてチームの意志を尊重するだけでなく、メンバーそれぞれのキャリア目標に対して個人的に投資するようにしています。それは、彼女が他の環境で築いたネットワークを惜しみなく使うことからもわかります。
パンデミック以前、彼女は研究室を訪れた学者をメンバーに紹介することに気を配ってきました。この1年間、彼女はその習慣を再現し、Zoomアカウントに「待合室」を設定するようにしています。オーストラリアやリスボンにいる仲間との会議中に、研究室のメンバーが次の会議を待つ「待合室」にログインしたとしましょう。すると、オフィスの外で待っているかのようにその学生を会議に招き入れます。そうしてお互いに紹介し、対話を促すのです。
家父長制文化の名残を断ち切ろうとする彼女の努力は、考え方や話し方にも及んでいます。常に「わたしの学生」ではなく「わたしの研究室で働く学生」と言うようにしたり、自分と他人の間にヒエラルキーをつくらないように距離感のない言葉を使ったりするようにしています。スペイン語が母国語である彼女にとって、これには非常に大きなエネルギーが必要です。
#6
リードするよりファシリテートしたほうがいい場合があると理解すること(Understand when it’s better to facilitate than lead)
時間が流動的なミーティングやたまり場、ちょっとした言葉遣いから掃除まで、あまりに配慮することが多く、そこでの仕事がどれほど円滑に行われているのかと疑問に思われるかもしれません。一般的には、ヒエラルキー構造が効率がよいとも考えられています。前出のCLEAR labのリボワロンも、自分たちの仕事のやり方は「時間がかかる」と認めています。しかし、同時に「わたしたちは非常に生産性が高い」とも述べています。
リボワロンは、「わたしの仕事は、リーダーシップをとることではなく、ファシリテーションにあります」と語ります。「リーダーは前に出るもので、みんなが後方からサポートするもの。ファシリテーターの役割は、全員のスキルや価値観、アイデアをテーブルの上に置き、歯車に油を差すことです。後者の方がより時間がかかりますが、全員の知識と価値観が並べられているので、より多くの投資がなされ、より豊かな成果を得られます」と言います。
#7
必要なときには、経営者としての決断を下す準備をすること(Be prepared to make executive decisions when it’s necessary)
誰にも公平なやり方で社会資本を構築すれば、危機的状況に陥ったとしても、組織は迅速に活動できるようになります。
基礎が築かれてさえいれば、メンバーはそこでの決定を信頼するでしょう。ゴンザレス=モラレスは、これこそがいま多くの組織が実践している方法よりも優れているだけでなく、緊急時に機能する唯一のシステムであると強調しています。
#8
公平性をもってあらゆるアイデンティティを尊重すること(Honor equity and all identities)
いわゆるCEOは、よく「社員の声を聞きたい」と言うことでしょう。その実、反対意見を封じ込めようとすることが多く、それでも反対意見を言いつのる社員には退出を促すこともあります。また、「自分の意志を職場に持ち込むべきだ」と口先では言っていても、「職場では、われわれが期待する労働者になってくれ」との暗黙の了解が流れていることがよくあります。
一方、フェミニストの枠組みでは、アイデンティティーに付随する価値観が、あらゆる形態の仕事に組み込まれていることが認識されています。ゴンザレス=モラレスは最終的な研究成果だけでなく、それがどのように生み出され、他の人にどのような影響を与えるのかについても、ラボのメンバーが納得できるようにしたいと考えています。ラボのフェミニズムが重視しているのは「交差性」(Intersectionality)と「社会正義」。「白人のフェミニストにならないようにしている」と、彼女は言います。
CLEAR labのリボイロンの意見も同じで、同ラボで実践されているフェミニズムは、「異なる抑圧や特権を受けているさまざまなグループに対する説明責任に注意を払うこと」だと説明しています。CLEAR labでは、他のSTEM分野では否定されてしまうような知識(「経験」「感情的知性」あるいは「先住民族の知識」など)を、「科学と同じくらい真剣に考えている」のだと言います。
the only differentiator
唯一の「差別化要因」
いまはまだ、フェミニズムが組織の変革を促す時期として尚早なのかもしれません。しかし、ゴンザレス=モラレスはその日は来ると信じています。ワーカーたちは、自身の力をテコにして、企業に対して「より公平で思いやりがあり、コミュニティに配慮した市民たれ」と声を上げ始めています。テクノロジーも「未来の仕事」を再構築する方向へと加速しています。
AIの進化が加速し仕事の自動化が進むなか、「組織に変化をもたらすのはヒューマンファクターだ」と、彼女は言います。
企業向けの講演に登壇するとき、ゴンザレス=モラレスがいつも強調するのは、従業員の心身の健康が企業の存続に必要であることと、ウェルビーイングのための条件を整えるためには人間関係の戦略が必要だということです。彼女は、利益を唯一の評価基準とする抑圧的なオフィス文化を非難します。
「それよりも、組織の社会的資本はどうなっていますか? そこで人びとはどのようにネットワークを築き、どのようにお互いを信頼していますか? 昇進競争に明け暮れ、チームワークが十分でない人はいませんか?」
オルタナティブな世界を描くために、ゴンザレス=モラレスは言葉遣いに細心の注意を払っています。「男性エグゼクティブたちとフェミニズムについて話すつもりはありません。それではうまくいかないでしょうからね」。そう、彼女はジョークを飛ばすのです。
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COLUMN: What to watch for
リモートで得たもの
より多くの女性に在宅勤務の機会を与えること。それによって、インドの企業のジェンダーダイバーシティが向上したという調査結果が出ています。キャリアプラットフォーム「JobsForHer」が2021年5月、国内300社を対象に実施した調査によると、在宅勤務を採用することで、中間管理職〜上級管理職レベルでの女性の採用が急増したというのです。
JobsForHerのファウンダー兼CEOは調査を受け、次のように述べています。「職場をより女性に優しいものにするために、いくつかの組織が正しい方向に一歩踏み出しているのを見るのは心強い。海外からの帰国者やテック系の人材、リーダーシップを発揮する人まで、すべての女性が職場に入り、すべてのレベルでジェンダーパリティを確保しながら、プロとしての階段を上ることを可能にし、後押しすることを期待しています」
インドでのこうした変化は、リモートワークが受け入れられていることに加え、企業が女性を対象とした採用活動を強化したり、出産休暇制度を改善したりしていることも後押しになっているようです。
(翻訳・編集:年吉聡太)
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